螺旋/沖→神→(銀・新・オリキャラ)※5年後


 その横顔はいつでもある男を向いていた。それはずっと変わらず、未来永劫そうであると沖田は確信していた。だが、ある日突然として崩れた。当たり前に目の前に存在し続けると思っていた《日常》は未知のウィルスにより崩壊したのだ。坂田銀時という男の失踪と共に――――――


 あれだけ仲睦まじく見えていた万事屋は、新八と神楽の決裂により分断され、真選組にしても幕府が機能しない今、組織としての意味を失っていた。沖田は新たに組まれた《誠組》には入らず、浪人として人斬りを愉しんでいた。いや、正確には人を斬ることで己の存在意義を見出していたのだ。近藤も投獄され、沖田にとってまさに地獄を生きている心地であった。だが、その中で唯一安らげる瞬間がある。美味い酒と女だ。これを味わっている時だけは何もかもを忘れられる。今宵も沖田は薄暗い座敷で艶めかしい女の肌に吸い付いていた。絹のように滑らかな素肌は、傷ついた沖田の心を包み込むように温もりを与えるのだ。宙に浮いた白い脚に沖田が唇を落とす。沖田の下で揺れている女は眉一つ動かさずにその光景を見ていた。

「少しは声くらい上げろ」

 だが、女はこちらを向いたまま悲しそうに笑った。

「……ありがとう」

 沖田には一つ欠点があった。どうしても惚れている女に『愛している』と言えないのだ。体を繋げることでしか気持ちを表現できない。言葉で寄り添おうにも、余計な一言が傷つけてしまう。そうじゃなくても誰しもが傷ついている時代だ。沖田を受け入れた女――――この神楽も例に漏れずそうである。いくら神楽が頑丈であっても、自分がドSであっても、沖田はこれ以上傷つけたいとは思わなかった。きっと神楽にもその想いが伝わっているのだろう。だから出たのだ『ありがとう』と。

「チッ、気分が萎えちまっただろ。どーしてくれんでィ」

 すると神楽は体を起こして沖田に背を向けた。薄汚れた窓から射し込む月の光。それに照らされた白い肌はどこか青白く不気味に映った。まるで生気を感じないのだ。すぐそこに、手を伸ばしたすぐ側に居るにもかかわらず、捕まえる事の出来ない遥か遠くにいるように思えた。沖田は思わず背中から抱きしめると、長い髪に唇を落とした。

「また考えてたのか……旦那のこと……」

 神楽は何も言わずに沖田の腕をすり抜けると身支度を整えた。その様子に沖田も神楽がこの関係を終わらせたい事を悟った。二人の間に……愛はない。存在意義を探している男と寂しさを埋めたい女がたまたま引き合っただけである。虚しさの意味を知らずに生きていた頃ならこんな気分にはならなかったのだろうが、神楽が離れる事に沖田の胸は締め付けられた。

「別に俺に惚れろなんざ言わねェ……ただ……アレだ……」

 側に居てくれ。沖田は乱れた長い髪を掻きむしると、後に続く一言が言えずに下唇を噛んだ。だが、神楽はそれも見通していたのか、頭に髪飾りを着け終わるとこちらを向いた。

「なんか、銀ちゃんみたい」

 そうしてクスリと笑った神楽は沖田の頬にくちづけをすると静かに部屋を出て行った。きっと銀時のような自分を神楽は《まだ》必要としてくれるのだろう。沖田はそれでも構わないと少しだけ頬を緩めた。


 別の日。沖田はある店の用心棒として呼びつけられていた。どうも賊が強盗に入ったようなのだ。しかし、そんなのは朝飯前だと軽く片付けてしまうと、報酬に酒をもらって店を後にした。今日は少しばかり空にも青色が覗き、沖田の気分も晴れやかであった。こんな日には神楽を抱けると尚の事いいのだが……そんなことを考えていると丁度神楽が目の前を通りかかったのだ。だが、一人ではない。仕事中なのだろうか大きな荷物を抱えた神楽は一人の青年の隣を歩いていた。見た目は自分と同世代に見えるが、沖田以上に華奢で青白い顔がひ弱に映った。いや、神楽にあんな荷物を持たせている所を見ると実際に病弱なのだろう。沖田は静かに二人の後をついて行くと、一軒の料理屋の前に辿り着いた。看板には創作料理・舟木と書かれている。

「今日は助かりました。ありがとうございます。僕はこの店をやっている舟木と申します」

 青年がそう言うと神楽も静かに微笑み返した。

「私は神楽。万事屋グラさんって仕事をやってるからいつでも呼んでね」

 どうも万事屋として仕事を請け負ったわけではなく、偶然二人はどこかで出会ったようだ。

「あの、もし良かったらお礼に何か食事でも……」

 青年がそう言うも神楽は首を横に振った。

「マミーのお世話があるんでしょう? それにあんたも顔色が悪いわ。また今度食べに来るから」

 神楽はそれだけを言うと礼を受け取る事なく立ち去った。残された舟木と言う男はそんな神楽の後ろ姿に目を輝かせているように見えた。

「あの野郎、惚れたな」

 沖田として誰が神楽に惚れようと気にならなかった。神楽がいつだって銀時だけを想い、見ていることを知っているからだ。この腕に抱いてもそれは変わらない。沖田もその場を後にすると、神楽が消えて行った方角へと足を向かわせるのだった。


 その日の夜。沖田は軽く酔ったまま神楽の家へと向かった。戸をバンバンと叩けば玄関に明かりがつく。既に寝巻き姿の神楽が戸を開けた。

「もう寝るつもりなんだけど」

 不機嫌そうな顔に沖田はニヤリと笑うと戸を閉めて、神楽に抱きついた。

「酔ってるの? ねぇ、ちょっと聞いてる?」

 しかし沖田はもう何も喋りたくないと神楽にくちづけをした。舌と舌が触れ合って……だが、すぐに神楽の舌は沖田から離れ、混ざり合った唾液が舌先に糸を引いて渡った。

「寝かせてくれないの?」

 困ったような顔がこちらを向き、今日はそんな気分ではないと言っているようだ。いつもなら大人しく帰るところなのだが、今夜は軽く酔っている。そのせいか沖田は神楽を抱きかかえると無理やりに布団へと運んだのだ。

「バカッ! 盛んないでよね!」

 神楽がそう言って暴れるも、沖田は少し強引にその口唇を塞いでしまうと神楽をスグに大人しくさせた。どこに触れれば良いのか、そんなのはもう熟知しているのだ。仰向けに寝かせた神楽に覆いかぶさると、慣れた手つきで寝巻きを剥き、暗闇に白肌を浮かび上がらせた。そして尖った乳房にしゃぶりつくと、閉じている割れ目を指でなぞる。だが、いつだって神楽が何か反応を見せることはない。ただ大人しく、浅い呼吸を繰り返すだけだ。だが、沖田はそれで構わなかった。よがり狂って欲しいなどとは求めない。ただ側にいて、この自分を受け入れてくれれば構わない。それだけだ。

 雲に隠れる月。それが二人を暗闇に沈めると息遣いと熱だけを頼りに存在を確かめる。神楽はやはり何も言わない。時折、軽く跳ねる体が堪らなく良いのだ。

「いやッ……!」

 その言葉の意味を沖田は生温かく浸される下腹部で答えを見つける。変わる摩擦音。少し乱暴に突き上げれば、体を大きく仰け反らせて神楽は事切れるのだ。


 全てが終わると朝まで二人は眠る。そしてまた別々の時間を過ごすのだ。その効率の悪さに沖田は共に暮らさないかと何度も言いかけたが、愛していることすら伝えられない男が言えるわけがないのだ。

 そうして神楽との曖昧な関係を続けていたある日。またしても舟木という男と歩く神楽を見つけた。今度は荷物持ちをしているわけではない。以前会った時より血色の良く見える顔が神楽に向き、神楽もどこか楽しそうに笑っていた。

 これはいつか見た光景だ、沖田は心で呟いた。自分が黒服に袖を通していた時分、通りの向こうを談笑しながら歩く神楽を見ていた。その隣には坂田銀時と志村新八。当たり前に存在する風景を特に何か思うことなく見つめていた。ずっとそこにあり続けると信じきって……。

 沖田は意識を引き戻すと、既に去っていく二人の背中を見つめた。だが、あの時と胸に渦巻く思いは違った。何故、銀時ではない男を隣に置くのか。何故、そこに新八は居ないのか。銀時や新八なら沖田はこんなに惨めで虚しい気分にはならなかっただろう。どうして見ず知らずの軟弱そうな男とあんな顔をしているのか。銀時や新八以外でも良いのなら、何故神楽はこの自分を隣に置いてくれないのか。怒りのような悲しみが沖田を地の底に引きずり込もうとしていた。だが、冷静になればただ並んで二人が歩いていただけだ。何も咎められるような事はしていない。そう願って沖田は二人とは反対方向へと歩いて行った。


 その晩、ふらりと飲みに入った店で沖田は《舟木》と言う言葉を耳にした。

「創作料理・舟木って店だろ? あそこの料理人、腕は確かだが、病気のおっかさん抱えながらで店もなかなか開けられねぇらしいな」

「そうかい、そりゃあ残念だ。あそこでしか食えねェ料理もあったからなぁ」

 神楽と一緒に居た男はどうも料理人らしい。一度、覗いてみるか。沖田は食事ついでに男に接触してみようと考えていた。何か言うつもりはない。ただ神楽があんな笑顔を見せるのは久々だ。自分と男の何が違うのか知っておきたかったのだ。

 沖田は店を出るとその日は真っ直ぐ家へ帰った。屯所で生活していた時の賑やかさとは違い、冷たく暗い静かな空間。そんな所ではいやに感傷的過ぎるなと、珍しく誠組の連中に会いに行くのだった。


 飲み明かしたらしく、目覚めたのは翌日の昼であった。久々に顔を合わせた仲間達は当時と少しも変わらず……むしろ昔の荒くれ者に戻っているくらいであった。女も良いがたまにはこいつらも良い。沖田はそんな事を思うと洗面所へと向かった。

「総悟、テメー来てたのか」

 丁度、洗面を済ませた土方と入れ違いになった。

「なんでござるか、土方殿」

 茶化すようにそう言うと、土方は口を歪めて嫌そうな顔をした。

「いい加減、抜刀斎ごっこはやめろ。だからチャイナ娘にも振られんだろーが」

 そう言って沖田の肩を叩いた土方に、沖田はどれくらいか振りに刀の切っ先を喉元に向けた。

「俺ァ、女に振られた事は生まれてこの方一度も無え」

「……のわりにはマジだな」

 土方の鋭い目が沖田を貫く。これには沖田もフッと余裕ぶって笑ってみたが、内心こんなにも焦る自分が愚かに思えていた。刀を鞘に収めると、沖田は土方に尋ねた。

「だけど、勘違いしてもらっちゃ困りまさァ。俺はあの女とどういう仲でもねぇ」

「そうか……なら、問題ねェな」

 土方はそう言って持っていたタオルを小脇に挟むと、ズボンのポケットから煙草を取り出し口に咥えた。

「桂んとこの連中と一晩中、会合をしてたんだが、近所の料理屋にチャイナ娘が入って行くのを見てなぁ。俺がここに戻ってくる時に店から出てくるのを見たが……一晩中、料理屋で何してたんだと思っただけだ」

 沖田の口角が片方だけ上がった。何もないと信じたいが、今は信じることが出来そうにないのだ。余計な話を聞かせてくれた土方に沖田は笑顔で礼を言うと屯所を出た。そしてその足で創作料理・舟木へ向かうとまだ準備中の札が掛かっているのにも関わらず戸を開けるのだった。

 暗く、小さな店内。店には誰もおらず壁には色んな種類のメニューが貼られていた。どこにでもある普通の料理屋だ。だが、店の奥は居住スペースと繋がっているらしく、硝子障子から明かりが漏れていた。だが、音は何も聞こえない。眠っているのかも知れない。疲れただろうから……。そんな嫌味が聞こえてきて、沖田は居ても立っても居られないと店から飛び出した。すると、硝子障子が開き、男の声が聞こえた。

「お客さんですか」

 沖田は開きっぱなしの戸に背を向けたまま答えた。

「あぁ、腹が減ってたが……準備中だったみてーだな」

 すると舟木は静かに沖田の背後に立った。

「すみません、昨晩母が亡くなりまして……それでしばらく休むことにしまして……」

 男のか細い声は僅かに震えていた。沖田はきつく目を閉じると、神楽やこの男を疑ってかかった自分を恥じたのだ。神楽はきっと世話してやったのだろう。葬ることすらままならない時代だ。きっと料金も取らずに一晩中、亡くなった舟木の母を綺麗にしてやったのかもしれない。

「……この町には、テメーの料理を楽しみに待ってる人間もいる。喪が明けたらまた来る。じゃあな」

 沖田はそう言うと男に顔を見せることなく立ち去った。どの面下げて会えと言うのか。舟木に顔を合わせる資格がないと思ったのだ。それは神楽にも同じく思った。しばらく神楽には会わないでおこう。沖田はそう決めると、好きな酒も断つのだった。

 沖田がそれを耳にしたのは、神楽と会わなくなってから三週間が過ぎた頃だった。誠組の連中が言っていたのだ。

「チャイナさんが沖田隊長を捜してるみたいですよ」

 つまりどうしても神楽が沖田に会いたがっていると言うことだろう。沖田は神楽に会って今まで通りに振る舞えるか心配であった。本当はこっちこそ会いたくて辛抱たまらなかったのだ。沖田は寝泊まりしていた屯所から出ると、どれくらいか振りに家に戻った。もしこの後、神楽が訪ねて来れば言葉で全て伝えようと思ったのだ。だが、そんな時に限って神楽は来ない。仕事で忙しいのだろうか。そんな事を考えて畳の上で転がっていると、ふと例の料理屋を思い出した。正確には思い出さないようにしていたのだが、蓋が開いてしまったのだ。

 あいつはどうしてるだろうか。

 沖田はそんな事を考えると、どうせ今日は神楽も来ないだろうと店へ向かうのだった。


 商い中の札が戸に掛っており、沖田は暖簾をくぐって戸を開けた。

「いらっしゃいませ」

 すっかりと別人のような面構えになった舟木がカウンターから声を掛けた。店はまあまあの繁盛っぷりだ。

「いらっしゃい」

 そう言って座敷の方からこちらへ向かって来たのは、神楽であった。見慣れないエプロン姿で盆を持っている。大きな目が激しく揺れている所を見れば、神楽もまさか沖田がここに来るとは思わなかったのだろう。

「テメー……万事屋やめたのか」

 その言葉に神楽は目を泳がせると小声で言った。

「何しに来たの?」

 なんて言い草だろうか。お前は俺を探してたんじゃねーのかと沖田は言ってやりたくもなったが舟木の目もある。沖田は大人しくカウンターに座ると、適当に料理を注文するのだった。


 まるで夫婦だ。沖田は舟木と神楽のやり取りを見て思っていた。昔からの顔馴染みのようなやり取り。悔しいが料理は上手いらしく、沖田は綺麗に空になった皿をじっと眺めていた。自分がいない間にこの二人に何かあったのだろうか。またしても疑念が渦巻く。こんな自分に嫌悪感を覚え、姿をくらましたと言うのに振り出しに戻ってしまった。だが、以前よりもその疑う気持ちは深いものに変わり、簡単には振りほどけなくなっていた。

「なぁ、あんた……あの女とはどんな関係だ」

 沖田は神楽に聞こえないように小声で舟木に尋ねた。すると舟木は目を細めた笑顔のままこう答えた。

「いえ、関係なんてものはありませんよ。ただ親切に手伝ってくれているんです」

「あぁ、あいつは食い意地だけはすごいからな。あんたの料理に惚れてるんだろう」

 沖田がそう言うと舟木も満更でもなさそうにヘヘッとニヤけて見せた。その笑顔に沖田は興奮すると、もう少し聞いてやった。

「でも、あいつが惚れてるのはテメーの料理だけだろう。そこんとこ勘違いすると痛い目見るぜ」

 だが、舟木は調理する手を止めることなく相変わらずの笑顔で言った。

「……お客さん、神楽さんの知り合いか何かですか? いやに彼女の事を聞きますね」

「知り合いね……ちょっとした……まぁ、恋人ってヤツでィ」

 すると途端に男の顔から笑みが消え、血の気まで引いていった。

「ハ、ハハ……初耳だな。そんな人が居ただなんて」

 気の抜けた笑い声。少なくともこの男が神楽に惚れている事は間違いないのだろう。問題は神楽がこの男をどう思っているのかだ。

「まぁ、そう肩を落とすな。安心しろ、あいつが惚れてるのは俺じゃねぇ」

「……はぁ」

 舟木の耳に沖田の言葉はもう届いていないようだ。まさか神楽に男が居るとは思わなかったのだろう。正式に恋人ではないが、体を許す関係であることは事実なのだ。沖田は神楽の仕事が終わるまで賭場で時間を潰すと、夕方また戻って来るのだった。


 店から出てきた神楽の顔は、不愉快極まりないと言ったものだった。

「なんでこんな所にまで押しかけたのよ! 会いに行くまで待ってられないの?」

 そう言って肩で風を切って歩く神楽に、沖田はのんびりとついて行った。

「来るな、なんて聞いてねぇ。それにテメーが俺を捜してるなんて聞いたから、こっちから会いに来てやったんだ。ありがたく思え」

 すると神楽は突然立ち止まり、こちらを向いた。

「そうよ……一体どこ行ってたのよ! 私が寂しい時には居ない癖に、自分が寂しい時は側に居てくれなんて……ほんっと勝手過ぎるわよ!」

 そう言った神楽にどれくらいか振りにマジで殴られると、ズサーッと地面に倒れ込んだ。

「いってェな。俺にも俺の都合ってもんがあるんでィ。だが、もうどこにも行かねえから安心しろ」

 しかし、見上げた神楽の顔に笑みはなかった。

「……どうして皆勝手に居なくなるのよ。あんたもどっかで死んじゃったんじゃないかとか、不安で胸が押しつぶされそうだったんだから」

 沖田は袴の砂を払いながら立ち上がると、神楽の体を抱きしめた。またしても笑顔を見ることが出来なかった。だが、それは自分のせいだと知ったのだ。

「悪かった、すまねえな」

 神楽の頭を撫でながらそう言うも、神楽の顔に笑みが戻ることはない。どれくらいか振りに抱きしめたと言うのに、こんなにも寂しさを感じるのは何故なのか。凍てつくような冷えた空気を沖田は感じていた。


 その日の夜は沖田の家で神楽は肌を晒した。だが、やはり声も上げず、静かに揺れているだけだ。そんな神楽の上で動く沖田もどこかこの行為の虚しさを感じていた。

 これなら女でなくても良い……。

 そんな言葉すら頭に浮かんだのだ。自分を捜していたわりには、出会った時の感動もなく、むしろ煙たく扱われた。舟木と神楽の仲が益々疑わしい。

「なに、考えてるの?」

 神楽がそう言って沖田の頬に手を添えた。

「テメーのこと以外にあると思うか?」

 すると神楽は目を閉じて、小さな声で鳴いたのだった。

「んッ……はんッ…………」

 その声に沖田の体温は急上昇し、下腹部に熱が集まり始める。感じているのだろうか。だが、何故急に? 沖田は興奮と不安の渦に飲み込まれていきそうであった。

 目を閉じている理由はなんだ? それが他の男と自分を重ねる為だったとしたら? 疑念が膨れ上がり、後ろ向きな考えが満ちていく。あの料理人とこの三週間の間に何かあったのだろうか? しかし、神楽にそれを尋ねることは出来ない。疑っている事がバレれば、本当に舟木の所へ逃げてしまうように思えるのだ。

 今はただ信じて溺れていよう。沖田は神楽の声に酔いしれ、腰を激しく動かした。ぬちゃぬちゃと粘着質な音が聞こえ、それに重なり神楽の鳴き声が上がる。

「ぁッ、あッ、んッ……ぁッ……」

 沖田の呼吸も荒くなり、汗が白肌を滑っていく。いつもならこの後、神楽の外で果てるのだが、今日ばかりは奥の奥で全てを吐き出した。神楽は気付いていないのかいつもよりも辛そうに呼吸を整えている。沖田はそんな神楽にくちづけをすると遂に言葉を口にした。

「愛してる」

 だが、神楽の虚ろな目はゆっくりと沖田を目に映し、小さく頷くだけであった。

「ありがとう……」

 沖田の心臓を止めるような杭が打ち込まれた瞬間であった。どうして俺ではダメなのか。そんなやるせない思いだけが部屋に充満しているのだった。




 相変わらず神楽は舟木を手伝っているらしく、今日も昼間は店に居た。沖田はそれを店の外から確認すると、掻き乱されるような嫉妬に狂いそうになっていた。そのせいか仕事も荒い。何十人と言う賊の集会に自ら乗り込み刀を血で染めるのだ。逆刃刀とは言え、渾身の力で殴れば……全て仏さんになる。最近は神楽疲れを理由に抱かせてもくれないのだ。確かに昼間あれだけ働いていれば夜はゆっくり眠りたいのだろう。それでも、あの店の中で本当に真っ当な仕事をしているのか……それは外からでは分からなかった。だが、沖田はもう二度と舟木に会うつもりはなかった。怖いのだ。確信してしまうことが。女など今まで対して興味もなかったのだが、神楽だけは違う。特別だ。それだけに失う恐怖は計り知れない。もし、あの店で嬌声を上げる神楽を見てしまったら……。そんな事はないと頭ではわかっているが、病的なほどに疑っていた。

 ただ一言でいい、ただ笑ってくれればいい。それだけなのだが、それが無いが為に沖田の不安は募るばかりであった。


 ある晩のことだった。眠っていると戸の叩かれる音が聞こえた。枕元の時計を見れば午前一時を回っている。布団から出た沖田は小刀を持つと戸の前に立ち静かに尋ねた。

「誰だ?」

 すると戸の向こうの影が揺れ、か細い声が聞こえた。

「私よ」

 沖田は急いで戸を開けると、そこには妙に雰囲気を持った神楽が立っていた。こうして神楽が夜中に会いに来るなど滅多にない。一体何があったのかと不審がっているも、神楽は玄関先にも関わらず沖田に抱きつきキスをせがんだ。

「テメー、変なもんでも食っただろ」

 だが、神楽はそれに笑うことなく背伸びをして、沖田へくちづけをするとそのまま体を押し付けた。

「お、オイ、待て」

「待てない」

 神楽はそう言って左手を沖田の浴衣の中へ滑り込ませると――――捕らえられてしまった。

「そんなに、欲しいのかよ」

 神楽の手は沖田をよく知っていて、情けないほど簡単に育て上げられてしまった。

「そこの戸に手をつけ、スグに入れてやる」

 こんなに急かされると落ち着かないが、それでも神楽から求めてくるなど稀なのだ。この機会を逃したくないと沖田はこちらに尻を向けた神楽に挿入してやるのだった。

「あ、はあぁッ……気持ちいぃ……」

 吐息混じりに吐かれた声に沖田の身も震えた。既にそこは潤っていて、沖田を受け入れたくて堪らなかったようだ。沖田は神楽の細い腰を掴みながら、早熟な肉体を味わうように抜き差しを繰り返した。

「ぁ……ああ……はぁ……」

 神楽の愛液がポタリポタリと床に落ち、玄関のたたきに染みこんでいく。腰の動きに合わせて戸も音を立ててガシャンガシャンと鳴っている。全てが沖田を興奮させた。

「もっと尻を突き出せよ」

 そう乱暴に言ってみるも、神楽は反抗することなくいやらしく尻を上げる。こうなったら好きなだけ突いてやれと、沖田は孕ませる勢いで突きまくった。

「そこ……もっとして……あッんッ、はッ……」

 沖田は霞む視界の中、神楽の後頭部を見つめていた。言いたいことは色々あるが何も今は考えられないから、後でゆっくり考えよう。それだけを頭に入れて、沖田は神楽を獣のように犯した。


 その場にしゃがみ込んだ神楽は、苦しそうな呼吸で膣内の精液を垂れ流していた。

「それで、なんでこんな時間に来たんでィ」

 神楽はパンツを穿き終わると、黙ったまま勝手に家に上がり込んだ。そして、沖田の布団に倒れ込むと目を閉じた。

「おい、聞いてんのか」

「うるさいわね、良いでしょ。別に」

 図々しさに腹が立つ。自分勝手でひとの気も知らないで。だが、それでも沖田は神楽を追い出すことはしない。舟木の元へ行かせたくないのだ。

「テメーのせいでこっちはすっかり目が冴えちまっただろ。どーしてくれるんでィ」

 そう言って沖田が背後から神楽を抱きしめると、神楽は体勢を変えてこちらを見た。その目は深く、暗く。どこにも希望は感じられなかったが、確かにこの腕の中にあった。なのに、寂しさを呼び起こす。神楽の瞳はそんな色をしていた。

「おやすみ」

 閉じられた瞳にどこか沖田は安心すると、神楽の隣で眠るのだった。


 いつになれば抜け出せるのか。薄紅に染まる肌に頬を寄せても彼女の悲しみが聞こえて来るのだ。嬌声の中にも沈黙があり、その沈黙が叫ぶ。

『お前じゃ駄目だ』

 神楽の冷めた青い瞳が沖田に突き刺さる。どんなにこの胸に抱こうとも、どんなに爪を立てられようとも、生きた心地がしない。冷えきった胸ではその痛みすらまともに感じる事が出来ないのだ。だからもっと俺を熱く焦がしてくれ。そう沖田は懇願すると神楽を抱いた。それでも確かな答えが得られる事はない。所詮は銀時や新八の代わりなのだ。それは受け入れてやる。だが、それ以外の男を選ぶのなら俺を選べ。常に沖田はそう思っていた。


 今日も神楽は沖田の下にいて、静かにこちらを見ている。

「何を見てるでござる?」

「……やっぱりへんよ、おかしい」

 神楽は軽く微笑んでくれたが、それが心からの笑みでない事は知っている。いつか彼女は自分の隣で笑ってくれるのだろうか。切なさだけが胸に過る。全てを見せて欲しい。何を考え、抱かれているのか。本当はその青い瞳で何を見ているのか。その答えを得られる日はくるのだろうか。前に進むことのない日々。同じ場所をぐるぐると永遠に回り続けているようだ。だからきっと変わらずに意味もなく神楽を抱き続けるのだろう。このループから逃げ出さない内は――――――

「今日は声出さねーのかよ」

「うるさい……黙って……」

 神楽の口唇が沖田の口を塞ぐ。生ぬるい舌が絡まるがそれは果たして愛と呼べるのか。神楽の熱に埋もれる沖田は神楽の胸に印をつけると、虚無感を誤魔化すようににんまりと口角を上げるのだった。


2015/12/13