※神楽さん(16歳)

土方と銀時の入れ代わりネタ。

ほんの一瞬だけ銀神(CHANGE!:02)


CHANGE!/土神(銀神):01

 

土方side

 体温は上昇し、吐く息も灼けつきそうな程だ。土方は自室の畳の上に押し倒した女に先ほどから夢中であった。交わる唾液と痺れる舌。絡まった指と指は互いに二度と離さないと言ったように強く結ばれていた。

 このまま、このまま……

 頭にそんな言葉が流れて来た所で土方の理性は呼び戻され、勢いよく体を起こす。

 無念——————顔にもきっと出ていることだろう。だが、これ以上進むことは己が許さないのだ。

 土方はまだ興奮冷めやらぬ目で倒れている愛しい女……神楽を見下ろすと、こちらに向いている青い瞳が細くなった。だが、何も言わない。言葉などなくても土方にも分かっているのだ。神楽が何を言いたいかなど。土方はそんな神楽に背を向けると胡座をかいて煙草に火をつけた。

 

 神楽とこのような関係に発展したのは、半年前のことであった。神楽が十六歳の誕生日を迎え、祝ってくれと強要されたのだ。土方も相手にする気はなかったのだが、肉まんで良いと神楽が言ったものだから……

「てめェは俺を舐めてんのか? 飯食いに行くぞ、ついて来い」

 キッカケは二人で食事に行ったことであった。鮭茶漬けを食べて喜ぶ神楽があまりにも無邪気で、何よりも不意に見せる表情に度々目が奪われたのだ。その日の内に土方は次に会う約束を取り付け、こちらを意識していない神楽に積極的にアプローチをかけた。焦ったのだ。クソガキだと思っていた神楽が大人の女性へと目覚ましい成長を遂げており、誰にも渡したくないと男の性がくすぐられた。そうして頻繁に食事に行く仲となり、そこから間も無くして神楽の方からこう言ったのだった。

「別にご飯食べなくても、理由がなくても……会っても良いヨ」

 初めて江戸に雪が降った夜であった。万事屋への帰り道。寒そうに紅い頬でこちらを見上げて言った神楽があまりにも心を揺さぶったもので、土方は神楽の唇を奪ったのだ。

 しかし、そこから数ヶ月経つにも関わらず、土方は神楽の唇をただただ塞ぐだけの日々だ。もちろん疚しくワイセツな下心が覗かない事もないのだが、そこは婚前だからと耐え忍んでいた。それに欲望に負けて道理を外すほど若くもない。そんな考えの下、神楽をいつも二十一時までには送り届け、仕事に差し支えがないように浮かれることもなく、周囲に(神楽の父兄に)認めてもらえるようにと清い交際を心がけていた。

 その甲斐あってか銀時や新八から何かを言われたことはない。そもそも神楽との交際を知っているのか、土方は把握していなかった。どちらにしてもそろそろ神楽との将来を真剣に考えてみても良い頃合いだと考えていた。そうとなれば銀時にも挨拶しに行かなければならない。別に実の父親にだけ挨拶を済ませておけば良いのかもしれないが、さすがに筋が通らないと、乗り気ではないが銀時と会う事を考えていた。

 肝心の神楽の気持ちだが、それは——————

 

 土方は夜、布団に入り天井をぼんやりと見つめながら今日の神楽について考えていた。会えばやはり抱き寄せたくはなるのだ。それはいつもの事であった。抱き寄せて互いの体を包み合い、そして唇を重ねる。それが行き過ぎると今日のように畳に神楽を押し倒してしまう事があった。別に初めてではない。何度かありあまって押し倒してしまった事がある。するとその度に神楽は何かを言いたそうに目を細めるのだ。土方も神楽が何を言いたいのか分からないわけではなかった。だから、毎回背を向けて煙草を吸うのだ。

 落ち着けェ! 俺!

 と、興奮を抑える為に。

 きっと神楽はこう思っている筈だ。

「なんで、やめちゃうアルカ?」

 今時、愛し合っているなら婚前交渉など普通なのだろう。どのみち結婚するつもりなら、尚更一刻も早く結ばれたいと思うものである。それでも土方は隊士達に示しがつかないだとか、精神衛生上よくないだとか、そんな事を思って堪えていた。別に口外しなければ誰にも漏れることはない。もちろん誰かに話すつもりもない。ならば、良いのではないかと囁く声も聞こえるが……

 土方は頭からすっぽり布団を被ってしまうとキツく目を閉じた。

 

 

 

 江戸に住む、少々厄介な科学狂いのせいで土方はとんでもない事故に巻き込まれていた。鏡に映るは銀色の癖毛、そして気を抜けば間延びしていく顔。馴染みのないズンボラ星のジャージに……万事屋と言う肩書き。先ほど平賀源外の発明したよく分からないカラクリにより、土方の魂は坂田銀時の中へ入り、坂田銀時の魂は土方の体へと入れ代わってしまったのだ。数年前にもこんな事があった気がしたのだが、気のせいだっただろうか。源外曰く『カラクリが故障しちまって、直るまでに数日かかる』との事で仕方がなく土方は銀時に成り代わり万事屋へ来ていたのだ。

 窓際の椅子に腰掛け、ソファーに寝転ぶ神楽を眺めていた。丈の短いチャイナドレスから伸びるナマ足。それがバタバタと落ち着きがなく動いていて……見えそうで見えないと言う一番そそる状況を作り出していた。思わず土方は土方として言葉を発した。

「座って読め。テメェは万事屋の前でいつもこうなのか?」

 その言葉の違和感に気付いたのは神楽が先であった。こちらを大きな目で訝しげに見るとゆっくりと体を起こした。

「……何言ってんダヨ」

 神楽は目の前の銀時を不審に思っているようで、怪しむ目つきをしていた。そこで土方はようやく自分の発言に気がつくと前髪をくしゃりと搔き上げた。

「いや、悪い。今のは忘れてくれ」

 そう言って煙管の吸い口に唇をつけた。

 銀時と入れ代わってしまった事を神楽に話しても良いのだが、果たして信じてくれるだろうか? それに一日二日で元に戻るのなら、余計な心配はかけたくないと思ったのだ。こんな事になってしまい気分はあまり優れないのだが、その一方で神楽の側に居られると喜ぶ自分も居た。普段は仕事もあり、週に一度会えれば良い方だ。それがおはようからおやすみまで共に過ごせるのだ。

「私、ちょっと出掛けてくるネ。夜の9時には戻るアル」

 しかし、神楽は何も知らない。それ故に銀時である土方の元からあっと言う間に離れてしまったのだ。

 途端に部屋は寒々しいものへと変わり、土方は煙をフゥーっと吐き出した。と呑気に煙をくゆらせている場合ではない! すっかりと忘れていた。今の土方は神楽にとって『いつも家に居る社長』であって『愛しいダーリン』ではないのだ。そんな大事なことが何故抜け落ちていたのか。

「そうだ、俺は坂田銀時であの野郎は……あの野郎はッ!?」

 土方は出て行った神楽に顔面蒼白になるのだった。

 


CHANGE!/土神(銀神):02

 

銀時side

 散々、遊び疲れた土方の中身である銀時は、一人部屋で昼寝をしていた。金はある、地位もある、それなりに女にもモテる。この数時間で銀時は万事屋の社長では出来ない事をし尽くしていた。とは言っても酒を飲んだり、ゲームしたり、欲しかった結野アナの新しいフィギュアを買ったりとそれくらいのものである。だが、ひと眠りしたら普段は行けないような高級店で体をスッキリさせてこようと考えていたのだ。どうも体に『鈍り』を感じるのだ。

 あいつ、相当溜まってんな。

 銀時はそれくらいに軽く考えていた。まさか土方が神楽と特別な関係を結んでいるなど全く知らずに……

「あれ? もう仕事終わったアルカ?」

 薄暗い部屋に光が差し込み、縁側の襖が開いたかと思ったが、直ぐに部屋は元の薄暗闇に戻った。だが、一つだけ違うのは銀時の傍に座っている神楽の存在であった。銀時は思わず舌打ちをした。

『神楽には言うなよ、絶対に』

 土方にそう約束を取り付けていたのだ。どうせ神楽に入れ代わった事を喋るも、早く元に戻って仕事取って来いだとか、何だかんだと言われる事が目に見えている。しばらくは他人の金でゆっくりしたいと銀時は土方にしっかりと約束をしていたのだが……

 銀時は面倒臭そうに体を起こし胡座を掻くと、乱暴に髪を掻きむしった。

「で、何だよ? お前も酢昆布買って欲しいって?」

 すると神楽は銀時の膝の上に手を置いてジッとこちらを見つめてきた。

「本気で言ってるアルカ? 私が欲しいもの……分からないネ?」

 銀時は思わず身を引いて神楽を見ると軽く首を傾げた。

「は、はぁ? 米? 新しい服とか?」

 すると神楽は頬を紅く染めて、はにかんだ笑顔を作った。銀時はそんな顔をした神楽を見るなど初めてで、妙な焦りを感じていた。先ほどから腿に置かれた手がくすぐったいのだ。神楽がいつも自分に触れる動きと何かが違う。その違いは何であるのか、それを見極めようと銀時は神楽の目を覗き込んだ。

「焦らして楽しいネ? それとも今日は……私からして欲しいアルカ?」

 明らかに照れているような顔でこちらを見ている。それにどこか胸の動悸を速める雰囲気だ。銀時はよく分からなかったが、神楽の要望が何であるのかを知りたいと思った。自分の体ではないからそんな事を思うのだろうか。勝手に頷く首に銀時は身を任せてみることにした。

「でも、それなら約束するアル……私の好きにして良いって」

 それにも土方のものである体が勝手に頷くと、膝の上に置かれている神楽の手にグッと力が加わって顔がこちらに近付いた。そして、固まっている内に唇に唇が重ねられると、そこでようやく神楽がここに来た理由を知ったのだった。

 こいつら……付き合ってんのか。

 だが、この場にいる土方は土方であって土方ではない。中身は銀時であるのだ。しかし、その事を神楽に説明することなく銀時は土方として神楽の口づけを受け入れた。

 

 妙な感覚だ。いつもは隣に並んでいるだけの存在が向かい合いながら抱き合っている。それも唇と唇を重ねて、舌を絡ませながら。冷めた気持ちで俯瞰的に見ている自分もいるのだが、先ほどから疼く体にもう後先考えて行動したくないとワガママになっていた。首の後ろに回る神楽の腕が更にこの身を引き寄せると、銀時は神楽と舌を絡めたまま神楽を畳の上に倒すのだった。

「んっ……ふぅ……」

 舌を擦り付けて、口の中を満たす。少し激しく吸い込めば神楽の鼻から甘い声が漏れて――――銀時をそそのかそうとする。

 言わなきゃバレない。そんな悪い考えも浮かんでくるがバレた後が恐ろしい。銀時は冷静になろうと一旦、唇を離すと神楽を見下ろした。

 そこにあったのは、普段の神楽が見せることのない女の顔だった。潤んだ瞳は愛らしく、紅い頬も色気がある。何よりも濡れた唇が艶っぽく、まだこちらを欲しがっていた。生唾を思わず飲み込んだが……欲情する事はない。正確には、してはならないと言う気持ちが勝つ。神楽は土方相手だからこんな状態であって、銀時に対して女を見せているわけではない。それに人のモンに手を出すつもりはない。

 それでも目は血走り、鼻息も荒く、自分が男として神楽を見ている事実はあった。それだけはどうしようもないのだ。だが、何も知らない神楽の腕が首の後ろに回されて、再び引き寄せられた。

「お前も欲しいダロ?」

 熱い息が唇にかかる。それを吸い込めば土方のものである体は更に体温を上昇させた。

「いや、でもお前……これ以上はマズいから、マジでこれ以上は……」

「どうマズいアルカ?」

 そう言った神楽の体に銀時の土方がぶつかった。正確に言えば、銀時の意思により起き上がった土方の体の一部だ。神楽もぶつかる硬い物体に恥ずかしそうに瞬きを繰り返した。

「そ、それ、苦しくないネ?」

「……まあ、そりゃあ苦しくないわけねーけど」

 しかし、許されない。それに色々と複雑だ。銀時は神楽と土方の体を使って交わるのは御免だと体を起こした。すると、それまで体温の高い表情をしていた神楽も一気に顔を曇らせて体を起こした。そして呟く。

「なんでいつもそうアルカ。やっぱり、お前……」

 どこか神楽の言葉に不穏な空気を読み取った銀時は、神楽を落ち着かせようと白い腕を掴んだ。

「なんだよ? どうした? 急に」

 だが、神楽はその手を振りほどくと鋭い目で銀時を見たのだ。しかし、その目には涙がいっぱいに溜まっており、今にも溢れてしまいそうであった。

「私のこと、本当に好きアルカ? なんでいつもキスまでしかしてくれないネ!」

 銀時に衝撃が走った。

 いやいやいや! お前らまさか……!

 いつから交際しているのかは知らないが、神楽がこんな風に溜め込むほどには全くそういう行為がなかったのだろう。それは、規律を重んじる鬼の副長が己にも厳しい男だと知った瞬間であった。と同時に土方の神楽に対する熱い想いを感じたのであった。

 遊びなら早い段階で手を出している筈だ。それが迫られても堪えていた事が神楽の台詞から分かったのだ。

 本音を言えば、神楽と付き合っていると知り、挨拶無えだろ! ふざけるな! と思ってはいたが、この早熟な神楽を前にしてキス止まりだということに許してやろうという気になった。途端に可笑しさが込み上げて来て、笑いそうになるのを我慢すると、何気無い顔で神楽を見た。

「神楽、約束だ。来週の休みには必ず抱いてやる。けどな、今すぐに万事屋帰って社長に言え。土方と付き合ってること、来週抱かれるっつうことも全部」

 その言葉に神楽の顔が再び真っ赤に染まった。

「な、なななななんで銀ちゃんに言わなきゃなんねーアルカ!」

 銀時は軽く笑いながら神楽の頭を撫でると、帰れば分かるとだけ言った。家にいる土方は、こっちに神楽が来ていると知って気が気ではない筈だ。だが、追って来た所で神楽は別に浮気をしているわけではない。今頃、どうしようも出来ずに憔悴していると軽く想像がついた。

「なんかよく分からんけど、お前が来週本当に……そういう事するって約束してくれるなら……うん、今日は帰るアル」

 神楽は照れくさそうに笑いながら立ち上がると、静かに部屋を後にした。

 銀時はどっと疲れた気分で、ポケットから棒付きキャンディーを取り出すと口に咥えた。だが、すぐにそれは噛み砕かれ、銀時は妙な顔をした。

「……あいつら、今晩二人だけど問題ねぇよな?」

 冷や汗を滲ませる銀時だったが、こちらも神楽とキスをしてしまったと文句を言える筋合いはないのであった。

 


CHANGE!/土神(銀神):03

 

土方side

 土方は窓際の椅子に座り、机に突っ伏していた。あれから神楽が二時間は戻らないのだ。絶対にこれは何かがあった。そうよくない方向に考えているのだが、何かあったとしてもそれは己の体なのだ。浮気ではない。だが、中身は銀時であり……

「野郎が神楽を抱くなんて、まず考えられねェ」

 抱くつもりなら、同居しているのだから既にちょっかいくらい掛けていそうなものである。だが、それがないと言う事は銀時が土方になったところで、抱くなどあり得ない話なのだ。そんな事に気付いた土方は顔を上げると安心したように――――いや、体は紛れもなく神楽を抱きたがる土方十四郎のものである。

「アホか! 俺の体、ふざげんな!」

 土方は、自分の体を責めると再び顔を突っ伏すのだった。

「ただいまアル」

 突然聞こえた神楽の声に心臓が飛び上がり、神楽が居間の戸を開けるのを緊張して待った。もし、神楽から何かを感じ取ってしまったら……しばらく立ち直れそうにないのだ。

「銀ちゃん……」

 静かに戸が開き、神楽がゆっくりこちらへと近付いた。土方は恐る恐る神楽を見上げると、薄目で様子を窺った。

いつもよりどこか不安そうな可愛い顔や、少し充血してみえる唇、そして短い丈のチャイナドレスから伸びる肉付きのよい太もも。全部が愛しく、いつも通りに素晴らしかった。

「よし、問題無えな……」

 そう息をついた土方だったが、神楽は眉間にしわを寄せて厳しい表情をすると小さな声で言った。

「私、トシと付き合ってるアル」

「知ってる」

 土方は再度、安堵の表情を見せるも直ぐに顔を真っ赤に染め上げた神楽に胸ぐらを掴まれた。

「お、オイッッッ! な、なんで知ってるアルカッッ!」

 つい土方は土方として答えてしまった。痛恨のミスである。

「て、テメェを見てたらンなこと、簡単に分かる」

「う、うそアル!」

 神楽は悲鳴のような声を上げると土方の胸ぐらから手を離した。

「も、もしかして、トシを好きなこと、みんなにバレてるアルカ」

「かもな」

 土方は身なりを直すと煙管を口に咥えた。

「じゃ、じゃ、今キスしてきた事も、来週あんな事する約束して来た事も全部バレちゃってるアルカ!」

土方の目が大きく見開かれた。

「キスゥゥ? ああっ? 今、キスつったか?」

 今度は気が動転した土方が勢いよく立ち上がると、神楽の両肩を強く掴んだ。

「キ、キスしたのか? しかも来週って何の話だ! あの野郎……」

 そこで土方は、銀時が神楽と自分との交際を知った事に気が付いた。それを知った上で来週あんな事をする約束を取り付けたと言うことは……途端に土方は顔を真っ赤にすると、銀時の妙な計らいに気持ち悪さが込み上がって来た。まるで親指を立てて『一発、行ってこい』と言われているような気分なのだ。

頭を冷やした土方は神楽の肩から手を退けると、静かに見下ろした。

「悪かった」

 そう言った銀時のものである口に神楽は軽く首を傾げた。

「変なの。銀ちゃんが謝るとか、なんか気持ち悪いアルナ」

 土方はそれに笑うと神楽の頭を軽く撫でた。

「来週……抱かれる覚悟があるのか?」

「銀ちゃんに関係ないダロ」

 神楽は怒ったように唇を尖らせたが、その表情すら可愛いと土方の心は震えた。

「神楽」

 いつもの調子で名を呼ぶも、聞こえる声が他人のものだ。いつも以上にこの身体が邪魔に感じる。今すぐに抱き締めて唇を塞いでしまいたいのだが、銀時の体が神楽に触れることを許す事は出来ない。もどかしさが表情に出てしまった。

「どうしたネ? なんか、銀ちゃんいつもと違うアルナ」

 神楽が一歩こちらへ近付く。

「……どう違う?」

 土方の疼く心は右手を神楽の頬へ伸ばすように命令してしまった。神楽の熱い頬を銀時のものである手のひらが包む。

 さすがにこれには神楽もおかしいと異変を察知したのか、身構えるように体を硬くしていた。

「や、やめろヨ……私、トシ以外に触られたくないアル」

 その言葉が土方を喜ばせると、益々触りたいと距離を詰めた。

「そうか、さぞ喜ぶだろうよ……本人が聞けばな」

「だから、手離してヨ」

 そう言うわりには神楽は逃げ出さない。ただ肝が据わっているだけなのか?

 それとも――――

「トシが好きアル。私、トシ以外に考えられないアル!」

「それ以上、言うな。やめてくれ、分かったから」

 土方は照れとよく分からない気持ちが入り混じり、くすぐったさを覚えた。だが、神楽は必死だ。逃げ出さないのではなく、足が震えて逃げ出せないらしく言葉で抗っている。

「あいつ、本当に優しくて大好きアル。厳しいところもあるし、煙草臭いけど、それも良いかなって……なんかちょっとお嫁さんになっても良いかなって……」

 その辺りで土方はギブアップだと片手で顔を隠すと俯いた。照れて聞いていられないのだ。

「わ、分かった。今のは冗談だ。忘れてくれ」

 そうして煙管から煙を吸って吐き出せば、神楽がこちらを見ていた。

「……トシ?」

「なんだ」

 二人の間に沈黙が流れた。土方もすっかり銀時を演じることをやめていたのだ。マズいと冷や汗を滲ませるも、こちらを穴が開くほど見つめている神楽は、もう逃してはくれなさそうであった。

「なんで銀ちゃんがトシって言葉に反応するアルカ!」

「……さぁな」

「余計に怪しいアル! 今だってそうネ! まるで見つめる目が……トシみたいだったネ」

 いくらこの身体が銀時のものであっても、魂までは隠せないのか? そうであるのなら、隠している事がとても愚かな行いに思えた。愛する女の前で嘘をつくもんじゃないと。

「だから、逃げ出さなかったのか? 俺だと思ったから」

 神楽はゆっくり瞬きをすると更にこちらに近付いて、じっと目を見つめた。

「やっぱり、トシ……アルナ」

 土方は頷くと何故こうなってしまったのかを説明することにした。

 

 聞き終えた神楽の顔は青ざめ、気分悪そうにしてソファーに座っていた。その隣に腰を下ろす土方は神楽の背中を摩ると、言葉を選びながら落ち着いた声で話した。

「全て俺の責任だ。屯所に行く前に話してたら、こうはならなかっただろう。だけど、アレは浮気じゃねェ。紛れもなくあの体は俺のもんだ」

 神楽は涙目で土方を見上げるとやるせないと言った表情をしていた。

「……通りでいつもとキスが違ったアル。なんかガツガツしてたネ」

 土方はその言葉に反応すると神楽の背中を摩っていた手を止めた。

「やっぱあいつ殺すゥウ! 何自分からガッついてんだ! あの天パ!」

 そう言って立ち上がった土方を神楽はしがみついて制止した。

「殴ったって今の銀ちゃんはお前の体アル! それに私も気付かなかったから……」

 土方は冷静になると自分にしがみついている神楽を抱き寄せた。もうこの身が誰の体だろうがジッとしてはいられないのだ。何故なら傷付いたのは他の誰でもない。神楽である。銀時の体を神楽に触れさせたくはないが、今の土方に神楽を安心させる方法が他になかった。

 神楽は銀時のものである胸に顔を埋めると、ふふっと小さく笑った。

「おかしいネ。やっぱり、ちゃんとトシアル。煙草の匂いも、抱き締め方も、全部ちゃんと」

 土方もその言葉に安心した。魂を神楽は愛してくれていると知ったような気になったからだ。見た目や地位、そう言ったものでなく、土方十四郎という人間性を愛してもらえた。そんな自信が湧いたのだ。

 胸から離れた神楽の顔がこちらを向いて、土方も視線を紅づいた唇へと流した。

「目を瞑ったら、トシしか感じないネ」

 神楽がそう言って背中を押す。だが、やはりこの身は銀時のものであり、口づけには抵抗がある。

「テメェを野郎に触れさせたくねェ」

「じゃあ、元に戻るまで私はあっちのトシとチューするアルカ?」

 どうも我慢するという選択肢はないようである。先ほどから土方も熱を感じる距離の唇にジッとしていられないのだ。ゆっくりと呼吸すれば神楽の匂いが鼻に入り、くらくらと脳を揺さぶる。

 もう、知らねェ。

 そう思って土方は神楽の腰をグッと引き寄せ、神楽に迫った。そして、神楽も目蓋を閉じると――――――

「銀さん、神楽ちゃん、ただいま帰りました!」

 メガネの存在をすっかりと忘れていた二人は、唇が重なる前に慌てて体を離すのだった。

 


CHANGE!/土神(銀神):04

 

土方side

 昼間、新八の帰宅により未遂に終わってしまった口づけ。あれからタイミングを逃し、結局何も出来ずに夜を迎えてしまった。

 

 新八もお妙と住む自宅に戻り、万事屋には土方と神楽と定春だけとなった。

 土方は風呂を済ませ、早めに布団に入るも目が冴えてしまい眠れなかった。と言うのも今、神楽が風呂に入っているのだ。キス止まりで我慢している身としては、ただそれだけの事に興奮して睡眠欲どころではなかった。

「アホか、俺はガキかよ」

 土方は寝返りを打つと、ただジッと耳に入る音を聞いていた。ドライヤーの送風音。水道の蛇口から流れる水音。廊下を歩く音。その音はどんどんと近付いてくる。そして、戸が開く音が聞こえて、襖が開けられた。家中の電気が消えていて、神楽の姿もボンヤリとしか見えない。土方は目を閉じてしまうと、背中の向こうに立っている神楽へ言った。

「おやすみ」

 だが、神楽は何も言わずに部屋へ入って来るとゴソゴソと布団に潜り込んでくるのが分かった。それも足元だ。

「ま、待て! 神楽」

 しかし、神楽は止めず股の間に――――――

「神楽ッッ!」

 そう土方が叫ぶと廊下を走って歯磨き途中の神楽が飛んできた。

「お前ら何やってるアルカ!」

 神楽が電気をつけると、土方の目に股ぐらで丸まる巨大な犬の姿が目に入ってきた。

「クゥン」

 どうやら布団に入り込んだのは、暖かい所を探していた定春のようであった。土方はまだ煩い心臓に情けなさを感じ、何とも言えない表情をしていた。

「定春、メッ! 押し入れで寝て良いアル。こっちおいで」

 そう言って神楽が定春を連れて行くと、再び土方は横になった。

 正直に告白すれば、迫ってきたのが本当に神楽であっても別に構わないと思っていた。そのせいか、体は中途半端に反応してしまっている。寝ればどうってことないのだが…………今度は定春ではなく神楽が部屋へと入ってきた。 一体、どうするつもりなのか?

「押し入れで定春寝ちゃったから……隣に布団いいアルカ?」

「あ、ああ」

 土方の隣に布団が敷かれ、神楽が静かに布団に入った。

「初めてアルナ、一緒に眠るの」

 土方はもう寝たふりでもするのが良いだろうと思っていた。やけに色っぽく聞こえるのだ。神楽の声が。

「あれ? もう寝ちゃったアルカ?」

 その言葉に土方は安心すると、このまま寝たふりを継続しようと決めた。じきに神楽も黙って眠るだろうと思ったのだ。だが、それは誤算であった。ゴソゴソと布団に潜る音が聞こえたのだ。今度こそその正体は神楽で、定春ではない。土方は焦るも寝たふりをしている以上動けないと静かに耳を澄ませた。神楽の顔が布団から出て、背中に熱を感じた。すぐ近くにいるのだろう。

「ちょっとだけなら良いアルナ」

 そう言って神楽は目を閉じている土方の頬に口づけをしたのだった。密着したせいで背中に神楽の柔らかな体が押し付けられる。それと風呂上がりのシャンプーの匂いが漂い、それだけで土方の銀時は硬くなる。正確に言えば、土方の意思により起き上がった銀時の体の一部が硬くなったのだ。

「もう一回だけ……」

 神楽はそう言うともう一度土方の頬に唇を押し付けた。そのせいでまた神楽の体が密着し、土方も疼き始めた。自然と呼吸も荒くなる。

「トシ」

 神楽の甘い声が耳元で聞こえる。

「んふふ、好きアル」

 心臓が痛むほどに胸を叩きつける。もう、大人しく寝たふりをしている場合ではない。今すぐにでも抱きしめてキスをして、もっと言えばグチャグチャに抱いてしまいたい。だが、銀時の体である。いくら暗闇で姿が見えないと言っても、体は間違いなく銀時のものだ。そんな土方の葛藤を知ってか知らずか、またしても神楽の体が密着して、唇が頬へ落とされた。

 限界だ。

 土方は仰向けなり、神楽の腕を掴み引き寄せると唇を塞いだのだった。

 

 暗闇にピチャピチャと舌を舐め合う音が聞こえる。体の上に寝そべる神楽の腰を抱いたまま土方はいつもより激しいキスをした。己を律する精神は健在なのだが、それを入れている器は自堕落なのだ。と言い訳を引っ提げて、土方は神楽と唾液の交換に勤しんだ。

「はんっ……んふ、ん」

 神楽も普段より興奮しているように感じた。体温の高さや、吐く息の熱さが尋常ではない。それは土方の興奮が神楽に伝わっているからなのか。それとも、この体だからか。理由は分からなかったが、もう何でも良いと思えるほどに土方も冷静さを欠いていた。

「あっ、ん、さっき、から……当たって、るアル……」

「な、にが?」

 キスをしながら会話する二人は片時も離れたくないといった具合である。

「はっ、んッ、これ」

 すると神楽の手が土方の熱い塊を撫でた。そのせいで腰が軽く跳ね上がった。たったこれだけで達してしまいそうだ。土方は神楽の頭を抑え込むと体勢を逆転させ、神楽の上に被さった。そして、唇を塞ぎながら右手を神楽のパジャマの裾から入れると――――

「良いアルヨ、銀ちゃんの手でも……お前だって分かってるアル」

 その言葉に土方は動揺すると、パジャマの中から手を引いたのだった。

 やはり他人の体で神楽に触れたくないと思ったのだ。キスもここまでである。土方は神楽から体を離して起き上がると、非常に苦しく泣きたい気分になった。

「いや、駄目だ。俺は俺として神楽を……愛したい」

 そう言うと枕元に転がっている煙管を咥えた。本当にむせび泣いてしまいたい。婚前交渉が何だと言って今まで神楽を抱かなかった自分を殴ってやりたいとほどに、今の土方は心の底から神楽を体ごと愛したいと思っていた。

「だから次の非番、抱かせてくれ」

 すると急に神楽が飛び付いた。

「初めてだから、優しくするアル」

 その言葉に土方は白い歯をこぼして笑った。自分の体で、心で、神楽にたくさん触れたいと次の休みまで二人はどうにか乗り切るのだった。

 

 

 

「悪かったな、銀の字、副長さんよォ」

 全く悪びれる様子のない源外に土方と銀時はこめかみに青筋を浮かべていた。だが、無事に体は元に戻り、同時に安堵も感じていた。

「で、土方くん。俺に何か言うことねーの?」

 銀時はそう言って肩を組んできた。土方としてはまあまあ気まずい、それにやはりまだ少しは許せていないのだ。神楽とキスをした事を。ただそれを口に出すことはない。小さな男だと馬鹿にされるのは目に見えているのだ。

「テメーこそ、俺に言う事があるだろ」

 土方はすっかり空になっている財布に吸っている煙草を噛み潰した。

「あれだ、必要経費ってことで。だけど、そっちもそっちで美味しい思いしたんじゃねーの?」

 にやける銀時の顔に土方は拳をめり込ませた。

「テメーのミジンコ級の脳が考えてるような事は何もねえよ」

 だが、踏み出すキッカケにこの銀時も多少は貢献したのだ。礼は死んでも言いたくはないが、これから待っている神楽との楽しい時間を考えると表情も実に爽やかである。

 二人は互いに背を向けると、特に名残惜しむことなく元の生活に戻っていった。だが、銀時が慌てて戻ってくると、土方に耳打ちした。

「言い忘れてたけど、神楽ちゃん、キスする時に耳触られるの好きみたいだから、そういうのを土方くんも取り入れて……アギャアアアア!」

 土方の刀が銀時のケツに刺さったのは言うまでもなかった。

 

2016/01/17