染まる赤/銀神(リクエスト)
班池組から逃れ、白髪頭の侍の家で居候をすることになった神楽は、今しがた定春との散歩を終えたところであった。その帰り道、店を開ける支度をしているお登勢に出会った。丁度、スナックの看板に灯りを着けているところである。
「よっ! バアさん!」
神楽が元気に挨拶をすると、咥え煙草で濃い化粧をしたお登勢がこちらを向いて神楽を手招きした。
「ちょっと来な」
「なんだヨ!」
神楽は定春に先へ帰るように言うと、まだ開店まで時間のある店内へと入っていった。そして、カウンター席に腰掛けると床につかない足をブラブラと動かした。
「バアさん、なんか食わせてくれるネ?」
その声にお登勢は目を伏せると煙草の煙を吐き出した。
「いんや。それよりあんた達、上手くやってるのかい?」
その質問に神楽は首を傾げると、今も二階にいるであろう銀時について考えた。
金にはだらしないし、臭いし、モジャモジャだし……
それでもどこか放っておけないようなものを感じていた。
「デカい子どもが一人増えたって感じアルナ」
「どの口が言うんだい!」
お登勢は突っ込むとカウンターの中に入って、グラスを磨き始めた。
「あの銀時がまさか誰かと一緒に暮らすなんて、想像もしてなかったよ。何があったか知らないけど……あたしの前に現れた時、相当深い傷を負っていたからね……」
深い傷。その言葉を神楽は体に負った傷ではないのだろうと、お登勢の雰囲気から察した。だとすると、今の銀時の姿からはそれこそ想像が出来ないものであった。ふざけて笑い合って喧嘩して。そんな部分しか見たことがなかったのだ。
「だからね、まさかお前みたいな小娘と同棲始めるなんて何考えてんだと思ってたけど、最近思うよ。銀時はよく笑うようになったってね」
神楽はそれを軽い感じで聞いていたが、振り返ってみると……自分自身もよく笑うようになっていた事に気が付いた。
どうして喧嘩しても楽しいんだろう。
そんな事が心に浮かんできた。
「神楽、お前にしか出来ないことがちゃんとあるんだ。来た時みたいにフラフラと勝手にどっか行くんじゃないよ」
神楽はそれを真面目な顔で聞くと椅子からぴょんと飛び降りた。
誰かに必要とされるなど、どこかくすぐったい気分であった。
「一生万事屋でタダ飯食うって決めたアル。それに私の家は万事屋だけヨ。マミーも兄ちゃんもパピーもいない…………じゃあナ、バアさん」
「ちょっとお待ち! まだ話は終わってないよ! 家賃さっさと払えって銀時に…………」
しかし、神楽はスナックお登勢を飛び出すと、勢い良く階段を駆け上り玄関の戸を開けた。
「ただいまアル!」
すると、定春が飛んできて、新八が何事かとメガネを光らせていた。銀時はと言えば居間のソファーで眠っている。神楽はそんな銀時を見下ろすと口角をキュッと上げた。
先ほどお登勢に言われた言葉。自分にしか出来ない役目。それを考えると喜びで溢れてくるのだ。
この数年間、自分の居場所など故郷にも、宇宙にも、どこにもなかった。父親は常に側にはおらず、兄も去った。そして母親もこの世から旅立ってしまった。自分を必要としてくれる存在などないものだと思っていた。だから、この夜兎の力を利用する悪いヤツにも手を貸してしまったのだ。しかし、それで神楽の心に空いた穴が満たされることはなかった。間違いだと気付き、慌てて逃げ出した先にたまたま万事屋があって――――――神楽にはどこか運命に思えていた。
ここなら変われる。強い自分に。
そう思わせる何かが万事屋には…………銀時にはあったのだ。
「いつまで寝てんダヨ!」
神楽は勢いをつけて銀時の腹に飛び乗ると、猛烈な痛みに目覚めた銀時が助けを求めた。
「オイィィ! 新八、どうにかしろッ!」
「そこで寝てるのが悪いんじゃないですか」
冷たく言い放つ新八に神楽は更に楽しくなると、グフフと笑っていた。
こうやって楽しく過ごせる日が来るなんて、一人ぼっちだった時は考えられなかったのだ。
だが、こんな楽しい一日も夜になれば身を潜める。
静まり返る室内。それを神楽は一人暗い押入れで感じていた。私室はもらえなかった代わりに押し入れを部屋として充てがわれたのだ。
こんな所で膝を抱えて丸まっていると、万事屋にいるにも関わらず孤独を感じる。だけどそれを口に出して怖がる年齢ではない。神楽はグッと我慢した。
そしてふと夕方、お登勢に聞かされた話を思い出す。
『あたしの前に現れた時、相当深い傷を負っていたからね……』
銀時にもこんなふうに怯える夜があるのだろうか。
神楽は銀時の過去を知らなかった。特に尋ねることもしなければ、銀時が自ら口にすることもない。ただ時折、自分や新八と距離を取るような態度を感じていた。だが、すぐにそれは鳴りを潜め、気付けばまたフザケタ顔でバカみたいに笑っているのだ。
もしかするとその時に感じた違和感は、銀時が見せない過去に関係しているのかもしれない。そう思うと気になる。今までの銀時の過ごした日々や、背負って来たもの。自分と出会うまでの銀時をもっと知りたいと思ったのだ。
そんなことを考えて押入れの隅を見つめている時だった。闇を切り裂くような叫び声が耳に入ったのは。
「ぎ、ぎんちゃんッ!」
神楽は押入れから飛び出すと銀時の寝ている奥の部屋へと飛び込んだ。見れば布団の上に体を起こし、何もない空間を呆然と見つめている銀時の姿があった。
「銀ちゃん?」
側に寄って背中を擦れば、じっとりと湿っており銀時が酷い汗を掻いている事に気付いた。
「あっ……ああ、あ…………」
ゆっくりとこちらを向いた銀時の目には涙が浮かび、頬を流れ落ちていた。
「どんな夢、見たアルカ」
絶望を思わせるほど暗い瞳。それを神楽は息を呑んで覗き込むと、その中にかつて自分が見た恐怖と似たものを見つけたのだった。
孤独、死、血、罪…………
全てが分かったわけではないが、銀時が抱えているものを神楽は共有したような気になった。自分と同じであると感じたのだ。ずっと一人で生きてきたのだと。
分かってやれるのは、同じ痛みをもつものだけである。
神楽は小さな手の平で背中を擦ると銀時に言い聞かせた。
「……大丈夫ネ。お前には宇宙最強の神楽ちゃんがついてるアル。何も心配ないヨ」
銀時は顔を伏せると呼吸を整えているようだった。まだ苦しそうではあるが、夢からは覚めた様子で目にも生気が宿っていた。
それを静かに見守る神楽は少し落ち着いた銀時に安堵した。
「悪い。神楽、悪い…………」
涙を拭いながらそう言った銀時に、神楽は静かに微笑んだ。
「どうしてもって言うなら、隣で寝てやらん事もないネ。でも、酢昆布100箱ナ」
すると銀時に僅かな笑みが浮かび、神楽の頭に手が伸びた。撫で付けられる髪。それに神楽もにっこり笑うと銀時を見つめた。
「……今日だけは3箱でも良いけど?」
「大丈夫だ。もう寝てこい」
自分を映す瞳は、もうどこにも暗い影を落としていない。これなら安心だと神楽は立ち上がった。
「じゃあナ、おやすみ。銀ちゃん」
寝室と居間を仕切る襖を閉めると神楽は押入れに戻った。だが、先ほどまでと違ってそこは孤独を感じる箱ではなかった。
いつだって銀ちゃんがいて、私が居る。どちらの世界も繋がっていて、決して一人ではない。何よりも神楽は思った。独りになんてさせないと――――――
そんな事を思うと、静かに目蓋を閉じるのだった。
気持ちがほんの少し膨らむ。銀時が好きだという気持ちである。
笑っているところも、悲しみを隠すところも、自分だけに涙を見せるところも、喧嘩して怒るところも、たまに酔っ払って甘えるところも――――――神楽はどんな銀時も大切だと思っていた。そう思うのも、着の身着のままで組織から抜けだした自分を銀時は何も聞かずに受け入れてくれたからだ。
そんな銀時を護り、そしてずっと一緒に居られたら…………
いつしか芽生えた神楽の気持ちは、息吹いたばかりの新芽のように瑞々しいものであった。真っ直ぐに太陽の日に向かって伸びる。誰にも負けない強さを持ち、濁ることなく頭上に広がる空のように澄んでいた。
「銀ちゃんっ!」
夕暮れ、駄菓子屋からの帰り道。通りを歩く銀時を見つけた。神楽は定春に乗って追いかけると隣に並びかけた。
「いやぁ~、神楽ちゃん。ちょっと聞いてくれる?」
銀時がそう言って神楽の肩に肘を置くと、神楽はどうせ金を貸せとかそういう類だろうと顎を殴った。
「金なら自分で稼いでこいヨ! ほら、あそこに資産家っぽい爺さんいるから、パスっと取ってこい!」
すると今度は神楽が額を叩かれた。
「年寄りから金奪ってどうすんだ! どうせならあっちの…………」
銀時が指をさした方を向けば、きらびやかに着飾った中年女性が金切り声を上げていた。
「ドロボー! 誰か捕まえてぇぇえ!」
その声に神楽と銀時は駆け出すと、あっという間に引ったくり犯を捕まえた。
そして、二人していやらしい笑顔を女性に向けると手を揉んだ。
「いやぁ、お礼なんてそんなそんな! 俺らはただの通りすがりの万事屋銀ちゃんでしてお礼なんて…………なぁ神楽ちゃん?」
すると神楽も手を揉みながらニタニタと笑っていた。
「ニヒヒ! そうアル! お礼なんてそんな、全然良いアルヨ。万事屋の依頼だとこの案件なら5万円は取れるけど、全然良いアル」
そうやって女性に迫る二人の背後に影が落ちた。
「お前らは人が忙しい時に……何してんだァァアア!」
スパーンと叩かれる神楽と銀時の頭。二人して背後を見れば、そこには大量の荷物を持った新八の姿があった。面倒くさいと、新八一人に買い物を押し付けて逃げていたことを神楽も銀時もすっかり忘れていたのだ。
「マズい、神楽逃げるぞ!」
「定春、行くアル!」
『アンっ』と大きな声で鳴いた定春は、銀時を口に咥えると、神楽を背に乗せ駆け出した。
二人だけの夕暮れランデブー。
いや、そのようなロマンチックさなど欠片もない。どうにか定春の背に乗った銀時と、少し距離を取る神楽。まだ目の前の背中に掴まることは出来ない。それでも地面に伸びる影を見れば銀時と神楽はピタリと引っ付いていた。いつかその距離が本当に縮まれば良いのにと、神楽は輝く瞳で頬を赤く染めるのだった。
2015/07/10
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