二分の一/沖→神←土3Z:01
沖田がそれに気付いたのは、夏休みを明日に控えた終業式の後の事だった。この日、日直だった沖田は、放課後の教室で自分の机に向かい学級日誌を書いていた。もう一人の日直である神楽は、黒板を消しながら沖田を待っている土方と何やら話をしているようだった。
「夜の海でもいいアル。少しでも遊べたら満足ネ」
「なら、来週行くか? 確か委員会も休みのはずだ」
沖田は顔を日誌に向けたまま耳だけ二人に傾けていた。聞こえてきた内容は、思っているよりも神楽と土方の親密さを表すものだった。だからと言って内緒話と言った風でもなく、沖田は口を挟もうかと少し悩んでいた。
何となくではあったが、最近どうも以前に比べて二人の仲が良いと思っていた。とは言っても二人はただ会話をしているだけで、若い男女特有の健全なふしだらさは見受けられなかった。だが、普段さほど女子に興味のない土方と、あまり男子に興味のない神楽だ。至って普通に会話をしているだけだが、それがどこか異様な事のように思えた。
この自分とは喧嘩が絶えず、顔を合わすといがみ合っているだけに、沖田はどっちに対する神楽の態度が“普通”であるのか分からないでいた。
「楽しみアルナ!」
嬉しそうに笑っている神楽の横顔をその目に映すと、遂に沖田は口を挟んだのだった。
「あー、うっせぇ。チャイナ、てめー俺と代われ」
それまで土方を見ていた神楽はその不機嫌そうな声に沖田の方を向くと、手に持っていた黒板消しをぶん投げたのだった。
「ふざけんナヨ! オマエと日直になる度、いっつも私が日誌書いてやってんダロ!」
「誰も頼んでねーだろィ。てめーが好き好んでやってただけだ。俺は……」
言いかけて沖田は、土方の自分を見つめる視線に気が付いた。今までなら興味ないと言った眼差しであったが、今日はその瞳に何か意味が込められているように感じたのだ。沖田はそれが不快で、どこか面白くなかった。まるで、咎められているような気になったのだ。
「もう知らんアル! 帰ろう、トシ!」
神楽は自分の鞄を持つと、土方の腕を掴んで教室から飛び出て行った。沖田はその光景をただ何も言えず眺めていると、頭の中で響いている神楽の言葉に胸がズキンと痛んだ。
“トシ”
聞き違えるわけなかった。間違いなく神楽は呼んだのだ。土方の事をトシと。いつからそんなに親しげなアダ名で呼んでいたのか。昨日はどうだったか。その前は? だが、沖田の頭の中に浮かぶ神楽は、どれもこれも自分と取っ組み合い、いがみ合っているものばかりであった。
さっき聞こえてきた会話の内容を思い出してみる。いつからか変わった呼び名。土方に向けられた笑顔。その事実が導き出す答えは――ただ一つしか考えられない。
沖田は珍しく動揺していた。心拍数は上がり、体が僅かに震える。顔も熱い。なのに、胸の奥は凍てついてしまったかのように、鋭い冷たさを感じていた。その理由が何なのか。沖田は探りを入れようかと思ったが、心がそれを拒絶していた。
知りたくない。自分の気持ちなど知って何になるのか。
悪い予感しかしない今となっては、向き合う事が非常に滑稽に思えてならなかった。
帰ろう。沖田は日誌を途中でぶん投げると、鞄を持って教室から出た。だが、そこでタイミング悪く、職員室から戻って来た銀八に見つかってしまったのだった。
「あれ? 沖田くん。日直の仕事終わったの?」
無理やりに肩を組まれた沖田は、適当に嘘を吐いてやり過ごそうとした。
「ああ、チャイナに全部任せてあるんで俺は帰りまさァ」
「ふーん、神楽にねぇ」
銀八は意味ありげにそう言うと、沖田を解放したのだった。そして、考えこむように胸の前で両腕を組むと、わざとらしく首を傾げた。
「でも、さっき神楽のヤツ。土方くんと自転車二ケツして帰ってったけどな。見間違えか? いや、あのうさぎのパンツは見間違えるワケねぇよ」
沖田は軽く笑うと、廊下の床に視線を落とした。
「なら、仕事投げ出して帰ったんでしょう。俺にはカンケーねぇや。じゃあな、センセイ。お元気で」
沖田は手をヒラヒラと振ると、銀八に背中を見せて歩いて行った。
そんな沖田の背中はどこか小さく情けなく見え、銀八は天パ頭を掻きながら呟くのだった。
「……関係ねーわけあるか」
その日の夜、沖田は気分がずっと悪かった。部屋の時計を見れば、もうすぐ二十二時を迎えようとしていた。
あれから二人はどうしたのか。気にしないフリをしていても、意識はもうずっとそればかりを考えていた。
遊んでいたゲームも今日は上手くいかず、さっきから同じモンスターにやられっぱなしだ。
「あー、ウゼぇ」
沖田はベッドに向かってゲームのコントローラを投げつけると、自分もベッドにダイブした。
神楽と土方は親密な関係にあるのか。
土方とは長い付き合いのせいか、神楽に気がある事は明白だった。思い起こしてみれば、最近土方が神楽と並んで立っている姿をよく見ていた。だが、それはどうでも良いのだ。沖田が気になっているのは土方の想いではなく、神楽の気持ちだった。
そもそも、神楽は土方を好きなのか。異性として愛しているのか。沖田の頭の中は既に神楽への疑問に溢れかえっていた。だが、それを本人にぶつける事は出来ない。変なプライドが自分を苦しめている事は分かっている。こんな真面目な話を神楽とする自信など、沖田にはないのだ。いつだって喧嘩になるのだから。
口を開けば罵り合い。たまに意気投合する事もあったが、それは利害が一致した時だけだ。あんな風に――今日見た神楽と土方のようには上手くいかないと、沖田は首を左右に振ったのだった。
そんな時、沖田のケータイにメッセージが届いた。見れば土方からで、今から会えないかと言った内容だった。沖田は嫌な予感がしていた。土方に何を言われるのか、大体想像がついたからだ。きっと神楽の事に違いない。
沖田はメッセージを無視すると、枕に顔を埋めた。だが、直ぐに体を起こすと、頭を掻きむしりケータイを手にしたのだった。
“マンション下のコンビニ”
沖田は一言だけメッセージを打つと、着替えをして部屋を出て行った。
それから十分後だった。沖田の住むマンションの下、そこに入っているコンビニに土方が到着した。
沖田はコンビニのドア付近で立ち読みをしていたが、土方が来たことに敢えて気づかないフリをしていた。土方も何となくその雰囲気を察すると、無言で沖田を通り過ぎ、ペットボトル飲料を手にレジに並んだ。そして、購入し終えると、沖田の見えている首の後にそれを引っ付けた。
「……死ね、土方」
沖田は読んでいた雑誌をラックに戻すと、首の後を手で押さえた。振り返れば土方はやや苛立った顔で沖田を見下ろしており、外に出ろと顎で合図した。そんな土方の態度に沖田は益々不快感を露わにすると、面倒臭そうに土方の後ろをついて行った。
コンビニを出ると蒸し暑く、とても外で話が出来る気候ではなかった。じっとしていてもTシャツに汗が滲む。なのに、土方は前の歩道にあるバス停のベンチに腰を下ろすと、涼しい顔で沖田に言った。
「来週の土曜、夕方から空けておけ」
沖田は目を大きく見開いた。わざわざ会いに来たのだから、もう少し深刻な話かと思えばメールでも済むような話なのだ。決してビビっていたわけではないが、沖田は表情を少し緩めた。
だが、土方が言った来週と言うフレーズを思い出すと、すぐにまた険しい顔に戻った。
「それで、何やるんでィ」
「神楽が昼間はプールに入れねェだろ? だから夜に海でも行くかって話になってなあ」
沖田は昼間の二人を思い出した。日光にあまり当たれない神楽は、土方と夜の海に行くことを約束していた。自分には向くことのない眩しい笑顔と明るく弾む声。それらが神楽がいかに楽しみにしているかを表していた。
自分は行くべきではない、沖田はそう思った。いつだって自分がいれば神楽はふくれっ面をし、毒をもった言葉を投げつけてくる。土方に見せたあの笑顔を壊す原因である自分は、必要ないだろうと考えていた。楽しみにしているイベントなら尚更だ。
なんて事を考えている自分に沖田は戸惑った。どうして神楽の笑顔を壊したくないと思うのか。ましてや自分に向けられているものでもないのに。
沖田は誰かの気持ちを考えて何か物事を決めるとは、らしくないなと思っていた。
「あー、悪い。俺はパスで」
そう答えた沖田を土方は睨み上げるように見つめた。それには沖田も鋭い目付きになると、負けじと睨み返した。
「大体、夜の海なんざ土方さんを突き落とす以外に行く意味ねぇだろィ」
「言ってろ。来週、その背中を望み通り蹴ってやる」
分かってはいた。土方の神楽に対する気持ちは。それがいつか抑えられず、溢れだす事も想像出来た。だが、それが来週だとは思いもしていなかったのだ。
「てっきり俺ァ、告白どころか◯◯◯も◯◯◯◯も済んでんのかと思ってたけどな」
土方は飲んでいたジュースを口から吹き出すと、信じられないと言った顔で沖田を見ていた。比較的明るい通りと言うこともあり、土方の顔色が赤い事までよく見えた。
そんな表情が沖田は堪らなく嫌いだった。告白して、それが成功して付き合う事になれば、今言ったような事は喜んでするに決まっている。なのに、そんな事は考えられないと言った潔癖な表情を作るなど、やけに寒々しく感じた。
沖田は思ってるままそれを口にした。
「ケッ、付き合ったらどうせやる癖に。アンタには本当呆れるぜィ」
「はぁ? 俺は風紀委員の副委員長だ。んな事、考えたこともねェ」
それはさすがに嘘だろと思いはしたが、沖田はそれには言及しないでおくと話を進めた。
「で、俺の時間奪ってまで話したい事ってそれかよ? くだらねぇ」
沖田はズボンのポケットに両手を突っ込むと、ベンチに座っている土方を見下ろして言った。
いちいち何故自分にそんな話をしに来たのか。心の底から下らないと思っていた。
しかし、勝手にすればいい。俺にはカンケーない。そんな言葉を胸の中で反復しながらも口には出せなかった。
本当に関係ないのか? それを考えると胃の辺りが熱くなる。体が拒絶反応を見せていた。まるで心にもない事を述べるなと訴えかけているようだ。
沖田は胃の辺りを摩るも、涼しい顔をした。
「俺にはカンケーねぇや。あんたが誰に告ろうが、チャイナと付き合おうが」
だが、言ったそばから胃が痛んだ。思わず顔を歪めると下を向いた。
それは嘘なのだ。関係ないと言ったところで、もはや体は“カンケーない”と言う言葉と関係を持っていた。
これは今だけなのだろうか? 明日になれば治るのか? それとも一生涯ずっと続いていくのか?
途方もない未来を思い浮かべるも、沖田には新学期辺りまでしか想像することが出来なかった。しかし、その唯一想像出来た新学期ですら、土方と神楽が仲良くしているのを黙って見ている事は面白くないのだ。と言うことは、この先ずっと自分を偽り生きていくなんて到底無理で、苦行以外の何物でもないのだった。
ならば、夏休みのたった一日。それも夕方からなんて短い時間なら、あいつの為に使っても良いのかもしれない。
沖田は気が変わると土方に言った。
「まぁ、土方さんとチャイナの両方を海に沈めるのも悪くねーな」
土方の沖田を見上げる瞳が鋭い眼光で、まるで胸に矢でも放たれたかのように、沖田は身動きが出来なかった。
「なら、また連絡する」
しかし、土方はそれ以上沖田に何も告げることはなくベンチから立ち上がった。
そんな気遣いか何なのかよく分からない土方の態度に、沖田は嫌悪感を覚えたが、今日だけは余計な事は何も言わないでおこうと、適当に別れると自宅へと戻ったのだった。
土曜の夕方。沖田は家から出ると自転車に跨った。今から海を目指すのだ。待ち合わせ場所は、行き慣れた砂浜の前に建っているコンビニ。
土方が今日、神楽へと秘めたる想いを伝えるのか。それは分からなかったが、伝えて玉砕したら嘲笑ってやろうなどと考えていた。だから、二人だけの時間を作ってやる。そんな事を思いながら沖田は自転車を飛ばした。
一足先に着いた沖田はTシャツに膝までの短パンを履き、涼しそうな顔をしていたが、実際は生温い風に撫でられて気分は最悪であった。夕暮れと言えどもこの時期は、空もまだ明るく、赤とも青とも言えない色で頭上に広がっていた。
沖田は自転車を停めると、まだ来ない二人に苛立ちながらコンビニの中へと入った。自動ドアをくぐれば、レジの向こうにクラスメイトの長谷川を見つけたが、特に声を掛けることなく駄菓子のある棚へ向かうと、酢コンブを一箱手に取った。
確か、チャイナがいつも食ってたな。
そんな事を思って眺めていると、自動ドアが開き店内が急に騒がしくなった。
「――じゃあ、今度は姐御も新八も誘ってスイカ割りが良いアル!」
沖田は急いで酢コンブを棚に戻すと、その騒がしい声の主へと顔を見せた。
「あっ! いたッ!」
遅れて到着した神楽と、その後ろを歩く土方。沖田は二人が一緒に来たことに気が付いたが、特に触れることはなかった。
「チャイナ、てめーは食い物の事しか頭にねぇのかよ」
そんな事を言って適当にペットボトル飲料を取ると、沖田はレジへと向かった。
花火の棚の前にいる神楽と土方を盗み見れば、誰から見ても美男美女でよく似合っていた。それを口には出さないし、顔にも出さないが、自分が邪魔な気がしてどこか居心地が悪かった。
しかし、沖田が見ている事に気が付いたのか、不意に神楽の顔がこちらに向いた。
「おい、マダオ! 早くレジ打てよ! お前、本当に使えねーアルな!」
どうやら沖田へその顔が向いたわけではなく、神楽はアルバイトの長谷川へ暴言を吐いた。それを沖田は僅かに口角を上げて見ていると、いつもの神楽らしいなと思った。
恋に溺れる神楽など、全く想像が出来ない。
沖田は無邪気にはしゃぐ神楽を横目にコンビニを出ると、続いて二人もコンビニを出た。そして、道路を渡ると砂浜へと下りて行った。
打ち寄せる波の音と、たまに通りかかる自動車の走行音。それだけが耳に入る。市街地から少し離れたこの場所は、地元の人間くらいしか使わない穴場であった。まだ太陽は水平線の上にあり、海面には黄金の光の粒がキラキラと輝いていた。
神楽は砂浜へ着くと、履いていたサンダルと着ていた白いワンピースを大胆に脱ぎ捨てた。それを見ていた沖田と土方はギョとした顔をするも、ワンピースの下にスクール水着を着ていた神楽にフゥと息を吐いた。
「土方さん、顔に書いてありまさァ。なんだスクール水着かよって」
すると神楽を見ている土方は、ジーンズのポケットに手を突っ込むと小さく舌を鳴らした。
「そういうテメェは、下に水着を着てたのかよってな顔して――って総悟ッ!」
話などしていられるか。
胸をくすぐるような景色と囃し立てる波の音。ジッとなんてしていられないのだ。沖田は自分も神楽の元へ向かうと、裸足になり足首まで海水に浸した。
「おい、チャイナ。酢コンブ見つけてやったぜィ」
沖田は神楽を茶化すような表情をすると、背後から漂っていた海藻を投げつけた。
「イテッ! ゴルァ! ふざけんなヨ!」
そう言うと神楽は波を蹴って沖田へ海水をかけた。その瞬間、光の粒が宙を舞って辺りに散らばる。そんなものの中心で笑っている神楽の姿に、沖田は思わず真顔になる。晴れた日の夜空に浮かぶ満月や、雨上がりの空に架かる虹を見た時と同じような感覚が胸に湧き上がった。
「……オイ? 何見てんダヨ?」
神楽の訝しげな表情が目に入り、沖田は急いで土方の方へと目をやった。遠巻きにこちらを見ている土方は、どこか大人ぶっていて落ち着いていた。それがヘンに沖田を辱めると、腹立つような気持ちになった。
なんでィ、あの余裕。
好きな女が自分以外の男とキャハハウフフと戯れているのに、土方の瞳からは“嫉妬”などと言う感情は見受けられないのだ。
「ちょいと土方さんをからかってくる」
沖田は神楽を浜辺に残して土方の元へ向かうと、落ちていた海藻をぶん投げた。
「てっめェ! 汚えだろッ!」
海藻と共に降りかかった砂を払いながら、土方はこちらを睨みつけた。
「で、ここで見てるだけかよ? あーあ、土方さんももう少し骨があると思ってたがねィ」
土方は砂を払い終わると、一歩前に踏み出して沖田を見下ろした。
「何が言いてェ? 言っとくがテメェが期待してるような事は何も無え」
嘘だ。
沖田は土方の言葉に偽りを感じると、腕を強く掴んで神楽を振り返った。
「オイ! チャイナ、やっちまえ!」
すると一人で波と戯れていた神楽は、命令するナと文句を垂れるも両手には海藻を抱えていた。
「覚悟しろヨ! 神楽ちゃんお手製海藻の刺身アル!」
神楽がそう言ってこちらへ向かって駆けてくると、沖田は嫌がる土方を背後から羽交い締めにした。
「お、おい! ふざけんなッ! 後でテメェら覚えてろよ!」
叫んだ土方の顔面と背後にいた沖田の顔面。両者の顔面目掛けて神楽は海藻を投げつけたのだった。
「塩っぱッッ!」
「ぺっ、ぺっ!」
神楽は慌てて顔を拭う二人を見ながら、愉快だとゲラゲラ笑っていた。沖田は涙目でそんな神楽を盗み見ると、僅かに口角を上げたのだった。自分と居るにも拘らずあんなにも心から楽しそうで――――どうしても鼓動が速まる。
太陽が水平線の彼方へと沈んでいく。そんな瞬間に神楽は波打ち際まで駆けて行くと、あっと言う間に腰の辺りまで海に浸かった。
「お前ら入らねぇアルカ?」
その神楽の言葉に沖田と土方は顔を見合わせると、着ていた服を脱いでズボンの下に履いていた水着姿になった。
「総悟、競争だ」
土方のその言葉に何のことか察した沖田は、神楽目掛けて一目散に駆け出した。土方も同じタイミングで走り出すと、二人は神楽の元へどちらが早く着くか競ったのだった。
砂が舞い上がり、水飛沫がかかる。神楽は自分目掛けて走って来る男達を大きな目で見つめていた。
土方がやや優勢。このまま行けば神楽まであともう一歩だ。しかし沖田が大人しく負けるワケがない。土方の腰にしがみ付くと、海水の中で水着を膝まで引っ張り下ろしたのだった。
「総悟ォオオ!」
土方はあと一歩及ばずで、神楽の肩に手を置くのは涼しい顔をした沖田であった。
「これだから海パン一枚野郎は甘いんでさァ。海には危険がつきものなんだ、海パンは二枚重ねが常識でィ」
そんな事を言う沖田を土方は、水着を直しながら睨みつけていた。その目は、砂浜で神楽と遊んでいた時にこちらへと向けられていた物とは違っていた。余裕のない、感情の強くこもった瞳。
沖田はハッとすると神楽の肩から手を離し、水平線の向こうへと遂に消えゆく太陽へと体を向けた。もう、辺りは薄暗い。この辺りで土方と神楽を二人にする方が良いだろう。出来るだけ告白に向いた状況を作ってから玉砕する方が面白い。
沖田はそんな事を思うと、海から上がろうと神楽の横を通り過ぎた。その時だった。神楽の白い手が沖田の腕を素早く掴んだ。
「どこ行くアルカ?」
軽く振り返れば近い距離に神楽がいる。だが、もうその表情は鼻先が触れ合うほど近付かなければ確認する事が出来ない。
今、どんな顔してんだ?
無性に知りたくて堪らなかった。しかし、どうしても出来ないのだ。土方がこちらを見ている。じっとりと何かを観察するような目で。
沖田は神楽の腕を振りほどくと、一人で砂浜まで歩いた。
「ちょっと小便してくる」
何の尿意もない沖田だったが神楽と土方を暗い色の海へ残すと、トイレに行くと言ってコンビニへと向かったのだった。
濡れた肌にTシャツを着て、まだ乾かない髪から雫がポタリポタリと落ちていた。暑い季節にも拘らず、どこか冷たく感じる。それは胸の奥の方からやってくる寒気のようだ。
なんの用事も無いが沖田はコンビニへ入ると“落語入門”と書かれた雑誌を手に取った。普段なら目を輝かせて読んでいるところなのだが、今は文字すらも頭に入ってこず、ただ無駄に目に映しているだけであった。
胸がズキリと痛むのだ。二人を残して来た事に後悔はしていない。するワケがない。なのに、自分を責めるような感情が湧き上がってくる。それが嫌で抑えつけるように心の中で呟いた。
“土方さんがフラれることに協力してやっただけだ”
それが強がりだとか嘘だとか。そんな事は問題ではない。認めなければ事実ではないのだ。違うと首を振り続けていれば真実ではないのだから。
なのに、眩しい神楽の笑顔が浮かび上がる。黄金に煌めく水飛沫の中で柔らかく笑っていた。頭から離れない。それが浮かべば、現状に奥歯を強く噛み締めてしまう。
大体おかしな話なのだ。他人がフラれる事に協力するなどと。それに本当に土方が神楽にフラれると考えているのか? フラれるかどうなるか、どちらにしても二分の一なのだ。
結果次第では、告白が成功することに協力した事にもなる。正直言えば、それだけは御免であった。。
土方さんに加担するなんて、何やってんでィ。
沖田は雑誌を棚に戻すとコンビニを飛び出した。そして、すっかりと暗くなった砂浜に下り立ち、海を眺めて座っている二人の元まで行った。
並んで座る神楽と土方。何を話しているのか、雰囲気はそう悪くない。そこへ割り込むのは、邪魔をしに来た嫌な奴に映るかもしれない。しかし、沖田は躊躇わず背後から声を掛けた。
「まだ帰らねぇのかよ」
すると、神楽と土方が背後の沖田を見上げた。
「お前長いトイレアルナ! 帰ったかと思ったネ」
「それで、何見てんでさァ」
沖田はそう言って、神楽の隣に腰を下ろした。
「今日は港の祭りで花火が上がるんだと。見てから帰る事にしたが、テメェはどうする?」
神楽を挟んで左隣の土方がそう言ってこちらへと顔を向けると、沖田は後ろに手をつき夜空を見上げた。
帰る事はしたくない。三十センチは離れている隣の神楽だが、確かにその存在と熱を感じるのだ。しかも喧嘩もせず、ただこうやって海や空を眺めているなんて時間は貴重であり、珍しく大切にしたいと思っていた。帰る理由はどこにもない。
「土方さんこそ、どうすんでさァ? 海に沈むか砂に埋れるか、好きな方選んで良いですぜィ」
沖田の嫌な笑顔が街灯の明かりに僅かに照らされる。それを見ている土方のこめかみには、青筋がくっきりと浮かび上がった。
「じゃあテメェはこわーいサメの餌になるか? あ?」
「残念だな、土方さん。サメなんて江戸の海にいないことは、小学生でも知ってらァ」
その言葉にブチギレた土方が神楽の目の前に飛び出し、沖田へ掴み掛ろうとして神楽が怒った。
「お前ら! 人の目の前で喧嘩するナヨ! 邪魔アル!」
そう言って神楽が強い力で二人を引き離すと、神楽の瞳に光が散らばった。その瞬間、閃光が走り三人は空の彼方――向こうに見える港の上空を見つめた。轟き音と共に神楽が叫ぶ。
「うおーッ! 綺麗アル!」
花火の光に浮かび上がる神楽の白い顔。だが、頬だけが赤く染まり、満面の笑みで花火を見ていた。
あの神楽が自分の隣で笑っている。それは夢みたいに思えるが、紛れもない現実であった。胸を激しく打ち付ける爆音。沖田はそのせいで胸が痛いと顔を歪めた。すると、神楽の背後を通って見える土方の顔も同じものであった。
ドキドキする。手の届く距離に彼女が居て、触れてみたいと言う欲が湧く。
砂の上につかれた神楽の手までは、あと五センチ程。その距離が今までのどんな物よりも高くそびえ立っていた。
神楽の両脇の沖田と土方。どちらが先にその手に辿り着くのかは、神楽も沖田も土方も、誰一人知らないのであった。
2014/06/15
以下、あとがき。
リクエストありがとうございました。
3Zは爽やかな青春を意識して書くのですが、
今回は特にそれを意識して書きました。
自分の中の解釈ですが、3Zは沖田とか神楽が
一番輝く設定な気がします。
10代のキャラは甘酸っぱい話が似合いますね。
気に入ってもらえるか分かりませんが、
沖田目線での沖→神←土を書きました。
読んでもらえると嬉しく思います!
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