リクエスト::土神に銀時が絡む・土方、銀時の葛藤やジェラシー・略奪愛要素

※一応、16歳~くらいの神楽さんです。


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 【土方side】

 キッカケは些細な事だ。取るに足らない日常。そんなものに俺は心を掻っ攫われた。

チャイナ娘が俺の目の前で舞った。ただ、それだけだった。

 

 追っていたある事件の容疑者が、遂に尻尾を見せた時だ。あと一歩のところで尾行に気付かれ、容疑者は人混みへと逃げ失せた。

「オイ! 山崎ッ! テメェは裏から回れ!」

 面倒な事になった。俺はそうして容疑者の尻を追いながら、ただ眉間にシワを寄せていた。これを捕り逃がしでもすれば、隊内の士気は一気に落ちる。となると上からまたグチグチと粘っこく、ありがたーい御言葉を頂戴しなきゃならねェ。それだけは御免だ。

 だが、ヤツはすばしっこく人波を縫うと、首尾よく姿を消した。

「クソッ!」

 悔しさが思わず口をついた時だった。女が一人、雑居ビルの非常階段へと跳び上がった。紫の番傘に鮮やかな髪色。それが目に入り後を追うと、その女が目指す方向にヤツを見つけた。

「自ら袋小路に飛び込むとはなァ」

 俺は思わず歯を零すと、それから間もなくしてヤツと――女の元へ辿り着いた。

 ぶっ叩いてやる。

 気分の乗ってる今日は、いつもより派手に暴れ回りたくなった。だが、俺が現場に着いた時、そこには真っ赤なチャイナドレスを翻し、ヤツの腹へ蹴りを入れる女――万事屋のチャイナ娘が居たのだった。

 飛ぶように軽々と宙を舞い、二つに結った長い髪を風に揺らしている。それを見ている内にチャイナ娘は着地を決めると、スリットから真っ白な脚を覗かせた。冷めて見える青い目がやけに印象的で、俺はそれに捕らえられるとしばらく言葉も出なかった。

 湿っぽく、日の当たらない裏路地。風が吹き溜まり、ゴミも散乱している。

 そんな場所で俺は何を見ているのだろうか。目が奪われ、高揚感が体を包む。この女の姿に心が惹きつけられた。形容詞を用いるなら――美しい。それ以外に言葉は無え。

 そんな事を考えている俺にチャイナ娘は声を掛けた。

「コイツ、私の尻触ったアル! 早く捕まえろヨ!」

 俺は思わず額に手を当てると項垂れた。口を開けば、どうってことはねェ。いつものチャイナ娘じゃねェか。

 俺は伸びている男へ近付くと、その面と手配書とを見比べ確認した。そして、背中の向こうにいるチャイナ娘に言ってやった。

「心配するな。テメェに言われなくとも連れて行く」

「ふぅん、たまには仕事するアルナ」

 俺は容疑者の前にしゃがみ込み身柄を確保すると、隊服のポケットから煙草を取り出した。

「馬鹿言え。コイツは前科六犯の上に殺人容疑のかかってる男だ。たまに働いてるくらいで追えるホシじゃねェ」

「でも、捕まえたのは私アル! 感謝しろヨ」

 チャイナ娘はそう言って無邪気に笑うと、隣のビルの非常階段へと跳び上がった。身のこなしは軽く、重力をまるで感じさせない。

「副長ッッ!!」

 そこでようやく裏から回って来た山崎と合流した。

「テメェ、今まで何してたッ!」

 俺が山崎に気を取られていると、頭の上から声が降って来る。

「じゃあナ、ふくちょー!」

 そう言ってあっという間に消えた女に、俺も山崎もただ呆然と天を仰いでいるだけだった。

「パンツって案外、見えないもんですねィ」

 そんな呑気な事を言っている山崎を軽く蹴り上げると、チャイナ娘が捕まえた容疑者をパトカーに押し込め現場を後にした。

 

 

 

 あれから数日経ったが、俺の脳裏に焼き付いたチャイナ娘の姿は、まだ色褪せてはいなかった。

 ただ美しいだけの女ならごまんといる。なのに、何故俺の中にこうして残るのか。全てはあの魅惑的な瞳の色にある気がした。

 もう一度だけ見て確かめたい。俺の胸の奥で疼く痛みが何なのか。それの原因を突き止めてみたかった。だが、会いに行けば怪しまれる。何より見たくねェ野郎の面まで目に入れる事になる。

 仕方ねェかと休みの日、俺はやる事もなく、したい事も出来ずにかぶき町をブラついていた。

 そういや、今吸ってるこの一箱で煙草がなくなる筈だ。それを俺は思い出すと、今いるところから一番近いコンビニへと足を運んだ。

 店内に入れば外からじゃ分からなかったが、店員と女が言い争っていた。

 チャイナ娘だ!

「手持ちがないって言ってんダロ! そもそも百八円って何アルカ! 三円くらいまけろヨ! バカちんが!」

「警察だ。何を争ってる?」

 トラブルメーカーを引き取りにいけば、どうやら酢コンブ一箱の金額で揉めているようだった。

 くだらねェ。そう思わずにいられなかったが、チャイナ娘はどうしても酢コンブを買いたいようだった。正直、前に世話になった。たまたまとは言え、この女が容疑者を食い止めなければ……上からどやされてた事だろう。

「俺が買ってやる。これで文句はねェだろ?」

 俺は煙草と酢コンブを一箱を購入すると、コンビニの外へと出た。

 脳裏に焼き付いている女と今コンビニで出会った女。それが同一人物とは、どうも思えない。俺はあの日、一体何を見たのか。まさか――幻か?

「お前! どう言うつもりアルカ?」

 俺の背中を追って店から出て来たチャイナ娘が、訝しげにこちらを見ていた。一旦、俺は幻の事は忘れて落ち着こうと煙草を吸った。

「どうもこうもねェ。こないだの借りを返しただけだ」

 そう言ってチャイナ娘に酢コンブを渡すと、青い目が俺を映した。

「こんな酢コンブ一箱で神楽ちゃんがなびくとでも思ってんのか? これくらいじゃ満足しないアル」

 相変わらずの口の利き方に軽く苛立った。

「なら、何が良いんだ? 金か? 言ってみろ」

 すると、急に黙り込んだ。

 万事屋の連中の事だ。大した考えもなしに突っかかって来たんだろう。

 俺は呆れると、頭の中で綺麗な思い出と化したこの女の姿を削除する事にした。きっとあの日見たのは幻で、疲れてたんだろう。

「思いついたら連絡しろ。そん時はテメェを満足させてやる」

 それだけを言うと俺はチャイナ娘に背を向けた。

 ああは言ったがチャイナ娘からわざわざ連絡が来るとは思えねェ。ガキは酢コンブ一箱で満足してるくらいが丁度良いだろう。

「待つアル」

 そんな声が聞こえたかと思えば、力づくで体の向きを変えられた。チャイナ娘の顔が正面に見える。

「これでも最近は、銀ちゃんの彼女に間違えられる程ネ!」

 何が言いたいのか、俺には理解が出来なかった。

「それはとんだ災難だな。あの野郎の女に見られるとは、テメェもその程度だと思われてんだろ」

「……お前さっき、私を満足させてやるって言ったナ? じゃあ、その言葉通り私を満足させてみろヨ」

 俺は思わず口に咥えていた煙草を落とした。

 何言ってやがる!?

「お前は酢コンブなんて欲しがる私をガキだと思ってるかもしれないけど、もうそんなに子供じゃないネ。エラそーな口叩くなら、金や物使わずに私を満足させてみろヨ」

 そう言い切ったチャイナ娘の瞳は、静かに燃える炎に見えた。そのサマに俺の目は再び釘付けとなる。

 面白ェ。ここまで言うからには、駆け引きを楽しむだけの余裕があるんだろう。

 万事屋の野郎がこれについてどう思うのか、それを考えると面倒だったが、ただのゲームだとすればなんら問題はない。

「分かった。そうまで言うなら付き合ってやる。テメェが満足するまでいくらでもなァ」

 どうせ途中で逃げ出すのは目に見えてんだ。いくら犯罪者をものともしない女でも、男の前じゃただの少女だろう。

「その代わり、テメェが泣いて逃げればそこで終了だ。分かったか?」

 チャイナは瞬きを一度だけすると、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「分かったアル」

 どこまでこの女が耐えられるのか見物だ。精々、並んで歩くところまでだろう。

 だが、それでは面白くないと珍しく遊ぶ気でいた俺は、早速チャイナ娘の手を取り握った。

「……逃げるなら今の内だ」

「は、はァ!? 誰が逃げるかヨ! 手ェくらい別に洗えば良いネ」

 だが、そう言ったチャイナ娘の頬は赤く、その肌の白さが仇になっているとは気付いてないようだ。

 そんな男慣れしてねェ反応に思いの外俺は気分が良くなった。とんだじゃじゃ馬の相手をする事にはなったが、これなら十分楽しめそうだ。

「言っとくが、これはテメェとの遊戯(ゲーム)だ」

「分かってるアル。お前こそ、その言葉忘れんなヨ」

 随分と強気なチャイナ娘に俺は思わず歯を零した。少々、大人の男を舐め過ぎじゃねーか? 総悟じゃねェが、こうも強気な態度だと色々と教え込みたくなる。まァ、遊びだが。

 

 コンビニを後にした俺とチャイナ娘は、しばらく手を繋いだまま街を歩いた。行く当てなどない。ただ、むやみやたらに他人に繋がっている手を見せ付けてるだけだ。

 それにはチャイナ娘も参ったのか、赤い頬でこんな事を言った。

「何か、皆がこっち見てる気がするアル」

「テメェが見てるからそう感じるんだろ」

「そんなもんアルカ?」

 だが、やはり納得していないのか、遂にチャイナ娘はその足を止めた。

「今度は何だ?」

 見ればやはり慣れていないのか、眉間にシワを寄せながらも顔は赤いままだった。

「さっきから気になってたアル。手繋いでんだから、せめて名前で呼べヨ」

 その思わぬ言葉に俺はどういうワケか心臓が跳ねた。確かに名前くらいは呼んでやっても良い。ただ、いざコイツの名前を口に出そうとすると、体が熱く感じた。

「なら、お望み通り呼んでやる。行くぞ、神楽」

「うわっ、名前知ってたアルカ!?」

 その言葉に無性に俺はむず痒くなった。

 知ってて悪いか。何かと出会ってりゃ嫌でも覚えんだろ。

 そうは思ったが言えば面倒になると言葉を飲み込むと、笑っている神楽を連れて再び歩き出した。

「私もお前の名前知ってるアルヨ! ひじ、ひじかた……とーしろーダロ?」

「あぁ、よく言えました」

 クソッ。何なんだ? 急にニコニコ笑いやがって。調子が狂う。

 だが、神楽はそんな俺に構わずにこっちを見ながら歩いている。

「もっと喜べヨ! 神楽ちゃんと手繋いで歩けるアル。こんなの滅多に出来ないアルヨ!」

 それはそうだろうが、いい歳の大人が女と手を繋いだくらいで喜びを表情に出すと思うのか? ましてや抱けるワケでもない、ただの暇つぶしの女に――

 そうは思ったが、もし仮に神楽が全て、最後まで逃げもせずに受け入れたらどうする?

 さっきまでは早い内に逃げ出すと思っていたが、今はどう言うわけか楽しそうに隣を歩いている。それも手を繋いでだ。まだ分からないが、その話が無いとも言い切れないような気がしていた。そうなれば、責任が勿論伴う……

 って俺は抱くつもりか!?

 そこに行き着く前にどうにかして逃げてもらわねェと厄介だ。どうするか?

「なぁ、私あの映画観たいアル」

 そんなワガママを言い、それなりに楽しんでいる神楽に俺は杞憂で済まない気がした。

「金や物を使わずつったのはテメェだろ!」

「私から提案する分には良いダロ! もし、これで私が逃げ出す事になったり満足すれば、それはもうお前の勝ちで構わないアル」

 悪い提案じゃねェな。

 俺は二つ返事で了承すると、神楽が観たいと言った映画を観せてやる事にした。

 

 

 

 チープでインスタントな恋愛。

 くだらねェな。

 俺はスクリーンに映し出される若い男女の芝居に、欠伸を噛み殺した。

 平日の昼間とあってか、客もまばらだ。だが、理由はそれだけじゃねェだろう。映画の内容に問題があった。

 十代のガキ共にはウケるんだろうが、惚れた腫れたを繰り返すだけの安っぽいドラマ。

“君を一生離さない”

 そんな台詞に俺は口を歪めた。暇だ。

 すっかり集中力の切れた俺は、隣の席に目をやった。神楽の白い顔がスクリーンの光りに照らされてよく見える。随分と熱心に観ているようだ。

「面白いか?」

 神楽の耳元で尋ねると、突然ビクンと跳ねた。何だ?

 少し離れて神楽の顔を見れば、大きな瞳が揺れ、耳に手を当てていた。

「なんだ?」

 声を出さずに言ったが、口の形で俺が何を言ったのか理解したようだ。神楽は首を左右に振った。

 結局、それが何か分からなかった俺は煙草でも吸いに出ようとして、もう一度神楽の耳元に口を寄せた。

「煙草を吸いに……」

「ふっ、ん」

 聞こえてきた声に俺は思わず固まった。

 何て声出してんだ!

 当たり前だが、今まで一度だって聞いた事のないアレだ、甘い声だ。

 どうやら……つまりは、耳に息が当たるのがダメだったらしい。だからってあんな声を漏らすか? 普通。

 神楽は耳と口を押さえており、動けなくなったのか俺と同じように固まっていた。

 このままでは気まずい。俺は席を立つと、足早に外へ出た。そして、喫煙スペースに飛び込むと、煙草を急いで口に咥えた。だが、ライターがなかなか上手く扱えない。

「……クソッ」

 俺は一度落ち着こうと、煙草を口から外した。

 何を焦ってんだ。女の甘い声なんて聞き慣れてるだろ? ただ、場所と人物が予想外だっただけで、何てことない筈だ。なのに、俺はまだ煙草を吸えないでいる。何故だ?

 結局、俺はあの席へ戻る事が出来なかった。

 

 その後、映画館から一人で出て来た神楽は、特にどうって事はなく俺の手を――いや、腕を取りやがった。

 本当は男に慣れてんのか?

 改めて考えれば、万事屋には普段男しか居ない。寧ろ、男の扱いに慣れてないなんて事の方がねぇだろう。

「万事屋の野郎ともこうしてベタベタと引っ付いてんのか? 不健全な職場だな」

「はぁ? どこがネ? 男同士でベタベタニチャニチャしてる方がずっと不健全ネ」

 してねーだろ、とは色々思い当たる節もあり否定出来なかった。

「ンなことより、どうだった? あの学芸会みてェな映画は」

 すると、神楽は頬を軽く膨らました。

「お前はちゃんと観てないからそんな感想しか出ないアル! 父親役のタクゾーの熱演が最高だったネ! あんなの渡鬼じゃ観れないんダヨ!」

 何を言ってんのか半分も理解出来なかったが、楽しんだならそれで良いと……いや、良くねェだろ! 何考えてんだ俺は。目的はコイツを楽しませる事なんかじゃねェ。飽くまでも“満足させる”事だろ?

 もう、要らないと言うまで与えてやれば良い。逃げ出すように仕向けるのが今の目的だ。

 そこで俺は映画館での神楽を思い出すと、耳が弱い事を頭に入れた。どうにかそれでギブアップと言わせたい。

 そろそろ夕暮れ時と言うこともあり、飯でも食うかと、神楽を個室のある居酒屋へと連れて行った。

 

 遠慮と言う言葉を知らないのか、吸い込むように次々と料理を消して行く。

「テメェの胃袋はどーなってんだ!」

「まぁ、そうカリカリすんなヨ! ほら、あーん」

 そう言って料理を口へ運ばれると、何と無く怒りも鎮まる。単純と言われればそうだが、男なんて大抵はこんなものだろうと考えていた。だが、こう上手く操作されると癪だ。ましてや相手は年下の少女だ。

 俺は酒をオーダーすると、一気に呷り酔っ払った。酔えば少しはラクになれる気がした。色々と鈍り誤魔化せるんじゃねェか、なんて事を考えた。

 しかし、それは失敗だった。俺はあまり酒に強くなかった事をマヌケにも忘れていた。

「お前! 少しは自分の力で歩けヨ!」

 居酒屋を出て、神楽に担がれながら歩く俺はグロッキーだ。随分と飲んじまったらしい。

「もう夜も遅い。テメェを家まで送って行ってやる」

「どの口が言うアルカ! その言葉そっくりバットで撃ち返してやるアル!」

 そうしてどうやって屯所の自室へ戻ったか分からねェが、気付けば神楽が俺の背中を摩りながら水を飲ませてくれていた。

「悪いな」

「酒に飲まれてどうするアルカ? 格好悪いアルナ」

 その言葉が鋭く胸に突き刺さる。だが、言った本人はどういうワケか柔らかく笑ってやがる。

「銀ちゃんと全然変わらんアル」

「テメェんとこの馬鹿社長と一緒にすんじゃねェ」

「お前、鬼なんて言われてるけど、血が通ってるのよく分かるアル。ほら、今も温かいネ」

 神楽の俺の背中を摩る手が止まった。それがどこか寂しくて、俺は隣にいる神楽を見た。青い瞳に吸い込まれそうだ。

 やめとけ。

 自分をそうして制御するも、神楽から何かを奪ってやりたい衝動に駆られる。酒のせいか?

 別段、女にだらしのないワケではない。にも拘らず、このまま雪崩れ込んでしまいたい。

 何を考えてんだ。無責任になれるのか?

 自問するも頭が回らず答えは出ない。

「神楽」

 そうこうしている内に俺の手が、勝手に神楽の後頭部へと回る。

「えっ」

 小さな驚きが聞こえて、だが俺は構わずに唇を寄せた。神楽の耳に。

 軽い口付け。これくらいなら遊びの内だろ?

 ゆっくり離せば神楽に言ってやった。

「もう俺は大丈夫だ。夜道は危ねェだろ。送ってやる」

 しかし、神楽は耳を押さえて立ち上がると、震える声で言った。

「何言って……お前が一番危険ダロ!」

 そうして慌てて飛び出して行くと、挨拶もなく帰って行った。

 勝手過ぎる。

 だが、あいつを満足させるという意味では成功で、神楽が再び俺に勝負を挑んで来る事はないだろう。

 この遊戯は俺の勝ちだ。なのに、勝った喜びなんざ微塵も感じられない。それどころか気落ちしている。

 この原因はなんだ?

 万事屋へと帰って行った神楽に俺は悔しさを感じると、まださめない酔いの中、やるせない気分で煙草を吸った。

 


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ブルーカーバンクル/土神←銀:02

 

【銀時side】

 最近、何があったのか。神楽が妙に塞ぎ込んでいた。

 その浮かない顔と溜め息の多さ。俺もそれには気付いていたが、敢えて触れずに放置していた。

 なのに新八の奴が発情期か何だか知らねーが、耳元でギャアギャアと騒がしいったらねぇ。

「ほら、銀さん! 神楽ちゃんに聞いてあげて下さいよ!」

 帰り支度を終えた新八が、玄関先でそんな事を俺に言った。

「はぁ? 何を? そんな気になるなら、おめェが行って聞いてこい!」

 俺の腕を掴んでいる新八を神楽のいる居間へと押しやると、俺は廊下で聞き耳を立てた。

「ねぇ、神楽ちゃん。もしかして便秘……」

「おりゃぁあああ!!」

 ぶっ飛ばされた新八はそのまま廊下を転がって玄関から出て行くと、階段も転がって遂に地面へ転がり落ちると、何事もなかったかのように二足歩行で帰って行った。

 俺はそれを玄関先から見ていたが、新八の聞き方が悪かったと苦笑いを浮かべた。

「ガキの癖にガキの気持ちも分かんねぇのかよアイツ」

 俺は部屋へ戻ると機嫌の悪い神楽の元へと向かって行った。

 

 おおよそはついている。何に悩んでいるのか。

 俺はソファーの上で膝を抱えている神楽の隣に足を組んで座った。

「お前、トイレは行ってみた?」

「お前ら私を何だと……」

 そう言って俺を投げとばそうとした神楽の手を掴むと、何も出来ないようにしてやった。

「なら言ってみ? 新八もアイツなりに心配してんだよ。分かるだろ? それで――何があった?」

 すると、神楽は俺の手を振りほどいて再び膝を抱えた。

「……別に何もないアル」

 その面は言葉とは真逆で“重大な問題にぶち当たっている”そんな事を言っていた。

 嘘が下手って言うか、なんて言うか。俺を甘く見てんだよな、コイツは。

「言いたくねぇのか。まぁ、分かるけどな。俺も通って来た道だ」

 その言葉に神楽の顔がこちらを向いた。明らかに驚いている。

「当たりめぇだろ? 銀さんにもお前らくらいの歳があってだな、正直すげー悩んだわ」

「銀ちゃんも?」

 俺は神楽の頭に手を置くと、髪を乱すように撫でてやった。

「一日何回までヤっても良いのかとか、曲がり方が特殊じゃねぇのかとか……」

 その辺りで俺は殴られた。思ったよりも早いタイミングで。

「そんなんと一緒にするなヨッ!」

「はぁ? なんだよ。じゃあ、お前の悩みは、もっと崇高で清らかなもんか? たとえそれが飢餓で苦しむ子供達を、救いたいなんてものだとしてもな……誰にも言わず悩んでる時点で同じだろ?」

 人に言えねぇなら、俺の思春期の悩みと何ら変わりない。そうやってそそのかして、俺は神楽の悩みを聞き出そうとした。

「……でも、言ったって解決しないダロ」

 神楽は余程悩んでいるらしくこう言った。

 まぁ、これも一種の通過儀礼なんだろうが、悩んでる神楽の顔を見ることなんてそう有る事じゃなくて。俺は少しばかり新鮮だった。

「好きな野郎でも出来たか?」

 すると神楽は分かり易いくらいにギョッとして、だが直ぐに顔を俺とは反対側へと向けた。

「そうか。通りで最近キレーになったと思ったんだよな」

「えっ?」

 こちらを向いた神楽の頬は赤く、喜びを表していた。だが、俺は別に何も神楽の事を言ったつもりは無い。

「あぁ、飯の食い方がな」

 また神楽に殴られると、今度は暫く動く事が出来なかった。

 マジ痛えんだよ!

 そうやって殴られた頭を抱えていると、どういうワケか胸の奥の方が痛みやがった。

 なんなの、コレ?

 心臓を鷲掴まれたような、引っ張られてるような鈍い痛み。口の中には苦味が広がっていく。

「銀ちゃん?」

 いつまでも顔を上げない俺を心配したのか、神楽が覗き込んで来た。

 自分でやった癖に心配そうな顔しやがって。

 その瞬間、俺は把握した。何が胸を苦しめたのか。

「お前、手加減しろよ。銀さん死んだらどーすんだよ!?」

 そう誤魔化して顔を上げたが、まだ痛みは体に残ったままだ。

「こんなんで死なないデショ? 何言ってるアルカ」

 そんな事を言って神楽は笑ったが、苦しんでる俺自身はそうは思えなかった。

「……まぁ、ないか」

 そんな風に濁しはしたが、なかなか引かない痛みに俺は焦っていた。こう言うのはずっと昔に経験した事があって、その時は――あぁ、もう思い出すの面倒臭ェわ。

 俺は顔を上げると神楽の長い髪に手を移し、俺のと違ってサラッサラなその髪に指を通した。

「で? 惚れた男に告白出来ずに悩んでるワケ?」

 神楽は膝を抱えたまま遠くを見つめると、誰かを想像しながら溜め息を吐いた。

「始めはただの遊びだったアル。それなのに……」

「はぁあああ?」

 いや、それ何だよ! 何なのコイツ! 俺が思ってるよりもモテんのか!?

「あ、遊びって何だよ? アレか? ママゴトの配役で夫婦みたいな?」

「何歳だと思ってるネ? ママゴトする大人の男なんてこっちから願い下げアル」

 はぁあああ? いや、相手大人? つか、誰だよ!

 俺はもう全身汗だくで、さっき風呂に入ったばかりだと言うのに、このままでは眠れそうになかった。

「遊びってどこまでの遊びだァ!? オセロか! ウノかッ!」

 神楽の冷めたような青い目が突き刺さる。

「言っとくけど、銀ちゃんが思ってるより私は大人アル」

 それは神楽がよく使う文句だ。だが、聞き慣れた言葉なのに俺は初めて耳にしたような衝撃を受けた。目が覚めた気分だ。

 考えてみれば神楽はもうガキとは言えないほどに、まぁ色々と育っちまっていた。勿論、それに伴って恋愛観や男に対する意識だって成長する筈だ。何よりも周りが放っておかねぇだろう。俺や新八と違ってな。

「さっきのは冗談だ。言われなくても分かってんだよ……それでお前、遊びが本気になって苦しいって?」

「ま、まぁそんなところアル」

 何度も言うが“遊び”ってな。相手の男も何考えてんだよ。遊ばれる前提で関係を持ったのか? それとも互いに遊びだと割り切って……どっちにしても胸糞悪りいなオイ。

「なら、言っちまえ。てめェに本気で惚れたって」

「そ、そそそそんなの言えるワケないダロ!」

 神楽は茹だったタコのように真っ赤で、こんな年頃の娘らしい表情は初めて見た。それが嬉しくもあり、よその野郎がこの表情を作り上げたかと思うと残念でならなかった。

 さっきから気付いてる。神楽の成長を喜べてねぇって事には。ずっと大事に預かっていた娘だ。それがどこか遠くに行っちまうような、もの寂しさを感じずにはいられなかった。

「言えねぇつーなら、すっぱり諦めろ。それが無理なら、告白してこい。悩んでたって仕方ねぇだろ?」

 相手への気持ちを隠したままでいる事は、そう容易なことじゃねぇ。ましてや態度にも出さず、口にも出さず傍にいるなんてのは、生きながら殺されてるようなものだ。俺は神楽にそんな事を望んじゃいねぇ。惚れた男がいるなら、そいつと幸せになってくれればそれで……それで良いんだ。そうだよな?

「脈は薄いのか? それくらい分かるだろ?」

「わっかんないアル」

 神楽の顔は真っ赤だ。

 仮にその男と神楽が――男女の仲になっていたとして、遊びとは言え相手も大人の男である以上、神楽を恐れて抱いたわけじゃないだろう。少なくとも神楽の何かに魅せられて相手した筈だ。だったら押せばどうにかなるんじゃねーの?

 そう思うと、また胸の奥が鈍く痛む。

「で、でも、キスされたアル……耳だけど」

「へ、へぇ。そうかい。なら脈はあんだろ」

 神楽の口からハッキリと言葉が出ると、俺の胸の痛みが増幅した。想定以上の動揺だ。 情けねぇなオイ。

 堪らなくなって俺は、神楽の頭を引き寄せると無理やりに抱いた。

「わっ! 急に何アルカ! いやぁ! 臭いアル!」

 神楽はおどけてそんな事を言っていたが、俺は至って真面目だ。

 なんつーかよ、やっぱりまだダメみたいだわ。

 俺の役目はハゲから預かったお前を送り出す事なんて思ってたけど、手元に置いておきてぇんだよ。この先もずっとな。それに今気付かされて戸惑っている。だが、お前には勿論のこと、誰にも言っちゃならねぇ。言えばどうなるかくらいの計算は出来る。誰も幸せにならねぇって事くらいな。

「今からでも言って来いよ。お前の事が好きだって」

「無理ネ。だって向こうも遊びアル。私をからかって楽しんでるだけネ」

「なわけねぇだろ。お前からかってもぶっ飛ばされて痛いだけだろ」

 案の定、俺は頭突きを顎に食らわされた。だけど、やっぱり痛えのは胸の奥で、それを和らげるように神楽の頭を強く抱いた。

「苦しいダロ! 何ヨ、銀ちゃん!」

「あのなぁ、神楽。今言わねーと、一生後悔するかもしれねぇんだぞ?」

 神楽をけしかけて、俺は何やってんだ。自分で自分の胸を苦しめて。

「振られたって良いじゃねぇか。好きだって、お前を愛してるって口に出来るだけで十分じゃねぇの?」

 腕に抱いて“愛してる”なんて台詞まで口にしたのに、俺の中で培われた想いは花もつけずに枯れていく。その虚しさを神楽にだけは味わって欲しくない。

「……なぁ。なんで銀ちゃんの心臓、さっきから煩いアルカ?」

 胸に押し込めた神楽がそんな事を口にしたもんだから、俺の顔は思わず歪んだ。

「知らねぇよ。お前の耳くそが取れただけじゃね?」

 その後、またしても俺は顎に頭突きを食らった。

 本心なんて言えるワケねぇ。今までもこれからも、この先ずーっと口には出せねぇ。

「あーあ、銀ちゃんと喋ってたら、悩んでる私がバカみたいネ」

 神楽はそう言うと俺から体を離した。そして、ソファーから立ち上がると軽く伸びをして、俺を見下ろした。

「決めたアル。アイツに伝えるアル。自分の気持ち」

 そう言ってどれくらいか振りに笑った神楽は、本当に――腹立つくらいに綺麗に見えた。

「一応、下のバアさんの店予約しとくか。お前がフラれて帰って来た時の為にな」

「何アルカそれ! 私の成功を全力で願えヨ! 」

 勿論、俺はお前の成功を願ってはいる。愛する男と笑い合って、楽しく過ごすなんてことを。でもな、実際はお前を幸せにするのが他の誰かじゃなく、俺であればどんなに良かったか。本当、どんなに良かったか。そう思わずにはいられなかった。

 


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ブルーカーバンクル/土神←銀:03

 

【土方side】

 どういうワケか仕事に身が入らず、煙草の消費量もいつにもまして多かった。

 何が原因かと突き詰めるも、考えたくはないが神楽の姿が頭に浮かぶ。

 それか?

 だが、俺は認めねェ。たかが女一人に振り回されるなんざ、脆弱な精神を持つ馬鹿のすること。己を律する事も出来ず刀を握るなど侍として言語道断だ。ましてや、あの女とは――

「おい、トシ。少し休め。 お前最近、様子がヘンだぞ?」

 昼の見廻りが終わりパトカーで屯所に帰る道中、助手席の近藤さんがそんな事を言った。

「年中ヘンな事やってるアンタに言われたくねェな。別に俺は至って普通だ。何がおかしい?」

 すると近藤さんは黙って俺の口元を指差した。

「はぁ? 何が――すっぺッ!!」

 どうやら俺は重症らしい。煙草の代わりに酢コンブなんてもんを口にしていた。

 厄介な事になった。頭を振ったところでも消えねェ。俺の頭ん中、いやどこもかしこも神楽で溢れかえっていた。

 獰猛な肉食獣のような表情を見せたかと思えば、俺にニッコリと笑いかける。そうして俺の胸は掻き乱されると、今度はちゃんと煙草へと逃げた。

 アイツとはただの遊戯(ゲーム)の筈だった。向こうも勿論、そのつもりだ。それが分かっているだけに、自分に阿呆かと言わずにいられなかった。

 

 そうして俺は普通じゃない状態で数日を過ごし、夜の見廻り当番の日を迎えた。

 月もない静かな夜。生温い気温も日が落ちた事で、少しは心地好くも感じた。

 事件も事故も何もない。珍しい日もあるもんだと、屯所へ戻ろうとして万事屋の近くを通りかかった時だった。俺の目にある女が飛び込んできた。街灯に照らされた血塗られたような真っ赤なチャイナドレス。それと二つに結った長い髪。

 間違いねェ……あれは神楽だ。

 思わず笑みが零れる。だが、こんな時間に何してんだ?

 俺は他の隊の連中を先に帰らせると、神楽に駆け寄ろうとして足を止めた。

 すぐ傍にあの万事屋の野郎がいる事に俺は気付いていなかったらしい。どれだけこの目は神楽だけを見ていたいのか。都合の良さに鼻で笑った。

 それにしてもこんな時間――もう零時を回ろうとしているが、コイツらは何してんだ?

 そんな事を考えると頭の芯がズキリと痛んだ。

「オラ! 歩けヨ! 毎回毎回酔って店で寝るなんて最低アル! いつも迎えに行く方の身になれヨ!」

 そんな神楽の声が聞こえて来て、だいたいを把握した。

 フラフラの野郎を神楽が支えるようにして歩いているが……そういや既視感を覚えると思えば、数日前は俺がああだった。それが余計に気分を悪くさせた。

 だが、俺と野郎とじゃあ、正直差があり過ぎた。長年の同居人とたまたま出会った男では分が悪い。改めて二人の仲を見せつけられると、神楽をからかった自分が愚かに思えた。

 結局、こうして見ているだけで、出て行くこともしない。それが俺の本心を表していた。もうこれは遊びじゃねェって事を。

「ちょっとは歩けヨ! ほら、階段上がるアル!」

「なぁ、神楽」

 それまでフラフラしていた野郎は神楽から離れると、万事屋へ伸びる階段を前にして自立した。

「お前さ、もしかしてまだ言ってねぇの?」

「……うん?」

 急に二人の雰囲気が張り詰めたものに変わった。一体、何の話をしてんだ?

「決めたんじゃねぇのかよ。お前の気持ち伝えるって」

「でも、会う機会もないし、あと少し勇気も足りないネ」

 その会話内容に俺の口の中には、よく分からねェ苦味が広がり喉が乾き始めた。

「馬鹿だね。そんな事言ってると、お前が婆さんになっても無理だわ。まぁ、婆さんになったら成功もクソもねーけどな」

「分かってるアル」

「いや、分かってねーよ」

 俺はこのまま会話を聞いていて良いものか悩んだ。盗み聞きは趣味じゃねェが、こんな表で騒いでりゃイヤでも耳に入る。

 結局、この状況に乗じて俺は立ち聞きする事を選んだ。

「お前がモタモタしてる間に誰かに取られたらどうすんの? 奪い返すの? お前には無理だろ」

 神楽は黙り込むと下を向いたようだった。

 一体、何の話をしてる? 気持ちを伝える……勇気が足りない……成功……奪い返す……

 それらを繋ぎ合わせて辿り着いた答えは、神楽が誰かに惚れている。それだった。胸騒ぎが加速する。ジッとしてることなんて出来そうもねェ。

 俺は煙草に火をつけると、煙を肺いっぱいに吸い込んだ。そのせいで軽く脳が呆けて揺さぶられる。やや気分が高揚した。

「それとも、諦めるって方向性か?」

 野郎の言葉に神楽は間髪入れず答える。

「それは無理アル」

 神楽の口ぶりからどこのどいつか知らねェが、余程惚れているらしい事が窺えた。思わず奥歯を噛み締めた。

 だが、それはきっとあの野郎も同じだろう。寧ろ、俺以上かも知れねェ。大事に育てて来た女が、他の野郎を強く愛してんだ。素直には喜べねェ筈だろう。

「だったら今からでも行って来いよ。寝込み襲って既成事実さえ作っちまえば、あとはどーにでもなんだろ? それが無理なら、せめて乳くらい揉ませとけ」

 俺は思わず煙草を落としかけた。何てけしかけ方をしてんだッ! あの野郎ッ!

 すると、神楽も腹が立ったのか野郎の顔に平手をお見舞いした。

 乾いた音が夜の街に響いた。それはどこか重く、冗談で済まない気配を感じた。

「銀ちゃん、最低」

 その声は震えて聞こえた。

「って、いってェな! 何が? 何がどう最低なんだよ! 相手も男ならお前の乳くらい揉みたいと思ってんだよ! それの何が最低なんだよ!」

 それはテメェの願望じゃねーのか?

 だが、正直分からねェ事もない。あの体を好きに出来るなら、喜んで神楽の告白を受けるだろう。今の惚けてる俺なら間違いなくそうする。

「そんな事して振り向いてもらっても、何も嬉しくないアル! 自分が虚しいだけアル!」

「……そうかい。俺はどんなに望んでも愛しても、振り向いてもらえねぇ方がもっと虚しいと思うけどな」

 野郎の言った言葉が俺の脳天を揺さぶる。やけに心情がこもったリアルな言葉。それで気付いた。こいつは神楽の事を――?

 俺はいつの間にか短くなった煙草を足下に投げると、靴底で踏みにじった。

 もし、仮にだ。今の考えが間違いじゃないとすれば、あの野郎もひどく胸を掻きむしってる事だろう。だが、立場が違う。長年の同居人とたまたま出会った俺とじゃ……その胸に広がる闇は奴の方が勝るだろう。

 可哀想に。

 そんな事を思う俺だったが、何故か歯が零れていた。この感情は正しく喜びだ。

 だがそれも次の瞬間には消え去って、代わりに俺自身に対する同情心でいっぱいとなった。

 野郎が神楽を抱き締めた。ただ、それだけの事だ。

 アイツらならいつもやってる事で、そこに恋愛感情はないのかもしれない。それでも俺は見ていられなかった。先ほど潰した煙草を眺めながら、二人の会話を聞いているだけだ。

「急に何アルカ? 銀ちゃん? 酔ってるネ?」

「あぁ、酔ってるよ。もう何年も前からずっとな」

 野郎が神楽に惚れてる事は間違いないだろう。神楽もそれを受け入れるのか? だが、神楽には惚れてる男がいる筈だ。

「ちょっと、ねぇ? 銀ちゃん?」

「なぁ、神楽。お前、もしフラれたら」

「またその話アルカ! そんなにフラれて欲しいのカヨ!」

 俺は嫌な予感を察知する。野郎は言うつもりだろう。それを俺は阻止したいのか? 心臓が馬鹿に速く脈を打つ。

「いや、もしもの話だって言ってんだろ? もしお前がフラれて、鼻水まみれで帰って来たとして。その時に俺を頼って来たとしたら……」

 俺は煙草を吸って落ち着こうとした。そして、ポケットから取り出したライターを――わざと足下に落とした。

 この音は思いの外、大きく響いた。まぁ、それを想定してやった事だ。野郎に抱き締められている神楽の顔がこちらを真っ直ぐに見つめた。

「お前っ!」

神楽が驚いて声を出すと、神楽から離れた野郎もこちらを向いた。それに何食わぬ顔で俺は煙草を吸うと、星も月も見えない空に向かって煙を吐いた。

「邪魔したな」

 我ながらよく言う。邪魔する気しかなかった癖に。

「覗き見とは随分いやらしい趣味だなオイ。土方くん、犬から出歯亀にでも転職したの?」

 だが、俺はそんな奴の言葉すら耳に入っていなかった。全ての意識は俺を見ている神楽へと集中している。

「怪しい奴見つけてぶっ叩くのが俺らの仕事だ。テメェらこそ何やってた?」

「酔っ払いの相手してただけアル」

 そう言うと、神楽は野郎を睨み付けた。

「もう一人で帰れるダロ! 先に帰っててヨ」

 思わぬ神楽の言葉に俺は瞬きを数回繰り返した。まさか野郎を帰らせて、ここに残るとは考えてなかったからだ。

 まさかな。

 だが、期待しているのか俺の鼓動は益々加速する。見つめ合う瞳がその答えを俺に教えようとしていた。青い癖に熱を感じる瞳。野郎を睨み付けた目と同じものには、とても思えなかった。

「……あぁ、そう言うこと」

 脇に立っていた奴はそう呟くと、黙って二階へと上がって行った。その素直さが何なのか。ほぼ九割の答えを俺は知っていた。

 俺は野郎が玄関の向こうへ消えたのを待って神楽に尋ねた。

「お前はあの日、満足したのか?」

 俺を見上げる神楽の顔はどこか強張って見えた。極度の緊張と不安。それが喉を絞ってるようだ。

 その表情が全てを物語っていた。あれだけ自由気ままに好き勝手言う口が、だんまりを決め込んでいる。これはきっと自惚れじゃないだろう。神楽が惚れた男は俺のよく知っている男の筈だ。

「明日の晩、空けておけ」

 煙草の煙と共にそんな言葉を吐き出すと、神楽の表情が少しだけ柔らいだ。

「分かったアル」

 神楽は覚悟を決めた目で俺を見つめると、小さく頷いた。さすがにここまで来れば、次に会えばどうなるか分かってるんだろう。俺も実際どうにかするつもりでいる。

「一つ聞いていいか?」

 神楽は何も言わず真っ直ぐに俺を見ている。それを否定だとは受け取らず、俺は神楽に聞きたかったことを尋ねた。

「遊戯は終わりか?」

 あの日、神楽の許容量以上のものを俺は注ぎ込んでやった。そのお陰で見えない器は溢れ返り、耐えられなくなった神楽は逃げ帰った。つまり、神楽を満たした俺は勝者だ。だが結果はどうだ。俺は勝負に勝ちたかったのか? 本当はもっと神楽とゲームを続けていたかったんだろ? 一体、俺は誰の器を満たそうとしてたのか。神楽を渇望しているこの身が空である事はよく分かっていた。

「仕方ないアルナ。お前がまだ相手して欲しいって言うなら、遊んでやっても良いアルヨ」

 神楽はそう言うと、いつかのように軽く飛び上がった。そして俺から遠く離れた玄関前へと着地した。

「じゃあナ」

 柔らかく……いや、照れたように笑った神楽に、俺は煙草の灰を落とすのも忘れて引き付けられた。

 ンなカオを見せられると、掻き立てられるものが……そりゃあもう色々とある。

「神楽」

 気付けば名前を呼び、煙草を投げ捨てた俺は階段を駆け上がった。

 このまま野郎の元に帰らせるのはシコリが残る。つまりは気分が良くねェ。

「待て、ちょっと待て!」

 俺は野郎がしたように神楽を引き寄せると、腕の中に閉じ込めた。

「おまっ! なななななにアルカ!」

 神楽の大袈裟な態度に軽く苛立った。

「見て分からねェか? なら教えてやる。抱き締めてんだろ」

「そ、それは分かってるアル!」

 野郎に抱き締められてた時とは、随分と態度が違うじゃねぇか。それには心穏やかではいられない。

「また逃げる気か?」

 ゲーム続行を宣言した以上、神楽が逃げる筈がない。だが万が一、家の中に逃げられては困ると、俺は更に強く腕に抱いた。そうすると神楽の柔らかな体や熱、震え。様々なものがこの身へと伝わる。それが俺の我儘を呼び起こした。

「悪い。明日の晩なんて約束したが、待てそうにねェ」

 もう遊びで済まねェ事は分かってる。本気で惚れた事も。だが、いざ言葉にするとなると、邪魔する感情がある。それを取っ払えたなら、今すぐにでも神楽を手に入れる事が出来るような気がするが……言葉はやはり出てこない。

 ただ口を結んだまま時間だけが流れる。

「もう少し待てるか?」

 しかし数分経ったところで、神楽は無理だと首を左右に振った。

 それもそうか。既に時刻は深夜を回っている。

 諦めた俺は神楽を離すと、情けない自分を誤魔化すように煙草を吸った。

「今日はもう寝てくれ。明日の晩なら間違いなく――」

 俺はお前に言える筈だ。好きだなんて陳腐な言葉を。

 なんてことが言えたなら苦労はしねェ。だから俺はきっとこう言うつもりだった。

“明日の夜なら、間違いなくお前を満たす事が出来るだろう”

 だが、この言葉すらも奪われて、全てが掻っ攫われた。

 柔らかな唇とヤケドしそうな熱。それが俺の唇へと押し付けられて、心臓が痛い程に飛び跳ねる。目に入るのは頬を染めた神楽の顔で、それが体を熱くさせた。夜風が心地よく感じる程だ。

 よくもこう大胆にも迫ってくれたな。焦る気持ちと優越感。そんなものが急に押し寄せてきた。いつまでも離れない神楽に悪い気はしなかったが、あまり引っ付いてもいられないと自らその唇と離れようとした。

「それはもう……無理アル!」

「はぁ? オイ! ま、待て……」

 それだけ言うと神楽は俺を玄関戸へと押しやって――今度は深いところで交わった。

 正直、誰も俺らの事なんて見てねェ。月さえも今夜は出ていない。

 俺はあと少しだけならと、神楽の好きにされても良いと瞼を閉じた。

 

2014/06/01


【おまけ/銀時side】

 今日、良いニュースと悪いニュースが同時に舞い込んだ。ンなアメリカ映画さながらの事が俺の身に起こるなんて、正直思いもしてなかった。

 ガランとした万事屋の室内。俺はすっかりさめちまった酔いに、金がもったいなかったなんて思いながら、まだ帰らない神楽を想っていた。

 あー……それで良いニュースと悪いニュースだが、先ずは悪いニュースから。

 大事にしてきた神楽ちゃんが惚れた男。それがあの真選組の鬼の副長だったこと。どこに惚れたの? つか、嫌いだったんじゃねーのかよッ! まァ、いいわ。それより次は良いニュースだ。きっとこれは、俺にとって何よりも良いニュースの筈だ。大事にしてきた神楽ちゃんが惚れた男。それがあの真選組の鬼の副長だったこと。別に頭がイかれたワケじゃねぇ。悪いニュースと同じってだけだ。

 俺の本心は、神楽を誰にも渡したくない。もうその一文に尽きる。だが、神楽の幸せを願って身を引く事に決めていた。それが出来たのも“神楽が惚れた男”を俺が知らなかったからだ。

 知ってしまった今、あのいけ好かねぇ目障りな野郎に神楽を奪われるのを、俺はもう黙って見ていられない。だが嬉しい事に相手があの土方十四郎なら、手加減せずにヤれる事を思うと思わず白い歯が零れた。

 アイツから神楽を取り戻してやる。それが神楽の幸せを壊すことになろうとも、もうどうなったって構わなかった。

 やれるだけの事はやってやる。その結果、俺が嫌われようが……いや、やっぱり嫌われんのはキツイな。

 それでも俺は強気で行ってやる。あの野郎よりも有利な点があるとすれば、神楽と同居してることで、それを利用しない手はない。

 神楽の好きなものや嫌いなもの。苦手な事や弱い所。アイツよりは俺の方が知ってんだ。それを駆使して神楽の心を動かして、俺から離れられないようにする事はきっと難しくはないだろう。

 奴の悔しがる表情がありありと目に浮かぶ。俺はそれに優越感を覚えると、冷蔵庫からいちご牛乳を取り出した。それを一気に飲み干せば、口の中に広がる甘味に頬を緩めた。

「キスくらいで優越感に浸ってんじゃねーぞ。ガキか」

 玄関の戸に浮かび上がるシルエットに俺は蹴りを入れると、明日を待ちわびて眠ることにした。


以下、あとがき。

リクエストありがとうございました。

ライトな感じの葛藤やジェラシーの話を書いてみました。

いえ、正直申せば私に書けるのはここまででした。技量というものを持ちあわせていませんでした。

土方と銀時どちらの内面も書こうとすると、自分にはこういった形でしか書くことが出来ず、

とても読みづらいかもしれないですね。

ですが、自分の中にある萌えは捻り出したと思うので、少しでも萌えて貰えればと……

ご希望に添えているか分からないのですが、読んでもらえたら嬉しく思います。