2015 Request/
What is love/L’Arc~en~Ciel/

染められる赤/銀神(リクエスト)


 灰色の雲が空を覆う。それを見上げながらいつ雨が止むだろうかと、銀時はパチンコ屋の軒先で目の前の通りを眺めていた。それを見つめる顔には険しさが張り付き、心までも雨に濡れているようだ。


 最近、嫌になるのだ。それはこの湿度で決まらない髪型でも異臭を放つブーツの中でもない。今、我が家に居候している一人の少女に関して思うこと。

 年頃の娘が急に独身男の家に転がり込み、大量の食料を目にも留まらぬ早さで消費し、気ままな生活は一変した。

 迷惑極まりない。だが、彼女の――――――夜兎族の少女・神楽の家族には一切の連絡がつかないのだ。それを幼き日の己と重ね合わせてどこか見ていた。

 だからって、良いのか?

 いくらでも他所へやることは出来る。たとえば、孤児を引き取る施設だとか。だが、それをしないのは銀時の勝手であり、誰の責任でもない。全ては己が決めたことだ。

 他人との関わりを出来るだけしないように、何も見ないようにと上辺だけで付き合ってきたのだが、子どもと言うものは図々しく入り込んでくる。銀時は正直鬱陶しいと思っていた。


『今日はどこ行くネ?』

『それ何するものアルカ?』

『銀ちゃん、あれ食べたいヨ』

『オイッ! 聞いてんのか! このバカちんがッ!』


 とにかくその止まらないお喋りと四六時中動き回っている手足に疲れていた。

 それなのにただ一言『出て行け』が言えない。言わなければどうなるのかは分かっている。

 その理由を考えると銀時はいつも暗く仄暗い過去にぶち当たった。

 笑い合った友は立ち去り、見つめていた背中はこの手で葬った。どんなに酒を飲んで騒いでも一歩も前へと踏み出せない。周囲はいつも闇である。孤独がこの身を包み、時折寄り添いたいと震える夜は、その場限りで終えてきた。深い繋がりなど持つだけ面倒なのだ。深い繋がりなど持つだけ――――――痛みや悲しみも背負わなければならない。そんな苦しみはもうたくさんであった。

 そう思って過ごしてきたのだが、思いもよらない所からまた自分に絡みつく絆が出来てしまった。

 それを振り払うのなら今の内だ……

「少し弱まったか?」

 やや小ぶりになった雨に銀時は駆け出すと万事屋を目指した。

 今日こそ出て行けと言ってやろう。そんなことを考えながら階段を駆け上がり、玄関の戸を開けた。

「あっ、銀ちゃんおかえりネ!」

 開けた戸の先にいたのは傘を二本抱えた神楽であった。真っ赤な中華服が目に痛い。

「どこ行こうとしてたんだよ。雨降ってんだろ。大人しく家で遊べないの?」

 銀時はブーツを適当に脱ぐとタオルを取りに行こうとして、神楽の脇を通り過ぎた。すると、怒ったような声が上げられ、神楽が地団駄踏んだ。

「何ヨ! 折角迎えに行ってやろうと思ってたのに!」

 その言葉に銀時は思わず足を止めた。

 妙な焦りだ。想像もしていなかったのだ。神楽が自分を迎えに来ようとしていたなど。

 そして、僅かに口が歪む。またこの感情か、と。反吐が出そうになる。

 銀時はタオルで髪を拭きながら居間へ行くとソファーに座った。

「誰も頼んでねぇだろ。そういう事しなくて良いから」

 すると大きな足音を立てた神楽は騒がしく銀時の隣に座ると、髪を拭くタオルを奪い取った。

「頼まれてから動くなんて犬でも出来るダロ! もう、こんな髪濡らして! 迎えに行くまで待ってなさいって言ったヨ、お母さんは!」

「誰がお母さんだバカヤロー!」

 神楽にグチャグチャに髪を拭かれた銀時は、その粗暴さに呆れ返っていた。

「お前さ、女の子なんだからもう少しどうにかなんないの?」

「何の話アルカ? あっ、お色気担当の話ネ?」

 銀時は神楽の頭を軽く叩くと、誰もお前にそんなこと期待していないと伝えた。

「あー、もう本当何なの、この子は」

 そう言ってソファーにうつ伏せになると、神楽が銀時の尻の上で胡座をかいた。

「なぁ、銀ちゃん」

 懲りずに神楽はベラベラとずっと喋っているが、銀時は話を適当に聞き流した。窓の外から差し込む光に気を取られていたのだ。徐々に室内が朱色に染められていく。

 雨、上がったのか…………

 これならやはりもう少し待っていれば良かったと思った。そうすれば神楽の厚意も無駄にしなくて済んだのだ。と、そんな考えが浮かんだ自分に銀時は驚いた。今日にでも出て行けと言おうと思っているはずなのに、何故神楽のことなど気にするのか。

 面倒くせェ…………

 関わりあいになる事を嫌っているはずで、今も実際にそう心で呟いた。しかし、引き寄せられる体の中心が背を向けたくないと訴えていた。

 銀時は神楽を見ることなく言った。

「今日、飯どうする? ラーメン屋の大食い挑戦するか?」

 すると、神楽がこちらを覗き込みニッコリと微笑んだ。

「うん! それいいアルナ!」

 弾む声と赤く染まる少女の頬。そんなものが自分の家の、それも直ぐ目の前にある事が銀時は不思議で仕方がなかった。しかし、そう悪い気分ではない。

 結局、銀時はこの日も神楽に『出て行け』とは言えないで一日を終えた。だが、自分を包む温かな気持ち、それが何かは引き続き分からないままである。




 神楽との出会いも遠い昔に思えるようになった日。いつかと同じように銀時はパチンコ屋を出ようとして豪雨に見舞われた。

「何なのマジで。結野アナの天気予報より俺の髪の方が当たるとかホントやめてくんない」

 年中天パの銀時は店の前でブツクサと文句を垂れながら、不機嫌そうな顔で目の前の通りを眺めていた。パチンコには負けるし、雨には振られるし、髪の癖は一段とキツくなるしで散々な気分である。

「どーすっかな…………」

 着物の中に片腕を突っ込んだ銀時は、走って帰ってしまおうかと悩んでいた。だが、濡れるのは必至。それはそれで嫌なものだと雨が上がるのを待つことにした。財布に金が残っていればもう一勝負賭けたい所だが、残念なことにブーツに隠していた千円札までもが飲み込まれていたのだ。今日はツイていないと、重く頭上に広がる灰色の空を見上げてた。

 そんな時、隣にスタイルの良い女性が駆け込んできた――――――見ればそれは神楽であった。

「やっぱりここに居たアルナ! その顔は負けたのかッ! 負けたんだナ! このモジャモジャがァァア!」

 神楽は銀時の尻に蹴りを入れると、銀時に持っている紫の番傘を差し出した。

「新八が持って出ていちゃったから、それしかないネ」

 尻を擦っていた銀時は差し出された傘を差すと神楽が入るのを待った。すると目が合って柔らかく微笑んだ神楽が隣に並んだ。肩が軽くぶつかる。それは別にいつものことでここ何年もこうやって隣に並んでいるのだが、今日はどういうワケか少しだけ気恥ずかしさがあった。

 銀時は空いている手で頭を掻くと神楽に言った。

「もう少しこっち来いよ。お前すぐ風邪引くだろ。医療費もバカになんねーんだから」

 すると神楽は怖い顔をして銀時に噛み付いた。

「お前がパチンコなんて来なかったら、外出る必要なかったダロ!」

 そうなのだ。銀時が仕事もせずにパチンコ屋になんて足を運ばなければ、神楽はこうして迎えには来なかった。誰も頼んではいないのだが、それは言わないことにした。神楽が迎えに来てくれた事に心は弾んでいる。こんなふうに思えるようになったのは一体いつの頃だっただろうか……


 気がつけば、新八、そして神楽の居ない生活は考えることが出来なくなっていた。当初の煩わしさも嘘のように。

 大切に思うあまりに手放して危険から遠ざけようとした事もあるが、それでも望みはこの空の下、共に歩んでいきたいと言ったものである。それは雨の日も風の日も、雪の日も晴れの日もずっとだ。

 こういった気持ちが湧き上がると、時折神楽が眩しくて目に映すことが出来なくなる。息の詰まりそうな瞬間。隣に並ぶ横顔が美しいと――――――それが先ほどから銀時の鼓動を乱していた。

 だが、分からない。この感情をどうすれば良いのかなど。

 拭えたわけではないのだ。いつだって失う恐怖はつきまとう。関係ないさと他人を決め込めば、そう言った煩わしさからも解放されるのだろうが……もう他人では済まない領域にまで達していた。捨ててしまえばラクになれる感情も、そこから得られる恩恵の方がデカかった。

「あっ、雨上がって来たヨ! ほら、でっかい夕陽がビルの端っこに見えてるネ」

 神楽の指差す方を見れば灰色の雲は遠退き、突として空が赤く染まったのだ。それが辺りの家々の窓に反射して、神楽の顔を赤く照らした。

 銀時は持っていた傘を畳むと、そんな神楽の横顔を見ながら考えた。

 こうやって何気ない景色すらも意味のあるものに見えて、この自分ですらも特別な何かに思えると。それは隣にいる神楽が特別な存在だからなのだろうか。それを確かめる術を知らないわけではないのだが、曖昧な心では踏み出せない。この感情が何であるのかを明確にしない事には、見えている白い手を握ることは叶わないのだ。

 いや。何を考えてんだよ、俺は…………

 そんな事を心で呟くと、銀時と神楽は夕暮れのかぶき町を万事屋まで歩いたのだった。


 少し蒸し暑く、湿度の高い夕暮れ。夕飯までの穏やかな時間。万事屋の窓からは僅かにそよぐ風が入り、銀時は窓際の椅子でただ何となく外の景色を眺めていた。もうすぐ日没だ。

 神楽はと言えばソファーに寝転がって銀時の読み終えた漫画に集中していた。

 こちらの存在には気付いていないような、それとも居て当たり前だと思っているようなそんな空気が流れている。

 銀時はそれを心地よいと感じていて、出来ることならずっと続けば良いとも考えていた。そう思う理由は何であるのか。ただそれだけが見つけられない。

 西日で居間はオレンジに染まり、まるで神楽に満たされたような気になった。神楽の長く伸びた朱い髪。ド派手なチャイナドレス。窓から差し込む色は神楽色だ。自分の色素の薄い髪の毛もまつげも、顔も着物も、部屋中どこもかしこも全てが神楽に染められていた。きっと見ることの出来ない銀時の内側も染まっているはずだ。

 揺れ動く赤い瞳。神楽を映している銀時の瞳はこの光景に強い反応を示す。

 アレ、なんだこれ…………?

 やや焦る。鼓動の高鳴りや逸らせない視線。胸の奥から湧き上がる温もりの理由――――――

 銀時はそれらに一つの答えを導き出した。

 だが、言わない。一人で咀嚼して飲み込んで、それで良いと思うのだ。まだ失う覚悟は出来ていない。それならば自分だけの秘密として、ひっそりしまっておきたかった。

「さっきから何アルカ?」

 あまりにも銀時が見ていたものだから、さすがに神楽も気付いたらしくソファーの上に体を起こした。

「いや、別になんでもねーよ」

 そう言って椅子を回転させて窓の外を眺めたが、神楽の立ち上がる音が聞こえ、すぐ側にまで迫っている事が分かる。

 体が揺れるほどに心臓が脈を打つ。側に来られるとくすぐったい。それに今はまだ知られたくない。どんなふうに神楽を思っているのかを。

「もしかしてまだ途中だったアルカ? 良いヨ、先読んで」

 神楽はそう言うと銀時に漫画の本を差し出した。

 それを銀時は仕方なく受け取ろうとして………………神楽の白い手と重なった。瞬間にそれは赤く染まり、神楽の頬も落ちていく夕陽のせいか赤く染まる。見つめ合う目と目も赤みを帯びていて、神楽の真っ青な瞳すらオレンジの光を反射させていた。

 しかし、日の落ちるスピードは思いのほか速く、部屋の中は影に支配される。

 電気つけねーと…………

 そう思っているが、まだ神楽の手から離れる事が出来ない。神楽も何も言わずにいる。もう表情すら見えなくなってしまったが、それなのに銀時は神楽の存在を確かに感じていた。温かい手。そして、僅かに乱れている呼吸。

「神楽?」

 ゆっくり言葉を出すと神楽は慌てて手を引いた。

「……こんな暗い部屋で漫画読んだら新八になっちゃうアルナ! 電気、電気!」

 そう言って灯りをつけに行くと、部屋の中は人口的な光で満たされた。先ほど錯覚に陥ったオレンジの光はどこにもない。だが、それでも胸を染め上げる思いは神楽で色づいている。

 銀時は軽く笑うと既に内容を知っている漫画に目を落とした。

「あれ、こんな面白かったか? この漫画」

 窓の外はすっかりと夜が広がっている。しかし、それはもう闇ではない。神楽と居れば孤独ではないと、胸を満たす温もりに静かな喜びを感じるのだった。


2015/07/10