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レディバード:07


 神楽と土方は大して広くもない応接間でまだ向かい合っていた。だが、神楽はもう泣いてはおらず、瞳に強い光を宿している。

「でも、新八を取り戻すなんてやっぱり無理よ」

 しかし、その心は縮こまっていた。仕方が無いのだ。新八と仲が拗れてしまってから、もうだいぶ月日が流れていた。溝は深くなる一方だ。

「まずはコンテストに総悟と出るのはヤメろ。出れば当たりは強くなるだろうよ。そうなりゃ取り戻すなんざ未来永劫に不可能だろうな」

 神楽はハァと息を吐くと、断ることを決めたのだった。元々、乗り気ではなかった。それでも沖田はふざけたような真面目な顔で言っていた。絶対に口説き落としてみせると。

 バッカみたい。

 神楽は何故か頬が緩むと、自分の心が少しほぐれている事に気が付いた。しかし、そんな表情を土方に見られてしまった事に焦ると神楽は急いで顔を引き締めた。

「誰も出るなんて言ってないわよ。それにベストカップルになんて選ばれるわけ無いでしょ」

 土方は煙草を灰皿に押し付けると火を消した。

「ンなもんは出てみねェ事には分からねーだろ」

 神楽の中では銀時か新八、その二人以外にベストカップルになるなどあり得ないと思っていた。それだけに、もしその二人以外と出てベストカップル賞なんてもらってしまったら……やはり怖いと思うのだった。

「だが、まァ反対を言えばそこまで拗れてるなら、イベントでベストカップル賞をもらうくらい何てこと無えだろうが……どうすんだ?」

「だから、出ないって言ってるでしょ」

 神楽はそう言って怖い顔で土方に詰め寄った。具体的にどんな風に手助けそてくれるのか、神楽はそれを知りたいのだ。口だけなら誰にでも言えるのだから。

「それより、新八取り戻すのにどんな手を貸してくれるのよ?」

 土方はあぁと返事をすると、神楽の肩を押してその身体を遠ざけた。

「古典的だが、同じ敵を持ちゃあ少しは心も通うだろ」

「あのね、そんなの今まで何回もあったけど獲物の奪い合いよ! 賊がいてもどっちが倒すかで毎回揉めんの」

 そうであった。町を守るという目標も倒す敵も同じなのだが、競争心がむき出しとなり結局は互いが最強の敵になってしまうのだ。しかし、土方はそうじゃねェと首を振った。

「テメェが張り合ってどうする。眼鏡の前で捕まって助け出される芝居を打て。さすがに町の治安を守る大正義の万事屋さんなら見過ごしはしねェだろ」

 意地悪そうな顔で笑った土方に神楽は驚いた。こんな顔をするのだと。しかし、その案は悪くはないと思っていた。だが、不安は大いにある。本当に新八は助けてくれるのか。もしそれすらも拒んだら――――もう一生立ち直れないかも知れないのだ。

「あいつが助けてくれるワケないでしょ」

 翳りのある顔でそう言った神楽に土方の目は急に鋭いものへと変わった。

「確かにそうかもしれねェが、飛び込む度胸も無え奴には何も掴めねェだろうな。それだけはハッキリと言える」

 新八とは顔を合わす度に喧嘩になるからと、神楽は会うことを避けて来た。それもそろそろ終わりにしなければ、新八を捕まえる事は出来ないのだ。傷付いても傷付けても、ぶつからなければ何も得られはしないのだから。

「……そうね、分かったわ。でも、誰に私を捕まえさせるの? その辺の賊くらいじゃ新八に怪しまれるんじゃない?」

 神楽がそうそう簡単にザコ共に捕まるワケが無いのだ。ましてや新八の剣の腕も大したものでボッコボコにしてしまうことだろう。適任などいないように思えた。しかしやはり土方は薄笑いを浮かべていて、神楽は眉をひそめた。

「俺か総悟、好きな方を選べ」

 神楽は耳を疑った。

「選べって……正気なのッ!?」

「他にいるか? 相手出来る人間が。それに今じゃ俺らもグレーな人間だ」

 確かにかつて真選組の副長だった土方と一番隊隊長の沖田なら、新八の相手には申し分ないだろう。

「選べとは言ったが、総悟の奴が協力すると思うか?」

「じゃあ、一択じゃない」

 神楽は肘を抱くと右手を顎に置き考えた。

 土方扮する賊に人質に取られた神楽を仮に新八が救い出す。案だけでいえばそう悪いものではないのだが、それだけで二人の距離が近付くとはどうしても思えないのだ。仮に助け出されたとしても、余計な仕事を増やすなと怒られて終わってしまいそうな気がする。しかし希望としては神楽を必死に救い出した新八の口から、やはり君がいないと僕は……なんて言葉が聞ける結末を望んでいるのだ。そうやって望むだけなら自由なのだが、それでも神楽はそんな結末など夢のまた夢だと思うのだった。

「とりあえずやるだけやってみる?」

 けれど、何事も行動なくして結果は得られないと言うことは知っている。一か八かやってみるよりほかはない。

「そうと決まれば、眼鏡を呼び出す時間と場所を決めてくれ。俺はテメェの言う通りに動いてやる。それと一応言っておくが、総悟には言うな。あいつに知れると厄介だ」

 神楽は分かったと返事をすると、土方の連絡先を聞いて市民会館から出たのだった。

 そうして飛び出してから気付いたのだが、何故土方は協力してくれたのだろうか。そんな疑問が頭に浮かんだ。もしかすると、遠い昔に郷へ残してきた女性への罪滅ぼしなんじゃないか。その女性に出来なかった償いを代わりに神楽で行おうとしているのではないか。何と無くそんな事が頭に過った。

「身代わりとか失礼しちゃうわ」

 そんな言葉を漏らしたが、神楽の顔はほころんでいるのだった。

 その後、神楽は新八に何と言って呼び出そうかと悩んでいた。話があるくらいでは来てくれそうにはないのだ。新八を動かすこれと言った何かが必要であった。たとえば、新八の大好きなお通ちゃん……と言ってもCDなんかは捨ててしまっていて、昔よりその熱は低いように思えた。そうとなればやはり銀時に関することが一番新八の気を引くことなのかもしれない。神楽は嘘も方便と自分に言い聞かせると、スナックお登勢へと向かうのだった。


 まだ営業前の暖簾のかかっていないスナックお登勢に着くと、神楽は引き戸を開けて勝手に店に入った。

「バアさん居る?」

 店の中には煙草を口に咥えたままのお登勢が一人居て、カウンターの中でグラスを磨いていた。神楽を一瞥すると何も言わずにカウンター席を見たのだった。その合図に神楽は椅子へ腰掛けると、少し乱れている髪を直した。

「何だい? もう腹が減ったのかい? 働かざるもの食うべからずだよ」

 お登勢はそう言うと持っていたグラスを背後の棚へと戻した。

「今日はそうじゃなくて……」

 神楽が今日来たのは、新八への連絡をお登勢に頼もうと思ったのだった。新八も人を寄せ付けない生活を送っていたが、ここには通っていたのだ。

「新八に伝言があるの。会って話がしたいから……」

「時間と場所は?」

 神楽は明後日の午後八時、港の中村屋の倉庫前にて待つことをお登勢に伝えた。そして、銀時の消息について情報を掴んだと付け加えた。

 お登勢はそれを黙って聞くと煙草の煙を天井に吹きかけた。

「嘘だね。あんた、新八相手には上手にやんなよ」

 簡単に嘘が見破られてしまうと、やっぱりバアさんには敵わないと苦笑いを浮かべたのだった。

「新八も昔とは違うから、そう簡単に騙されてくれるかしら……」

 するとお登勢はフフフと声を出して笑った。神楽は急に何事だと眉をひそめた。

「女の嘘に騙されてやるのがイイ男ってもんさ。あの子はどっちだろうね」

 お登勢はどこか楽しそうであった。神楽にすればこれが今後の新八との繋がりを決める一大事であるのに、その気楽っぷりに少々気分を害した。

「他人事だと思ってヒドイ」

 神楽は頬を膨らませるとカウンターに頬杖をついた。しかし、やはりお登勢は笑っていた。そうしてお登勢は仕込みを始めると、忙しそうに手を動かしながら神楽に話した。

「私はね、別にあんたらが喧嘩してようがくっつこうが構わないのさ。生きていてくれるだけでそれで。ホント銀時には感謝しなくちゃねぇ」

「銀ちゃん?」

 どうしてここで銀時の名前がでてくるのか、お登勢の気持ちなど考えたことのなかった神楽は全く分らなかったのだ。

「そうだよ、銀時はあんた達をこの街に残して行ってくれたじゃないか。それだけが唯一、私の拠り所さ」

 今まで銀時には置いていかれたとばかり思っていたのだが……お登勢の言葉に神楽は目が覚めた気分であった。

「もし、あんた達までいなくなっちまってたら、きっとこの町はもっと暗い影を落としてただろうね」

「バアさん……」

 神楽は少しだけ気持ちが明るくなった。自分は捨てられて置いていかれたものだとずっと思っていたのだが、どうしても銀時が大切に残しておきたかったものだったとしたら幾分か気持ちが楽になった。自分達は銀時にとって大切な存在だったのだと、この先も信じることができそうなのだ。

 そんな事を考えているとふと土方のことを思い出した。土方は捨てて行った側だと自分のことを言ったが、土方もきっと大切な人を大事に残しておきたかったのだろう。神楽はどことなく銀時と似ているものを土方に感じるのだった。

「じゃあ、そろそろ行くわ。新八が顔出すかもしれないし」

 神楽はそう言って席を立つと、スナックお登勢を後にした。




 あれから神楽は土方との打ち合わせを電話で済ませ、新八との約束の日を迎えた。会って喋りたいことは山ほどある。どうしても一緒にやれないのか、どうしても私を受け入れられないのか。本当は聞きたいことがいっぱいあるのだ。なのに本人を目の当たりにすると素直な気持ちなんてこれっぽっちも出てこなかった。それにやはり“後継者”は譲れないのだ。それだけはどんなに新八を望もうが引き換えには出来ない想いであった。

 時刻はあと十分で午後八時を迎えようとしている。しかし、まだ新八の姿は見当たらない。三十分前には倉庫の前に着き、いつ新八が来てもいいようにと待っているのだが、やはり来ないのだろうか。会いたくないのだろうか。暗い海を眺めて待っていると不安が募る一方である。

 この後予定では、やってきた新八に神楽が歩み寄ると、そこで以前に神楽によって潰された土方扮する賊の残党が、隙をついて神楽を倉庫の中へ連れ去ると言う計画だ。ある程度戦ったところで土方は退散し、後は残った新八と神楽で心を通わせる――――なんて本当にうまく行くのだろうか。

 神楽は頼りなく足元を照らす街頭の下で、新八が来るのをじっと待っていた。背は海に面しており、来るとすれば正面の方からなのだが。

「……し、しんぱち?」

 神楽は暗闇にわずかに浮かび上がる人影を見た気がした。カツカツと言う一定のリズムを刻む靴音、そして月明かりを受けて光る眼鏡。間違いない。こちらに向かってやって来るのは新八であった。神楽は震える胸に呼吸を乱すと、今すぐにでも駆け出して飛びついてしまいたくなった。しかし、それでは土方に捕まる計画は失敗となるだろう。神楽は駆け出したい気持ちを抑えると、徐々に近づく足音に息を飲んで立っているのだった。

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