※2年後設定/銀神/桂神/土神/沖+神
玄関の戸を見れば室内の灯りが透けていた。銀時が寝ずに待っているのだろうか。そっと戸を開ければ番傘が立てかけてあり、ブーツがちゃんとそこにはあった。顔を合わせたくはなかったが、神楽は居間へと向かった。
「…………ただいま」
「神楽」
ソファーでうつぶせ寝している銀時はこちらを見ずにそう言った。神楽も返事をすることなく銀時の元へ行くと、見えている背中に寝転んだ。そして、しがみつくとどれくらいか振りに銀時を感じたのだった。
やっぱり好き。
そんな気持ちが止めどなく湧き上がってくる。だが、銀時はぴくりとも動かない。
「なんで探したアルカ?」
すると、銀時は静かに体を回転させるとこちらを向いた。そして腕を伸ばすと神楽の首をトントンと指で叩いた。
「なぁ、神楽ちゃん。前に言ってたよな? 友達ん家に傘忘れて来たって」
先ほど玄関に立てかけてあった紫の番傘を思い出した。桂のところへ置いたまま引取に行くことを忘れていたはずなのだが…………それがあったと言う事は桂が持ってきたと言う事だろうか。神楽の額に汗が滲む。しかし、銀時も同じように焦ったような表情をしていた。
居なかった間に桂が傘を持って来たのだろうか。何て答えよう。銀時に先ほど飛び出してしまった事について何かを言うよりも、今は傘の事で頭がいっぱいであった。怪しまれているだろうか。どうして嘘をついたと怒っているのだろうか。
神楽は長い髪を耳に掛けると銀時の腹の上に座った。
「玄関から物音が聞こえて、お前かと思って出てみたら……傘が置いてあってよォ。階段の下を覗いたらヅラが居たんだけど、アレは確か忘れて来たんだよな? 友達ん家に」
神楽は銀時から目を逸らさなかった。正確には逸らせなかったのだ。それは何故かハッキリと分かっている。今から嘘をつくからだ。
「うん、そうアル。友達の家に忘れてきたネ」
体を起こした銀時の顔が歪んで、そしてどれくらいか振りに神楽を強く抱きしめた。
「バカヤロー…………」
そう言った銀時は震えていた。それを神楽は恐怖に感じると、銀時を抱きしめ返すことが出来なかった。ミスを犯した。きっとそうだと神楽は確信していた。
「お前気付いてなかったけど、あの日誰かに抱かれたろ。首に痕がついてたんだよ」
悔しそうに怒りを噛み殺すように銀時は言った。神楽はその言葉を聞いて初めて自分の犯したミスが何であったのかを知ったのだった。
桂につけられたキスマーク。慌てて首を押さえるもそこにはもう何もない。しかし、銀時は目撃していたのだ。だからあの日そこへ重ねて首を吸ったのか。取ってやるとの意味を込めて…………
神楽はそのことを知らなかった。気付いていたのなら何故、銀時は黙っていたのだろうか。それが分からない。
「どうして気付いてたのに教えてくれなかったネ」
「出来ることなら知りたくなかったよ、ンなもん。誰が相手だとか」
神楽の首に顔を埋めている銀時はやはりまだ震えていて、それが怒りによるものなのか、それとも悲しみなのか何一つ分からないのだった。
体を重ねても、抱きしめていても、こんなに側にいても心が見えない。神楽はこれが銀時と自分の最短距離なのだと諦めていた。
「分かるか? 神楽。俺は今、お前も…………ヅラも両方失ったんだよ。いっぺんにな」
銀時にとって神楽も、そして桂も大切な存在だった。そんなことを神楽はようやく分かったのだ。そして深い後悔が生まれた。
「ごめん……アル…………」
「謝ってもおせーよ」
今更、銀時に愛されていたことを知った神楽は、自分の犯した罪と愚かさに奥歯を食い縛った。
銀時が心を見せないのであれば、傷つく覚悟を持って飛び込めば良かっただけなのだ。胸の中へ。それを避けて銀時を傷つけて…………だが、それでも神楽にはこの道しかなかったのだと、全てが終わってしまった今どうすることも出来なかった。
「惚れてんのか?」
神楽はそれになんと答えるべきか分からなかった。首を横に振れば問題は厄介なことになる。だからと言って曖昧な気持ちなのに好きだとは言えない。それに一週間、桂に会っていないと言うのに神楽の寂しさは膨れることがなかった。あの時限りの関係で、桂も遊びだったのだろうか。いや、それとも本気だったから、神楽が逃げ出した事にショックを受けたのかもしれない。結局は何も分からないのだ。しかし、分からないなりにも見えていることはある。銀時が自分を探していると沖田から聞いた時、胸が張り裂けそうであった。それは間違いなく銀時を心の中に置いているからで、どんなに誤魔化しても浮かび上がる気持ちを沈めることは不可能である。
銀時が好きなのだ。誰と何をしても、どこにいても、眠っていてもいつでも。
だが、今更口に出すことは出来ない。今までとは違う。傷つくことを恐れているからではない。口に出す権利が失われてしまったからだ。銀時から桂を奪い、そして自分自身をも奪ってしまった。これが見ず知らずの人間なら違ったのかもしれない。桂だからダメだったのだ。
「神楽、それでも良いから俺の側にいてくれ」
耳元で聞こえた弱々しい声。神楽は鼻の奥が痛んで、喉が絞られた。
傷ついても構わないから――――――銀時の言葉は悲痛であった。
どうしてそんな事を言うのか。やめてと叫んでしまいたかった。
「正直、どうやって愛せばいいとか、そういう事がわかんねぇんだよ」
きっと銀時なりに精一杯神楽を愛していたのだろう。それが正解かどうかは誰も測ることは出来ないが、神楽にとってそれは正しい答えではなかった。
もっと言葉でちゃんと教えて欲しかった。そう思わずにはいられないのだ。
「ダメだったか? 抱くだけじゃ伝わらなかったか?」
「…………わからんアル。銀ちゃんが何を思ってたかなんて全然」
抱きしめあっているがもう二人が交わることはないのだろう。神楽はそんな事を考えていた。瞳から大粒のナミダが流れ落ちる。それが頬を伝って銀時の着物へ吸い込まれていく。そう言えば、あの口紅は一体何だったのか。気にはなっていたが今更もうどうでもよかった。銀時が一番愛していたのは自分だったからだ。それさえ分かればもう十分であった。
「いや、お前……少しくらいは伝わってなかったか? あんなに×××時間かけてしてやっただろ」
神楽は泣きながら吹き出して笑った。
「やっぱりデリカシー無いアル」
「神楽」
真面目な声が聞こえた。今から何か重要なことを言うのだろう。それを神楽は受け入れなければならない。緊張が走った。
「…………ちゃんとするから。だから、どこへも行くな」
逃げてばかりの自分で良いのだろうか。傷つけもしたし、救いのない未来になるかも知れない。それでも良いのだろうか。
自堕落的でどん詰まりのような恋愛。この際、神楽は落ちるところまで落ちてみようと覚悟を決めた。そう思わせたのは他でもない、すがりつくようにこの身を抱く銀時だ。
「どこにも行かないアル。銀ちゃんがそう言うなら、そうしてやるネ。でも、もっと早く知りたかった。こうなる前に早く」
「いいんだよ、もう」
擦れたような目の銀時が神楽を見つめた。
狭い穴ぐらのような万事屋の押入れで、神楽は望んでいたそれをようやく手に入れた。銀時の瞳や濡れた髪、熱い体ではない。神楽だけを求める心だ。手のひらに触れる灼けるような皮膚。それを神楽は銀時の背中に回した手で感じていた。
「離れたくないアル……」
神楽がそう呟けば、銀時が答える。
「新八にも言う、それにヅラにも」
「元に戻れるアルカ?」
「さぁな、それは……あいつ次第じゃねぇの?」
そこから会話は途切れ、神楽の唇は銀時のもので塞がれた。そして深く絡まって、だらしなく漏れだす。もう何も我慢しなくて良いのだ。甘い声も欲情する想いも銀時への愛情も全て。
「言ってヨ、好きって、ちょうだいネ」
銀時は目を閉じると軽く頷いた。
「好きだって、わかんだろ? もう…………」
「もう一回、言ってヨ、あッ、それだけじゃ、あぁッ、わからんアル」
体の中は満たされ、そして心も満たされる。その瞬間、神楽の意識は揺らぎだし、夢か現実か分からない狭間に落ちる。
きっと夢かも…………
そう思っているが、自分に覆いかぶさる銀時から落ちる汗は、ハッキリと体に染みる。狭い押入れ内に響く音も幻聴だとは思えない。指を絡めるように手を繋いで、体も繋いで、舌も、視線も全てを繋いで神楽は仰け反った。しかし、まだ熱を持ち続ける体。こんなものくらいでは補えないと、再度神楽は銀時を求めた。
「今夜は寝かせないアル」
その言葉に嫌そうに目を細めた銀時だったが、口角は上がっていた。
「夜兎の体力に俺がついていけるとでも思ってんの? まぁ、そんな神楽ちゃんが好きだけど」
掃き溜めのような町でぐだぐだと男女が揉めて、絡まって、契り合う。それは他人から見れば非常に滑稽であり、見苦しいものだ。それでも当人達は必死にもがいて、もがいて、あるかどうかも分からない愛を探しているのだ。
2015/07/08
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