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三つ巴:05

 

【沖田総悟:10】

 結局ずっと近藤を捕まえることの出来ない沖田は、昼休みが終わってもまだ教室へと戻らない近藤と――――神楽の二人に眉をひそめていた。

 しばらくすると二人は、仲良く遅刻をして教室へと戻って来た。教師をはじめ他のクラスメイトもたまたま二人が遅刻したと思っているようだが、沖田は分かっていたのだ。二人が一緒にいたと言うことを。山崎から近藤と神楽の事を聞いていた沖田は、この昼休みの間にも何かあったのではないかと勘繰っていた。しかし、やはり否定する気持ちも湧き上がる。近藤さんに限って……チャイナ娘に限ってそれはないと。

 勉強に身が入らない。授業などうわの空だ。早く近藤本人に確かめたいのだが、どうも避けられている気がした。

 俺が何やったってんだ?

 モヤモヤした思いのせいで気持ちも表情も曇る一方だ。考えられるとしたら、今朝のトイレでの騒動だ。もしかすると本当は近藤と神楽が出来ていて、そんな事を知らない沖田が神楽の胸に触れたもんだから、怒ってしまったのかもしれない。だが、仮にそうだったとしても不可抗力であり、沖田は謝る気などなかった。

 一体、何が原因なのか。近藤を見るも神楽を見るも、沖田には何一つ分からないのだった。

 

 五時間目の授業が終わり、ようやく沖田は近藤の元へ行こうとして――神楽に捕まってしまった。こうなったらコイツに聞いてみるかと、沖田は神楽を廊下へ連れ出した。

「てめーの用件はあとだ。俺から言わせてくれ」

「勝手アルな」

 神楽は怒っていたが、黙って沖田の言葉を待ってくれた。沖田は一応、教室の様子を目にしながら神楽に尋ねた。

「てめーと近藤さんが出来てるってのは本当か?」

 すると神楽の頬が紅く染まり、軽く顔が歪んだ。

「誰が言ってたネ?」

「飽くまでも俺の勘だ。どうでィ? 違うなら違う、そうならそうってハッキリ言え」

 神楽は首を左右に振って廊下の壁へもたれると、両腕を組んだ。

「神楽ちゃんが美少女だからって、そんなつまらん噂が流れてるアルカ? そう言えば先月も私が売店のパンを独り占めしたとかおかしな噂が流れてたネ」

 神楽はいつもの調子でおどけているようだったが、沖田は山崎から確かに聞いていたのだ。近藤と神楽が抱き合った話を。しかし、変なものだ。あれだけ一人で考えていた時は否定する材料を探していたのに、神楽の否定的な答えを聞いた途端その言葉を疑ってかかるのだ。信じたいのに信じられない。沖田はやはり近藤に直接確かめるしか己が納得する方法はないと思っていた。だが、聞いて何になるのか。そんな事を考えるとただ虚しいだけであった。一体自分は何をしたいのだろうかと。

「まぁ、良い。どっちにしても近藤さんが興味あるのは姐さんだけだ」

「何が言いたいネ?」

 怪訝な顔つきになった神楽から苛立ちが読み取れた。

 なんでそこでイラつくんだよ。

沖田はそんな事を言いたかったが言葉を飲み込むと、ポケットに両手を突っ込んで神楽の耳に口元を寄せた。

「そういや、あれは偽乳か?」

 その言葉に神楽が驚いて沖田を見た。

「お前ッッ! 許さんアル!」

 叫びながら神楽が沖田に殴りかかるも、沖田は神楽の拳を軽く受け流した。そしてその身を受け止めると、何てことない顔で神楽の胸の膨らみを軽く揉んだのだった。

「あり? 本物でィ」

 そうして沖田の頬に神楽の平手打ちがお見舞いされると、神楽は沖田を押してその身を離した。

「……最低アル」

 しかしその声は震えており、目には涙が溜まっていた。いや、ポロポロと涙が頬を伝っていく。沖田はこの日、遂に神楽を泣かせてしまったのだった。それはタバスコ入りのケーキを食わしたからではない。沖田の言動に悲しみ傷付いたからだろう。

 今度こそ本当に嫌われてやった。全ては計画的犯行。なのに本当に嫌われればこうなることは予期していたのだが、胸の奥に氷が張っていくような冷たさを感じる。そして聞こえてくるのだ。てめーは本気で嫌われたかったのかと。

 沖田は下唇を噛み締めた。一体自分は何をしたいのだろう。ずっとそんな事ばかりが浮かんで来る。だが一つだけよく分かるのは、神楽に嫌われたいと願いはしたが神楽を泣かせたいとは微塵も思っていなかったのだと。こんな形で神楽の涙を見ることは望んではいないという事だ。

 涙を拭いて教室へと戻って行った神楽。沖田は自分の手のひらを見つめると、バーカと小さく罵るのだった。

 

 

 

【山崎退:11】

 本日は放課後には特に予定もなく、帰ったら昨日買っておいたゲームでもやろうと山崎は軽い足取りで教室を出た。いつもならやれ委員会だ、やれバトミントン同好会だと忙しいのだが、今日ばかりは冷房の効いた部屋で思いっきり羽を伸ばそうと考えていた。しかし、教室を出た山崎は背筋に軽い悪寒が走った。

 なんか嫌な予感……

 そう思って背後を振り返れば、そこに居たのは沖田であった。

 予感は的中。沖田は帰宅しようとする山崎を捕まえると、にっこりと不気味な顔をした。

「ザキ、今日の見廻り当番代わってくれ。まさかザキの癖して代われねぇなんて事はねーだろィ?」

 そう言った沖田の視線の先には山崎の想い人……想いアンドロイドのたまがいた。

 な、なんて卑劣なッ!

 しかし、たまを守れるだけの力はまだない。沖田の脅迫に屈した山崎は、泣く泣く当番を代わるのだった。

「代わればいいんでしょッ! 代わればッ!」

 そう言った山崎に沖田はひらひら手を振ると、そそくさと昇降口へと下りて行った。そんな沖田はとても珍しいものであった。いつも近藤と土方とつるんでいるのだ。一人で帰ることなんて滅多とない。山崎はこれにはきっと“神楽”のことが影響しているのだろうと考えた。

「やっぱり隊長、相当ショックだったんですかね」

 そんな事をボソリと呟いた山崎は、どうせ見廻りをして帰らなければいけないのなら同好会にも顔を出すかと部室の方へ向かったのだった。