※再掲載

銀時→オッサン

新八→20代

神楽→10代後半~20代


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純白/銀→新神※

 

 今更どうしろってんだ。言いそびれた俺が誰よりも何よりも一番馬鹿だったのか――――

 いつまでもすぐそこに居ると思っていた存在は、簡単に手に触れちゃいけない存在になろうとしていた。

「なぁー、銀ちゃんはどう思うネ?」

 居間のソファーに座る俺の目の前には、ウェディングドレスのカタログを読んでいる神楽がいた。どれが良いかなんて訊かれたが……見ればどれも見事なまでの純白で、それを見ている神楽の肌と重なった。絶対に汚しちゃいけねぇ。そう思わせる程にその白さは清く神聖なものだった。

「どれも一緒だろ。白なんて着たらお前ぜってー汚すって。なんか汚れが目立たねぇ色柄もんにしとけ」

「あるわけないダロ! もうほんっとに銀ちゃんは……」

 そんな事を言ったりしたが本心は全然違って、どんなドレスだってお前には……

「似合うよ。何着たって神楽ちゃんなら」

 そう言ったのは物置から居間に戻って来た新八だった。見れば神楽の服やら靴やらがたくさん詰め込まれた段ボールを抱えていた。

「ふぅ、結構あったね」

「そうアルナ……ここには長い間いたからナ」

 神楽はしみじみそう言うと俺に顔を向けニコリと笑った。いつからその顔はすっかりと紅が似合うようになったのか。そんな姿が神楽の成長をまざまざと俺に見せつけて、口の中に苦味が広がる。キレイになる事がこんなに俺を悔しい気持ちにさせるのは、大事にしてきた神楽が他人のものになっちまうからなんだろうか。

「あ、でもこのドレスすごく神楽ちゃんに似合いそうじゃない? ねぇ、銀さん」

「ん、あぁそうだな」

 いつもの様子を装って、わざわざ作った適当を着飾って返事をしてみたが新八の眼鏡は侮れないと額に冷や汗をかいた。だが新八は特に怪しむ様子はなく、いつもみたいに“本当に思ってるんですか!”なんつってギャアギャアと騒がしかった。

「お色直しは一回で良いからしたいアル。真っ赤なドレス着たいネ!」

「そうだねぇ。一回くらいならあった方が断然いいよね! ねぇ、銀さん?」

「勝手に決めろ。あー、面倒くせぇな」

 なんでいちいち俺に訊くんだよ。その度に現実を見せつけられて胃が痛む。あと何回こうして吐き出したくない言葉を口にしなければならないのか。

「テメェらの……新八と神楽の結婚式だろ。なんで俺に聞くんだよ」

 そう言うと神楽はえぐるような視線をこっちに向けた。見つめられた目が胸が……切り取られるように痛む。思わず俺は目を逸らした。

「とりあえず荷物運ぶ車を借りてくるから、神楽ちゃんは待っててね」

「わかったネ。気を付けるアル」

 新八が神楽の荷物を恒道館へ運ぶ為に自動車を借りに出掛けると、俺と神楽はどれくらいかぶりに二人っきりになった。神楽は再びウェディングドレスのカタログに目を落とすと、何も言わずにページをめくった。その乾いた音だけが響いていて、寂しさがより一層深くなった。

“なぁ、銀ちゃん”

そう言って神楽と新八が俺の前に恥ずかしそうに並んで座ったあの日。既に俺は自分の気持ちに気付いていた。だが、今更どうすることも出来ないのが現状だった。正直幸せなんて事は俺にはわかんねーけど、新八の隣で頬を染める神楽はそんな言葉がなんつーか……まァその……よく似合っていた。それを他人が壊す権利はなく、また人の繋がる気持ちの強さを俺は知っている。愛を誓った人間同士なんてそう簡単に引き裂けるもんじゃねぇ……って引き裂くつもりもねーけどなぁ。

「銀ちゃん」

 いつの間にか神楽はカタログを読むのをやめると、ソファーに座る俺の隣に立っていた。

「何だよ」

「今日で最後アルな」

 そんなことを言って隣に腰を下ろした。

「最後って別に家出て行くだけだろ。どうせ仕事は続けんだし、でも俺ならぜってー家庭に閉じ込めるわ。だいたい新妻を……」

「ありがとうナ」

 神楽は俺の手を躊躇いなく握ると静かに笑った。そんな行動に俺は言葉を失うと、何も言わずに見ていることしか出来なかった。

「今まで世話になったアルナ。銀ちゃんには本当に感謝してるネ。でもこれでようやくアル。私が出ていったら銀ちゃんも心置きなく女連れ込めるネ」

 触れた白い手が俺を温かく包み、全てぶちまけてしまいそうになる。微笑む神楽に俺は言ってやりたかった。どんな女よりもお前を……神楽を……

「バカヤロー、んな心配いらねーよ! 余計なお世話だっつーの」

「そうだったアルナ。銀ちゃんには連れ込む女居なかったネ」

 神楽は俺を小馬鹿にするように笑うと更に握る手に力を込めた。それが俺の心に揺さぶりをかけた。まだ今なら間に合うんじゃねーのか? なんて言葉が聞こえて来る。その声にふざけんじゃねーぞと怒る気持ちが湧き上がって来るが、何故か本当は情けなく泣いてしまいそうだった。そのせいか思わず下がりそうになった眉に俺はワザとテンションを上げた。

「いや、お前が知らないだけで銀さんモッテモテだから! 2丁目界隈とか本当マジでモテるから」

 すると神楽はいつかのように大きな声で無邪気に笑った。そして一通り笑うとふぅっと息を吐いた。

「あーおかしいアルナ……でも、良かったネ。いつもの銀ちゃんアル」

 そう言った神楽に俺はきっと上手く笑えてなかったんだろう。隠そうと……隠せてるつもりだと思っていた寂しさをコイツには見透かされてしまったようだ。動揺する心が顕著に瞳に表れて、俺は神楽を見る事が出来なかった。

「いつもの俺ってなんだよ。つーかいつまで握ってんだ。離せコラ」

「銀ちゃん。私……本当に感謝してるアル。江戸の町に来てから銀ちゃんと暮らして育ててもらって、本当にありがとうって思うネ」

 勝手にテメェで育ったんだろ。俺は神楽を大事にしては来たが、育てた覚えは一つもねぇ。寧ろ、俺の方がコイツらに出会い変わった部分がデカかった。

「血なんか繋がらなくても銀ちゃんは家族アル。私の……私達の大切な家族アル」

 そう言う神楽に俺はなんて答えればいいか分からなかった。だってよ家族だぜ? 家族なんて俺はもった事もねーし、仲間との違いだってわかんねーし、何より夫婦だって家族には違いねーし。新八は旦那として家族になって、俺は何として神楽の家族になるんだよ。結局、喜べるもんなのかどうか分からねぇほどに俺の胸はぽっかりと穴が空いてしまっていた。

「しばらくは私が居なくて一人で寂しいかもしれないけど、銀ちゃんなら大丈夫ヨ。スグに慣れるアル」

 何が大丈夫だ。こっちはなぁ、お前が居ないことに慣れるなんてしたくねーんだよ。

「まぁ、食費のかかる奴が居なくなって俺は清々するけどな」

 俺はそこでようやく神楽の手から逃れた。何を考えてんのか神楽はいつまでも手を離すつもりがなさそうで、自分から離れなければもうずっと繋がったままなんじゃないかと不安になった。いい歳のオッさんが情けねえ話だが、それがすごく怖かった。

「清々とは何ネ! 泣きついて来たって私は知らないからナ!」

「誰が泣きつくか。反対に笑いがおさまんなくて笑い死ぬわ。お前こそケンカだなんだって帰って来るなよ」

 神楽を改めて見れば本当にただの女だった。器量は良いし、度胸もあるし、性格は明るいし……けどコイツは昔から頭の中は空っぽで、馬鹿だなんて思うことはしょっちゅうある。

「新婚なのにケンカなんてあるわけないアル!」

 恥ずかしそうに言った神楽は本当におのろけ馬鹿だった。本当に本当に馬鹿で……俺の気持ちなんて微塵も考えねぇ大馬鹿だ。

「でもそれでも何かあったら、やっぱり銀ちゃんに頼ってしまうかもしれないネ」

 充分寂しそうに言った神楽に俺の心は押し潰されるが如く苦しんだ。そんなこと言うなよ。なんで言っちゃうわけ? んなこと言うくらいならなんで――――なんで俺じゃなく新八だったんだよ。そんな言葉を噛み砕いて飲み込むと、胃の辺りがカァと熱くなった。

 何度手を伸ばそうとしたか。幾度伸ばした手で捕まえて“どこにも行くな”と言おうとしただろうか。もしかすると無理矢理に抱き締めてしまえば何か変わったのかもしれない。だけど今は何を言っても何をやっても手遅れだ。だったら何も言わないのが一番良い。俺はキツく奥歯を噛み締めると、心に空く穴にフタを閉めようとした。もう一生溢れだしてこないように重く分厚いフタを……

「神楽、いつでも帰ってこい。でもな二人で幸せにやれよ」

 神楽の頭をいつかの日のように思いっきりクシャクシャに撫でた。神楽の頭が揺れるほど強く激しく撫でてやった。うつ向く神楽は嗚咽を漏らしながらただ“ありがとう”と繰り返し、感謝の気持ちをひたすらに述べていた。それが妙に清々しく思えてどれくらいかぶりに気持ちが晴れた。もう俺は大丈夫だ。だから心の中でくらい言わせてくれよ。お前に伝えたかった言葉の数々を――――

 あのな、神楽。今まで俺は何も出来ないなんてこの両手を眺め、ずっと嘆いてきた。勇気がねぇって、好きな女に手を伸ばすことも出来ねぇって。でもな違ったんだよ。お前を抱き締めてやることは多分一生ねぇだろうけど、こうして俺はお前に真っ正面から向き合って触れる事が出来る。伸ばさなかったのはただ単に自分の弱さだった。傷付くことを恐れていた。そういうところは結局、昔からなんも変わっちゃいねぇのかもな。それでも今こうしてテメェの頭を撫でてる俺は、もうそんな恐怖なんてどうでも良い程にお前の幸せを願っていて、絶対に幸せになって欲しくて、それを壊す奴がいれば自分さえも許せなくて……ホントもうどうしようもないくらい愛してんだわ、神楽。

「銀ちゃん、私幸せになるから……銀ちゃんが寂しくないように赤ちゃんもいっぱい産むアル」

 涙を拭きながらそう言う神楽に俺はただ頷くしか出来なかった。神楽も長年住み慣れた万事屋を出ていく事に寂しさを感じてるんだろう。それでも俺の寂しさには敵うハズもねぇ。

「神楽ちゃーん! 荷物下ろして!」

 やけに浮かれた花婿の声が外から聞こえて来て、俺は苦笑いを浮かべた。

「ホラ、帰って来たぞ旦那」

「うーん! 今行くアル!」

 神楽は立ち上がると段ボールを何箱か抱えて新八の元へ下りて行った。それと入れ替わるように新八が残りの段ボールを取りにやって来た。

「荷物置いたらスグに戻って来るんで」

「オイ、新八」

 忙しそうに万事屋から出て行こうとする新八を引き留めると、犬っころみてーに目を瞬かせ何ですかと聞いてきた。

「まぁ、仲良くやれよ。でもな、もし喧嘩して飛び出たなら……ここが実家だと思ってもいいぞ。あ、待て! やっぱり一泊5000円は……」

「銀さぁぁあんんッ!」

 いきなり飛び付いて来た新八を俺は引き剥がした。こいつは何でこうも正直で、いい意味でも悪い意味でも純粋でいられるんだろうか。まァそれが新八の良さであり、神楽が惚れるだけのブレない芯のある男なんだろう。口には死んでも出したかねぇけどな。

「神楽泣かしてみろ。あのハゲが黙ってねーからな」

 すると新八は口角を上げて笑やがった。

「銀さんもでしょ?」

 やっぱりこいつの眼鏡は只者じゃないらしい。きっと全部知ってるんだろう。吐き出せなかった俺の弱さってヤツを。

「新八ィ? 何してるネ!」

 万事屋の下で待っている神楽がまだ下りて来ない新八に痺れを切らしたようだった。俺はその声にもう行けよと顎で催促した。

「今行く!」

 そう声を上げた新八は、残りの段ボールを抱えると俺に深々とお辞儀をした。

「神楽ちゃんと二人で幸せにやっていきます」

 ナマ言ってんじゃねぇよと思うが、その姿は腹が立つ程に神楽を護るに相応しい侍だった。

「じゃあ、また。銀さん」

 俺はもう何も言わずフラフラと手を振った。静かに閉まっていく玄関の戸が徐々に滲んできて、俺の視界は急速に曇っていく。遠退く車のエンジン音に反比例するかのように俺の嗚咽はでかくなって、ガランとした万事屋にすすり泣く声だけが響いていた。

 アイツはここで暮らした数年間、幸せだったんだろうか――――その答えは分からねぇけど俺にとっては、アイツと過ごした数年間がかけがえのない、一生忘れられない時間となった。

 

2011/03/05(再掲載2014/09/21)