フリスビー04:神楽side

 宴会場でその事件は起こった。誰かがお妙のグラスに間違って、うっかり間違えて酒を入れたのだ。飲んだお妙は勿論即ノックアウト……酒すり替え犯であるゴリラを片手で打ち負かしたのである。もはや虫の息の近藤はお妙に引きずられると、断末魔を上げながら宴会場から姿を消していった。その後を追って新八、九兵衛、東城が宴会場から出ると途端に室内が静かなものへ変わるのだった。

「近藤さんもほんっと懲りねえな」

 土方がそう言って呆れたもの言いをすると、沖田も肩をすくめて同じような顔をしていた。それは隣にいた山崎も同じであった。宴会場には同じバスで来た客も居て静かになったと言っても、神楽周辺以外は賑やかなものであった。神楽も殆ど食事を終えている為、お妙達の後を追おうとしたが……少し離れた所に座る桂と目が合ってしまった。先ほどのことを今の内にきちんと話しておきたいと思ったのだ。それも大勢の人がいる所で。神楽は立ち上がり桂の隣に正座すると、控えめな声で言った。

「さっきのことアル…………」

 すると桂は持っていた箸を置き、口元を手拭きで拭った。

「すまなかった。俺もどうかしていた。旅行ということで浮足立っていたのだろう。こんな機会はそうそうあるものではないとな」

 これではまるで愛の告白だ。神楽は赤い顔で桂を見ると軽く首を捻った。

「……よく平気で言えるアルナ」

「先ほどの事を思えば、これくらいなんて事はない。リーダーは俺を許してくれるか?」

 許す、許さないという事は考えていなかったが、責める気持ちは更々ないのだ。全ては自分の甘さであると神楽も思っていた。それに卒業を前に気まずい思いを抱いたまま別れるのは少々寂しいのである。神楽は頷くと桂に右手を差し出した。

「これで帳消しにしてやるネ。だけど、二度ともうすんナヨ」

 すると桂の口元に笑みが浮かんだ。

「ああ、次はもうない。すまなかった、リーダー」

 神楽は仕返しだと言わんばかりに桂の手を思いっきり握ると、潰す勢いで力を込めた。これにはさすがに桂も涙目で叫ぶと神楽はスッキリした表情で笑うのだった。

 だが、この二人の様子を悪意のある眼差しで見ている者がいるなど、神楽は全く気付いていなかった。


 食事を終えた神楽は一人で部屋に戻っていた。あの後、お妙達の部屋に顔を出したのだが…………地獄絵図であったのだ。長居は出来ないと適当に飛び出してくると時刻は既に八時半を回っていた。神楽はベッドにうつ伏せで寝転がりながら、ここには居ない銀八のことを考えていた。今頃何してるだろうとか、寂しくて泣いてないだろうかとか。連絡すれば良いのだろうが、やはりこちらから連絡は出来ない。それに話しなら旅行が終わって直接したいと思っているのだ。それまではまだ一人で考えていたい。そう思っていた。だが、銀八を掻き消すように浮かび上がる思いがあって…………沖田が伝えたいことが何であるのか、そればかりが気になっていた。これはもしかすると浮気心なのかもしれない。そう思うと神楽は慌てて飛び起きた。

「ち、違うアル! なわけねーダロ」

 そうやって分かりやすく否定するも、走りだす鼓動は誤魔化せそうになかった。だが、行けば桂とのような事が起こらないとも限らない。それを受け入れるつもりは全くないと思っているのだが、今の銀八にない熱い瞳が向けられてしまったら――――――神楽の心は大きく揺れ動いていた。それでも銀八の優しい腕や愛し方が恋しくて、この体はすっかり銀八のものである事を再認識した。それに沖田が何を思って神楽を呼び出したのか、それは沖田にしか分からないのだ。神楽や土方が思っているものではないのかもしれない。確かめるには沖田を訪問する以外に方法はないのだ。神楽は乱れた浴衣を直すと、沖田の部屋を目指すのだった。


 確か、先ほど宴会場で見た沖田の前に610号室の鍵が置いてあった。新八と東城が608号室だから、その辺りに固まっていることは間違いないだろう。神楽は髪を耳に掛けると610号室のブザーを鳴らした。

 ゆっくりと開くドア。そこから顔を出したのは、何故か隣の609号室に泊まっている筈の土方であった。

「何しに来た? トランプか?」

 神楽はどうやら部屋を間違えたようなのだ。ここで『沖田の部屋と間違えた』と口に出せば、沖田を訪ねた事が土方にバレてしまう。神楽は咄嗟に頷くと、土方の部屋へ強引に入ったのだった。

「そうネ! トランプしに来たアル」

 そう言って部屋の奥に行くと…………煙草のニオイが漂っていた。

「お、お前もしかして!」

 窓際のサイドテーブルを見れば煙草の箱と灰皿が置いてあり、風紀委員の癖にとんだ不良である事が窺えた。

「最低アルナ」

「悪い、黙っててくれ。てめェが急に来るから片してる間がなかったんだ」

 別に嫌な気はしなかった。銀八のもので慣れているからだ。そう思ってニオイを嗅ぐと、まだ銀八と離れて少ししか経っていないのにどこか懐かしい感じがした。

「山崎も近藤さんとこに行って今はいねェ。トランプつっても二人だと大して遊べねェだろ」

 神楽はその言葉に安心すると、この部屋から出る口実が出来たと喜んだ。

「じゃあ、また明日するアル」

「ああ、それが良いだろ」

 そう言って部屋から出ようとした時だった。この部屋のブザーが鳴ったのだ。土方と神楽は互いに顔を合わせると頷いた。何もやましい事はないのだが神楽は勿論、土方も『神楽がこの部屋にいることを知られたくない』と言った顔をしたのだ。ここに居るのはマズいと判断した神楽は、慌ててクローゼットに隠れて息を潜めた。ドアがゆっくり開く。神楽はクローゼットの隙間から部屋を覗くと、ドアの影から現れたのは山崎と――――――沖田の姿があった。

「山崎の野郎も姐さんに飲まされてこのザマだ。情けねえ」

 どうやらお妙に山崎はアルコール類を飲まされ、潰されてしまったらしい。それを沖田が迎えに行ったようなのだ。沖田は山崎をベッドに投げると、そのベッドの端に腰を下ろした。

「総悟は飲まされなかったのか?」

 土方が問えば、沖田はハァと適当な返事をした。

「俺ァ酌されるんなら、もうちっとバカみてーな女が良いや」

 何故かその言葉に神楽の心臓は期待するように激しく動いた。

 バカみたいな女とは一体ダレか? 神楽はその答えを知っている気でいた。

「つうか、もう用はねえだろ。俺ももう寝るつもりしてたんだ。お前も早く部屋に戻れ」

 しかし、そう言った側から土方は何かを思い出したように発言を撤回した。

「あー……待て、総悟。近藤さんを迎えに行かねーか?」

 その発言に沖田は分かりやすく眉を顰めた。

「何でィ、急に。俺は部屋に戻ってやっちまいてーことがあるんでィ」

 神楽は沖田が部屋から早く出て行ってくれれば、神楽もこの部屋から出ていけるのだ。土方の考えは分からないが、どちらにしても沖田が出て行ってくれるのなら何でも良かった。

「総悟、待て」

 土方は遂に沖田の浴衣を強く引っ張ると、無理矢理に足を止めさせた。これにはさすがに沖田も怪しいと思ったらしく土方に詰め寄った。

「何か知ってんだろィ。誰から訊いた? チャイナか?」

 神楽は自分の名前が出たことに飛び跳ねそうになるも必死に堪えた。体が小刻みに震え始め、声も出そうだ。だが、そんな神楽がクローゼットで隠れていると知らない沖田は土方の手を振り払うと、へへへと力なく笑い声を上げた。

「まさかとは思うが……自分は動く覚悟もねえ癖に邪魔だけはする、なんて言わねーだろーな」

「総悟、何を言うつもりだ」

 土方は焦ると神楽の入っているクローゼットに目をやった。

「何って……それで隠してるつもりなのかよ。惚れてんだろ?」

「言うな」

 だが、既に遅く神楽の耳に沖田の言葉は届いていた。

「チャイナ娘に」

 神楽はゆっくり呼吸をするもその震えは止まらず、沖田に見つかってしまうのではないかと生きた心地がしなかった。もし今見つかれば大きな誤解を招くだろう。何してたんだって話になって、それで――――――どうしてこんなにも沖田に誤解されたくないのだろうか。それを考えると急に胸の温度が下がり冷静になった。神楽は他の誰のものでもなく、銀八のものであるのだ。それなのに何故こんなにも……

「とりあえず言っとくが、邪魔するくらいならテメーもぶつかれって話だ。それが出来ねーのなら、黙って指咥えて見ててくだせェ。じゃあな」

 そう言うと沖田は部屋から出て行った。だが、神楽は聞いてはいけないことを聞いてしまったと、クローゼットの中から出る事が出来なかった。すると、それを察したのか外から土方が開けたのだった。やけに青ざめた表情で。

「出ろ……」

 土方はフラフラと窓際にまで行くと煙草を咥え火をつけた。

「……話、聞いてただろ。そう言うことだ。てめェが今夜総悟の所に行くのを俺はただ引き留めたかった。それ以外には何も望んじゃいねェよ」

 こちらに背を向けて煙草を吸う土方は、どこか銀八と重なって見えた。それなのにこんなにも行くなと言われると、どうしても行って確かめてみたくなるのだ。神楽は何も言わずに部屋から出ると、呼吸を整えて沖田の部屋のブザーを鳴らした。

 何してんダヨ…………

 そう心で呟くも、もうブザーは押されてしまった。ここまで来たら後悔しても遅いのだ。沖田の目的を確かめずには戻れない。ただここまでしてどうして沖田の目的……気持ちを確かめたいのか。もしかすると鼻を明かしてやりたいのかもしれない。『ほら、沖田は《そんな事》考えてなかったダロ』そう言って吠え面をかかせたいのだ。銀八や土方、そして自分自身に。沖田は神楽をそんな目で見てないのだと、いつまでも本当に喧嘩相手なのだと……

「本当に来んなよ」

 そう言って開いたドアの先に居た沖田は、今まで一度も見せたことのない表情をして立っているのだった。


 神楽が一歩部屋へ足を踏み入れるとドアは閉まり、二人だけの空間が出来上がった。照明の少し落ちた部屋と空調の音以外存在しない密室。沖田は神楽をドアに押しやるように手をつくと、まるで閉じ込めるように鍵をかけたのだった。

 もうきっと逃げることは出来ない…………

 神楽は間近に迫る沖田を見上げていた。緋色の瞳をジッと見つめる。沖田の神楽を見つめる視線は順番に、薄い浴衣の胸元や白い肌、そして桜色の唇へと移っていく。この雰囲気を神楽はよく知っていた。銀八と幾度となく塗れた瞬間だ。キスをする少し前の時間。神楽は呼吸をひどく乱すと沖田に言った。

「呼び出した用って何アルカ……?」

 神楽の顔に沖田の熱い息がかかる。それに目をキツく瞑ると、神楽は下唇を噛み締めた。

「テメーがアホで本当に俺ァ……救われたぜィ」

 そう言った沖田は獲物を狩る獣のような目で神楽を見下ろしているも、どこか柔らかな笑みを携えていた。神楽は薄目でそれを確認するとゆっくりと目を開いた。

「アホってどういう意味ネ、バカに言われたくないアル」

 沖田の手が神楽の火照っている頬へと伸びる。それがくすぐったく逃げたいと思うのだが、久々に激しく脈打つ胸に神楽は流されてしまいそうになっていた。

 このまま静かに目を閉じればきっと………… 

 部屋には沖田と神楽以外の人間は存在しない。何が起こっても誰にも知られる事はないのだ。

「うるせェ口でさァ……少しは可愛げのあること言えねェのかねィ」

「十分、可愛いダロ…………」

 沖田の手が後頭部へと回る。そして、鼻先が触れる距離にまで顔が迫ると沖田は囁いた。

「ああ、かもな」

 こんなにも素直に言葉を吐く沖田など、神楽は一度も知らなかった。こうなる事が分からなかったわけではない。それにどこか期待もしていた。心地よい刺激を与えてくれるのではないかと。だけどやはり、神楽にとって沖田はいつでも本気で殴り合える喧嘩相手なのだ。それ以上の関係には踏み込めないと、神楽は咄嗟に顔を横に向けた。

「ごめんアル……」

 キスを避けた神楽に沖田の表情は一気に曇ると、神楽から少し離れて目を細めた。

「土方さんか?」

 神楽は首を横へと振った。何故避けたのか理由を言わなければ、きっと今夜は帰してもらえない。神楽はゆっくり唾を飲み込むと、痺れている舌で言ったのだった。

「お前とは……そんな関係になりたくないアル……」

 すると沖田の表情は崩れ、悔しそうに眉間にシワが寄る。

「なら、誰なら良いって? 言えねェのかよ」

 神楽は銀八を頭に思い浮かべると、言ってしまおうかと悩んだ。言えば沖田が振られた腹いせに学校へ報告しないとも限らないのだ。だけど、今口に出して言えないのなら、銀八との関係は終わらさなければならないと、神楽は覚悟を決めた。

「銀ちゃんアル、私は銀ちゃんとしかキスしたくないネ」

 その言葉に沖田は目を泳がせると、再びドアに手をつき神楽を見下ろした。

「…………銀八がてめェになびくとも思わねーけどな」

 神楽はその言葉に少しだけ口角を上げると言ってやった。

「本当にそう思ってんのカヨ……銀ちゃんの世界では私が一番アル」

 その発言に沖田は全てを悟ったのか目を見開くと、切迫した表情で問い質した。

「ってことは……銀八とおめェは…………」

「うん」

 神楽は頷くと今夜だけは全て話してやろうと思ったのだ。自分と銀八の秘密を。これが心を素直に見せてくれた沖田へのせめてもの誠意である。神楽は沖田の体を押し返すと俯いた。

「銀ちゃんとは、キスもしたし……エッチもしたアル……休みの度に家にも遊びに行くし……」

 沖田は明らかに苛立った顔をすると、足をパタパタと動かしスリッパをリズムよく床に打ち付けた。

「それならなんで来た? その気があったから来たんだろーが」

「分からんアル……でも、お前には下心とか、なんかそんなもんないって思ってたアル」

「随分と勝手な話でさァ、てめェですら銀八の×××シャブッて、×××ハメてる癖に」

 神楽は顔を真っ赤にするも否定はしなかった。それが余計に沖田を苛立たせたらしく、床に打ち付ける足音が更に大きなものへ変わった。

「今すぐ出て行けよ、行かねーってなら、ここで何されても文句は言うな」

 神楽は沖田の部屋から出るとエレベーターに乗り、自分の部屋へと向かった。


 どんなに否定したくとも沖田は神楽に惚れていて、ただの喧嘩相手では収めることの出来ない想いを抱いていたのだ。本当に沖田の言うように身勝手であったと神楽は反省していた。銀八との関係を沖田に明かしてしまったこと、もう前のような関係に戻れないこと。後悔も大きいのだが、それでも本当に何が大切であるのか改めて分かったような気がしていた。どんなにふらついても、今の関係が新鮮味のないものでも、やはり落ち着けるのは銀八の腕の中だけなのだ。

 部屋に戻った神楽は旅行から帰ったら会えないかと、銀八に連絡を入れることにした。時刻はもう深夜に迫っているのだが、神楽は銀八のケータイに電話をかけた。コール音が鳴り響く。暇なのだから電話に出られないと言うことはない筈だ。だけど、どれだけ経っても銀八が電話に出ることはなかった。しばらくすると留守電に切り替わり、やけに無機質な電子音が耳をつんざく。

「銀ちゃん、明日そっち着いたら会いたいアル。じゃあネ、おやすみ」

 伝言を残した神楽はベッドに倒れこむと、銀八を想いながら眠りに就くのだった。


 翌日、目を覚ました神楽はケータイの着信履歴を見て驚いた。あれから三十分後に銀八がかけ直していたようなのだが、その数は九件と表示されていた。そして、一件だけ留守電が入っていることに気が付くと耳を押し当てて、どれくらいかぶりに愛しい男の声を聞いたのだった。

《神楽、着いたら連絡しろ。駅まで迎えに行ってやるから。それから、土産だけど木刀とかそう言うのいらねーからな。あんなもん使い道ないから、どうせ押入れに眠ったままになるし。あとな――――》

 伝言はそこで途切れていた。神楽はしゃべり足りないであろう銀八に早く会って、いっぱい話を聞いてやろうと思っていた。昨夜まであったモヤのような気持ちはすっかり立ち消え切り替えると、神楽は帰り支度をして部屋から出るのだった。




 気まずい空気の流れるバスは駅に着き、ようやく慣れ親しんだ空気を肺に取り込んだ神楽は銀八へと電話を入れた。

「…………今、駅着いたネ」

「ん、じゃあ今から出るから、五分待っとけ」

 分かったと電話を切った神楽は、談笑しているお妙達の元へと駆け寄った。

「神楽ちゃん、九ちゃんのパパ上が送ってくれるみたいだけど、どうするの?」

 新八がそう言ってくれたのだが、神楽は苦笑いを浮かべると濁しながら答えた。

「あー……私はもう迎えが来るアル」

 そこで神楽はお妙や九兵衛、そして新八と別れることになった。だが、新八だけはその場に残ると、神楽の隣に立っていた。

「なんで、お前行かなかったネ?」

「なんでだと思う?」

 もったいぶったような言い方の新八に神楽は苛立つと、ブーツの先で足を蹴った。

「いいから言えヨ」

 すると新八は頬を染めて神楽に言ったのだった。

「来週には卒業でしょ? だから、少しでも一緒にいたいと思ったんだ」

「お、お前もしかして私のこと……」

 神楽の言葉を遮って新八は違うと叫ぶと、通りの向こうを見てニヤッとした表情になった。

「銀さんが来るまでちゃんと護らなきゃって思っただけだよ。その辺りに神楽ちゃんを狙ってるハイエナもまだいるし、銀さんは……ほら、あんなところで信号に引っ掛かってるし」

 神楽も新八と同じようにニヤッとした笑顔になると、信号待ちをしている銀八に手を振った。すると銀八は焦ったように周囲を見回し、やめろと首を左右に振る。そうしている間にも信号は青に変わり、スクーターに乗った銀八が到着した。

「じゃあ、僕は行くから」

「あ、新八!」

 新八は銀八と同じタイミングで着いたバスに乗り込むと、あっさりと行ってしまった。

「おかえり」

 そう言ってヘルメットを投げた銀八に神楽はどれくらいか振りに笑顔を見せると、少しだけ照れくさい気持ちで言葉を交わした。

「ただいまアル」

 ヘルメットを頭に被った神楽は銀八の後ろに飛び乗ると、腰をしっかり抱いたのだった。もう離れないと、揺れたりなんかしないと言うように。


 アパートに到着すると、軽い足取りで神楽は階段を昇って、そして合鍵で玄関に入った。懐かしくて安心できる匂いだ。すると、すぐ後から玄関へと入ってきた銀八は…………神楽を後ろから抱きしめると、ゆっくりと呼吸をした。

「もう、戻って来ねーのかと思ったわ」

 神楽は自分の正面に回った銀八の腕を掴むと、静かに言った。

「うん、なんとなく私もそんな気がしてたネ。だけど、やっぱり銀ちゃんが好きだから……」

 神楽はこうして自分を抱きしめる銀八が、体だけを求めているだとか、都合のいい女子生徒扱いをしているだとか、もうそんなふうには思えなかった。神楽の存在を強く愛していると感じたのだ。

 神楽は銀八の腕の中で体勢を変えると、正面を銀八へと向けた。

「とりあえず買って来たお土産食べようネ!」

 すると銀八も柔らかく笑った。

「ちゃんと銀さん好みのもん買って来たんだろーな?」

「当たり前アル! 私を誰だと思ってるアルカ? お前の彼女ネ!」

 神楽は銀八の手を引くと、早くと急かして居間へ向かうのだった。


2015/08/04