※神楽→神楽さん(16)

   

恋に落ちて・上/銀神

 

 難攻不落の城。

 誰が名付けたのか、万事屋のチャイナ娘“神楽”の事をそんな風に話す男たちがいた。神楽の容姿や明るさに惹かれて愛の告白をするも、玉砕していった者は数知れず。そんな話が噂となり、神楽を落とそうと江戸中から己に自信のある男達がかぶき町に集った。しかし、やはり神楽がなびく事はなく、どんなにイケメンで有り余る富を持っていても、神楽の心を掴む者は一向に現れないのであった。

 あの神楽を落とす男は誰なのか。いつか現れるであろう、神楽の心を射止める存在を皆が気になっていた。

 それが何も知らずにいる銀時の耳に入るのも時間の問題であった。

「俺は“落ちる”に二十万円を賭けるぞ!」

 スナックお登勢に入った銀時は、そんな言葉を耳にするとその声の主に言った。

「よぉ、ヅラ。随分と景気が良いな」

 そう言った銀時は、カウンター席に座る桂小太郎と長谷川泰造のすぐ隣に腰を掛けた。既に桂は赤ら顔で、相当飲んでいることが窺えた。

 銀時はカウンターの中にいるお登勢に酒を頼むと、隣の長谷川に尋ねた。

「で、なんの話だよ」

 すると長谷川は、ニヤリと不敵な笑みをこぼした。

「誰も口説き落とす事の出来ねぇ、不落の城の話だよ」

 銀時は長谷川の言ったことが理解出来なかった。するとそれを察したのか、お登勢が酒の入ったグラスをテーブルに置くと咥え煙草のまま喋った。

「バカなことはやめなって言ったんだけどね。神楽の話さ」

 銀時は早速、差し出されたグラスに口を付けるとふぅんと言った。

「神楽が向こう一ヶ月の間に口説き落とされるかどうか、賭けるなんて言ってるんだよ」

 お登勢の言葉に銀時の動きが止まった。

 今、なんつった?

「俺は落ちないと思うぜ。デートに漕ぎ着けた奴がいても、その先に進めるとは思わねぇし。なぁ、銀さん」

 デート?

 銀時の顔がぎこちなく長谷川へと向いた。

「いや、あのリーダーがデートを許可したと言うことは、よっぽどの男なのだろう。なぁ、銀時」

 次は桂の方に顔を向けた銀時だったが、返事はおろか瞬きすら出来ないでいるのだった。

 デートって何だよ? つか、落ちるって?

 銀時は酒の入ったグラスを置くと、出来るだけ平常心を保って尋ねてみた。

「か、神楽がデートってなんの話だよ? 」

 すると、桂と長谷川が顔を見合わせた。

「銀時は知らないのか?」

「おいおい、どういう事だよ」

 それはこっちが聞きてぇよと、銀時は額に汗を滲ませていた。

 神楽と長年共に生活しているが、デートなどと言う話は二年前の大ちゃん騒動以降、聞いたことがないのであった。寝耳に水だ。

「じゃあ、ヅラっちが聞いた話は勘違いって事か?」

 長谷川がそんな事を言って笑ったが、桂は怒ったような表情でイスから勢い良く立ち上がった。

「いや! 聞き間違いなわけがあるか! 俺は確かにこの耳で聞いたぞ!」

 そう言って目を閉じると両腕を組んだ。

 

 話は二、三日ほど前に遡る。桂が公園の茂みで、真選組を撒く為に身を潜めていた時の事だった。神楽が友達と公園で何やら話をしていたのだ。

「そよちゃんのお城で仮面舞踏会なんて素敵だね! 私はカレシを誘ったけど、神楽ちゃんはもう決めたの? 一緒に行く男の人」

 桂は聞き耳を立てると、あの神楽が誰を誘うのか興味をもって聞いていた。

「うーん、どうしよっカナ。悩んでるんだけど……でも、一応決めたアル」

 そう言った神楽の横顔がやけに赤く見え、桂はそれで確信したのだ。神楽には意中の相手がいるのだと。

 

 その話を聞き終えた銀時は桂を睨みつけるように見つめると、自分も立ち上がった。

「ヅラ。さっき神楽が“落ちる”方に二十万円賭けるって言ったな?」

 桂は嗚呼と頷いた。

「あの神楽だぜ? 神楽が色気より食い気って事は、俺が誰よりも知ってんだ」

 銀時はそう言うと、長谷川の掛けているサングラスを突然外してしまった。そして、それをカウンターテーブルに置くと、ニヤリと不敵に笑ったのだった。

「俺は神楽が“落ちない”に長谷川さんの命を賭けてやらァ。どうだ? ヅラ」

「あっ、ちょっと何言ってんだよッ! 人のもんを勝手にさ!」

 長谷川が慌ててサングラスを掴もうとすると、桂が華麗に薄汚れたサングラスを頭に掛けた。

「良いだろう。貴様が勝てば二十万円、俺が勝てばこのサングラス。勝負は今から一ヶ月間だ。ジャッジはお登勢殿で良いか?」

「良くねぇよ! それよりもそのサングラスに二十万もの価値なんてないけどォ!?」

 叫ぶ長谷川を無視して、桂と銀時がお登勢の方へ顔を向けると、面倒臭そうにお登勢はいいよと頷いた。

「まぁ、銀時が勝てばこっちも家賃が入るわけだから、ジャッジくらいしてやろうかね」

 そんな事を言ったお登勢に、銀時は全く家賃の事を忘れていたと言わんばかりの表情をしたが、二ヶ月分を支払っても八万円は自由に使えると頬が緩んだ。

「そもそもアイツを口説く男がいねぇだろ。俺が勝ったも同然だ」

 そう言ってグラスに入った酒を呷る銀時を、桂も長谷川も驚いたような表情で見ていた。その視線に気付いた銀時は二人に目を向けると何だよと眉を寄せた。

「銀さん、マジで知らねぇの? 今年だけで神楽ちゃん、既に十人は振ってるんだぜ?」

「そうだぞ、銀時。リーダーを落とそうと、あの多毛さんまでもが、笑ってよきかなを終了させたんだからな!」

「お前らこそ何で知ってんだよッ!」

 神楽に言い寄る男がいることや、よきかなが終わった理由。銀時は何一つ知らなかったのだ。家で見ている神楽は、普段と何も変わらず食い気ばかりである。少しの変化も感じられなかった。

「……どっちにしろ神楽が色恋に興味持つのは、まだ当分先だろう」

 この勝負は俺の勝ちだ。

 そう思った銀時だったが妙に落ち着きがなく、今日は早めに切り上げて帰ることにしたのだった。

 

 お登勢の二階にある万事屋に着けば、風呂上がりの神楽が冷蔵庫からプリンを取り出していた。

「早かったアルナ」

 神楽はスプーンを口に咥えたままそう言うと、ブーツを脱ぐ銀時に背を向けて居間へと入って行った。

 銀時はそんな神楽の様子に安心するのと同時に、自分の知らない神楽が存在する寂しさのようなものを感じていた。

 まさか今年だけで十人もの男に言い寄られてたとはな。

 銀時も遅れて居間へ入ると、ソファーの上でプリンに頬を緩める神楽を見下ろした。

 至って普通に振舞って見えるが、それが作られたものなのではないかと少々疑ったのだ。

 別に全てを把握していたいとは思わないが、何か問題が起きれば保護者代わりの自分が表に出なければならない。それならば、有る程度の行いは知っておきたいのだった。譬えば、仮面舞踏会にどこの男と出掛けるのかとか。

 銀時はぎこちなく、とても不自然に神楽の隣に座ると咳払いをした。しかし、神楽はプリンに夢中でそんな銀時に目もくれないのであった。

「神楽ちゃん、ちょっと良いかな」

 すると、神楽は目を細めてプリンを体の向こう側へと隠した。

「駄目アル。銀ちゃんのは冷蔵庫入ってるデショ」

 神楽はそう言って急いでプリンを食べると、ぺろりと舌舐めずりをしたのだった。

「違ェよ! プリンじゃなくて……」

「違うアルカ? じゃあ、何の話ヨ」

 銀時はもう一度咳払いをすると、変にかしこまって座り直した。そんな銀時の様子に神楽は不思議そうな顔をした。

「まぁ、その、仮面……ゴホン、ゴホン、舞踏会が……」

「えっ、何アルカ? 仮面? 舞踏会?」

「あ、あれ? そんな風に聞こえちゃった? いや、まぁそう聞こえたならそれでも良いけど」

 すると、神楽はハァと溜息を吐くとソファーの上で膝を抱えた。

「どこで聞いたアルカ? そよちゃんのお城でのパーティーの話」

 そう言った神楽はどこか面白くなさそうで、銀時が想像していたリアクションとは随分とかけ離れていた。

「でも、周りは皆カレシと同伴で……私、誰と行こう」

「えっ? お前行く相手、決まってねーの?」

 桂の聞いた話は一体何だったのか。やはり聞き違いなのだろうか。しかし、神楽の様子から、見栄でああ言った可能性が高そうであった。

 どこかそれにホッとした銀時は神楽の肩に手を回すと、声を上げて笑ったのだった。

「そうだよな! ガサツだし、食い気ばっかで料理の一つも出来ないお前にカレシが出来るわけ……」

 その辺りで銀時は神楽にぶっ飛ばされた。

「カレシくらいその気になれば簡単アル! 折角、銀ちゃん誘ってやろうと思ったけど、もう良いネ!」

 そう言って神楽は居間から飛び出すと、物置に引っ込んでしまった。

「今、アイツなんつった!?」

 銀時は神楽の言葉を思い出すと顔を青くした。自分が余計な事を言ってしまったが為に、神楽自らカレシを作るように仕向けてしまったのだ。自分がパーティーに同伴すれば、桂との賭けにも勝てる筈だったのに。

 銀時は頭を抱えると、今だけは素直に謝るべきかと考えていた。謝ってパーティーに自分が同伴すれば、神楽はカレシを作る必要がないからだ。そうなると、何をせずとも懐に二十万円が入ってくるのだ。こんな美味しい話はない。

 銀時は慌てて物置へと走ると、閉ざされている戸を軽く叩いてみた。出来るだけ神楽の機嫌を損ねないように、細心の注意を払って。

「神楽ちゃん? さっきのアレは言葉の綾みたいなもんで」

「あんなもん蛇足アル!」

 神楽の怒った声が戸の向こう側から聞こえて来た。

 銀時は頭をガシガシ掻くと、あまり張りのない声で言った。

「神楽、悪かった。ごめんな」

 神楽の返事はない。今日のところは一先ず退散するかと、戸に背を向けた時だった。大きな音を立てて、勢いよく物置が開かれたのだった。

 驚いた銀時は振り返り見ると、同じように驚いた顔の神楽が立っていた。

「今、謝ったアルカ!」

 銀時はその言葉に顔をしかめると、目を細めて神楽を見た。

「何だよ! ひとでなしみたいに言いやがって。俺だって悪いと思えば謝るだろ」

「じゃあ、本当に悪いって思ったアルカ!?」

 本心では大して反省もしてなかったが、銀時は嗚呼と頷いた。

「んふふ、何着て行こっかなぁ」

 突然、上機嫌になった神楽は後ろ手で腕を組んだ。そして笑顔になると、それを見た銀時も釣られて笑顔になったのだった。

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恋に落ちて・中/銀神

 

 それから数日して、銀時が昼間通りを歩いていた時だった。パチンコ屋からの帰りと言うこともあって、少々その心は荒れていた。頭上に広がる江戸の青空が、どこか腹立たしく思えた。

「お兄さん! 良い子がいるよ!」

 そんな聞き慣れた言葉と声に、下を向いて歩いていた銀時は足を止めた。顔を上げるとそこに居たのは、長い黒髪を風になびかせた桂であった。

「なんだ銀時か」

「そりゃあこっちのセリフだ。指名手配犯がバイトかよ。あっ、そうだ。てめぇを突き出して懸賞金でも貰うか」

 銀時はそんな事を呟くと、桂の額に汗が滲んだ。

「またパチンコで負けたか。そんな事では俺との賭けも負けだろうな」

「ハァ? 残念だったな! 神楽は見栄張って男がいるなんて言っただけなんだよ。てめぇの負けは確定だな!」

 銀時はいやらしい表情でそう言い放つと、声高らかに笑った。しかし、それを見ていた桂は鼻で笑うと、目を閉じて腕を組んだ。

「現時点での話だろ。まぁ良い。勝敗はいずれ分かるだろう」

 そう言うと桂は髪をなびかせて、店の中へと引っ込んでしまった。そんな桂の言葉を理解出来ない銀時は、首を傾げると再び足元を見ながら道を歩いたのだった。

 そうやって耳だけが前を向いているせいか、街ゆく人々の会話がよく聞こえて来る。

「今度、城で開かれるパーティーに私ね、招待されたの」

「いいなぁ。私も行きたかったぁ。良い人と出会えるといいね!」

「でも、カレシ誘ったからなぁ。こんなことなら、お兄ちゃんにしとけば良かった」

 銀時はその言葉を何気無く聞いていたが、ふと足を止めた。

 パーティーで出会った男女が恋に落ちて――よくある話だった。桂の言う通り、勝敗はパーティーが終わり、期日が来るまで分からないのだ。

 当日は何が何でも神楽に張り付くか。

 銀時は神楽に悪い虫がつかないように防虫剤、もしくは殺虫剤として生きてやろうと思った。しかし、それを神楽が必要ないと言えばそれまでなのだ。

「いや、神楽が落ちるわけねぇって」

 しかし、炊飯器を片手にケンタ○キーを小脇に抱えた男が神楽を誘ったら……

 銀時は少しだけ不安になるのだった。

 

 

 

 貸衣装のタキシード姿の銀時は、黒いビーズのチョーカーを首に着けている神楽の様子を居間のソファーから眺めていた。

 神楽は髪をアップにまとめて、黒い大きな薔薇の髪飾りを着けていた。その顔には化粧が施されており、いつもよりも濃い紅が神楽を大人の女性に映した。その身を包むビスチェドレスは鮮やかな真紅で、神楽の肌の透き通るような白さを際立たせている。

 そんな神楽のドレスアップした姿に銀時はなんとなく居心地が悪く、何度も同じ新聞記事を読み返していた。

“真選組、またもやバズーカ砲”

 その記事には、少しだけ誇らしげな顔をしている沖田総悟の写真が載っていた。それが銀時のよく分からない緊張を解きほぐした。

「銀ちゃん、そろそろ行こうヨ。お城まで結構時間がかかるアル」

 そう言って黒いグローブを着けた神楽は、外国のシネマのヒロインの様で目を見張るものがあった。こういう姿は多々見ている筈なのだが、何かが今までと違うようなそんな気がしたのだ。

「どうしたネ? ほら、早く行くアル」

 そう言って神楽に腕を掴まれた銀時は、新聞をソファーに置くと立ち上がった。しかし、玄関へと先を急ぐ神楽の腕を、銀時は引っ張ったのだった。そのせいで前を歩く神楽が、銀時の胸へと背中から倒れ込んだ。

 神楽は首を反らすと、やや困惑気味に銀時の顔を見上げた。

「何アルカ?」

 銀時はそんな神楽の顔の前にポケットから取り出した鍵を見せた。

「スクーターで行くアルカ?」

「いや、車を借りて来た」

 神楽の頬が化粧をしていても分かる程に紅く染まった。それは正しくバラ色で、神楽の感情が手に取るように分かった。しかし、銀時は神楽を喜ばせる為に車を借りたわけではなかった。神楽がどこぞの送り狼に喰われてしまわぬように、細心の注意を払った結果であった。

 とは言えこの神楽が簡単に誰かに心を許し、どうにかなるなど全く銀時には想像出来なかった。

「気が利くアルナ! 想像以上に銀ちゃんのポテンシャルは高かったネ!」

「だろ? 普段は無駄遣いしないように、エネルギーを蓄えてるだけなんだよ」

「でも、発揮する機会がなくて腐りかけてるけどナ」

 神楽は笑顔でそんな事を言うと、靴を履き銀時を万事屋から引っ張り出した。そして外に停まっている高級そうな自動車の助手席に滑り込むと、ニコニコと車が出るのを待っていた。

 運転席に座った銀時は小さく笑うと、車のエンジンをかけた。馬のようなイナナキが聞こえて来ると、アクセルペダルを踏み込んだ。

「とりあえず、今日は俺から離れるな」

 その言葉を神楽が瞳を揺らして聞いているなどと知らない銀時は、城へと車を走らせたのだった。

 

 城へと着いた車はそのまま駐車場へ案内されると、二人は車を降りた。招待客は結構な人数で、車の台数もかなりのものだった。

「なんか、江戸にいる気分じゃないネ」

 普段とはガラッと雰囲気を変えた洋風な城の姿に、銀時と神楽はその目をキョロキョロと動かしていた。

 大手門をくぐり、玄関へと向かう間も飾り付けられたオブジェが非日常を演出していた。それらと隣で歩く神楽の姿がやけに似合っていて、言葉にこそしないが銀時は素直に絵になるなと感心していた。

 その後、玄関で受け付けを済ました二人は、特設会場で配られているベネチアンマスクを身に着けた。目元だけが隠れるそのマスクは、更に銀時に非日常の世界を見せた。

 シルバーのマスクの銀時と、ゴールドのマスクの神楽。それを着けてしまった以上、この場では自分の名を捨てなければならない。

「名前、呼んだら駄目だからネ!」

「それよりも離れんじゃねぇぞ!」

 銀時は神楽の腕を掴むと、人で溢れる会場を歩いた。

 会場にはダンスフロアとは別に立食出来るスペースがあり、そこでは皆が美酒佳肴に酔いしれていた。銀時と神楽はそこを目指すと、普段は食べることの出来ないご馳走にダンスそっちのけで食事をした。

「さっすが、そよちゃんネ! 良いシェフ雇ってるアルナ!」

「とにかく食えるだけ食って帰るぞ」

 そうしてガツガツと食べ進めている銀時だったが、突然誰かに肩を叩かれた。

 振り返るとそこには紫のロングドレスを着たスタイルの良い女性が立っており、やけに紅い口紅が印象的だった。マスクで顔が隠れてるとは言え、その顔立ちは決して悪いものでない事が窺えた。

「えっと、何でしょうか?」

 銀時は突然の事に戸惑った。何かまずかったのだろうかと。しかし、女性の口から出た言葉は以外なものであった。

「良ければ、私と踊って下さらないかしら?」

 銀時はダンスなどリンボーダンスくらいしか知らなかったが、女性と触れ合えるまたとないチャンスに快く承諾したのだった。

「僕で良ければお相手しますよ。なんなら今夜、僕の上でダンスでも洒落込みませんか?」

 そんな原始的なナンパ文句にも女性は上品に笑うだけで、銀時はこれはイケるかも知れないと期待に胸を膨らませた。

 銀時は下心丸出しで女性をエスコートすると、手を握り腰を抱いた。

 

 ダンスなど見よう見まねではあったが、女性のリードのお陰で思いの外楽しいものであった。

 踊り終えた銀時はどうにか女性を繋ぎとめようと、酒でも飲んで話すかなどと考えていた。

 会場の端にあるソファーに女性を残し、酒を取りに行こうとダンスフロアを通りかかった時だった。真紅のドレスを着た一人の女性が目に飛び込んで来たのだ。軽やかな足さばきと、しなやかな動き。素人目に見ても、その踊りが上手いと言う事がよく分かった。更にその女性が神楽であると言う事にも気付いたのであった。

 すっかり忘れてた……。

 銀時の額に汗が滲んだ。

 離れるなと言っておきながら、目先の欲に釣られて神楽から離れてしまったのだ。

 銀時は自分の愚かさを珍しく恥じると、神楽が踊り終わるのを待っていた。

 つーか、相手の男は誰だよ?

 終わったらすぐに連れて来よう。そんな事を思いながら見ていると、踊り終わった二人は体を離すことなく、そのままテラスへと出て行ってしまったのだった。

 銀時は顔を歪めると急いで後を追おうとしたが、人が多すぎて思い通りに動けなかった。

 アイツ、なんで知らねぇ男について行ってんのッ!?

 銀時は神楽が何を考えているのかと、怒りにも似た感情を抱いた。

 どうにか遅ればせながらテラスへと着いた銀時は、神楽の元へ行こうとして思わずその身を柱の影に隠してしまった。何となく出て行きづらい空気を感じたのだ。

 視線の先の神楽と男は、何やらヒソヒソと近い距離で話をしていた。それに銀時は聞き耳を立てた。

「取れなかったら、切っちゃっても良いヨ」

「そうはいかねェだろ」

 どうやらダンスをしていた時に神楽のドレスからほつれた糸が、男の着ているタキシードのボタンに引っかかってしまったようだ。

 なんだよ、驚かせやがって。

 そう思った銀時は、神楽に声を掛けようとして柱の影から一歩前へと踏み出した。

「じゃあ、このまま一緒に帰るアルカ?」

 神楽の言葉に銀時は再び柱の影へと身を隠した。

 神楽の奴、何自分から口説きに掛かってんだよッ!

 銀時は心拍数が急上昇すると、あまりの速さに痛む胸を押さえた。今まで銀時は見たことがなかったのだ。神楽が“女性”として男性と接する姿を。

 見てはいけないものを見てしまったような気分。

 銀時はどうするべきかと悩んだ。何も知らないフリをして出て行く方が良いのか、このまま神楽が男を口説く一部始終を黙って聞いているのかと言うことを。しかし、そうしている間にも胸の奥から急かすように心臓が突き上げて来る。早く出て行けと言わんばかりに。

「アル? もしかして……」

 男の驚いた声が聞こえて、銀時は意識を神楽の方へと戻した。

「万事屋のチャイナ娘か?」

 銀時はその声に聞き覚えがあった。

 確かこの声とあの黒髪は――

「お前! そう言うのは無しダロ! なんの為の仮面アルカ!」

 すると、男はなんの躊躇いもなく目元を隠していた仮面を取った。すると、そこに現れたのは真選組の副長である土方十四郎であった。

 やっばりなッ!

 銀時はそれにどこかホッとすると、今度こそ柱の影から出て行った――が、その肩を銀時は誰かに掴まれ阻まれてしまった。

「こんなモン付けて城の警護に当たれなんざ言われて、丁度嫌気が差してたところだ。テメェとは言え、煙草を吸うきっかけをくれた事には感謝するぜ」

 そう言うと土方は、煙草を取り出し口に咥えた。だが、神楽がそれを取り上げてしまった。

「先にコレ、どうにかしろヨ!」

 銀時はそんな事を言っている神楽に背を向けると、自分の肩を掴む人物を振り返り見た。

 そこにいたのは先ほど銀時とダンスを踊った女性が居たのだった。

「遅いじゃない? どうしたんですか?」

「あっ、いや、それは、まぁ」

 銀時は神楽が気になっていたが、目の前の女性を手離す事は惜しいと考えていた。しかし、そうやってどうしたものかと銀時が贅沢に悩んでいる間にも、神楽と土方は会話を進めていた。

「それよりテメェ、連れはどうした?」

「……知らんアル。どっかでまだ踊ってるんじゃねぇアルカ」

 どこか怒ったような言い方をした神楽に銀時は、神楽を放り出してしまった事を少しだけ申し訳なく思った。

 離れるなと自分から言った癖して、この有様だ。神楽が怒るのも無理のない話だった。

「それで突っ立ってる俺を、無理に踊らせたワケか」

 神楽は何も答えず俯いてしまうと、まだ絡まっている糸を解こうとした。しかし、その手を土方の手が止めたのだった。神楽の顔が上へと向けられた。

「ここじゃあ刀を抜くワケにはいかねェな。警護は総悟達に任せて、ここから出るか?」

 銀時はテラスの端にあるベンチで、マスクはマスクでもふざけたアイマスクを着けて横になっている男の姿を見つけた。

 ちょっと! お宅の総悟くん、寝てるけどォオ!?

 心の中でツッコミはしたが、そんな事よりも銀時は神楽の事が気になって仕方がなかった。

 土方の思惑こそは分からなかったが、あの言葉を聞いた神楽の頬が僅かに紅潮しているのを見てしまったのだ。その瞬間、目の前の女性の事などどうでも良いと、銀時は強く思った。

 誰が神楽を行かせるかよ。

 銀時は話し掛けて来る女性の言葉も耳に入らず、神楽の元へと急いで駆け寄った。

「神楽!」

 すると、神楽の手と土方の手は即座に離れた。それを確認した銀時は、無理矢理に神楽のドレスの糸を引き千切った。こうして土方の体と神楽の体はようやく離れたのだった。

「神楽、ドレスくらいまた買ってやる」

「……銀ちゃん?」

 そうやって見つめあった二人に背を向けた土方は、煙草を口に咥えると何も言わずテラスの向こうへと煙を吐いた。

 これで神楽を取り戻し無事に帰れる。

 銀時は胸を撫で下ろすと、神楽を連れてテラスから室内へと入ろうとした時だった。横から飛んで来た女性に床へと倒されてしまったのだ。

「仮面着けてりゃ上手く行くと思ったのに何なのよ! 途中まではいい雰囲気だったじゃない! どう言うこと? ねぇ、銀さん! 何がいけなかったの? 私が悪かったんでしょう! そうなんでしょう? 言いなさいよ! ぶちながら言いなさいよ! このメスブタがって罵れば良いじゃない!」

 この声は――ダンスの相手をした紫のドレスを身にまとっていた女性は、銀時のよく知っている例の人物であったのだった。倒れた銀時の上で興奮しながらまくし立てる猿飛あやめ通称さっちゃんは、周りが見えていないのか銀時に抱きつくとSMプレイをせがんだ。

 そんなさっちゃんに青筋を浮かべまくりの銀時は、さっちゃんをいつものように投げとばそうとして、自分を見下ろす神楽と土方の存在に気が付いた。

 神楽のマスク越しに見える瞳がとても冷めたものに見えた。

「……もう帰るアル」

「えっ、神楽ちゃんん!?」

 銀時に背を向けた神楽は、隣にいた土方の腕を掴んだ。

「お前、送れヨ。お巡りダロ?」

 すると、土方は銀時を見ながら言った。

「だそうだ。恨むならテメェを恨みな」

「は? ちょっと待てよ! 神楽!」

 二人は銀時に背を向けると、玄関の方へと消えて行ってしまった。

 残された銀時は力の限り、抱きつくさっちゃんを遠くにぶん投げると、神楽と土方の後を追って玄関へと向かったのだった。

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恋に落ちて・下/銀神

 

 人混みを掻き分けて、どうにか玄関を抜けた銀時は、大手門を目指して走っていた。

 土方の言った言葉が癪に障って一発ブン殴ってやりたい気分だったが、全ては自分のスケベ心が招いた結果だ。土方に言われた通り、大人しくテメェを恨んでいようかとも考えていた。なのに、体は勝手に動く。この足を止めることは最早出来ないのだ。

 神楽と土方との間に何かが起こるとは思えなかったが、神楽が女で土方が男である以上、可能性はゼロではなかった。それに神楽は今夜知らなかったとは言え、自分から土方を選んで踊ったのだ。何か特別な感情が芽生えないとも限らなかった。

 銀時は土方がパトカーで神楽を送ると睨み、大手門を出ると白と黒の車を探した。しかし、どこにもパトカーは見当たらない。

 見当違いだったか?

 銀時は神楽を捜して小一時間歩くと、レンタカーまで戻る事にしたのだった。

 そうしてやや憔悴したように見える銀時が、フラフラと駐車していたレンタカーまで戻って来ると、その傍で煙草を吸っている男と真紅のドレスを着た女の姿を見つけたのだった。

「……何?」

 銀時はわざと冷たくそう言うと、一人で運転席へと乗り込んだ。

 サイドミラーに映り込む神楽の姿は俯いており、仮面で表情こそ見えないが今にも泣き出しそうな雰囲気だ。

 何であんな態度なの?

 銀時は無性に苛立った。あんな風にさせた人物はどこの誰なんだと、やり場のない気持ちに、ハンドルに頭を打ち付けた。すると、運転席の窓が叩かれた。

「何だよ」

 銀時は顔も上げずに乱暴にそう言うと、土方が運転席のドアを開けた。

「保護者に送り届けるのが俺の仕事だ。テメェらの都合なんざ知らねぇよ。ほら、乗せてやれ」

 神楽と土方の間でどんな話があったのか、神楽はなだめられたらしく銀時の元へと戻って来たのだ。

「本当、使えねぇな」

 銀時は既にこちらへと背を向けている土方を弱々しく睨みつけた。そして、顔に着けていたマスクを外すと、突っ立っている神楽に声を掛けてやった。

「お前も面倒くせぇな。早く乗れ」

 神楽はようやく顔を上げると、助手席へと静かに座ったのだった。

 

 重い車内の空気。

 エンジンもかけず、静かな車内はどこか息苦しかった。

 銀時はまだマスクも外さずにいる神楽の様子に、土方と何かあったのでは無いかと勘繰った。

「アイツと何かあったの?」

 神楽はその言葉に首を左右に振るだけだった。

「じゃあ、なんで戻って来たんだよ」

 神楽は何も言わなかった。それよりも先ほどからずっと神楽は俯いており、それが何なのか銀時は気になって仕方がなかった。

「……お前さ、美味いもんも食ったし、ダンスも踊ったのに何なの? 楽しくなかった?」

 銀時は隣の神楽の顔を覗き込んだ。だが、マスク越しではその表情の全てを知ることは出来なかった。しかし、神楽の言った言葉が、どうしてそんな態度なのかを表していた。

「銀ちゃんと踊ってないアル」

 思いも寄らぬ神楽の言葉に銀時は、神楽の顔を覗き込んだまま固まってしまった。まさか、神楽がそんな事で機嫌を悪くしていたとは思いもしなかったのだ。しかもそれを正直に隠さず話すなど、どこかいつもの神楽らしくなかった。

「家帰ったら踊ってやるから。サンバでもファイヤーダンスでもコサックでも」

 銀時はそんな事を言って車のエンジンをかけようとしたが、手が震えて上手くいかなかった。

 何がこんなに動悸を激しくさせるのか。

 銀時は隣の神楽を横目で見ると、その大きく開いたドレスの胸元や、さらけ出されている色艶の良い唇に胸の奥が軽く疼いた。

「……だ、だから早く帰るぞ」

 しかし言葉とは裏腹に、体はハンドルを上手く握れないでいた。手汗が酷いのだ。

 銀時は一度神楽から目を離すと、窓の外を見た。

 昂ぶる気分は何のせいなのか。

 銀時は深く深呼吸をすると、目を閉じた。すると、先ほどダンスホールで見た神楽と土方の姿が瞼の裏に浮かんだ。優雅で憎たらしい程に絵になった。それが銀時の口の中に苦味を広げていき、思わず顔を歪めた。

 その景色を作り出したのは誰なのか。自分以外の何者でもないのだった。

「銀ちゃんは楽しかった?」

 突然の質問に銀時は神楽の方を向いた。

 楽しかったかと聞かれると、正直否定はしなかった。だが、今のこの状況に限って言えば、楽しいなどと感じてはおらず、寧ろ息苦しいと思っていた。

 何て答えようか。そんな事を考えていると再び神楽は言った。

「私を放置して、女の人と踊って楽しかったアルカ?」

 その質問にどこか神楽の悪意を感じると、銀時は神楽を見る目を細めた。

「何が言いてぇんだよ。そりゃあ、お前を放っておいたのは悪かったと思うよ? だけどな、ダンスパーティーなんてあんなもんじゃねぇの? 声掛かったら相手をするもんだろ? 現にお前だってさァ」

 そこで神楽が銀時の言葉を遮った。

「私は楽しくなかったネ。それに何ヨ、さっきのあれ。女の人に抱き着かれて押し倒されて。だらしないアル!」

 銀時は神楽の口から出た言葉に目を見開いた。驚いているのだ。まるで嫉妬をしているかのような言葉の数々。今まで神楽がこんな事を言うことなど無かっただけに、銀時は一体何が起こっているのかと、パチパチと瞬きを繰り返した。

「お、お前。本当に神楽だよな?」

 銀時はこの隣にいる人物が神楽かどうかを疑った。マスクを着けて目元を隠しているのだから、実は別人だと言う可能性が存在していた。しかし、神楽に間違いないのだ。この声にスタイルの良さ、オレンジ色の髪に透き通るような白い肌。

 銀時は神楽の顎を掴むと、その顔を自分の方へと引き寄せた。

「こんなもん着けてるからおかしいんだろ。取っちまえよ。もう顔を隠す必要ねぇだろ」

 銀時はそう言って、神楽の目元を覆っているマスクに手を掛けた。

「待ってヨ」

 銀時の手に神楽の手が添えられた。グローブ越しだが神楽の熱が伝わって来る。

「銀ちゃん、待って」

 神楽の声が震えて聞こえ、銀時は僅かに呼吸を乱した。顔が熱くなるのだ。それは神楽の熱い手に触れてるせいなのだろうか。

 銀時はどこか懐かしい感覚に襲われると、言葉を失ってしまった。

 神楽の紅を塗った唇がやけに大人っぽく見える。近い距離だからなのか、花のようないい匂いが鼻腔に広がる。柔らかそうな素肌がほんの少し赤らんでいて、触れるともっと色が着くのかと思うと食指が動く。

 神楽相手に俺は何を考えてんだ。

 そうやって冷静な言葉が頭の中では流れているのだが、見慣れないドレス姿と隠れた顔のせいなのか、銀時の鼓動はどんどんと大きくなる。

 このままでは気が変になる。

 銀時は神楽のマスクを外そうと、神楽の手を振り払った。

「取るぞ」

 そう言って銀時が仮面を取ると、どれくらいか振りに神楽の素顔が晒された。

 独特の青い瞳と長いまつ毛。それが銀時を溶かすように、熱を帯びてそこにはあった。

 取らなければ良かった。銀時は後悔をした。まさかマスクの下の表情がこういったものだとは想像もしていなくて、神楽が見せる初めての顔に銀時は戸惑っていた。

「だから、待ってって言ったダロ」

 神楽は揺れる銀時の瞳に言いたい事を察したのか、紅い頬でそんな事を口にした。

「な、なんだよ。いつもと変わんねぇし」

 銀時は平常心を装いそう口にしたが、声が上ずった。

 もう誤魔化すことは難しい。

 そう思った途端、油断したのか銀時の意識とは別に、神楽の顎を掴んでいる手が紅い頬へと伸びた。そして軽く力を入れると、その顔を更にこちらへと引き寄せた。

 何してんだよ。

 銀時は自分に苛立ちを覚えた。それを抑え込もうと歯を食いしばり目を閉じると、深呼吸を繰り返した。

 馬鹿みたいに、口付けを交わしたいのだ。相手が神楽だと分かっているにも拘らず、そんな事を強く思った。それは銀時も想定外で、煩い鼓動を落ち着かせる方法を模索していた。早く見つけないと手遅れになってしまう。自制心を操るのはそう上手くないのだ。

「銀ちゃん、苦しそうネ。大丈夫アルカ?」

 隠し切れていないのか神楽がそんな事を尋ねた。顔にかかる息が熱い。

 銀時はへへへと気色悪く笑うと、瞳孔の開いた目で神楽を見下ろした。

「大丈夫に見えんのか?」

 鼻先と鼻先が擦れてしまいそうな距離。互いの瞳に映る自分の姿をぼんやりと見つめていた。すると神楽は、先ほど外したマスクを再び顔の前へと持って来ると目元にあてた。

「ねぇ、銀ちゃん。お互い知らなかったって言うのは……どうネ?」

 神楽の言葉に銀時は再び目を閉じた。

 自分を納得させるプランとしては上出来だと。ハッタリだろうが何だろうが、もう止める事が無理ならばそうする外にないのであった。

「お嬢さん、随分とズルい生き方覚えたもんだね。誰に教わったよ」

「どっかの天パ男アル」

 神楽はそれ以上何も言わず、銀時もそれ以上何も尋ねなかった。

 マスクを持っていた神楽の手が銀時の首へと回ると、車のシートの下にひらりとマスクが落ちた。そのマスクと共に全てが剥がれ落ちるように、隠していた心も何もかもが顕になったのだった。

 

 

 

 桂との賭け。その勝敗はもう分かっていた。銀時は期日が来ると、浮かない顔でスナックお登勢へと足を運んだ。

 既に客の入っている店内は、結構な賑わいを見せていた。その声を押さえつけるように、ママであるお登勢が声を上げた。

「いらっしゃい。ほら、ようやく来たよ」

「銀時、遅かったぞ! 逃げるつもりだったんじゃないだろうな?」

 桂はそう言ってカウンター席についた銀時の隣へと腰掛けた。

 銀時はまさかと力なく笑うと、お登勢に酒を頼んだ。

「噂に聞いたぞ。リーダーにパーティー以降、恋人が出来たとな」

「あぁ、知ってた?」

 銀時は苦々しい顔をすると、グラスに注がれた酒に口を付けた。

「貴様の負けだ。銀時」

 銀時はハイハイと頷くと、桂を追い払うように手を払った。それを見た桂は口角を僅かに上げると銀時の肩に手を置いた。

「俺の言った通りになっただろ」

 銀時は鬱陶しそうに桂の手を払いのけると、空になったグラスをお登勢に突き出した。

「で、相手はどんな奴なんだい?」

 お登勢はグラスに酒を注ぐと、煙草を取り出して火をつけた。

 銀時は波並みと注がれた酒を見つめると、片眉を吊り上げた。

「……まぁ、悪い奴じゃねぇとだけ言っておくわ」

「そうなのかい? その割りには浮かない顔だね」

 当たり前だろと銀時は鼻で笑った。

「噂に聞いた話だと、良い加減で金にうるさく、暇さえあればパチンコを打って仕事はしない。そんな男らしいぞ」

「なんなんだいその男! まるで銀時みたいな奴だね!」

「うるせェ!」

 銀時は桂との賭けに負けた事に苛立っていた。まさか負けるとは思っていなかったのだ。銀時の計算だと、二十万円が易々と手に入る筈であった。なのに、その計算は誤算であって、勘定の中に己を含めてはいなかったのだ。

 神楽が恋に落ちた相手――恋人に選んだのは、他の誰でもなく坂田銀時であった。

 舞踏会の夜以降、賭けのことなどすっかり抜けていた銀時は、神楽に求められるがまま身も心も与えたのだった。

「あの神楽が選ぶ男だから、どんな良い男だろうかと思ったのにねぇ」

 銀時は酔っているのか既に赤い頬をしており、大袈裟に話すお登勢を軽く睨んだ。

「どっちにしても今夜は呑め。俺が奢ってやろう」

 そんな桂の嬉しそうな顔に銀時は、余計に顔を赤らめた。

「気持ち悪ぃんだよ!」

 その言葉に桂もお登勢も笑うと、騒がしいスナックの店内が更に少しだけ騒がしくなった。

 

 難攻不落の城。

 それは世間が勝手に神楽を名付けただけであり、誰が攻め込んでも落ちないのは、とおの昔に落ちていたからであった。それを知らなかった銀時は、初めから桂との賭けに負けていたのだ。

 隠すからこそ見える真実もある。

 銀時はそんな事が少しだけ分かったような気がしたのだった。

 

2014/04/11