2015 Request
土方さんが神楽への恋心を自覚して、タバコを噛みながら生まれてしまった恋心にもがき迷みまくる話
設定は原作

負け犬と兎/土→神(リクエスト)


 それは夜勤明けのことだった。見廻りを終えた土方が駅前通りの大型ビジョンが見える交差点で信号待ちをしていた時だ。朝のニュースの合間に流れたCM。流れてきた奇抜な歌詞に顔を上げれば………………そこに映っていたのは、大型新人アイドルグループ・HDZ48の2人組み。OTSUとKAGURAであった。それを目にした瞬間、土方の毛穴という毛穴が開き、ゾクゾクっとした悪寒が背中に走った。歩道の信号は青に変わり、人々の流れが生まれる。しかし、それに飲まれることもなく土方は、咥え煙草で微動だにしない。感じていたのだ。これが運命と言うものなのかと。

「……オイ、なんだこりゃ。マジかよ、トッシーか?」

 たかがアイドルに騒ぐ血。まさかとは思っているが、もしかすると除霊しきれずにトッシーの魂が欠片ほど残っているのかもしれない。そんな事を土方は頭の隅で考えた。でなければ説明がつかないのだ。

 土方は煙草を指で挟み煙を吐き出すと、引きつった表情で屯所へ戻るのだった。


 その翌日のこと。公園のベンチで項垂れている土方は、天気もよく気持ちのよい気候にも関わらずその表情は雷雨であった。妙な脂汗と黒い影。視線の先には…………HDZ48のCDがあった。土方は手にしているCDをどこで入手したのか、恐ろしいことに全く覚えていないのだ。

「ヤベーよ、つまりアレか、俺はトッシーになってたつう事か?」

 それともあまりに興奮しすぎて覚えていないかのどちらかである。このままでは、CDどころではなく、写真集、DVD、握手会、コンサート……順調にヲタク街道まっしぐらである。これが本当にトッシーの魂によるものならまだ諦めもつくが、そうでなければ……己の内に秘めたる想いであれば、切腹ものである。沖田に……隊の連中に知れ渡れば、威厳もクソもあったものではない。

「もしかして好きアルカ?」

 突然、辺りに影が落ちたと思ったら片言の日本語が聞こえてきた。これはよく知っている少女のものだ。それは別に良いのだが、問題はその少女が誰に話しかけ、何を目撃したかである。引きつった表情の土方はぎこちなく声の聞こえてきた背後に振り返ると、そこには酢昆布をかじった中華服の神楽がいた。

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべている。手に持つ傘と酢昆布がとても奇抜であり、異星のものであることは、その白い肌を見なくとも理解が出来た。

「…………テメェ、今、何を見た?」

「なにって? HDZ48のCDアル!」

 そう言うと神楽はベンチの背もたれを飛び越えて、土方の隣へと腰掛けた。

「ふぅん、お前好きだったアルカ? じゃあ、マクラ営業会に来れば良かったネ」

 マクラ営業会。聞き馴染みのない言葉だ。それを土方は頭のなかで分解し、再度組み立て直すと、神楽の言った『マクラ営業会』の意味に気が付くのだった。

「あ、ああ!? こいつら枕営業なんてやらされてんのかよッ!」

 すると神楽は両腕を胸の前で組み、目を閉じて頷いた。

「そうアル! 見ず知らずの男に……ちょっと(ヲタクの腕へし折って)血も出ちゃったし、なんかよく分からなかったけど、もう少しだけ頑張ってみるかなーって思うアル」

 その話を聞き終わった土方の顔には玉のような汗が吹き出て、震える唇が今にも咥えている煙草を落としてしまいそうだった。

「い、いや、お前、嘘だろ……え? 冗談だよなァ? 嘘だろ」

 その『嘘』という言葉には、土方の驚きがふんだんにつめ込まれている。何をそんなに驚いているのか。理由は二つもあった。

 一つは、あの穢れ無き純真であるアイドルが枕営業と言う、汚物まみれの仕事をしている事実。

 もう一つは、その穢れ無き純真であるアイドルが……どうも話によると、この万事屋のチャイナ娘そのものらしいと言うことだ。

「お、俺は信じねェぞ。テメェがアイドルなんてなァ」

 しかし、隣を見れば不思議そうにこちらを眺めている顔が、手にしているCDジャケットにも同じものがあるのだ。

 どうして気づかなかったのか。今頃、俺のトキメキを返せと気色の悪い事を言うつもりはないが、何かアクションを起こす前で良かったと心底安心していた。まだCDを買うくらいならば、誤魔化しは効くだろう。

 土方は着物の懐にCDをしまうと、涼しい顔をして言った。

「これはアレだ、落し物だ。さっき俺に届けられただけだ」

「じゃあ、その落とし主探して、神楽ちゃん自ら持って行ってあげれば、喜ばれるんじゃないアルカ?」

 なんたる過激ファンサービス。土方は神楽の言葉に大きく胸を弾ませたが、そもそも落とし主などいないのだ。土方が自分の金で買って所有したもの。傷つけずにどう断ろうかと頭を抱えた。

 正直、万事屋のチャイナ娘に何かを感じたことなど、今までに一度もなかった。あっても銀時の子分、ないし部下である。それが何故かアイドルと言う付加価値がついた途端、眩いほどに光り輝き、隣に座っているだけだと言うのに呼吸も苦しく感じるのだ。しかし、にわかには信じられない。疑うような目つきで土方は神楽を見た。

 だが、得られる情報の全てが、HDZ48のKAGURAであると示している。これはもう信じるしかないのだろう。そして、マクラ営業会なんてことをさせられている神楽を救ってやるのが、お巡りさんの仕事であると使命を感じた。

「オイ、そのマクラ営業会つう、怪しげな会議はどこで開催されてんだ?」

 その言葉に神楽はうーんと軽く唸ると、ゆっくりと口を開いた。

「次は来週末だったはずネ。お前も来るアルカ?」

 土方の頭に、目の前の神楽のあられもない姿が浮かび上がる。あのフワフワっと、フリフリっとしたよく分からない衣装を身につけたまま、男と枕で…………

 飽くまでもこれは捜査の一環で、その違法マクラ営業会を摘発する為に潜入するだけだと土方は自分に言い聞かすと、マクラ営業会へ向かうことに決めたのだった。

「ああ、行ってやるが……テメェは、マクラ営業会までしてもアイドルにしがみついていたいのか?」

 もしそれほどの覚悟ならば、土方はそういう世界もあるのだと、納得することも必要なのかもしれないと思っていた。キレイ事だけでは世の中渡ることは出来ない。それは己の手がよく知っている。痛みを伴う瞬間というのは、生き残りたければ避けては通れない道なのだ。

「別にアイドルやりたいって言うよりは、銀ちゃんの命令ネ! 坂田Pアル!」

 その言葉に土方はブチ切れた。

「あの野郎! ぜってーブタ箱にブチ込んでやるッ!」

 呼吸荒くそう叫んだ土方は、ベンチから立ち上がると煙草を強く噛み締めた。フィルターが潰れ、濃い煙が肺を満たす。それを最大量まで吸い込むと、一気に吐き出した。

「テメェを必ず救ってやる」

「…………うん?」

 神楽には通じていないらしく軽く首を傾げた。

「と言っても仕事だからだ。俺の個人的な感情じゃない。それだけは勘違いするな」

 そう言い残して土方は神楽の前から立ち去ったが、実際にはただの個人的感情が仕事を上回るのだった。


 私室で文机に向かい、土方は帰りに買ったHDZ48の写真集を眺めていた。

 神楽に対する思いは、アイドルをしているというだけで急激に好意的なものへと変わっていた。それを認めたくないという思いは強くあって――――――土方の中では、万事屋の神楽とHDZ48のKAGURAとは全く別の人物であると、切り離して考えていた。

「クソッ、なんなんだ一体」

 胸をざわつかせる思いに顔を歪ませ頭を抱えた。

 アイドルを応援したい気持ちはトッシーの魂の欠片のせいに出来たとしても、万事屋の神楽を見てマクラ営業会の善くない妄想が浮かんだ事にはどう説明をするべきか。言い訳を探してはみたが、これと言って特に見つからないのである。

「違う、俺は…………万事屋の野郎とは違う」

 ロリコンなどと犯罪臭い単語が頭に浮かぶ。

 苛立った土方は咥えていた煙草を消したが、スグに新しいものに火をつけた。お陰で灰皿は大量の吸い殻で溢れている。

 人に焦がれる気持ちを知らないわけではない。だからこそはっきりと芽生えてしまう目に摘んでしまいたいのだ。アイドルを『健気』だと応援している内はまだ良い。それ以上先へと気持ちが進んでしまう前にどうにか踏み潰してしまいたかった。

 しかし、方法は分からない。湧き上がった気持ちの処理の仕方など、刀を振るう以外に知らないのだ。それで無心になればきっと――――――目に入った写真集の神楽は真っ赤なチャイナドレスを着て、定春と嬉しそうにこちらを見ていた。それと目が合って心が跳ねて、それで………………

「寝よう」

 考える事をやめて逃げることにした。そうでもしなければ、胸の鼓動の理由を確かめたくなってしまう。

 土方は自分の気持ちに無理やり幕を下ろすと、一人殻に閉じこもった。

 しかし、狭い街。逃がさないと言うように行く所、行く所で神楽に出会うのだった。


 翌日のことだ。それは昨日公園で神楽に会った時よりも酷く胸が疼いた。その理由は意味もなく並んで歩いている眼鏡の少年と天パの侍のせいである。

 面倒だと言って万事屋一行が通り過ぎるのを待つ手もあるのだが、ここは生憎狭い路地。嫌でも互いの目につくだろう。そして、眼鏡のツッコミが『あっ、土方さん』なんて言って絡んでくるに違いないのだ。

 土方は出来るだけ平静を装うと、何事もなく万事屋一行の横を通り抜けようとした。新八が絡んできても無視をしよう。そんなことを考えて。

「あっ、土方さん。どうも」

 案の定、新八は面白みもない地味な挨拶をして来た。だが、今の土方の耳には入っていない。

 ンなもん、無視だ無視…………

 それが成功だったらしく、特に新八にも銀時にも絡まれることなく通り過ぎることが出来た。なのに、神楽が……神楽が全てを覆してしまったのだ。

「ちょっと待てヨ! はい、コレ」

 ズボンのポケットに突っ込んでいた手を神楽が無理やり取ったのだ。そして、手のひらを開けられた。神楽の白い手から何かを渡される。それもにっこりと柔らかい天使のような笑顔で。

 嘘だろ…………

 土方の瞳は激しく動き、見えている光景が信じられないといったふうだ。

「銀ちゃんにお前のこと話したら、是非渡しなさいって」

 神楽が土方に渡したもの。それは神楽の真っ白い純白の――――――メモ用紙に書かれた『欲しいものリスト』であった。

 酢昆布100箱、現金30万円、近江牛3キロ、毛ガニ3杯……

「なんだよ、これは!」

 土方のこめかみに青筋が浮かぶ。

「だってマクラ営業会、お前来てくれるんダロ? サービスいっぱいしてやるから、よろしくナ」

 手のひらのメモを握りつぶした土方だったが、ポケットに突っ込むと神楽に言った。

「…………誰が用意するか」

 体に残るトッシーの魂が、HDZ48のKAGURAをちょっと可愛いと思っていて、胸がときめいて、応援したいと考えている。しかし話しはそれだけであり、万事屋の神楽に対して何か思っているわけではない。絶対に違う。

 それなのに目の前で嬉しそう笑っている、明るい顔につられ微笑んでしまいそうになる。

「す、酢昆布だけだ! 酢昆布だけなら、まぁ持って行ってやらんこともない……」

 そう言って土方は神楽に背を向けた。何故か踊っている気持ち。これは完敗も目前だ。

 土方は乱暴に靴音を踏み鳴らして歩くと、苦々しい顔をして咥えている煙草を噛み潰すのだった。


2015/07/13