A friend in need is a friend indeed:02


 銀時は先ほど別れた沖田との会話を思い出していた。宗助の父親がどんな人物であったのか。その情報を沖田は銀時に事細かく話したのだ。宗助の父親と言う男は――――――

 万事屋まで戻って来た銀時は、さてこれからどうするかと考えながら玄関の戸に手を掛けた。すると突然、室内から神楽の叫ぶ声が聞こえたのだ。

「いやああああ!」

 考えられるのは、宗助を追っているであろう黒龍が万事屋を突き止めたと言うことであった。焦った銀時はブーツのまま室内に踏み込むと、目に入ってきた光景に息を呑み込んだ。居間に入れば動かなくなった新八が床に突っ伏しており、神楽はと言えば…………宗助にその大きな乳を揉みしだかれていたのだ。それもかなり激しく乱暴に。

「おめェらッ! 紛らわしいんだよッ!」

 青筋をこめかみに浮かべた銀時は宗助を神楽から引き剥がそうとして、倒れている新八に足首を掴まれた。

「僕の設定は神楽ちゃんをさらう暴漢で、宗助は万事屋宗ちゃんで、神楽ちゃんはお姫様で、えーっと銀さんは…………」

 銀時は万事屋ごっこの設定を語る新八を踏みつけると、宗助の頭を景気良く叩いたのだった。

「バカヤロー! 万事屋名乗るにはあと二十年はえーんだよ! 下の毛も生えてねえ内に万事屋名乗るんじゃねえ!」

 宗助は叩かれた頭を押さえると、鼻を垂らして銀時を睨み上げた。その大きな目には涙が溢れていた。

「いってェエ工! 父ちゃんにも殴られたことねえのに!」

「言ってろ。神楽、お前もなあ!」

 神楽は赤い頬でこちらを見上げているのだが、何となくそんな顔は見ていられないと銀時は視線を逸らした。どうもこちらが気恥ずかしい気分になるのだ。

「んなことより、宗助。風呂入って来い。汗だくじゃねえか」

 しかし、宗助は銀時からプイッと顔を横に向けると、媚びるような甘えた目で神楽を見つめた。

「……神楽ねえちゃん。オイラ、まだ一人で風呂に入れないんだ」

 そう言って宗助が神楽に飛びつくと、まだ赤い困ったような顔が銀時へと向いた。

「ど、えっ? 銀ちゃん、どうしたら良いネ?」

 銀時の頭に神楽と宗助が楽しそうに風呂に入る映像が浮かび上がる。惜しげも無く白い柔肌を晒す神楽と、鼻を垂らし子供らしからぬ手つきで神楽の生乳を揉む宗助の姿が――――――

「ああッ! ンなもんダメに決まってんだろ! 風呂なら新八と入れ!」

 しかし、起き上がり床に座っている新八は絶対に嫌だと言った顔をしている。それは宗助も同じであった。

「神楽ねえちゃんと入れないならまた泣くぞ!」

 そう言って脅しをかける宗助に神楽は簡単に折れたのだった。

「もう仕方ないアルナ。じゃあ、今日だけアル」

 その言葉に跳ねて喜ぶ宗助。銀時のこめかみには青筋がクッキリと浮かび上がっていた。

「オイ! かぐらァ! お前、ガキとは言え男だぞ? 嫁入り前に何考えてんだよ!」

「銀ちゃんこそ何言ってるアルカ? まだ五歳の子供に男も女もないアル」

 すると神楽に抱きつき胸に顔を埋めていた宗助がこちらを横目で見ると、ニヤリとほくそ笑んだのだった。まるで『してやったり』と言わんばかりに。

「ああああ! ほら、今の顔! 見ただろ? あの憎たらしい顔。お前絶対やめとけって」

 しかし、神楽はもう銀時の言葉を聞いてはおらず、宗助と風呂へ向かっていた。

「銀さん、気持ちは分かりますが子供には勝てないですよ」

 新八の分かりきったような言葉に銀時は余計に苛立った。

「はぁあ? 何ッ? 別に勝ちたいとか思ってねえけどォォオ!」

 そう怒鳴ったがすぐにトーンを抑えると考えこむように言った。

「…………ンなことより、あんまり懐かねえ内にどうにかしねーとな」

 銀時は先ほど沖田から聞いた話を思い出していた。


 あれは今から一時間ほど前のことだ。ファミレスでチョコレートパフェを食べながら聞いた話。宗助の父親についてのことであった。宗助の父親・茂吉は子供を一人で育てながら、大工として目まぐるしく働いていた。そのわりに暮らしは質素で、古い長屋に親子二人で暮らしていた。どうも数年前に病気で亡くなった妻の高額な医療費をいまだに病院へ返済しているようなのだ。そこまで話して沖田は言った。

「黒龍はクスリの密売も行ってたって話だ。日の高い内しか仕事のない大工には、もってこいの裏稼業でさァ」

 つまり茂吉は……昼は大工として働き、夜は吉原の遊女相手にクスリを売っていたようなのだ。いくら金が無いとは言え、許されることではない。だが、手詰まり感を覚えていた沖田にとって茂吉の発見はかなり大きな成果であったようだ。そうして真選組が黒龍の影を突き止め、尻尾が掴めないかと見張っている最中…………それは起こった。茂吉が大江戸木材の事務所から何かを持ちだしたのだ。尋常じゃない程に周囲を警戒する様子にすぐに『組織を裏切った』ことは分かったと言う。沖田達がそのまま茂吉を追っていると、公園の茂みで子供に紙の束を渡す所を目撃した。茂吉を捕らえてしまうのは簡単だったが、まだ泳がせるべきと判断しそちらは山崎に尾行を任せ、沖田は子供を追ったのだった。リストさえ手に入れば事件解決に結びつくと考えていた為である。だが、それは甘いものであったと沖田は言った。

「取り逃がした後、すぐにザキから連絡が入って…………」

 どうも数人に茂吉が取り囲まれたと思ったら、あっと言う間に消えてしまったのだ。拉致の瞬間であった。結局そうした経緯から、沖田達が宗助を追う必要がなくなったのだ。黒龍が表立って動いたお陰でだ…………しかし、茂吉の行方は依然として不明。向こうも巨大な犯罪組織という事もあり、そう簡単に足はつかない。だが、それでも一つ動きがあるとすれば――――――

 銀時は別れ際に聞いた最後の言葉を思い出していた。

「黒龍が手を下すとすれば、あのガキと名簿……そして匿っている万事屋だけだ」


 銀時は沖田から聞いた話を新八へと話していた。真選組が黒龍を潰すまで危険がつきまとうと言うことを。組織のメンツの為に、子供一人ですら全力で潰しに来る可能性があることを。

「遠い親戚にでも預けるのが、あいつにとって休まるものかもしれねーが……」

 あれだけ神楽に懐いているところを見ると、引き離すのは非常に辛い作業であった。何よりも神楽が弟のように可愛がっているのだ。

「それにしても宗助くんのお父さん……無事だったら良いですけど…………」

「どんな理由があったにせよ片棒担いでた以上、無事で済むとは思えねぇけどな」

 銀時も本当ならば真選組のように乗り込んで行きたかったが、今はここを護る役目がある。危険を犯してまで茂吉は宗助を万事屋へと預けたのだ。ここに持ってこさせた名簿等がなければ、子供の戯言だと言って聞き入れてもらえないとでも考えたのだろう。銀時は茂吉がそうまでして護りたかった宗助を何としてでも護り通してやろうと思ったのだ。父親の気持ちが分かるわけではないが、愛するものを護りたいと言う気持ちはよく知っている。

「とりあえずこの話は神楽にはするなよ。あいつなら一人で乗り込むとか言い出すだろうからな」

 新八はええ、と言って頷くと夕食の用意を始めるのだった。


 神楽と宗助が風呂から上がってすぐに夕御飯となった。しかし、神楽の顔は赤く、銀時も新八もただのぼせているだけではないと睨んでいた。

「神楽、何があったんだよ?」

 銀時がそう問うも神楽はブンブンと首を横に振るだけだ。だが、銀時も新八も絶対に宗助が何かをしたと確信していた。

「宗助、神楽に何したんだよ? また乳揉んだのか? ほんっとに末恐ろしいガキだな。その手の早さは父ちゃんに似たのか?」

 しかし、今回ばかりは揉んでないと宗助は言った。その発言に神楽は慌てて宗助の口を押さえるも、残念ながら言葉が出た後であった。

「揉んだんじゃないや、飲んだんだ」

 神楽の白い顔が真っ赤に染まると、新八も真っ赤な鼻血を噴き出していた。銀時はさすがにそこまでではなかったが、なんとも言えない気分になった。

「の、飲んだって……なんか出んのかよ…………」

 すると神楽は怒ったような顔になると、まくし立てるように喋った。

「だって急だったアル! そんなん避けられるわけないネ! 触られるくらいならもう慣れちゃったけど、まさか……だって……」

 だから言っただろと銀時は目で訴えると、神楽ももう宗助と言えども油断は出来ないと思い知ったようだ。別に神楽自身が良いと言って風呂に一緒に入ったのだから、自己責任だろとは思うが……少々可哀相であるとも思っていた。

「これに懲りたら夜は一緒に寝るな」

 神楽は宗助を見つめると…………しかし『うん』とは言えないようであった。