2015 Request
沖田と銀時で神楽を取り合う話

一兎追うもの/沖→神←銀※(リクエスト)

 ※2年後設定


沖田Side


 沖田を包む黒い上着の内ポケットには、大抵チューインガムが入っている。しかし、今日に限ってそれが切れており、今すぐにでも何かを噛み潰したい沖田は苛立った顔で周囲を見渡した。

 コンビニ…………

 近くにガムの買える店がないだろうかと探してみたが、洒落た飲食店が並ぶ通りと言うこともあり、そんな安っぽいお菓子は手に入りそうもなかった。

 沖田は早くこの現場から立ち去りたいと思っていたのだが、生憎今は仕事中であり、強盗事件の現場の警護にあたっていたのだ。襲われた高級菓子店では、今も捜査が行われている。どうやら襲ったのは、近頃派手に活動している過激攘夷志士の連中らしい。それで真選組が借り出されたのだが…………刀を握る以外の仕事は仕事にあらず。そんな事を思い不貞腐れた顔でズボンのポケットに手を突っ込んだ。すると指先に何かが触れた。カサカサとした音。沖田は梱包された小さな物体が入っていることに気が付いた。

 そう言えば、昨日だったか真選組にあこがれている童に飴を一つ貰っていた。人斬りが好きな沖田でも、たまには憧れのお巡りさんとして過ごす瞬間もあるのだ。

 沖田はガムの代わりに飴でも舐めようと口の中へと放り込んだ。途端に甘さが口に広がり、果実の匂いが充満した。

「あー……暇だ」

 沖田は欠伸を噛み殺すと、なんとなしに通りの右に目を向けた。

 目に入ったのは、パッとしない白銀の天パ侍。そして、その隣を歩く真っ赤なチャイナドレスと鮮やかな色したツインテールの美女であった。連れ立って歩く男女などその辺りに腐るほどいるのだが、この二人だけが沖田の意識へと入り込んだ。

 この二人は万事屋の社長である坂田銀時と従業員の神楽だ。しかし、彼らはただの雇い主と雇われ人の関係ではなかった。一つ屋根の下で生活しているのだ。それは沖田が彼らと知り合った当初から知っていた事実なのだが、ここに来てどうもそれについて『面白くない』と思い始めたのだ。

 今も沖田が二人を湿っぽい目で見ていると言うのに、銀時も神楽もそれには気付かない。何やら二人で会話しているのだ。それも楽しそうに。元々、神楽が銀時には特別懐いていることは知っていた。だが、それは娘が父に懐くようなものだと疑うことなく思っていたのだ。ずっと。

 しかし、沖田の緋色の目に映る神楽は、女の顔をしており、それを隣で見ている銀時も満更でもなさそうであった。

 沖田は考えた。どうやればあの二人の仲を引き裂くことが出来るのかを。しかし、別に銀時から神楽を取り上げるつもりはない。ただの遊びだ。人と言うものは、大切なものを壊したり取り上げられそうになると『壊さないでくれ』と大抵の場合が懇願する。跪き、手を合わせ、時には涙するものもいるだろう。そんな情けない顔を見て沖田は喜びたいのだ。ただそれだけである。

 沖田がそんなことを考えながら見ていると知らない銀時と神楽は、そのまま前を通り過ぎると通りの左へと流れていった。

 しかし、次の瞬間沖田の舐めていた飴は粉々に砕け散った。

「………………今は好きなだけ笑ってな」

 神楽の肩を抱き、こちらを振り返った銀時の顔には嘲笑うような笑顔が貼り付いており、沖田の神経を逆撫でしたのだ。

 絶対に銀時から神楽を奪う。沖田はジャリッと甘い砂糖を噛むと僅かに口角を上げたのだった。



銀時Side


 最近あの神楽が遊びに出るも、傷もつけず、泥だらけになることもなく帰って来るのだ。それを銀時は、少しは女らしくなったのかと、神楽の成長を感じていた。

 そこで思う。そろそろ厳しくなりつつあると。

 世間の……PTAの目は勿論のこと、ガキの面倒を見ている、という保護者という役割自体の話である。

 16歳と言えばもう寺子屋も卒業する年齢だ。子ども扱いをするにはさすがに無理があった。

 それでも銀時は星海坊主に神楽を任された身であり、変な虫がつかないようにする役割を担っている。銀時自身も神楽に変な虫がつくようならば殺虫剤、或いはスリッパでぶっ叩くつもりをしていた。

 だが、神楽の銀時への懐き方は少々度を超えているものであり、時折『ホント、銀ちゃんってパピーみたいアルナ』と離れていく気配がなかった。それはそれで悪いことではなく、変な虫もつかないようなので安心していたのだが………………誤算もあった。

 成長するのがその精神だけであれば何の問題もないのだが、中身に伴い器まですっかりと成長していた。伸びた手足と背丈、そして女性らしく丸みを帯びた胸や尻。それを神楽は今までと変わらずに押し付けてくるのだ。

 もう無邪気では済まない。あどけないとも言い難い。こんなにも成長した神楽を狙う男は、きっと江戸中にいることだろう。そして、その中にはこの自分も含まれてしまっているのだ。

 神楽を誰にも渡さない。その思いはいつしか『神楽を誰にも渡したくない』に変わっていた。父である星海坊主に頼まれたからではなく、自分の意思である。神楽をどうこうするつもりはないが、もしその早熟で艶やかな体に牙を剥く者がいるのなら、早い内に排除してしまうのが務めだと思っていた。

 ここからが本当の戦いである。今まで以上にガードを固めなければと守備強化を決めたのだ。

 しかし、並大抵の男では神楽をものにすることは不可能だろう。そう考えるとその辺りの童など、銀時が手を下す程でもない。あるとすれば神楽の一番の好敵手――――――沖田総悟である。神楽がどう思っているかは知らないが、あの男ならば上手いこと言って神楽の乳くらい揉みそうなのだ。

 それを考えるだけで銀時のこめかみには青筋が浮かび、体が震えた。

 神楽の乳を一番に揉むのは他の誰でもなく、この俺であると考えているのだ。だが、実際に神楽に手を出すことはしない。何故ならバレた時、星海坊主にこの世から惑星ごと消されてしまうからだ。しかし、万が一神楽から『銀ちゃんじゃなきゃ嫌アル』と言われた場合だけは、仕方ないから揉んでやろうと思っていた。

 つまりは、俺以外の誰かが神楽に触れるなど一切許さない……と言うことであった。


 銀時はある時、神楽に尋ねてみたことがある。

「お前さァ、沖田くんとまだ掴み合って喧嘩してんのか?」

 台所で夜ご飯の支度をしていた神楽に背後から銀時が声を掛けた。

「えー? うーん、そうアルナ……最近はあいつに出会うことないかもネ」

 神楽はこちらを振り向くことなく、今日の夜ご飯であるお茶漬けの用意をしていた。

 銀時としては、精神や肉体よりも料理の腕が成長すればどんなに良かっただろうかと、そう思わずにいられなかった。しかし、口に出せば顔面強打は必至である。その件に関しては言わないことにした。

「あ、そう。なら、まァいいんだけどな」

「変なこと聞くアルナ」

 神楽は何が忙しいのか、慌ただしく背を向けたままコチラを向こうともしない。手元を覗き見るもお茶漬け海苔をご飯の上にかけるだけである。銀時はどこか神楽に違和感を覚えた。

 なんでこっち見ねーわけ?

 手元を覗くついでにその美しく顔も覗いてやった。その瞬間、銀時の眉間にシワが寄り、神楽がコチラを見ない理由を知る。

 透き通るように白い顔が、紅が落ちたが如く赤色に染まっていたのだ。何かに反応しての紅潮。銀時の目は細くなる。そして、神楽から一歩後ろへ離れるとその体を背後から抱きしめたのだった。

「ゴルァ! 料理中アル! 危ないダロ!」

 そう言って色気もなく銀時を肘で突こうとした神楽だったが、銀時の気分はギャグで済むようなものではなかった。正直、腹が立っていて…………最悪である。

「そんなもん後で良いだろ。お茶かければ出来上がるんだからよ」

「……それで、何アルカ?」

 銀時は神楽に抱き付いたまま、耳元に唇を近づけた。

「なんで嘘ついてんだよ」

 その言葉に僅かだが神楽の体が強張る。

「嘘? なんの話アルカ?」

 そうは言っても体の強張りが、その言葉こそ嘘だと教えているようなものであった。

「いや、だってお前……じゃあ、なんで顔が赤いんだよ? 俺が沖田くんの名前出したからか?」

「は、はァ?」

 慌てた神楽が赤い顔で背後の銀時の顔を見るも、銀時の瞳は少しも明るい色をしていなかった。理由は明らかだ。神楽が吐いた嘘。きっと神楽は沖田と会っていないわけではないのだ。更に言うと、前までならば『出くわした』だったのだろうが、今は名前を聞くだけで顔を赤らめる……つまりは、わざわざ見計らって会っているのが正解だろう。

 沖田にその気があるのかないのか、それは銀時にも分からなかったが、神楽が沖田に抱く思いは今と昔ではすっかり様変わりしている事が窺えた。

「誰をどう思ってても良いけどな、俺はおめーの親父に任されてんだよ。悪い虫は寄せ付けんなって」

 神楽はついに銀時の腕の中で体の向きをグルリと変えると、正面をコチラに向けた。そして、怖い顔で銀時に頭突きを食らわせた。

 一瞬、脳が揺れて思わず神楽から離れる。

「その悪い虫の親玉は……銀ちゃんじゃないアルカ!? 沖田とは何もないし、誰とも何もないアル!」

 はっきりそう口にした神楽は、お茶漬けの器を持って居間に行くともう台所には戻って来なかった。

 神楽に頭突きを食らわされた銀時は赤い額を擦りながら、しまったと言うような顔をしていた。

 悪い虫の親玉。どうも神楽に見透かされていたらしい。そうであれば話しは変わる。その気はないと思っていたのだが、その気を持って神楽に接しよう。銀時は沖田を思い浮かべると、軽く鼻で笑うのだった。



神楽Side


 公園のベンチで傘を差し、神楽は暑い気温にも関わらずボケっとベンチに座っていた。待っているのだ。ある男が通りかからないかと。その湧き上がる思いの理由には何となく気付いている。しかし、それが特別なものであるのかを神楽は分からないでいた。何故なら沖田に対してだけ湧き上がるわけじゃないからだ。その相手はもちろん銀時であり、ずっと父であり兄であり毛ジラミのように思って来たのだが、最近ちょっとした瞬間に『大人の男』を意識せずにはいられないのだ。

 自分が年頃になったから、そうやって周囲の男性に対して不思議な気持ちが湧くのだろうか。神楽には胸をざわつかせる気持ちの原因が全く想像つかないでいた。だからこそ、それが知りたくて、沖田に会ってみたりしている。

「またテメェか」

 その声に神楽は顔を上げると、眩しい日差しに目を細めた。

「また、って何アルカ? お前こそ、またサボりカヨ」

 自分が何かを沖田の中に見い出している事は隠していたい。神楽は自然と熱くなる顔を傘の中にしまうと、隣に座った沖田の足だけを見つめていた。

「やるときはパキッとサクッと悪党どもを蹴散らすんだ。何もない時くらい休ませろって事でィ」

「蹴散らしてどうすんネ! ドカッとボコっとぶっ叩けヨ」

 すると、沖田が軽く笑った。

「相変わらずの女だな、テメーは」

 沖田にしてみればなんてことのない言葉なのだろうが、神楽は僅かに表情を曇らせた。

 昔と今と、少しは変わったのだ。見た目も中身も女の子らしくもなったし、大人っぽくもなったはず。それなのに相変わらずなんて言われると純情な乙女は傷つくもの。

「フン、お前も相変わらずネ! 女心もわからんその感じとか」

 その言葉を聞いてなのか、急に沖田が黙ったのだ。セミの喧しい啼き声だけが耳に入る。

 一体、どうして黙ったのだろうか。神楽はそれを知りたくて深く被っていた傘を上げると、沖田をその青い瞳に映したのだった。

「…………な、なんだヨ」

 ジトリとした嫌な汗。神楽は目眩を起こしてしまいそうになっていた。見ている沖田がこちらに近づいて傘の中へと入って来たのだ。同じように顔中に汗を掻いている。沖田もどこかのぼせているような顔で暑そうだ。

 神楽は近づいた沖田の顔に唾を飲み込むと、何か言葉が発せられるのをただただ待った。しかし、いつまでも何も言わない。そんな沖田が妙であり、遂に痺れを切らし神楽が口を開いた。

「なに、見てるアルカ?」

 声が震えているのが分かる。繋がった視線が夏の日差しのように熱いのだ。それに耐え切れるような心はまだ持ち合わせていない。神楽は目を回して倒れると、視界がフェードアウトしていくのだった。




 熱い。溶けてしまいそうな程に熱い。しかし、それはすぐに冷まされた。まるで頭から水を被っているかのように冷たく気持ち良いのだ。そして、その冷たさは服の中を通り、下着すらも濡らしていく。全身を水で包まれたかのように心地が良かった。

 神楽は意識を取り戻すと、ぼんやりと目に映った景色に瞬きをした。

 すぐ近くに沖田の顔が見え、そしてその背景には馴染みのある風呂場の天井が見えたのだ。

「あ、あれ……お風呂ネ?」

 どうやらここは万事屋の風呂場のようだ。

「気付いたか」

 神楽は自分を抱えている沖田の存在に気が付くと――――――ホックの取れたチャイナドレスと露わになっている白い胸元にも気が付いた。

「な、ななななにしてんダヨ!」

 途端に元気になった神楽は沖田から離れようとするも、上手く体に力が入らず更に強く沖田に抱きしめられる形となった。

「それが命の恩人にかける言葉か?」

「命の恩人?」

 沖田の手にはシャワーホースが握られており、どうも公園でのぼせて倒れた神楽の看病をしてくれたようなのだ。それに気が付くと神楽は暴れるのをやめた。

「…………お前がこんなことするなんて、天変地異でも起きるんじゃねーアルカ?」

 すると沖田は吹き出して笑った。

「ああ、違いねーや……」

 そう言った沖田は更に濡れている神楽の体を引き寄せた。そして、髪を掻き分けると耳を探し、そこに唇が寄せられた。

「礼ならその体でどうだ?」

 神楽は思わず変な声が漏れ、身震いを起こした。何か言ってぶっ飛ばしてやるのがお決まりなのだが、今はそんな気分にはならないのだ。抱きしめられて、とんでもなく下品な言葉を囁かれたにも関わらず、嫌いだと言いたくないと思っていた。

 ちょっと、なんか大人の世界ネ…………

 心臓が震えて、恋や愛など分からないが、それを覗き見たような気分になった。これは沖田相手だからなのだろうか。それよりも沖田は、一体何を思って言ったのだろうか。神楽は照れる気持ちもあったが勇気を出して沖田の顔を見るのだった。

 感情の読めない表情。特に頬が赤いということもなく、目に炎を宿していることもない。静かに流れる水のような透明感だけがあった。

「俺は本気だが、テメーは…………嫌か?」

 きっとその言葉はからかって言っているわけではないだろう。射抜くような真っ直ぐと濁りのない視線に、神楽は恥ずかしそうに顔を逸らした。

「なんでそんな事言うんダヨ。お前、頭おかしいアル」

「あー、そうかもな。自覚はある。だが、テメーがそうさせたんだ」

 神楽は再び沖田を見つめると、今度は赤い頬を見つけてしまった。

 照れてるアルカ?

 もしかするとそれは照れではなく、半裸状態の神楽への興奮かもしれないが、神楽は分からずにただ瞳を見つめていた。

「悪いようにはしねぇ。責任取ってくれよ、今すぐに」

 そう言った神楽の顔に沖田の顔が近づいて………………

「人んちの風呂場で盛ってんじゃねーよ! クソガキがァァア!」

 突然、風呂場の戸が開けられて、銀時の右足が沖田の横顔に直撃した。その衝撃で神楽のチャイナドレスがほとんど脱げて、下着姿で床に転がった。

「ぎ、ぎんちゃん!」

 すると銀時は神楽を抱えて立ち上がった。

「え? なに? これって現行犯ってことで良いんだよな? 通報しても良いんだよなァァア!」

 神楽は何から説明すれば良いのか分からず、とりあえず初めて銀時に見せる下着姿に顔を茹だったように真っ赤にしていた。

「み、見るなヨ! いやアル! 最悪ネ!」

 神楽は遂に両手で顔を覆ってしまった。すると銀時に蹴られ口から血を流す沖田が立ち上がり、銀時に迫ったのだった。

「旦那、言っとくが俺はそいつに礼を言われてただけでさァ。むしろ、そいつの身ぐるみ剥がしたのは旦那でィ。ってことで現行犯。ハイ、逮捕」

 沖田はニヤリと不敵に笑うと銀時の右手に手錠をハメたのだった。

「あれ? 手が滑っちまった」

 そう言って沖田は手錠の鍵を排水口に流すと、悪魔のような笑みを浮かべた。そして、もう片方の空いている手錠をシャワーホースに引っ掛けようとして…………

「もう私、お嫁にいけないネ! 男共にこんな姿を晒すなんて!」

 そう言って神楽が銀時の腕から飛び出すと、逃すまいと走りだした沖田と銀時の体が一つに繋がった。ガチャリとした不吉な音。手錠が沖田の手首にかかったのだ。お陰で銀時と沖田は神楽を逃してしまった。

 途方に暮れる沖田と銀時。逃げ出した神楽はまさか風呂場でそんな事件が起きているとは知らずに、銀時に下着姿を見られてしまった事を嘆いていた。

「お嫁に行けないアル………………あっ! そっか、銀ちゃんに嫁にもらってもらえば解決ネ!」

 しかし、その胸はまだ沖田への想いで溢れており、あのまま銀時が現れなければどうなっていたのか。それを想像すると神楽の頬はピンク色に染まるのだった。


2015/07/14