※沖神は沖田✕5年後神楽

お題:温もりが消えていく/銀神(3z)

 

 高校教師である銀八は、放課後の茜色に染まる教室で窓の外を眺めていた。

 今さっきまでこの教室に居た生徒の神楽は、同じクラスの新八と共に家へ帰ろうと校庭を歩いている。

 その様子を銀八は目に映しながら、疲れた表情で歯をこぼした。

「呑気に笑いやがって」

 校庭を歩く神楽は新八と何を話しているのか、腹を抱えて笑っていた。

 決して品が良いとは言えない、大口を開けた笑い顔。だが、その瞳は輝いて見え、偽りのない美しさがそこにはあった。それはどんなに金を積んでも手に入れることの出来ない、神楽だけが持つ宝石だった。しかし、銀八はそれを欲しいと望んでしまったのだ。

 銀八は、まだ仄かに温かい自分の左腕に目をやった。

 つい先ほどまで神楽がこの腕を掴んでいて、人の気も知らずにその笑顔は銀八にだけ向けられていた。それを本当は嬉しく思い、だが教師という立場上カオには出せないでいた。本心は抱き締めたくて堪らないのに。

 鬱陶しいなどと悪態をついて気持ちを隠す度に、銀八は自分の心をナイフで突き刺している気分だった。 胸が張り裂けるように痛む。

 銀八は着ている白衣のポケットに手を突っ込むと、暮れだす空に身震いをした。

 もうすっかりとその体は冷めてしまったのだ。左腕を掴んでいた神楽の温もりは、ビルの谷間に沈んでいく陽と共に消えてなくなった。それが寂しくもあり、どこか嬉しくもあった。確かに神楽の熱が、この腕に存在したという証明のような気がしたのだ。

 銀八は教室の戸締りをすると、誰もいなくなった校舎を神楽の事を思いながら歩いた。

 いつか掴まえる事が許される日まで、神楽が誰のものにもならない事を今は祈るしかない。それは簡単な事ではないが、堪えるしかないのだ。銀八が教師である限り。

「銀ちゃん!」

 廊下の向こうからこちらへとやって来る生徒がそう声を上げた。

 銀八は顔を上げると軽く首を傾げた。

 神楽?

 どうやら引き返して来たらしく、赤い鼻先で息を切らしてこちらへと走って来た。先程まで隣にいた新八の姿はなく、銀八は何事だと不思議に思った。

「何だよ。お前、帰ったんじゃねーの?」

 神楽は銀八の元まで来ると呼吸を整えた。

「今日、先生に借りてた消しゴム、返すの忘れてたネ」

「……あぁ、そういや貸したな」

 神楽は鞄から小さな消しゴムを取り出すと、銀八の白衣のポケットに突っ込まれている手を引っ張った。そして、銀八の手に消しゴムを握らせると神楽は笑った。

「銀ちゃんの手、あったかいアルナ」

 銀八はゴクリと唾を飲み込むと、自分の手を握る神楽を揺れる瞳で見下ろした。

 手の熱が神楽に吸い取られて行く。触れ合う肌が心地よく、思わず握り返したい衝動に駆られた。

「じゃあナ、先生! また明日!」

 別れを告げる神楽に銀八は何も言葉を口にする事が出来ず、走り去って行く背中をただ見ているだけだった。

 なんて事、してくれんだよ。

 自分には出来ない事を軽くやってのける神楽に、銀八は情けない表情を浮かべていた。

 左手にまだ残る神楽の熱。しかし、それは徐々に徐々にと銀八から消えていく。だが、今日は目に見える形で神楽が熱を与えた証があった。

 銀八は手のひらを開いて返された消しゴムを見つめた。

“大好き”

 消しゴムに油性ペンで書かれた可愛い文字。

 銀八は困ったような顔で笑うと、それをポケットへとしまった。

 肌に触れた熱は消えていく。しかし、銀八の心はいつまでも温かいままであった。

 

 


 

お題:僕と幸せになりませんか/新+神

 

 木3の役。木1は長谷川さんで、木2は山崎さんで、木3が僕だ。なんの話かと言えば、文化祭でウチのクラスがやる劇の配役だ。

 木って何だよ。背景なんて段ボールででも作ってろ。

 そんな事を思わずにいられなかったが、決まってしまったものは仕方が無いと、僕は木3として舞台に上がるのだった。

 劇のストーリーは、美しい姫が魔女に毒リンゴを食べさせられて――そう例のアレだ。

 主役の美しい姫は姉上で、その姫をキスで目覚めさせる王子様は九兵衞さん。毒リンゴを渡す魔女は神楽ちゃんで、7人の小人はその他諸々であった。

 芝居の出来は何とも学芸会レベルではあったが、僕や長谷川さん、山崎さんの好演ぶりが噂となったのか客入りは悪くなかった。

 こうして芝居は順調に進み、いよいよクライマックスが迫った。白雪姫には欠かせない、姫と王子のキスシーンに差し掛かった時だった。

「お妙姫ッッ! 貴女を目覚めさせるのはこの俺だァア!」

「若王子ッッ! やっぱりこのゴスロリ衣装に着替えて下さいッ!」

 声が聞こえたかと思えば、ほぼ全裸のゴリラと東城さんが、舞台の上の姫と王子目掛けて襲いかかった。

「永久の眠りに就け! このケツ毛ゴリラァァア!」

 それまで棺の中で眠っていた姫……姉上は体を起こすと、飛び掛かって来たゴリラの顔面に拳を叩きつけた。

「委員長を放し飼いにしたの誰だよッ!」

 ぶっ飛んで行った近藤さんを見て隣の木2……山崎さんが苦い顔をしていた。

「あーあ、やってられねぇよ。だいたい木の役なんてもらったって、なんのスキルも磨けねぇんだから。俺ァもう辞めた」

 木1である長谷川さんは突然ヤル気をなくすと、持っていた枝を投げ捨て舞台を降りた。

 木の役すら務まんねぇ奴にスキル云々、言う資格ねーよッ!

 そんなツッコミは心の中にしまって、僕は木3の役に徹した。しかし、既に芝居は狂いだしており、最早何の劇なのか分からない状態だった。

 ゴリラを抹殺する為に目覚めた姫に、ゴスロリ衣装を引き裂く王子。

 棺を囲んでいた7人の小人を見れば、そちらも勝手気ままにやりたい放題だった。

「土方さん、とりあえずこの棺の中に。あとは俺が釘を打ち……手を打っておきまさァ」

「総悟! テメェ、俺を殺す気だろ! ふざけんなッッ!」

 揉み合う沖田さんと土方さん。その混乱に乗じて、さっちゃんさんはボンテージ姿で銀八先生の名前を叫び、桂さんはエリザベスと2人でロミオとジュリエットを始めていた。

 こんなカオスな状況で、僕はツッコミをする事もなく、木として舞台の真ん中でスポットライトを浴びていた。

 客席に目をやれば、案の定ドン引きしている。

 このままじゃ、席を立つのも時間の問題だ。どうにか芝居を続行させないと……だが、僕は所詮ただの木。脇役どころか背景だ。何が出来るって言うんだよ。

 そんな時、僕の肩に誰かが手を置いた。

「このリンゴ、なかなか美味いアルナ」

 見れば魔女の姿をした神楽ちゃんが、呑気に笑ってリンゴを食べていた。

 これはもう白雪姫でもなんでもない。姫の拳は既に血みどろだし、だいたいゴリラなんて出てこねーし。王子は……あっ、今更キス出来なかった事嘆いてるよって、それよりもあのメスブタは何やってんだよォオ!

 僕は大きな声でツッコミたかった。いい加減にしろと。きっとそれがこの舞台のオチだ。僕が一言突っ込めば、客は喜劇だったと捉え、幕は無事に下りるだろう。

 僕は眼鏡を指で押し上げた。

「いっ……」

「なぁ、新八。あとで模擬店の焼きそばとたこ焼きとカレー奢れヨ」

 僕は何だがもう全ての事がどうでも良くなった。

 奢る金なんてそんなにない。だけど、女の子と文化祭を回れるならと少し心が浮つく。

 このチャンスを逃せば後がない。僕の高校生活最後の文化祭は、またタカチンと2人で周る事になってしまうのだから。

「分かったよ、神楽ちゃん」

 僕は文化祭にしてもこの劇にしても、いつだって地味な背景で主役にはなれなかった。だけど、今ならこの舞台で主役をかっさらう自信がある。

 舞台上を見るも、誰も芝居をしていなかった。一生に一度きりのこの時間。ならば、たとえ一人芝居だろうと僕が演じてやる。志村新八というこの人生の主役を――

 僕は傍の魔女の手を取った。そして舞台の真ん中へ出て行くと、大きな声で言った。

「魔女さん! 復讐などはやめて、僕と幸せになりませんか?」

 僕の放った台詞に舞台の上からも下からも視線が突き刺さった。

「木が喋んなァァア!」

 その日、僕は理不尽と言う言葉の意味を、身を以て知ったのだった。

 

 


 

お題:ビロードのような舌触り/沖神

 

 飲み干してしまいたい。芳醇なワインのような香りと深紅のルージュ。

 沖田は今まで飲んだどんな酒よりも、目の前の女が好物であった。しかし、彼女はつれない素振りで、自分に覆い被さる沖田に横顔を見せていた。

 彼女――名を神楽と言い、万事屋で働く夜兎族の少女であった。沖田とは何とも言えない関係で、だがこの町でそんな男女など腐るほどにいた。寧ろ、確約のないこの関係に沖田は少しのスリルを感じていた。

 気が向いた時にだけ。そんな神楽の不確かな言葉にも、沖田は胸を弾ませるのだった。

「なぁ、おい。今日もまさか駄目だなんて言わねぇだろうな?」

 沖田は自分の下でこちらを見向きもしない神楽に尋ねた。しかし神楽はやはりこちらを見る事はなく、ずっと顔の左側を沖田に向け続けていた。

 沖田はそんな神楽に薄笑いを浮かべると、神楽の視線の先に顔をやった。

 覗きこんだ顔はやや赤く見え、神楽が照れている事が窺えた。

「なんでィ。テメー、その顔」

 すると、神楽の顔がこちらに向き、白い手が力強く胸を押した。

「うっさいわね。少しはあんたに付き合っても良いかななんて思ったけど、もういいわよ」

 しかし、沖田は神楽の上から退かなかった。実はここまで迫ることが出来たのは初めてで、この機を逃せばもう二度と神楽を上から眺める事など不可能のように思えたのだ。

 まだこの口に含んだことのない、熟した果実のような赤い唇。それを沖田は味わってみたくて仕方がないのだ。だが、そう簡単に神楽は許さない。

「早く下りてくれないかしら。その鼻、噛み千切られたくなければね」

 沖田はその言葉を聞くと、待ってましたと言わんばかりに口角を上げた。

「なら、やってみろィ。その前にテメーの唇奪ってやらァ」

「はぁ? 何それ。そんな簡単に盗れるとでも思ってんの?」

 神楽はそう言うと、沖田の首に巻かれているスカーフを強く掴んだ。それによって沖田の顔が神楽に近付く。

 深く息を吸い込めば、目が眩みそうな程に神楽の匂い鼻腔に広がる。それが沖田を惑わす。

 今すぐにでもその生意気な口を塞いでやりたい。

 だが、簡単に沖田に屈する神楽ではなかった。神楽は沖田を自分の体の上から退かせようと、今度はチャイナドレスのスリットから伸びた脚で体を押した。白い腿が薄暗い部屋でも妖しく浮かび上がっていた。

「足技まで使うのかよ。余裕ねーな」

「いい加減にして! 本気で蹴るわよ!」

 神楽は声を荒げると、沖田への苛立ちを隠さなかった。

 だが、沖田はそんな神楽も想定内だと顔色一つ変えなかった。

「べらべらとよく喋る口でさァ」

 そろそろ本気で黙らせたい。

 神楽の自分を蹴り上げようとしている脚や間近に迫る唇。沖田はそれを自分の思うがままにしてしまいたいのだ。

 沖田は神楽の首元に顔を埋めると小さな声で言った。

「これくらいで目ェ回すなんたァ、テメーもお子様だな」

「……言ってくれるじゃない」

 そう言った神楽は沖田の体を蹴り上げようとしていた脚で、その体を固くホールドした。

「別にあんたを好きなんて言ってないんだから。勘違いしないでよね」

 沖田の目を見てそんな言葉を吐いた神楽だったが、沖田はニヤリと口元を緩めた。

「そんな陳腐な言葉、俺はいらねぇや」

 そう言って沖田が神楽に近付けば、熱い息が神楽の唇に当たる。それを擽ったいと思ったのか、神楽は軽く身を捩ると瞼を閉じた。

 重なる唇が互いの熱を共有し、絡み合う唾液が舌を溶かそうとしていた。

 早熟な女の香りが沖田を惑わし、ビロードのような舌触りに胸を熱く燃え上がらせた。

 一つになってしまいたい。

 だが、それはまだ駄目だと神楽がまたそっぽを向いた。

「これ以上したら……」

 しかし、たとえ蹴られてしまっても構わないと、沖田は再び神楽の唇を塞いだのだった。

 

2014/02/08