守られない約束/桂神+銀神※(リクエスト)

※2年後

銀神から始まって桂神で終わります。


 

 切ない声で名前が呼ばれる。

「神楽」

 しかしそれをただの音声として捉えている自分がいた。神楽は自分に被さる銀時を見ながら、全く別の事を考えていたのだ。繋がっている体と体。摩擦音と銀時の息遣い。白い肌の上に落ちてくる雫は何の結晶も生まない。神楽はそんな事を思いながらボンヤリとただ銀時を見つめていた。すると銀時の顔が歪み、そしてわずかに震えると神楽の胸に銀時が倒れ込んだ。そんな愛すべき男に神楽はどこか冷めた気持ちでいるのだった。

 いつもこうだ――――と。

 銀時のことを嫌いになったわけではない。そう思いたい。だが、いつも銀時の勝手で事が始まり、銀時の勝手で事が終わる。神楽はその行為そのものが好いと思えなくなっていた。気持ち良くないのだ。

 疲れ果てて隣の布団で眠っている銀時を神楽はウンザリとした気持ちで見ていた。1回のセックスよりも、10回のキスの方が良いし、100回の抱擁を望んでいる。それなのに銀時は神楽の話を聞く相手もせず、1回のセックスで全てを済ませる。まだ若い神楽にしてみたらもっとトキメキが欲しかった。熟年夫婦のような関係なんてまだあと20年は要らないくらいだ。

 

 神楽はシャワーを浴びて寝室へと戻って来るも銀時の隣で眠れる気分じゃなかった。少し考えて、いつも着ているチャイナドレスに着替えると夜の街へと繰り出した。

 繁華街を歩けば老いも若いも皆が欲に塗れた顔で歩いていた。いかがわしい店から出て来る男も、ホストの隣で腕を組み歩いている女も、この街では皆がセックスの為に生きているように見えた。気が休まらない。神楽はそんなものから一番遠く離れた人物の元を目指していた。禁欲的に過ごすあの男の側なら、聖域のように身を休められる気がしたのだ。神楽は堅物で有名な桂の隠れ家まで足を運んだ。

 

 街の様子と何となくの雰囲気で桂の今夜の寝床を当てた神楽は、古いアパートの部屋の前に立っていた。

「……ちょっと良いアルカ?」

 その声にすぐにドアが開かれた。そして神楽は腕を掴まれると吸い込まれるように部屋へと消えた。

 薄暗い常夜灯だけで照らされた室内。神楽はと言うと桂と思われる男の腕の中で背後から口を手で塞がれていた。

「先ほど真選組をまいた所だ」

 そうとは知らず神楽は少々間が悪いと思った。今日はもう疲れている。余計なトラブルに巻き込まれるのは御免であった。

「……何の用だ? こんな夜更けに」

 ようやく口を自由にしてもらった神楽は別にと小さく呟いた。特に理由はないのだ。休みたかった。本当にそれだけである。

「用がないと来たら駄目アルカ?」

 妙なことを言っている自覚はあった。何もないのに来たなど、全く理解出来ないものだろう。しかし、桂はそうは思っていないようで納得したような声を漏らした。

「あぁ、そんな日があってもいいだろう」

 耳元で聞こえた桂の囁くような声に神楽はゾクリと身を震わせた。

「それよりも、もう離せヨ」

 神楽が桂の腕の中でもがくと、桂もようやく神楽の体から離れたのだった。

「……俺はもう寝る。話なら明日にでも聞こう」

 そう言って桂は小さな部屋に布団を敷くと、着ている羽織を脱いだ。神楽はその様子を突っ立ったままボンヤリ見つめていると、暗がりでも桂がこちらを見ているのがわかった。

「どうしても今が良いのか?」

 神楽は首を横に振ると部屋の奥へ移動し、窓枠に腰をかけた。

「お前は寝ても良いから、だからもう少しここに居させてヨ」

 むしろ眠ってくれた方が好都合である。神楽も何かを喋る気にはなれなかったのだ。桂はその言葉を聞くと布団に入り、体を横たえた。

「好きにすると良い。ではリーダー、グッナイ」

 相変わらずセンスの古さが気にはなったが、こいつだけは今も昔も変わらないと安心出来た。昔とはすっかり変わってしまった自分達とどうしても比べてしまうのだ。銀時と体を結ぶ前はこんな虚しい気分になる事はなかった。銀時だけが気持ち良くなって勝手に果てる。それは本当にセックスと言えるのか。神楽には分からなかった。夢を見ているわけではないが、セックスはもっとトキメキや愛があるものだと思っていたのだ。お互いの胸が高鳴って、離れたくなくなるような。そんなものは存在しないのだろうか。世の中の男女は皆がこんなセックスの為に生きているのか? ネオンの輝く街並みに神楽は溜息をついた。

 窓に浮かぶ冴えない顔。すると背後で物音がして……桂が布団の上に体を起こしていた。

「眠れんぞ」

「悪かったナ」

 好きにして良いと言ったのはそっちダロと神楽は思いながらも何も言わなかった。

「そんなに何を悩んでいる? 銀時のことか?」

「嫌な奴アルナ」

 わざわざ起きてまでほじくって欲しくはない。だが、桂は本当に眠気も覚めてしまったのかこちらを真っ直ぐ見ていた。神楽は長く伸びた髪を耳にかけると足先を見ながら答えた。

「……なぁ、お前はセックス好きアルカ?」

 桂は急いで布団を頭から被るとイビキをかいて寝始めた。そんな慌てる桂の姿に神楽はクスッと笑うとほんの少しだけ気持ちが軽くなった。

堅物で真面目過ぎる男――――だが、それが桂なのだと神楽は安心出来た。そう思うと途端に眠気に襲われ、神楽は勝手に押入れから布団を引っ張り出すと畳の上に敷いたのだった。これには桂のイビキも止まり、声が聞こえて来た。

「リーダー、何のつもりだ」

「何って、ちょっと寝かせてヨ。良いダロ別に」

 神楽は桂の隣に敷いた布団に寝転がると横を向いて猫のように体を丸めた。

「……じゃあ、おやすみ」

 そう言って神楽は目を閉じたが、体を起こした桂に布団を剥ぎ取られてしまった。

「好きにすると良いとは言ったが、誰も布団で寝ても良いとは言っていないぞ!」

 しかし、神楽も負けじと布団を引っ張った。

「ケチ臭いアルナ! なんの不満があるネ! 美少女が隣で眠るアル! 有難いと思えヨ」

 桂は不毛な争いだと思ったのか、途端に布団から手を離すと勢いあまった神楽がゴロンと後ろに倒れた。そして、神楽を見下ろし言った。

「リーダーがここに泊まれば面倒ごとは免れん。理由は分かるな?」

「理由って……」

 つまり、銀時以外の男と外泊する意味を言っているのだろう。神楽は体を起こすと乱れてしまった髪を直した。

「でも、別にヅラなら問題…………」

 すると突然、桂は神楽の傍に座り込んだ。そして手を伸ばすと神楽の髪に触れたのだった。

「ヅラじゃない……俺は、いや、俺も男だ。妙な気分になる日もある」

 神楽は信じられないと目を大きく見開き、胸を震わせた。恐怖などは感じないが好奇心がくすぐられるのだ――――桂も自分を女として見ているのかと。

「この言葉に嫌悪感を抱くのなら、もう帰れ」

 桂はそう言って神楽から離れると自分の布団へと戻った。触れられていた髪から逃げていく桂の熱。それがどこか恋しく感じ、だが追いかけて良いものかは分からない。神楽は座ったまま横たわる桂をただ見つめていた。

 嫌悪感? そんなものは感じない。

 妙な気分? それが何か確かめたい。

 神楽の好奇心は心音の加速と伴に膨らんでいく。

 夜の帳に覆われて、神楽は他人にはあまり見せることのない心を剥き出しにした。自分に抗うことなく動いたのだ。休んでいる桂にゆっくりと近付き、そして顔を覗き込んだ。そこには想像通り、こちらを見返す桂がいて静かに呼吸をしていた。

「もう一回聞いても良いネ? お前はセックス好きアルカ?」

 桂はその言葉に目を閉じると小さく息を吐いた。

「しつこいぞ」

 だが、次の瞬間には神楽は組み敷かれ、桂の下敷きとなっていた。思っていたものより力強い桂の腕。そして、大きな体。女のように長い髪が生き物のように神楽の体にまとわりついていた。

「俺を誘っているのか?」

 暗がりではあまり見えないが桂の目が神楽の体を舐め回すように動く。そんな視線に神楽の体は何かを期待するかのように熱くなった。だが、まだよく分からないのだ。ただスリルを楽しんでいるだけなのか、それとも《男》を望んでいるのか。前者であれば、ここで夜を越えれば後悔もあるだろう。しかし、後者であれば――――背徳と罪悪とを引き換えに快楽が得られるかもしれないのだ。

 神楽は横顔を桂に向けると静かに言葉を紡いだ。

「上手く……誘えてるアルカ? 自分じゃ……よく分からんアル……」

 すると神楽を掴んでいた腕は緩まり、桂の顔が更に近付いた。

「何故、俺か……まぁ良い……」

 独り言のような言葉を呟いた桂はそのまま神楽の体を抱きすくめると――――眠ってしまった。これには神楽も苦笑いしかなかったが、どれくらいか振りに人肌の本当の温もりを知った気になった。だが、そこで神楽はハッとすると桂の体を抱き締めながら唇を噛んだ。銀時以外の人間に安らいでなどいない。特別なものは何も感じていない。そう心で呟くのだった。

 

 

 翌日、桂の姿はなく代わりに一枚のメモ書きが残されていた。

《昨晩は俺もリーダーも疲れていたのだろう。だが、この部屋が必要とあらば鍵を渡しておく》

 神楽はアパートの鍵を手にすると、昨晩本当に何もなかった事がおかしいと小さく笑った。きっとあれが銀時なら、いつものように欲望のまま神楽をこじ開けていただろう。そして、こんなメモ書きも残さず消えているように思えた。

 神楽はアパートでシャワーを借り、気持ちを引き締めると銀時が待つ万事屋へと帰った。

 居間へ入れば寝起きの銀時がテレビを見ており、こちらをちらりと見た。

「オイ、神楽見てみろよ。また芸能人の不倫だってよ」

 神楽は銀時が何も気付いていない事に安心するも、同時にどこか寂しさも湧き上がった。こんなものか。思わず呟いた。

「あ? まぁな、芸能人なんて基本モテる人種の集まりだろ」

 銀時がまだテレビに向かって何か言っていたが、神楽の耳には入らなかった。気持ちが浮ついている。先ほどからソワソワと落ち着かない。これは銀時に隠し事があるからなのか。それとも……?

 桂が昨晩見せた大人の男の顔。反して何もしなかった。いや、ただ疲れていて何も出来なかっただけだろう。それについて『何もなくてよかった』そう思っているはずなのだが――――

「どうした? お前、そんな赤い顔して。何だよ。発情期?」

 神楽は銀時へ拳をめり込ませると慌てて鏡を覗き込んだ。そこには艶やかに充血した唇と紅色に染まる頬があった。しかし、こんなものは今朝シャワーを浴びたからだ。神楽はそう結論付ける事にした。

 

 その夜、銀時が飲みに出掛け、神楽は一人で万事屋に居た。今日一日中考えているのは桂の事だった。どうして鍵を渡したのか。神楽は手の中の鍵を見つめていた。隠されたものがあるなら、明らかにしたくなる。閉ざされたドアがあるなら開けたくなる。人間の心理はそんなものだ。理由はいつも後付けである。

 気付いた時には万事屋を出て、隠れ家であるアパートを目指していた。そして、ゆっくり鍵を挿し込む。胸の高鳴りは走って来たからではないだろう。ドアの向こうの光景を思い描いているのだ。ただ待つ男が居て、そして会いに来た女が存在する。火がつくには十分過ぎる燃料だ。神楽はドアを開けると急いで部屋へ踏み込んだ。

 だが、眼前には月明かりの差し込む空っぽの部屋が浮かび上がっているだけで、自分を待つ男の姿など幻であった。嫌になるほど期待していた自分が浮き彫りになる。

「馬鹿アルナ……」

 しかし、突然背後のドアが開き、驚いた顔の桂と目が合った。息が止まる。そして、桂がバツの悪そうな顔をすると誤魔化すように咳をした。

「……偶然、通りかかっただけだ」

 神楽はもう何でも良かった。

「そういう事にしといてやるヨ」

 神楽は体の正面を桂に向けると躊躇うことなく早熟な胸を押し付けた。柔らかいそれは桂の胸板にぶつかり形を変える。そして桂も後ろ手で鍵を掛けると神楽の細い腰に手を回した。言葉はない。二人は顔を合わせてほんの数秒だと言うのに唇を重ねると、ずっと待ち焦がれていたかのように唾液の交換にいそしんだ。

 

 月明かりだけが照らす室内。真っ白い神楽の顔が徐々に赤味を帯び、神楽の柔らかな唇は桂のそれによって形を変える。吸われては舐められて、繰り返し貪られた。

「はっ、んっ……ふぅんッ……」

 耳に入るのは官能的な自分の声とピチャピチャと水分を含んだ卑猥な音。そして、激しい桂の息遣いだ。勢いづいた桂は神楽の体を玄関のドアに押し付けると唇を頬、耳裏、首筋と移動させていった。その軌道が神楽の興奮を高め、唾液まみれの唇から熱い言葉が漏れる。

「焦らすなヨ」

 しかし、桂にそのつもりはないらしく服の上から神楽の乳房に歯を立てると、チャイナドレスのスリットに手を差し入れた。白い肌を滑っていく銀時以外の男の手。神楽は信じられない程に体を熱く火照らせていた。早く、早くと囃し立てる心音。神楽は我慢ならずに桂の下腹部に手を這わせると、すっかり腫れ上がった熱の塊を白い手で擦った。

「そう……急かすな……」

 こんなにもはしたなく欲しがる事は初めてだ。銀時とじゃ、こうはならない。

 神楽は桂のモノを擦りながら、熱っぽい瞳で子猫のように甘えた。

「ねぇ……」

 ゴクリと大きく桂の喉が鳴る。次の瞬間には、スリットの中に差し込まれていた桂の手が神楽の下着の脇から更に中へと差し込まれた。ゆっくりと奥の方へ入っていく指に神楽は今までに感じたことのない快感を得ていた。そして分かる。既にひどく愛液にまみれていることに。それには桂も白い歯を溢した。

「そんなに欲しかったのか?」

 桂を待ち焦がれていたとでも言うような神楽の肉体。ただ指が入っただけだと言うのに体を大きくうねらせて震えていた。

「べ、別に……こんなん、ふっ、普通アル」

「そうか。ならば何故、相手が銀時ではない?」

 桂は《俺だからこうなるのか?》そう尋ねたかったのだろう。神楽は何かを言い返そうと思ったが、その前に唇を塞がれてしまい、結局何も言えなかった。

 桂が神楽の左脚を抱えてしまうと更に指は奥へと差し込まれた。そしてゆっくりと動かされると、神楽は強く目を閉じた。抜かれて、差し込まれて。そうこうしている内に神楽の意識は混濁し、剥き出しになった肉体のせいか心までもさらけ出す。

「気持ち良い……アル……こんなの……」

 初めてネ。銀時とじゃ味わえない快感。神楽は桂の唇に吸い付きながら甘ったるい声を上げていた。桂も我慢ならなくなったのか、着物の裾を開くと反り返った肉棒を取り出した。それを神楽の下着を剥いで割れ目に押し付ければ、一気に貫いたのだった。

 神楽の声にならない声が漏れる。玄関で、それも片足を抱えられ立ったまま。なんて下品なのだろうか。しかし、それが余計に二人を掻き立てると汗を流しながら体を揺らした。

「リーダー……」

 桂と目が合う。だか、その目は虚ろで、そしてどこか切ない。奥深くまで挿さる肉棒を神楽の肉体は離したくないとギュウギュウと締め付ける。神楽は泣き出しそうな表情で桂にしがみ付くと身を委ねるのだった。

 

 それからどれくらい経っただろうか。息を切らした二人は互いの舌を絡ませながらただ熱を感じていた。だが、神楽の太ももには垂れ流れた白濁液がついており、すでに事は終わったようだ。それでも二人が離れることはなく、まだ足りないと唇を吸っていた。

 神楽は満足した身と心にもう戻れない事を知った。きっと明日も、いや、桂と離れた瞬間からまた求めてしまうような気がしていた。だが、それは桂も同じらしく、会えなくなる時間を埋めるように神楽を求めた。二人は分かっているのだ。表だって愛し合えないことを。

 ずっとただの知り合いで、こんな関係になるなど考えられなかった。だが、こうなってしまった今はもう離れたくないとさえ思うのだった。

 帰りたくない。神楽は甘えるような顔つきで桂を見上げる。それを見て桂は首を左右に振ると、これで最後だと神楽に口づけを贈った。長いまつ毛を伏せ、唇が触れて、そしてゆっくりと離れる。神楽は目を開けると桂から目を逸らした。

「でも、シャワー浴びて行って良いアルカ?」

「……あぁ、構わん」

 だが、またしても二人は狭い浴室で愛液にまみれるのだった。

 

 神楽の白い素肌を桂の大きな手が滑っていく。湯気の中、神楽は壁に押しやられ乳房を赤子のように吸われていた。

「もう……やめろヨ……」

 顔を真っ赤にした神楽が弱々しい声を上げるも、桂はいやらしい音を立てて吸い続ける。それだけの事に体はビクンと跳ね、男を受け入れる準備を始めたのだ。こんなにも自分の体が淫らであったとは……。認めたくない気持ちが湧き上がった。

「ならば止めてくれ。そんな目で見られては……」

 桂にあごを掴まれた神楽は自分がどんな顔をしているのか、深く黒い瞳に映る己を見て知ったのだ。発情した雌特有の媚びた顔。神楽は思わず顔を横に向けると目を瞑った。

「し、知らんアル」

 だが、持て余している熱をどうにかして欲しいと、今この瞬間も桂にすがりつきたかった。いつもに増して乳房もパンパンに膨らみ、男を誘う体つきへと変わっていく。

「そう言うな。でなければ俺はまた……」

 神楽は桂に片手を掴まれると下腹部へと誘われた。赤く染まる頬。手を取って掴まされた男根は既に準備が完了していた。

「さっきしたダロ。な、なんでこんなんなってるアルカ」

 桂の切なそうな目が神楽を見つめる。そして呼吸が浅いことにも気が付いた。

「柔肌に飢えていないと言えば嘘になる。だが、こうなってしまったのは他でもない。リーダーのせいだ」

 責任を取ってくれ。神楽にはそう聞こえた。だが、そろそろ時刻は午前を回る。このままではまた泊まる事になってしまうだろう。どうするべきか神楽は悩んだ。

 求められる事は嫌ではない。それにセックスなんて気持ちの良くない行為だと思っていたが、桂はその固定概念を覆らせてくれた。

 揺れる。何が大事だとか、今はどうすべきだとか。快楽の前では全てが曖昧だ。

 赤い頬でこちらを見つめている桂に神楽は軽い口づけをすると耳元で囁いた。

「また明日ネ」

 少し冷静になったのだ。今夜はもう帰らなければと。神楽は桂の顔を見ずに風呂場から出ると、濡れた髪のまま万事屋へと急ぐのだった。

 

 

 あんなに激しく求めた事など初めてであった。思い出しても体が火照る。まだ若い神楽の体はいかようにも形を変えた。今はもう桂にぴったりと合った錠前だ。あの一回が形作ったのだ。

 

 翌日の晩のこと。神楽はスナックお登勢に居た。本当ならば今すぐにでも桂の隠れ家へと行きたいのだが、今日はバアさんの計らいで食事さをせてもらっていたのだ。その延長でカウンター席に座る銀時の酒に付き合っていた。

「オイ、神楽!」

 酔った銀時が神楽の肩を強く抱いた。それを見てお登勢はカウンターから出ると他の客の元へと向かった。

「銀ちゃん、バアさんが逃げたダロ! 店で何してるネ」

「あ? 気を利かせてくれただけだろ」

 そう言って銀時は神楽にしなだれ掛かると手を神楽の太ももに置いた。

「お前さ、なんか最近……つうか今日、色っぽいよな」

 神楽は銀時のその言葉に驚いたのだ。こんな口説き文句など初めて耳にしたような気がする。

「何言ってるアルカ? 酔い過ぎダロ」

普段はセックスをしても愛の言葉すらないのに。一体、どういう風の吹き回しか。

「お前が、そんなんだから、ホラ……」

 そう言って銀時は神楽の手を取ると股間に押し付けたのだ。既にそれは半分ほど起き上がっていた。

「な、ななに触らせるアルカ! それにここは家じゃないネ!」

 しかし、銀時はニヤニヤと腑抜け面で神楽に迫った。

「なら、家帰って抱かせろよ」

 その言葉に今までにはなかった嫌悪感を抱いた。本当はここでこうしてたくもないのだ。今すぐにでも桂の元へと行き、桂に身を差し出したいと思っていた。だが、今夜はそれも叶わないだろう。しかし、だからと言って銀時にこじ開けられるつもりもない。神楽はどうしようかと悩んでいた。そんな時、店の戸が開き、お登勢が声を上げる。

「いらっしゃい」

 見れば入り口に立っていたのは桂であった。どこかその顔は不満そうで、厳しい表情に見えた。だが、次の瞬間にはいつもの何て事のない顔つきに戻った。

「どこの夫婦かと思えば、銀時とリーダーではないか」

 皮肉めいて聞こえる言葉。気のせいだろうか。桂は銀時の隣に腰掛けると二人分の酒を頼み、おしぼりで手を拭った。桂が来たお陰でぴったりと引っ付いていた銀時も神楽から離れ、再び酒を飲み始めた。そんな様子に神楽は眉をひそめると、桂が何故ここに来たのか不思議で仕方がなかった。

「神楽、お前もう先に帰ってろ」 

 タダ酒が飲めるとあってか上機嫌に銀時はそう言うと、神楽は席を立ち桂をチラリと見た。

「心配はいらん。酔い潰れたら俺が送って行く」

 神楽はその言葉にぎこちなく頷くと一人万事屋へ帰るのだった。

 

 あれから神楽は寝室に銀時の布団を敷き、風呂に入り、寝支度をしていた。だが、ちっとも落ち着かない。桂が何故、来たのか。銀時に何かを話す為なのだろうか。だが、今更どうする事も出来ない。桂が何かを喋ったとしてそれはきっと事実である。神楽はソファーにだらしなくパジャマ姿で寝転がりながら天井を眺めていた。そうこうしている内に目蓋は重くなり、神楽はそこで寝息を立てるのだった。次に意識が戻った時。既に二時間は過ぎていて……玄関が何やら騒がしかった。どうやら銀時達が帰って来たようだ。神楽は体を起こすと、目蓋を擦りながら玄関へと向かった。

「まだ起きていたのか」

 そう言ったのは酒に呑まれた銀時を担ぐ桂であった。神楽は銀時のブーツを脱がせると空いている銀時の肩を担いだ。そうして二人で銀時を寝室の布団に運ぶと……すぐに銀時はイビキをかいた。

「甲斐甲斐しく世話する姿は、すっかり嫁と言ったふうだな」

 神楽は銀時をみつめながらそう言った桂に目を細めた。

「そんなこと言いに来たアルカ?」

「今日は偶然だ」

 桂がそう言って寝室から出たので神楽も後を追った。

「ただ銀ちゃんと酒飲んだだけネ?」

 そう言った神楽の目には『昨夜のこと』が色濃く映し出されていた。それを見た桂は居間のソファーに腰掛けると両腕を胸の前で組んだ。

「疑っているのか? 余計なことを話したと」

 神楽は何も言わずに桂の向かいに座ると膝の上で拳を握った。

「あまり焼かせるな」

 桂は小さくため息混じりに笑って言った。

「そんなに銀時との関係を終わらせたくはないか?」

 神楽はどうも答えることが出来なかった。否定も肯定もせず、ただ桂を見つめていた。すると桂は目を閉じて、頭を軽く振った。

「またその目だ」

 今夜の桂は饒舌だ。何かを誤魔化し、隠すようによく喋る。

「俺に期待をもたせるな」

「どういう事ネ?」

「分からないならそれで良い。今夜、ここに来た事は間違いだった」

 そう言って桂は立ち上がり神楽に背を向けた。その背中はどこか寂しそうに見え、神楽の胸がチクリと痛む。昨晩、あんなにも愛し合った男だ。嫌いなわけじゃない。だが、銀時の手前何も言ってやる事が出来ないのだ。しかし、今はその銀時も夢の中。神楽は立ち上がり桂に迫ると言った。

「銀ちゃんのこと、送ってくれてありがとうアル。あと、今日は行けなくて悪かったナ」

「他にはないのか?」

 神楽は何を言えば良いのか分からなかった。言葉で何を伝えたら良いのか。だが、それは分からなくとも、この体が何をしたいだとか。そんな事は嫌になるほどよく分かった。それならば言葉など遣わずに行動で示せば良いのか?

 神楽は桂の背にかかる黒髪に触れると、後ろから抱きついたのだった。

「俺は銀時とリーダーの姿を見れば、この想いを捨てきれると思っていた。そんな軽いものだと思っていた」

「ヅラ?」

桂は神楽の腕を解くと体ごとこちらを向いた。

「だが、結果は真逆だった。余計に膨らむ一方だ。昨晩、折角リーダーが逃げてくれたと言うのにな」

 そう言って桂は神楽を抱き締め、唇を落とした。塞がれる神楽の口。言いたかった言葉はどんどん飲まれていった。桂は神楽の体を抱えソファーに座ると、二人は向かい合ったまま唇を貪った。隣で銀時が眠っているにもかかわらず。

 キスをしながら神楽は少しずつ少しずつ剥かれていった。パジャマのボタンを外され、ズボンを脱がされた。最終的には下着も脱がされ、パジャマの上着一枚を肩に羽織ったままとなった。

 深夜の万事屋は時計の秒針と銀時のイビキ。そして、唇を求め合う二人の呼吸だけが聞こえていた。神楽の甘い声も今日ばかりは聞こえない。駄目だと意識はあるのだが、桂を前に拒否する事は出来ない体になっていた。求めてしまうのだ。お前に隙間を埋めて欲しいと。

 抱き合ってキスをしながら、剥き出しになっている互いの性器が擦れる。どんなに唇を重ねても、性器を擦り合っても、一つに結ばれるまでもう満足しない。桂に跨っている神楽はゆっくり息を吐くと、肉棒目掛けて腰を下ろした。

「だいッ……大丈夫アル……」

 声をどうにか抑えながら桂をその身に飲み込むと、神楽は動かずに呼吸を整えた。だが、目の前の桂の顔が軽く歪んでいる。

「動かずにいるのも限界がある」

 神楽は桂が動けば自分がどうなるのか知っていた。きっと銀時には絶対に見せられない状態になるだろう。しかし、既に愛液にまみれている神楽の膣は早く刺激が欲しいと桂を締め上げた。

「私が……動くアル……」

 そう言って神楽はぎこちなく桂の上で跳ねた。すると肩に掛かっていたパジャマの上着が落ち、豊満な乳房が露わになった。細い腰のくびれと大きな胸。このギャップを見たせいか桂の喉が鳴った。

「すまん、リーダー」

「えっ、待つアル!」

 神楽はソファーに仰向けに倒されると覆いかぶさった桂に激しく腰を打ち付けられた。急に乱暴にされ、嫌なはずなのだが顔は惚け、体にも力が入らない。

「んぐっ、声、出ちゃ……」

 必死に口を手で押さえているのだが、細い腰を掴まれ奥まで突かれると声にならない声が溢れ出る。それとヌチャヌチャと粘膜の擦れる音が合わさり、何とも言えない卑猥な音として響いていた。指と指が絡まり、激しく揺れる。桂は時折、神楽に口づけをしながらも欲にまみれていた。そのせいで神楽の鼻にかかった甘い声が次第に音量を上げていく。

「銀時に聞かせているのか?」

「ちがッ、銀ちゃ……に聞かれたくっ、ないネ」

 だが、もう止める気はない。神楽は白く揺れる自分の脚を眺めながら絶頂が近いことを感じていた。

「リーダー……そんなに締めつけるな……」

 桂の顔が歪み、更に神楽の中で肉棒が大きく膨れ上がる。それが神楽のぐっしょり濡れている膣を擦りあげれば――――

「んッ、イっちゃう……」

 意識は白く飛び、目が眩む。しかし、絶えず桂は突き上げていて、神楽は泣いているような声を出す。

「も、もう、イったアル……やめッ……またイっちゃうネ!」

 神楽はガクガク震えると膣を締め上げて二度目の絶頂を迎えた。

 銀時が隣に居るにもかかわらず、粘膜を擦りあって、さも愛し合っているかのような行為に耽る。異常だ。普通ではない。それでも闇夜に桂は長い黒髪を乱し、神楽は嬌声をあげていた。

 何度も何度も神楽は桂に快楽を叩きこまれ、その度に桂の背に爪を立てた。いつもは銀時達とくだらないお喋りをする部屋で桂の肉棒を咥え込みながら、一度も口にした事のないような卑猥なセリフを紡ぐ。

「もっと……乱暴に突いてヨ……」

 その言葉通りに桂も腰を打ち付ければ――――桂の奥歯に力が入った。白い肌に溶け込むように白濁液が吐かれ、神楽は浅い呼吸でただ横たわった。

『もう終わり』

 これで全て終わりだと心で呟いているのに、まだ桂を求めていた。これが自分だけであれば諦めもつくのだが、桂もまた神楽を求めた。

「もしや……俺は気が狂っているのかもしれん……」

 まだ熱く熟れた身を寄せる桂に神楽は静かに口づけをして言い聞かせた。

「お前だけじゃないネ。私も……ホラ……まだ……」

「だが、これ以上ここでリーダーを抱けば、俺はもう常人には戻れんだろう……きっと」

 桂の指が再び神楽の中へと入っていく。それを神楽は止めることが出来ない。意志の弱さ。だが、その根底。奥底に眠るのはある純粋な想いであった。口にする事ははばかれる。ただ一つの想いであった。

「ずっと銀時が羨ましかった」

 だが、突然の桂の言葉に神楽は奥歯に力を入れた。それ以上何も言わないで欲しい。だが、桂の言葉は止まらず、神楽へと紡がれる。

「どれだけ抱いても満たされない……情けなくも、理性を保つ事が難しくなる」

「何言ってるネ」

 神楽は自分の中を静かに掻き乱す桂にまたしても体を火照らせた。そして、桂の指が動きやすくなったことで、また愛液が溢れ出たと分かった。

「リーダー。俺にセックスが好きかと尋ねたな?」

「うっ、んっ……」

 神楽は指の動きに酔いしれながらも返事をした。

「女を抱く事が嫌いだとは言わないが、それでもこんなに自分を見失うのは……」

 桂がぐっと神楽に近付いた。暗闇でも分かる。澄んだ黒い瞳。神楽は息を飲むとその瞳に捕らえられたまま指だけで絶頂を迎えた。見られたまま恥ずかしくも潮を噴き、神楽は顔を真っ赤にして手で顔を覆った。

「照れるな。全てが愛しい。そう思う俺はやはり異常か?」

 神楽は息も絶え絶えに言った。

「……おかしいダロ。だって私」

 神楽はきっと銀時のものなのだ。桂が欲しがってはいけない。また神楽も銀時以外を欲しがってはいけない。暗黙のルール。誰も直接的な言葉は言わないが、空気で、雰囲気で、三人共が同じことを思っていただろう。しかし、もう止める事は出来なかった。

「お前に……求められて悦んでるアル……」

 桂はもう何も言わなかった。神楽に上着をかけると身なりを整えた。いつか終わらせなければならないと思っているのだろうか。神楽は居間から出て行こうとする桂を眺め、目に涙が滲んだ。もう二度とこうして会えないと感じたのだ。

「では、俺は行く。ゆっくり休むと良い」

 桂は神楽を振り返ることなく出て行った。こんなにも惹かれているのに真っ直ぐに走って行くことは許されないのだろうか。先に銀時が手をつけただけである。神楽は自分の身を抱くと痛む胸に顔を歪ませた。これが人を愛することなのだと初めて知った夜だった。

 

 

 桂と最後に肌を重ねて以降、銀時と距離を置いていた。避ける神楽に何かを察したのか、手を出してくる事はなくなった。結局、銀時との関係はあってないようなものだったのだ。銀時も銀時で神楽を失ったことよりも、その体を抱けなくなったことを嘆き、他で発散しているようであった。胸に空いた穴。しかし、その風穴を開けたのは銀時ではなかった。

 

 桂と会わなくなって実に20日は過ぎていた。もうそろそろ会ったって罰は当たらない頃合いなのだろうが、神楽からアパートを訪ねることは躊躇われたのだ。神楽なりに考えた。桂が自分に興味があったのは、もしかすると他人のものだったからではないかと。もう誰のものでもなくなった自分では価値がないのではないかと。桂から会いに来ることもない。それが全てを物語っている気がしていた。

 

 ある昼下がり。神楽は一人公園でベンチに座っていた。風に当たれば気も紛れるだろうと考えてのことだ。清々しい気候と子どもで溢れる公園。賑やかな喧騒にまみれて、少しだけ元気が出た。

「今なら……行けるネ」

 神楽は桂の隠れ家へ向かうことにしたのだ。もう期待はしていない。会ったところで何か関係を迫るつもりもない。どうせ向こうも同じことを思っている筈だ。全てを思い出にしよう。神楽は鍵を返す為にどれくらいか振りにあのアパートへと足を向かわせた。

 

 誰もいない部屋。当たり前なのだが、やはりどこか期待していたらしく寂しさが込み上げる。神楽は持っていた鍵を部屋の奥の窓枠へと置くと、もうここへ来ることはないと誓った。そして、桂への思いも断ち切ると。今なら分かる。惚れていたのだ。それを認めたうえで諦める。初めての失恋だった。体はいくら大人でも、まだ経験は浅い。そう簡単に立ち直れそうもないが、鍵を返せただけでも偉いと神楽は自分を褒めた。

「よし! もう平気アル!」

 神楽は気合を入れると、どこぞのチンピラ警察とでも一発殴り合って来ようとアパートを出るのだった。

 

 公園へ向かう道中。一軒のラーメン屋を横切った。戸は開け放たれており、店内の様子が覗える。神楽はこの店に誰が居るのかを知っていて敢えて立ち止まり、暖簾をくぐった。店内は昼時と言うこともあり、店主は神楽に気付かず、変わりにウェイターの男がこちらを見た。

「いらっ…………」

 そこで男の言葉は途切れる。神楽は笑いかけることなく一歩退がると男――――桂から距離をとった。分かってはいたのだ。桂にとって自分は『箸休め』のような存在だと。店の女主人と桂がどこまでの関係かは知らなくとも、察する事は出来る。銀時と神楽の間にあったものとそう変わらないと。

――――まるで夫婦みたいネ。

 神楽はそんな言葉を心で呟くと桂に背を向け駆け出した。

 理由がなくとも惹かれ合って体を繋げて、そこから芽生える関係があっても悪く無いと思っていた。だが、実際は銀時と体を繋げても、神楽の熱情は他へ向き、また桂も神楽を抱くもその心を他へ向けていた。1回のセックスよりも、10回のキス、1000回の抱擁の方が愛を感じる。だが、それ以上にたった数文字の言葉が神楽を満たすだろう。結局、神楽は心を埋めたかったのだ。こんな恋の始まりも終わりももうたくさん。神楽は家に着くと、押し入れに引きこもるのだった。

 

 どれくらい時間が過ぎただろうか。夕方はとうに過ぎ、室内は誰もいないのか静かであった。押入れから出た神楽は、玄関を見て銀時の靴がない事を確認した。飲みに出掛けたのだろう。特に大きな変化もなく過ごしている銀時に少しホッとした。後腐れ無く過ごせるのはやはりありがたい。それに銀時が朝帰りをしても何も思わないのだ。銀時の気持ちがないことを責めていたが、実際は神楽の気持ちも元々銀時に向いていなかったのかもしれない。好きと言う思いは、恋愛のそれとは違ったようなのだ。だから、余計に分かる。桂へのこの想いは――――

 神楽はシャワーを浴び、ミニ丈のチャイナドレスへ袖を通した。そうして眠気を覚ますと夜の街へ出る事にしたのだ。お妙の店に行こうか、それとも下のスナックへ行こうか。騒げばこの胸を締め付ける嫌な想いと決別出来るのではないかと思ったのだ。しかし、深夜まで神楽は遊んだが少しも気は紛れず、より深く桂を考える結果となってしまった。

――――あんな堅物テロリストの何か良いアルカ。

 心で罵ってみたが、気が晴れることはない。そんな男に囚われている自分が惨めになるだけだ。神楽は地面を眺めながらトボトボと万事屋を目指した。途中、ダンボールハウスで眠るグラサンを踏みかけたりもしたが、危険な目に遭うこともなく夜道を歩いた。だが、ネオン街から少し離れた時だった。あまり頭が良さそうには見えない連中に囲まれたのだ。

「あれー? お姉さん、一人?」

「俺達が送って行ってあげようか?」

 笑止。誰にモノ言ってんだと、神楽は今この身を締め付ける想いをぶつけるように男共を締めあげた。

「お前ら、全員冥土に送ってやるネ」

 しかし、最後のトドメを刺すところで男たちは血相を変えると、泣き喚きながら逃げて行った。

「フンッ、なっさけないアルナ」

 手を払いながら神楽はそう言うと、ふと傍に提灯の明かりが見えた。男が一人、立ってこの様子を見ていたようなのだ。

 悪趣味。見ているくらいなら助けてくれても良かったのに。そう思ったが、きっと手など出せないくらいに神楽が圧倒していたのだろう。神楽は暗がりに立つ男に言った。

「見物料よこせヨ」

 すると男は静かにこちらへと歩み寄り、小さく笑った。

「リーダー、相変わらずだな」

 桂であったのだ。正直、こんなふうに会いたくはなかった。だからと言ってもう逃げる事はしないのだが……

「なんの用アルカ?」

 神楽は長い髪を払って、桂を見ずに尋ねた。さすがに気まずさはある。

「鍵を置いて行っただろう? 少し話しが出来ればと思っただけだ」

「……少しなら良いアル」

「そうか」

 神楽は桂の隣に並ぶと、もう二度と足を踏み入れる事はないと誓ったアパートへ向かった。

 

 遠くで電車の走る音が聞こえる。雲の切れ間からは月明かりが差し込み、窓枠に腰掛ける神楽の生脚が白く輝いていた。桂はその足元で正座をし、両腕を胸の前で組んだ。目を閉じ、あまり明るくない表情が僅かに見える。

「お前が去ったのも……私と銀ちゃんの事があるからだと思ってたアル……でも違ったネ」

 今日通りかかったラーメン屋で見た桂。その姿に離れて行った理由を知ったのだ。嫌になるくらい嫉妬している。そんな自分が存在するなど知らなかった。どうして私じゃダメなのと、そんな泣き言が思わず出てしまいそうだ。

「確かに俺はリーダーの元から去った。だが、理由は俺に在る」

 その言い方は狡いと思った。惚れている男が理由であるのならば、許してしまいそうになるからだ。

「……言ってヨ。本当にその理由がお前にあるなら」

 桂は目を開けると神楽を見上げ、そして目だけを逸らした。

「恐れたのだ。築き上げたものすら手放しても惜しくはない。そう考える欲に溺れた己を」

 神楽は何を言えば良いのか分からず、熱くなる顔に窓の外を見つめた。

「俺は理想郷を作り上げるまで、何者にも囚われず、頂きを登り切るつもりでいた。だが、その決意も揺らいだのだ」

 桂の視線が神楽の横顔に注がれる。それを受け止める事が出来ない神楽は、意味もなく窓の外のネオン街を目に映していた。

「…………お前、ズルい奴アルナ」

 ボソリと呟いた。まるで《神楽のせいだ》そう言われている気分なのだ。桂の胸を掻き乱し、長年抱き続けた理想すらも揺らがせてしまった。神楽にはそんなつもりなどなかったのだが……

「それで? 私に謝って欲しいアルカ?」

「そうではない。俺は!」

 桂はすがりつくように神楽の両手首を掴むとそのまま柔らかな体を引き寄せ、胸の中へ押し込めてしまった。突然のことに神楽は胸の動悸を速めると静かに目を閉じた。桂が望むものが分かってしまったのだ。

「これで最後だと約束する。頼む、リーダー……」

「やっぱり……お前ズルいネ」

 二人を隔てるものは何もない。あるとすれば、互いの肉体だけだ。桂は恐怖を剥ぎ取り、神楽は躊躇いを脱ぎ捨てた。混ざり合って溶けて、本能のまま体を貪りあった。揺れる体。月明かりに浮かび上がるは神楽の柔肌とそれに絡みつく桂の黒髪。絶えず溢れる桂の熱が神楽を高みへ連れて行く。これが最後だと思えば思うほど、その腰使いは激しさを増し、また神楽の唇も甘い声を漏らす。結ばれる指と指。繋がる目と目。そして一つに重なる鼓動が二人を完全なものへと変えた。

「キス……してヨ……」

 奥の方でもつれ、互いを潤す。震える白い脚、乱れる黒髪。視界は不明瞭になり、体の中心が燃えるように熱くなった。それでも絶えずそれは注ぎ込まれ、神楽は堪らず背に爪を立てるのだった。

「これで最後だ」

 何度、桂の口から紡がれただろうか。その言葉を聞く度に神楽はその身に愛を流し込まれた。もう起きているのか眠っているのかさえも分からない状態だ。それでも止まらない桂の求愛に神楽は応え続けた。本当にこの夜が最後かもしれない。再び、こうして会うことが出来なくなるのなら、一生分抱かれたいと思ったのだ。

「死ぬほど愛してヨ」

「ならば、俺も言おう。死ぬほど愛してくれ」

 

 夜が明けて、神楽は重い体を布団の上に起こすと、隣で眠っている桂を見つけた。すっかりと安心しきっている。体に掛かっている長い黒髪を払えば、昨晩つけた傷跡が薄っすらと残っていた。それに静かに唇を落とした神楽はもう少しだけ自分も眠ろうと目蓋を閉じるのだった。

 

2016/06/14