※一応、16歳くらい(2年後)の神楽さんです。
エモーション/銀神:01
神楽の武器は紫の番傘だけではない。それを知らない銀時は、今日もエクスカリバーをただの棒切れとして扱うのだった。
――だが、それをいつまでも黙って見過ごしている神楽ではない。遂にこの日神楽は勝負に出た。
居間のソファーで寛ぐ、眠たくなるまでの僅かな時間。神楽はそこでここぞとばかりに、胸を脚をとさらけ出した。尻を隠す丈のパジャマの上着だけを身につけて、下のズボンはテキトーな理由をつけて穿くのをやめてしまった。胸のボタンに至っては、上から三つ目までを大胆に外し、銀時の隣に腰を下ろした。
そんな危なげな格好で、一体何をしているのか。他人が見ればきっとそんな疑問を抱くことだろう。しかし、答えはごく簡単で非常にありふれたものであった。自分の“女の武器”を使って、銀時へとアピールするのだ。私はこんなにセクシーで大人で、いい女なのだと。
「ほんっとに暑いアル。ズボンなんて穿いてられないネ」
「じゃあ、もう少し離れたら?」
こっちを見向きもしない銀時は、手にしている漫画を読みながらそんな事を口にした。神楽はそんな銀時のつれない態度に、出すべき言葉を間違えたと今更ながら気付いたのだった。
だが、こんなところで折れてはいられない。今日こそは銀時の目に自分を映してもらって、そのまま恋人に……などと淡い夢を見ているのだ。それを淡い夢で終わらせない為にも、研ぎに研いだエクスカリバーを使いこなさなければならない。このままでは悲しいことに、ただの宝の持ち腐れである。
神楽は気を取り直すと、今度は気取って白い脚を組み替えた。
「ねぇ、銀ちゃん」
大抵の男はこれで振り返るのだ。いつも駄菓子屋の前のベンチで脚を組み替えると、それだけで通りを歩く男達の視線をいとも簡単に独占してしまうのだから。しかし、それは意図してやっているワケではない。勝手に相手が見てくるのだ。だが、今回だけは明確な目的を持ってやっている。
その目に私を映してと――――
しかし、残念な事に銀時の目は漫画の中へと吸い込まれたままだ。
こんなに美人で可愛い神楽さんが隣に居るって言うのに、この天パはあんな紙切れの方が良いアルカ?
神楽はそんな事を思うと、腹が立ってぶん殴りたくもなった。だが、力づくで振り向かせても悲しい事は分かっていると、繰り出したくなる右手をグッと抑えた。
「その漫画、そんなに面白いアルカ? 私にもちょっと見せてヨ」
そう言って神楽は銀時の腕にしがみつくと、胸を……柔らかくてボリューミーな胸を銀時へと押し付けた。それにはさすがの銀時も漫画から目を逸らし隣の神楽を見降ろした。
ゾクリと体に走る刺激に心臓が震えた。堪らないのだ。その瞳に自分だけが映っているかと思うと、悦びを感じずにはいられない。
だか、それを神楽は顔に出さずに唇を軽く噛むと、漫画を覗き込んで銀時の視線に気付かないフリをした。すると銀時は漫画の本を閉じてしまい、ソファーの脇へ置いてしまった。
「なに? お前寒いの?」
そう言った銀時の方へと、神楽は顔を向けた。
「何でアルカ? 寒くなんてないアル」
「じゃー……」
銀時は続きを言わずに、目だけで神楽の掴む腕を指した。
“じゃあ、離れろよ”そんな言葉が聞こえてくるようだった。
確かに言いたいことは分からなくもないが、正直神楽にそんな気など一切ない。離したくないのだ。神楽はそれを伝えるように、より強く銀時の腕に巻きつくと、更に銀時へと顔を近付けた。
胸の奥で芽吹いた想いが、日に日に大きく成長して、今ではすっかり花を咲かせてしまっていた。それが実を結ぶか散るか、全ては銀時の気持ち次第なのだ。それならば、実が結ぶように最大限の努力はしたい。使えるものは使ってその結果、不埒な関係から始まったとしても厭わない。神楽はそんな事を大真面目に思っているのだった。
「……別に減るもんじゃねーダロ」
神楽は頭を銀時の肩に乗せると、そんな言葉を口にした。その頬は赤く、普段の神楽ではあまり見ることの出来ない表情であった。
銀時はそんな神楽を一瞬チラリと見はしたが、すぐに神楽の腕を解こうと体を向こうへ押しやった。
「減るもんも無えけど、増えるもんも無えだろ。銀さんの財布の中身見てみ? ほら、空じゃねぇかバカヤロー」
神楽はここまでやっても銀時をこちらに向かせる事が出来ず、さすがに泣いてしまいたい気分であった。ハッキリとキッパリと振られたワケではないのだが、銀時の態度を見るに――ほぼそれに近い形であった。
「そうアルナ。こっちの“アル”はそんな錬金術使えなかったネ。ちょっと作品間違えたアル」
見るからにシュンと元気を無くした神楽は、やや俯き加減で銀時から離れた。
上手くいかないから恋愛は面白い。なんて事は思えずに、やはり好きな男に相手してもらえなければ、いくら美人でモテても淋しいのだ。
神楽はへこんだままソファーから立ち上がると、何を思ったのか銀時が神楽の腕を掴んだのだった。神楽は思わぬ銀時の動きに涙目でその顔を見ると、眉間にシワを寄せ、どうも具合の悪そうな表情をしていた。
「な、何アルカ?」
すると銀時の目が泳ぎ、ぶっきらぼうな言葉が投げ出された。
「お前がフツーに座るなら、隣に居ても良いっつーか」
そう言って銀時は頭を掻いた。言ってる内容と態度を見るにそれは照れ隠しのように見えた。
もしかして、私の気持ちを受け止めようとしてくれてるアルか?
神楽はそんな銀時の言動に優しさを感じると、沈んでいた心が再び浮上したのだった。
「銀ちゃん、もしかして寂しいネ? 素直になれヨ!」
そう言って神楽が笑いかけると、銀時は神楽から手を離して大声を上げた。
「あーうるせェ! おめぇは黙って座ってろ!」
神楽はもうすっかり笑顔になると、あと少しだけ銀時の隣に居ることを選んだのだった。とは言っても中途半端な優しさに、神楽はもどかしさを感じずにはいられなかった。嬉しいのだがどこか複雑だ。まるで自分に少しは気があるかのように思えてしまう。ほのかな期待。ただ隣で座っているだけでは、正直言って満足しない。
神楽はフツーに座って云々と言われたが、早速銀時の隣にピッタリと引っ付くと顔を覗き込んだ。
「これは私にとっての普通アル。銀ちゃんのフツーとは、ちょっと差違があるネ」
「へー、ジェネレーションギャップ? いや、これがカルチャーショックか! ってなるワケねーだろッ!」
銀時は遂に頭を抱えてしまうと、何やらブツブツと独り言を呟いていた。神楽は両腕を組んで首を傾げると、そこまで悩ませる事はしていない筈だと不思議に思っていた。
確かにこの自慢の“悩殺ボディー”で誘惑しようと必死ではあるが、銀時がそれに惑わされる事は無い筈で。今までだって散々あしらわれて来た。それなのに今日だけ効果があるとは思えないのだ――――いや、もしかすると地味に効いていて、それが日々蓄積され今日と言う日に効果を発揮したのかもしれない。ならば、このチャンスをみすみす逃してなるものかと、神楽は慌てて銀時の肩に手を置いた。
「えっと、銀ちゃん」
「あーもう、マジでお前何なのッ!?」
半分キレ気味の銀時は背中を丸めたままこちらを見ると、神楽のことを睨み付けた。だが、そんな銀時に怯むことのない神楽は、自分の綺麗な顔と可愛い声を駆使するとスパートをかけたのだった。
「今日は……銀ちゃんの隣で寝ても良いアルカ? 押し入れじゃ暑くて眠れないアル」
こちらを睨み付ける銀時の額に、脂汗が滲むのを神楽は見逃さなかった。
効果絶大ネ。
神楽は銀時の腿に手を移動させると、少しだけ前屈みになった。そして、ご自慢の悩殺ボディーをパジャマの首元から覗かせた。
「銀ちゃん? 聞いてるアルカ?」
「あー……聞いてる聞いてる」
まさに、効いてる効いてるである。
銀時の言葉が神楽の胸の谷間へ呆気無く吸い込まれてしまうと、室内は急に静かになった。ゴクリと銀時の唾を飲み込む音だけが聞こえる。神楽は勝ち誇った気分になると、長い髪を揺らして微笑んだ。
「じゃあ、そろそろ寝ようヨ。銀ちゃんも眠いデショ?」
神楽は銀時の血走る目には気付いていた。微塵も眠たいと思っていないような興奮した瞳。心なしか聞こえて来る呼吸音も荒い。すると銀時は、また何やらブツブツと独り言を喋り始めた。だが、今度はその言葉がハッキリと聞き取れた。
「いやいやいやダメだろ。マズいだろ。この状態で隣はアウトでしかねーよ。俺は大丈夫か? 大丈夫なのか? 寝れんのか? いや、これは……」
銀時の視線が神楽の胸から顔へと移動した。そのせいで目と目が合って視線がぶつかった。
「無理だろ」
ボソリと言った銀時は、またしても頭を抱えたのだった。神楽は後もう一押し何かが必要だと、丸まった銀時の背中を見ながら考えていた。
もう結構、銀時は揺れている筈なのだ。少なくとも神楽の事を女として意識している事は分かる。だが、そこに気持ちがあるのか、または手を出すのかと言うことは別の話なのだ。しかし神楽は案外前向きで、既成事実を作ってしまえばどうにでもなると、パピーとマミーの事を考えながら思っているのだった。
とにかく銀時を今夜中に落としてしまわなければ。これ以上のチャンスは、もう今後二度と訪れる事はないのかもしれない。
そんなのは嫌アル!
神楽は勢い余ると、銀時の体を無理やりにソファーへ押し倒したのだった。
「お、おい! かぐらァ?」
明らかに焦っている銀時の声。しかし、銀時の腹に馬乗りになった神楽も、また同じように焦っていた。こんな事をしたは良いが内心ドッキドキで、心臓が今にも破裂してしまいそうであった。
「えっと、あ、アレ? 私、寝ボケてるアルカ?」
「知らねぇよ! つか、下りろッ!」
しかしこうなってしまった以上、やれるだけの事をして突き進むしかない。そんな判断を下した神楽は銀時の顔へと自分の顔を近付けた。
今から自分が何をしようとしているのか、そんな事はもう察している。銀時もそれを察しているのか、急に黙ってしまった。
二人の顔の距離は今迄にないほどに近い。ここまで近づいたのはどれくらい振りだろうか。数年前に頭突きをして以来、全くないような気がしていた。それはやはり二人が、互いの事を意識するようになってしまったからだろうか。
このままキスしちゃっても良いアルカ?
神楽は口を閉じてしまった銀時に鼓動が速まった。
「銀ちゃん……」
自然と零れる愛しい男の名前。それに続く言葉はたった一つなのだ。
「好きアル」
神楽の桜色の唇からそんな言葉が紡ぎ出されると、銀時は眉間にシワを寄せて目を閉じた。
「……お前、それはダメだろ。どーすんだよ」
怒ってるような口振り。険しい表情。なのに、その頬は赤く染まっていた。それが何を表すのか。分かりそうで分からない神楽は、その歯痒さに下唇を軽く噛み締めた。
「ンな顔すんなよ。神楽、下りろ」
いつになく真面目な顔と声で銀時はそう言うと、神楽は大人しく引き下がるべきかどうか悩んだ。だが、どう言う理由でダメなのか。それを尋ねる権利くらいはある気がした。その答えを聞いてから下りたって良い筈だ。
神楽は体を起こすと銀時を見下ろした。
「じゃあ、教えてヨ。なんで駄目アルカ? 納得いかんアル」
「なんでってお前なあ……」
銀時は頭の後ろで両手を組むと、天井をボンヤリと見つめた。
「お前は勘違いしてんの。一番身近にいるオッさんに恋しちゃった気になってるだけで、後々後悔すんのが目に見えてんだろ」
「ンなワケないダロ! 勘違いだったらこんなに何年も何年も好きじゃないアル!」
銀時は大袈裟に溜息を吐くと、神楽の顔を見た。そして腹の立つような、何処かバカにしたような顔をした。
「言うね、神楽ちゃん。だけどな、考えてみろ」
銀時はソファーに手をついて上半身を起こすと、神楽を真っ直ぐに見て言った。
「オッさんの上に金は無えし、趣味はパチンコで犯罪歴だけは無駄にある。そんな野郎に誰が可愛い可愛い神楽ちゃんをやるってんだよ。お前の親父に殺されるわ」
自分の事、よく分かってるジャン。そんな風に思った神楽だったが、それは言わずに飲み込んだ。だが、言いたいことは山ほどあって、黙っている事は出来なかった。
「パピーが怖いからダメだって言うアルカ? パピーだって、私が銀ちゃん好きな事には気付いてるアル。今更、何も言わないネ」
「えっ、気付いてんの? その上で俺に預けてんの? 試されてんの俺?」
試されていたとしても、監視カメラを付けているワケではない。二人に何かあったとしても言わなければバレないのだ。それは銀時だってオッさんなのだから理解している筈だ。なのに、何を怖れているのか神楽には全く分からなかった。
「この際、ハッキリさせるアル。銀ちゃんは私のこと……どう思ってるアルカ?」
仲は悪くないと思っている。それに先ほどの神楽の体を見る目付き。あれも悪いものではなかった。しかし、それが神楽への愛情かどうかは分からないのだ。家族や仲間としての愛情なら感じるのだが、恋愛としての愛情もあるのか、ここまで来たなら知ってしまいたかった。たとえ振られる事になろうとも、もう怖くはないのだった。
銀時は神楽から目を逸らすことはなかった。静かに真面目な顔をしている。
「神楽……」
低い声が神楽の名を丁寧に呼んだ。それだけなのに神楽の体は痺れて、心拍数が上がる。
「覚悟は出来てるネ」
「そうか、じゃあ――」
銀時は神楽の耳元に顔を近づけると、柔らかい声でそっと囁いた。
「ちょっと先にう○こ行って来て良い? 緊張して腹が痛えんだけど」
最悪。
神楽は遂に銀時へと拳を繰り出してしまった。まさか、そんなふざけた事を言われるとは思ってなかったのだ。もう我慢ならない。神楽はソファーから立ち上がると、頬を摩っている銀時を涙目で見下ろした。
「どこでも好きな所に行って来れば良いダロッ!」
「いや、トイレしか行かねぇけど? つか、人ん家じゃ落ち着いて出来ねぇだろ」
神楽はもう一度だけ銀時を殴ると、ワンワンと子供のように泣きながら玄関へと走って行った。
出て行ってやる。神楽は真面目に向き合ってくれない銀時に腹を立てていた。どうせトイレなんて言って飲みに出掛けるに決まっているのだ。そうして結局、この話は有耶無耶にされて無かった事になる。だったら今日は私から出て行ってやろう。神楽はそんな事を思っていた。
しかし、慌てて神楽の後を追って来た銀時に、神楽は玄関の戸の前で捕まってしまった。
「待て待て待て待て!」
「離せヨ! アホ天パ!」
「誰が天パだッ! ってあれ? 本当だ。俺、天パだった」
銀時はそんな事を言いながら、暴れる神楽を後ろから抱き締めてしまった。急の事に神楽は動きを止めると、自分の体に密着している銀時の腕を見つめた。
「な、ななな何してるアルカ!」
「あれ? こうして欲しかったんじゃねーの? まぁ、良いわ。あのな、神楽」
銀時は神楽から離れずに話を続けた。
ふざけたかと思えば、急に真面目になって。神楽はそんな銀時に全くついて行けずに、ただ心臓をバクバク言わせているだけであった。
「一番良いことは、そりゃあ……まぁ、惚れた女を己の手で幸せにする事だろ?だけどな、出来ない事が分かれば男ってのは、勝手に願っちまうんだよ。良い男を見つけて幸せになれって」
「……なんだヨそれ。ホント馬鹿アルナ」
すると銀時は小さく笑った。
「馬鹿じゃねぇ男なんていねーよ」
知っている。神楽はそんな事は随分と前から分かっていた。父親に始まり兄、そして銀時。どいつもこいつも勝手で本当に馬鹿であった。しかし、そんな男達を神楽はいつまでも想い続けているのだ。何年経とうが忘れることなくずっと。
「だったらお前も、女の忍耐強さを知ってるアルカ?」
神楽はそう言うと、体の向きを変えて銀時の方へと振り返った。
「たった数年くらいで幸せに出来ないなんて決めつけんナ。一生かけて幸せにしてみろヨ。それでも無理だったら、来世で幸せにしてみろヨ! 私はそれくらい平気で待てるアル」
銀時は神楽をいつもと変わらない顔で見下ろしていた。それが何を意味するのか分からない神楽は、言いたいことを言ったにも拘らずスッキリとしなかった。
「……だから、銀ちゃんの気持ち教えてヨ」
神楽は銀時の腕の中で顔を伏せると、弱々しい口調で言った。すると、銀時は神楽の体を更に強く抱き締めて、隙間が無いほどに密着した。
「じゃあ教えてやるよ。お前がンな格好で俺に乗っかるもんだから、すぐにでも布団に運んで×××したり、もっと言えば××××されたかったんだよ。もうここまで言や分かるだろ?」
神楽は真っ赤な顔を上げる事なく小さく頷いた。まさか銀時が真面目なフリをしながら、そんな事を考えていたとは思いもしなかったのだ。
「でも、勘違いすんな。てめぇが成人するまで、銀さんは手もナニも出さねぇって決めてんだよ。だから誘惑したって無駄だからな」
その言葉に神楽は驚くと、まだ赤味の引かない顔を銀時に向けた。
先ほど忍耐強いとは言ったものの、それは“幸せ”と言う曖昧な夢を追いかける話に限ったことで、愛し合っていながら四年も待つなど、神楽には到底我慢出来そうにないのだった。
「せめて十八にしてヨ! 十八歳になったら手もナニも出して良いから! お願い銀ちゃん!」
銀時は神楽の言葉に顔を歪めると、神楽はを抱き締めていた腕を解いて背中を見せた。
「まぁ、お前がそうまで言うなら十八歳って事で手を打ってやるよ」
思いの外、簡単に年齢を引き下げた銀時に、神楽はこれはイケると睨んだ。銀時は誘惑したって無駄だと言ったが、無駄かどうかはやってみなければ分からないのだ。
神楽は銀時を追い越すと正面に回った。そして後ろ手を組むと、軽く首を傾げた。
「銀ちゃん、ありがとうアル。じゃあ、そろそろ寝ようヨ?」
「あ? え? マジかよ」
神楽は何も言わずに微笑むと、銀時の腕を引っ張って寝室へと向かったのだった。
暗い寝室に二組の布団。神楽と銀時は、襖の前でそれを見下ろして立っていた。
「……今日は居間で寝るわ」
「なんでアルカ?」
明らかに動揺の色を隠せない銀時を神楽は上目遣いで盗み見ると、ニヤけそうになる顔を必死に隠した。
「布団で寝なきゃ疲れ取れないアルヨ?」
「いや、お前。どっちみち寝れねーよ」
そんな事を言う銀時にじゃあ布団で寝ようよと、神楽は腕を引っ張った。それには渋々と銀時も従うと、自分の布団へと寝転んだ。
神楽も銀時の隣に敷いた布団に横になると、隣で横たわる銀時を見つめた。そのせいで大きく開いたパジャマの首元から、神楽の零れそうな柔らかな胸が形を変えて覗いている。それも計算尽くの神楽はゆっくり銀時に近付くと、遂に銀時の布団へ侵入したのだった。
「銀ちゃん、ちょっと聞きたかったアル。手を出さない意味は分かるけど、ナニって何のことアルカ?」
「Z~Z~Z」
突然寝息を立て始めた銀時に、神楽はそれを狸寝入りだと見破っていた。反対にそれを利用して更に銀時に近付くと、神楽は小声で尋ねてみた。
「ナニって分かんないけど、キスは十八歳まで待たなくて良いってことアルナ?」
すると銀時の目が開き、神楽を布団から追いだそうと体を押したのだった。
「バ、バカッ! するわけ無えだろ! あっち行けッッ!」
「あ! やっぱり寝てなかったネ! ナニが何なのか教えろヨ!」
二人は狭い布団の中で押し合いをすると、遂に掛け布団を蹴飛ばした。そうなったら眠ってなどはいられず、布団の上に体を起こして向かい合ったのだった。
「だああああ! 寝れねーよッッ! お前さっきから何なの? 絶対寝る気ねぇだろ!」
「銀ちゃんこそ、眠くもないのに狸寝入りぶっこいて酷いアル!」
銀時は胡座をかいて項垂れると、どこか芝居がかった溜息を吐いた。
「分かった、教えれば良いんだろ? ナニってのは舌のことだ。分かったらもう寝ろ」
そう言った銀時はこちらに背中を向け横になると、納得しない神楽を無視して眠ろうとしていた。
そんな銀時を呆れ顔で見ている神楽は考えていた。本当にナニとは舌の事なのだろうかと。銀時はああは言ったが、神楽は信じてなどいなかった。何故なら今からする事で、それが嘘だと判明するからだ。
神楽は銀時のすぐ背後に迫ると、目を閉じている銀時の横顔を覗き込んだ。
「舌出さないキスならしても良いって事アルナ?」
案の定、銀時の片目が開かれた。
「……トンチやってんじゃねぇんだよ。そういうの全般が十八歳までダメだって言ってんの」
それだけを言うと銀時の瞼が再び閉じた。頬を膨らませた神楽は、つまらないと体を横たえて銀時の背中へとしがみついた。そして、白い脚を後ろから銀時のものと絡めたのだった。
「十六歳から結婚して良いのに、そんなのおかしいアル」
しかし、もう銀時の目が開かれる事はなかった。なかったが、口だけは動いて神楽に言い返した。
「ンな事言っても世間は、十六の女をガキだって認識してんの」
世間だの常識だのと、普段は不真面目な銀時の口から出る事にどうも納得のいかない神楽は、銀時の背中に更に体を押し付けた。
「これでもまだガキだって言うアルカ?」
正直、ガキなどとは程遠い豊満な胸をしていた。いや、胸だけじゃない。細くくびれた腰やすらりと伸びた四肢だって、子供のそれとはもう随分とかけ離れていた。
しばらく黙っていた銀時だったが何を思ったのか、こちらへと正面を向けたのだった。
「あんまりお前がうるさくて眠れねぇから、一回だけなら……まぁ、その……しても良いけど」
神楽はその言葉に数回瞬きを繰り返すと、唾をゴクリと飲み込んだ。遂に夢にまで見た、唇を重ねる瞬間が訪れようとしているのだ。心臓が痛いくらいに激しく動いていた。
「じゃ、じゃあ、本当にするからナ」
「……おう、来いよ」
銀時は目を閉じたまま微動だにしない。神楽はそんな銀時にゆっくり近付くと、僅かに顔を傾けて銀時の唇へ自分のものを押し付けた。ゆっくりと重なる唇。熱を共有し、鼓動が同調するような錯覚に陥る。
目眩がしそう。神楽は再びゆっくり唇を離すと、真っ赤な頬で銀時の顔を見た。すると銀時も目を開けており神楽を見つめた。目と目が合って、ピリッと痺れる。神楽は堪らなくなって、もう一度だけ唇を銀時へと引っ付けた。
先ほどよりも互いの呼吸が荒くなっている。体温も上がっているようだ。息を吸うたびに脳が気持ち良くなって、離れることを拒んでいるのが分かる。しかしいつまでもしていると、今度は本当に意識を失ってしまいそうだ。名残惜しかったが、神楽はゆっくり唇を離すと瞼を開けた。
すると今度は怒ったような顔をした銀時が神楽を見ていた。どこか目に強い光を感じる。
「一回だけだつっただろ! 何勝手に二回もしてんだよ! お前バカなの? 銀さんの気持ち分かんねーのッッ!?」
そう言った銀時は、急に神楽の体を仰向けに押しやると上に覆い被さった。
「こうなりゃ三回も百回も変わんねーよな?」
「そうアルナ。きっと千回も億回も同じアル」
銀時はフッと笑うと、さすがにそれは唇が死ぬわと言って神楽の顔へと近付いた。あとはもう何が起こるのか。神楽も銀時も疼く唇に従順に従うだけであった。
2014/06/25
以下、あとがき。
リクエストありがとうございました。
銀時に振り向いてもらいたくて頑張る神楽と、神楽の幸せを願って苦悩する銀時を自分なりに書いてみました。
ですが、ちょっと大人な銀時にならずに申し訳ないです。
今度リベンジしてみようと思いますが、書いてる人間の頭脳が子供なので何とも。
でも、書いていてすごく楽しかったです!迫る神楽最高ですよね!
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