■リクエスト

3z銀神(+銀←月)

※R18


ストロベリーデイズ/銀神(+銀←月)

 

高校の担任である坂田銀八との生活はまるでストロベリークリームのようだ。キスから始まりキスで終わる。学校では嘘をついて過ごす分、家での二人は溶け合ったストロベリークリームの如く、甘く酸っぱく混ざり合っているのだ。神楽は同棲するアパートの風呂場で銀八との日々をぼんやりと考えていた。体についているボディーシャンプーの泡ですらどこか甘い香りがする。

「ただいま」

銀八が帰ってきた声が聞こえた。

「おかえりアル」

風呂場から声を上げて返事をすれば、銀八が風呂場へとやって来た。すりガラスに銀八のシルエットが浮かぶ。そして着ているシャツを脱ぎ……どうも入ってくるつもりらしい。神楽はもうっと軽く膨れてみせたが嫌なわけじゃない。

「上がるまで待っててヨ」

「良いだろ? どうせ上がったら汗だくになんだからよ」

そう言って眼鏡を外し入ってきた銀八に神楽は頬を染めた。今から始まるストロベリータイム。とても甘く、ちょっと苦しく、だけど大好きな二人だけの時間。二人はすぐにその苺色に染まった肌を重ねると泡に塗れていった。

 

風呂からあがった二人はまだ離れることが出来ずにいた。

「明日、職員会議で朝早いんデショ?」

「俺がいつ職員会議に出るっつった? あんなもん出たところで給料上がるわけでもねーし……」

そう言いながらパジャマに着替えたばかりの神楽を銀八は抱き寄せた。甘い眼差し。神楽は子猫のように銀八に擦り寄ると愛しい気持ちを体中を使って表した。そうして狭い部屋で一組の布団に体を押し込める二人は、じゃれ合いながら夜を明かすのだった。

 

大好き。いつだって神楽は銀八が好きだった。しかし銀八は教師であり自分は多数の生徒のうちの一人に過ぎない。悲しいが淡い恋に終わると思っていた……のだが、どういうわけか銀八も神楽に惚れていて、ただの生徒として見ることが出来ずに手を出したのだ。こんな日々がずっとずっと続いて、いつかは銀八のお嫁さんに……最近はそんなことを夢見るようになっていた。だけどひとつ不満があった。それはこの関係が誰にも秘密だと言うことだ。隠されている恋人。日陰の恋人。それは幸せの裏で不安を増幅させた。

 

翌朝、銀八は職員会議の為に早くに出て行った。一人で目覚めた布団の中で神楽は銀八の匂いを探していた。こんなにも満たされているのにどうして空っぽな気がするのか。昨晩だって結局遅くまで銀八により神楽の中は文字通り満たされていた。幸せだと実感すればするほど、それが壊れるのが怖い。だから早く卒業して銀八と外で腕を組んで並んで歩きたい。今はそんなことだけが頭にあった。

この後、いつも通りに登校した神楽は教室前の廊下で男子達の噂話を耳にした。

「それがもうすんげェ美人でさ」

「俺も見た。マジであの胸、顔埋めてぇわ」

誰の話なのかは分からなかったが、とても美人でおっぱいが大きい女性の話だと言うことだけは理解した。そうして神楽は教室へ入ると噂話のことなどすぐに忘れ、友人と挨拶を交わした。

 

昼休みのことだった。同じクラスの山崎が何か情報を入手したらしく、息を切らし教室に飛び込んできたのだ。

「聞いてくれ! 産休に入った教師の代理に来たのは《月詠》って名前の超スゲー先生らしい。明日から授業に入るようだ! 因みに……スマホで写真も撮った!」

自慢げに山崎ことジミーがスマホを掲げると、あっという間にそれは野郎どもの手に渡り、ワァワァと声が上がっていた。それを遠巻きに見ていた神楽は友人達と共にため息を吐いていた。

「男子ってあほアルナ。どんなに騒いでも教師が生徒に惚れるわけないアル」

言ってる自分が虚しくなった。そんなわけないと反論したいのは他の誰でもなくこの自分である。

「夢くらい見ても良いと思うけど。でも、教師は教師同士で付き合ってるのが大半だって聞くよ」

新八がそう言うと神楽の心臓がズキンと痛んだ。銀八も今までに他の教師と付き合った事があるのだろうか。答えなど分かりきっている。時折、自分にも同じだけ過去があればどんなにラクだっただろうかと考える。元カレが居れば銀八に引け目を感じなくて済むのに。なんて思うのは子供だからだろうか。

「神楽ちゃん、銀八が呼んでるって」

「えっ、銀ちゃんが?」

珍しい。銀八が学校で神楽を呼びつけるなど滅多にない事だった。二人の交際がバレるような危険は犯さないと知っている。それなら呼び出しは私用じゃない。となれば……現国の小テストの結果が大惨事だったと言うことなのだろう。

「分かった。行くアル」

恋人とは言え、ここでは教師だ。神楽は沈んだ気分のまま教室を出た。そうして職員室へと伸びる廊下を歩いていた時だった。向こうから見たことのない女性が歩いてきた。スラリと伸びた手足と膨らんだ胸。細い顎と美しい顔立ち。それを許さないとでも言うようにつけられた顔の傷が印象的で思わず息を呑んだ。

「なんだ? わっちの顔に何かついているか?」

「えっ、別に」

神楽は慌ててその場から去ると、さっきの女性が産休の教師に代わってやって来た月詠先生であると知るのだった。

 

その後、職員室に着いた神楽は銀八を呼ぶとペロペロキャンディーを口に咥えた銀八がこちらを向いた。そして何を言うわけでもなくこちらへと来て、急にガツンと頭を叩かれた。

「いってーーーーアル!」

職員室中の視線が神楽に向けられる。

「だーから言っただろ!」

涙目になって銀八を睨みつけると無理やりに腕を掴まれて、どこかへと引きずり出された。わけが分からない。一体何なのか。今までこんなふうに叱られる時は大抵が沖田と喧嘩し、窓ガラスを割った時である。銀八と付き合ってからはそんな喧嘩もしておらず、叩かれるほどに叱られる原因など思いつきもしなかった。神楽は銀八への怒りと混乱を抱えたまま、校舎隅にある空き教室へと引きずられて行くのだった。

「神楽、悪い。すまなねぇ」

先程の態度とは打って変わって、教室に入るやいなや抱きしめられた。一体何事か。

「殴ったり抱きしめたり……まさかDV野郎アルカ!」

「こうでもしねえと怪しまれるだろ。お前を連れ出すと、ホラ噂になったり……」

そう言って銀八は教室のカギを締めると神楽の首筋に顔を埋めた。甘い砂糖菓子の匂いと煙草のニオイが混じったいつもの安心出来るものだ。でもこんな事は初めてだった。急にどうしたのか。もしかすると昨日売店で沖田に奢らせた事が耳に入り、不安になったのか。理由は分からなかったが求められて嫌な気はしないのだ。こうして甘えられると抱きしめずにいられない。

「バレたくないなら家まで我慢しろヨ」

「なんだよ、そんなに我慢させたいの? 家帰ったらそうだな……どうなっても知らねえからな」

「そんなにアルカ? 昨日もしたデショ」

クスクスと笑いあって空き教室で神楽は銀八を受け入れた。銀八にも不安になる日があるらしい。そんなことを知れて嬉しかった。それなのにどこか釈然としない。今までも沖田に奢らせる事なんてあったし、他の男子ともバカ騒ぎをする時もあった。それなのに急に学校で求める程に不安になるなんて……もしかするとそれほどまでに愛しさが募った結果なのかもしれない。神楽はひっそり教室を出ると軽い足取りで3Zに戻っていった。

 

その夜、銀八の帰りは遅く、連絡もなかった。てっきり今日は早く帰って来ると思っていただけに神楽は拍子抜けした。学校の密会だけでは物足りなさそうにしていたのに。きっと急な残業でも入ったんだろう。神楽は久々に一人で布団に入ると銀八を待たずに眠りに就くのだった。

 

翌朝、いつも通りの時間に目を覚ますと隣には見慣れた横顔があって、いつ帰ったのかと気になった。

「銀ちゃん、おはようアル」

銀八の上に乗って体を揺すれば、眠たそうな顔がこちらを向いた。

「嘘だろ……もう朝?」

「昨日遅かったアルカ?」

「歓迎会があったんだよ」

聞いていなかった。いつもなら神楽に連絡が来るのだが、昨日はそれがなかったのだ。

「急だったんダナ。前から分かってたんじゃないアルカ?」

きっと昨日廊下で出会った月詠先生の歓迎会だったのだろう。

「フンっ、美人で乳もデカいアル。歓迎会に行きたい気持ちはよーく分かるネ。でも浮気は許さんアル!」

すると銀八はどこか遠い目をして首を横に振った。

「やめろ。さてと、そろそろ起きるか」

そう言って神楽を体の上から退かすと銀八は背伸びをして体を起こした。神楽はそんな銀八に違和感を覚えるも、ゆっくりしている時間はないと朝の支度をするのだった。

 

授業中ずっと考えているのは今朝の銀八との会話だ。いつも神楽があんなふうにヤキモチを妬けば更に意地悪く《お前ももう少し肉付き良ければなぁ》なんて言って胸を揉むのだ。それなのに冗談もなく、冷めたような言い方で《やめろ》なんて……あれは本気で嫌がっていた。月詠先生の事が嫌いなのだろうか。そうだとしたら二人の間に何かあったのか。それとも触れられたくない事情があるのか。胸騒ぎがした。銀八は何かを隠しているのだろうか。もしかして本当に昨日浮気したんじゃないか。学校で神楽を求めたのも、浮気をすることへの罪悪感からか。嫌な考えが頭を駆け巡り気分が悪くなる。今も吐き気と頭痛がするのだ。

「うっ……」

「オイ、チャイナ娘。今日は早弁しねーのか?」

隣の席の沖田が神楽をからかったが、それに答える事が出来なかった。それほどまでに気分が優れないのだ。顔色だって白さを通り越して真っ青だ。神楽はフラッと立ち上がると保健室で休むことにした。

3Zの教室から出ると少し肌寒さを感じた。シーンと静まり返った廊下。各クラスからは教師の声しか聞こえない。神楽は壁を伝うように保健室まで歩いて行くと途中で職員室の前を通った。廊下に誰か立っていて……それも二人居る。一人はこちらに背を向ける白衣姿の男でもう一人は月詠先生である事が分かった。その瞬間、心臓が張り裂けそうに、千切れそうに痛んだ。こちらに背を向けている男が銀八だと気付いたからだ。

「銀八」

そうやって名前を呼ぶ声が聞こえた。どうして名字ではなく下の名前で呼ぶのだろう。二人は一体いつからの知り合いなのか。この学校へ来る前からの付き合いがある事は名前の呼び方一つで分かる。でもそれなら何故銀八は隠したのか。胸騒ぎは更にうるさいものへと変わり、耳を塞ぎたくなった。もう駄目だ。神楽は二人の前を通らないルートで保健室に向かうと、ベッドへと雪崩込んだ。

 

ベッドへ寝転んでも嫌な考えとあの声が消えず、神楽の心臓を痛いほどに締め付ける。月詠は下の名前で呼んだ。銀八と。親しい間柄であることは明らかだ。友人だったのか。それとも……グルグルと回り出す視界に目を閉じた。

なんて情けないのか。たかだか名前くらいで何だと。銀八を信じているならこんな事くらいでグラついてるなと自分を叱った。それなのに閉じた目蓋から涙が溢れて来るのだ。銀八を信じたい。信じることの出来ない自分が腹立たしい。それなのに不安は胸に広がり、体が震える。このまま捨てられてしまうんじゃないか。それならいっそ自分から消えてしまおうか。色んな考えが浮かんでは消え、浮かんでは消え、そうして次第に頭の中を支配していった。このままじゃ銀八を理由なき感情で責め立ててしまいそうだ。神楽は今夜銀八に二人の関係を尋ねる決心をした。なんて答えるだろう。いくら優しさであっても嘘をつかれるのだけは嫌だと、そんな事を考えた。

 

その夜。銀八から残業があると連絡があった。それすらも嘘じゃないかと勘ぐってしまう。こんな思いをすることになるとは、付き合い初めは想像もしていなかった。恋愛がこんなにも辛いものであるとは知らなかったのだ。銀八をこんなに好きになってしまった自分が嫌だ。銀八を嫌いになれたらどんなに良いだろう。しかし今夜は尋ねると決めたのだ。月詠先生とのことを。

神楽は一人居間のソファーで銀八の帰りを待った。自分には帰る家もなければ、側に居る家族もいない。ここしか居場所がない。だからこんなに不安なのだろうか。自分の気持ちすらよく分からなくなっていた。

「ただいま」

玄関の戸が開く音がして、銀八が疲れた顔で居間に入ってくる。神楽はそれを出来るだけ笑顔で迎えるといつ話を切り出そうかと悩んだ。銀八を目の前にすると自分の事で余計に疲れさせたくないのだ。荷物にはなりたくないと。

「残業大変アルナ。先にご飯食べるアルカ?」

「いや……食ってきた」

そう言ってネクタイを外し、シャツの裾をズボンから出した銀八は神楽の隣に腰掛けた。

「神楽」

急な口づけ。酒臭い。残業じゃなく飲みに行っていた事を知る。嘘をついたようなのだ。

「残業は嘘アルナ」

つい言葉が出てしまう。しかし銀八はそれには何も答えずに神楽の唇を貪り、そして外したネクタイで神楽の白い手首を拘束した。

「銀ちゃん?」

ソファーに寝かせた神楽に馬乗りになった銀八は無言でこちらを見下ろす。眼鏡越しの瞳はどこか冷たく、温度の低いものに見えた。

「待ってヨ! おいッ、銀ちゃん」

しかし銀八はシャツを脱ぎ捨てると神楽に被さり、慣れた手つきで神楽を愛撫した。太ももを撫で、パジャマの中の乳房を弄る。それもどこか乱暴で痛いくらいだ。そのまま銀八の手は神楽のショーツの中へと侵入し、激しく指を動かした。

「痛いアル、もっと優しくしてヨ」

「黙ってろ」

高圧的に言い放った銀八は神楽の脚を大きく開かせると、下腹部に顔を寄せて舌先を濡らした。そのせいで乱暴にされているのにもかかわらず神楽の体はスイッチが入り、毛が逆立つ。

「んあッ、あ、銀ちゃん」

どうしてこんなに今日は優しくないのか。昨日だって学校で強引に抱かれた。まるで何かを忘れる為の儀式のようで愛の不在を感じたのだ。それなのに体はすっかり銀八を覚えていて、その動作に悦んでしまう。悔しい。だから神楽は今夜だけは銀八に一ミリの隔たりを求めるのだった。

 

ソファーにだらしなく二人はもたれかかっていた。肌に汗が滲み、次第に冷えていく体が思考から淀みを消した。尋ねないといけない事を思い出したのだ。神楽は起き上がると脱ぎ散らかしたパジャマに袖を通しながら何でもないふうを装い尋ねた。

「最近、何かあったアルカ?」

銀八とて、これだけやり散らかせば神楽にこうやって尋ねられる事は分かっていた筈だ。銀八はソファーに座りなおすと掛けていた眼鏡を外した。

「何かって、俺なんか変?」

神楽は着替え終わると銀八の体にもたれるようにソファーに座った。

「うん」

「そう」

互いに短い言葉で答えた。

「別に怒らないから言ってヨ」

神楽が先回りしてそう言うと銀八の眉がピクリと動いた。

「怒る?」

心配して神楽が尋ねたのではない事を銀八は知って分かりやすく落胆した。しかし、それに逆上しない所を見ると図星なのだろう。神楽に怒られるような内容である可能性をはらんでいるようなのだ。

「まぁ、隠すことでもねぇか」

そう言って銀八は神楽の髪を撫でるとゆっくりと落ち着いた口調で言った。

「最近来た月詠って教師いるだろ? あいつ……知り合いなんだわ」

やっぱり。勘が当たった。落ち着き始めた心臓が再び激しく脈を打ち出す。

「大学が同じだったアルカ?」

「いや、実習先の学校が同じだっただけ」

その辺りで神楽は嫌な予感を察知した。だが遮らず黙って話を聞いた。

「それで……付き合ってた。もう随分昔のことだけどな」

「そうアルカ。じゃあ元カノってことアルナ」

銀八の神楽を撫で付ける手が止まった。そして顔を覗き込まれる。

「そんな反応?」

「なんだヨ。悪いカヨ」

神楽はそう言って銀八を小突き、そして笑った。

「それなら安心したわ、マジで、ホント」

好きな人の過去を奪えないことは知っている。好きな人の過去に自分が存在出来ないことも知っている。好きな人の過去を上書き出来ないことも知っている。全部分かっているし、どうしようもないことだと承知だ。だから笑った。笑うしかなかった。怒ることは出来ない。怒っても何も変わらない。どうやったって銀八が月詠と交際する前には戻れないのだ。

「でも、なんで別れたアルカ?」

「理由? んな事聞いてどうすんだよ」

ちゃんと友達に戻れているならそれで良い。安心したい。だからどうしても理由を聞いておきたかった。それに別れたと言うことは、少なくとも何かがズレてしまったからだろう。神楽はそう思っていた。しかし銀八は神楽に触れていた手を離すと遠い目をしたのだ。何が彼の頭の中を満たしているのか。神楽は体が震えた。今、銀八の頭にいるのは隣にいる自分ではなく、遠い過去の恋人なのだから。

「俺の赴任先が遠くに決まったから、引っ越す事になってよ。それで会えない日が増えて、あいつに寂しい思いさせるくらいなら……身を引いたつうか……」

銀八の声が遠のいていく。どこか嬉しそうに懐かしむように話す銀八の横顔は霞み、徐々に視界が曇っていく。意識が不安定で分厚い殻に覆われたような感覚を覚え、そして――――――最後まで話を聞いたのか定かではなかった。気付けば布団で朝を迎え、隣に銀八はいなかった。先に出て行ったようなのだ。銀八の布団を触ればまだほのかに温かく、今朝まではちゃんと隣に存在していた事を知った。昨日のことはあまり思い出したくない。頭がズキズキとする。学校を休んでしまおうか。そうすれば銀八が心配してもっと自分を見てくれるんじゃないか……そんなバカな考えさえ過る。しかし神楽は重い体を起こすと学校へと行く支度を始めた。不安なのだ。月詠と何か起こるのではないかと。いくら今は恋人であっても、この自分さえも過去の人になりえるのだと知ったのだ。それを知ってしまった以上、ジッとしていられなかった。

鏡の前に立ち、髪をクシでとかす。見えている顔は決して不細工ではない。むしろ、端正な顔立ちだ。可愛いとも言われる。自分でもそう思う。それなのに華奢な体はまだまだ幼く映り、月詠を思い出すと……天と地ほど差があった。どうやったって色気も経験値も敵いそうにはない。泣きたくなった。胸が苦しい。まだ終わったわけでもないのに、色鮮やかに見えていた甘いストロベリークリームはいつのまにか溶けて消えてしまった。

 

こんなにも学校ってつまんなかった?

こんなにも授業って退屈だった?

こんなにも沖田ってムカついた……うん、ムカついたナ。

そうして神楽は一日優れない気分で机に頬杖をついていた。今日は学校に来てから銀八には会っておらず、また銀八もこの間のように神楽を呼び出しはしなかった。そもそもどうして銀ちゃんは私を選んだ? そんな事を考えてしまうと次々に疑問が浮かび上がる。そして最終的に行き着くのはロクでもない《本当に私のことが好きなの?》と言う疑問なのだ。こんな事を彼氏に尋ねるような女になんてなるつもりはなかった。鬱陶しいなんて思われて、気持ちが益々離れてしまうかもしれないから。それは分かっているのだが、不安な気持ちは感情の制御を緩める。安心したいが為に答えを期待して尋ねてしまいたいのだ。《まだ好きだって言ってくれるデショ?》なんてことを。

 

神楽は昼休み、銀八を呼び出そうと職員室へ向かっていた。月詠が居るかもしれないとは分かっているが、それでも今は自分が彼女で誰よりも優先して銀八を独占出来ると信じている。そうやって強気ではいるのに唇が震えた。

職員室へ着くと開けたドアの向こうに銀八が見えた。それも一人だ。神楽は顔をパァっと明るくさせると銀八を呼ぼうとして――――――背後のドアから月詠が入って来ると神楽を追い越し銀八を呼んだ。

「銀八、手伝っておくんなし」

その声に銀八がこちらへと顔を向ける。しかし視線は神楽へ注がれることなく、神楽の前に居る月詠へと留まった。

「まだ昼飯食ってんだろ。それで、なに手伝えば良いんだよ」

面倒臭そうに言ったが銀八はこちらへとやって来た。神楽はすぐにでも立ち去ろうとしたのだか、足がすくんで動けない。そうこうしている内に銀八が辿り着き、そして神楽を見たのだった。

「あっ? 神楽? 急用か?」

「急用ってわけじゃないアル……」

それでも目で訴えかけた。話があると。しかし銀八と神楽を遮るように月詠が立っていて、スラリと長い腕が銀八の腕を掴んだ。

「わっちなら待てる」

その言葉と行動の矛盾に神楽は心で呟いた。それなら手を離せヨと。

「でもお前も授業迫ってんだろ。良いって。なぁ、神楽。待てるだろ?」

それは尋ねられたわけではない事に気付いた。待てと言う意味なのだ。犬扱いカヨ。ここでワガママを言えばきっと《子供》だと思われ、益々月詠と比較されてしまう。そんな恐怖心を抱いた。神楽はゆっくり後ずさりすると半笑いで答えた。

「待てるアル。大丈夫ネ。今夜、布団の中で話聞いてくれたら……それで良いネ……」

そう言うと逃げ出すように職員室を飛び出した。別に叱られても構わない。誰かに銀八との事がバレても構わない。何故なら神楽は決意したのだ。もうこんな辛い思いはたくさんだと。銀八とは別れてしまおうと。今だって自分は明らかに邪魔者であった。そしてどうやったって勝てないと月詠を間近で見て思ったのだ。それにまだきっと銀八を好きなんだろう。

銀八の優しい腕に抱かれていたのは自分だけじゃない。打ちのめされた。どんな顔で自分以外の人に甘い言葉を紡いだのだろうか。どんな仕草で抱いたのだろうか。考えれば考える程に胸は苦しくなる。それなのに嫌な妄想は止まらない。

神楽は廊下を全速力で走り抜け、屋上へと繋がる階段を駆け上がった。そしてドアを開けて誰も居ない校庭に向かって叫んだ。

「銀ちゃんなんて大っ嫌いアル!」

それが銀八の耳に届いたかどうかは分からない。だが、言葉にして吐き出せば本当に嫌いになれるような気がしたのだ。それなのにまざまざと思い知らされる。どうやったって銀八を嫌いになんてなれないのだと。それでも側で好きな人が誰かに心許す姿を見ていられないのだ。そんなに強くはないから。銀八とは初恋だった。それが成就しただけでも良かったと思わなければいけないのかもしれない。神楽は声を上げてワァっと泣くと、授業には出ずアパートへ帰るのだった。

 

荷造りをした。出て行ってもどこかアテがあるわけではないが、別れたとなればここには居られないから。それに多分、神楽と別れた銀八は月詠とよりを戻すだろう。

泣きはらした顔で自分の持ち物を小さな鞄に詰め込んでいた。色違いの歯ブラシ。ワガママ言って買ってもらったちょっと高いシャンプー。いつか着ようと思っていたセクシーな下着。小さくなった私服のチャイナドレス。見えているソファーではよく銀八が昼寝をしていて、時折二人で体を揺らした。机でイケナイ事をした日もあった。この床でも。キッチンでも。バカみたいに愛し合った。この古い小さなアパートには思い出がたくさん詰まっているんだと初めて知ったのだった。だけどもう手放すのだ。ささやかな甘いストロベリーデイズを。

神楽は全ての荷物を鞄に詰め終わると自分の持ち物が消え去った部屋を眺めた。まるで最初からこの部屋に自分が存在してなかったような気さえするのだ。いつか今日までの日々を懐かしいと思い、誰かと笑って話せる日が来るのだろうか。それは分からない。別に未来は明るいだとか、希望に満ち溢れているだとかそういう事は望んでいない。ただ明日から泣いたり、傷つくことなく静かに過ごして行きたいだけだ。でも、そんな事は無理だと分かっている。それでも願わずにいられない。少しでも早く銀八を忘れさせて欲しいと。それに嫌われて別れるわけじゃないのだ。いつか、もしかしたら……そんな思いだけは持っていきたい。神楽はすぅーっと息を吸うとゆっくりと吐き出した。そして玄関へと向かった。別れの言葉なら机に置いてきた。

 

《銀ちゃんへ。今までありがとう。月詠先生と幸せに。神楽より》

 

靴を履いて玄関のドアノブを回して外へ出れば、辺りは夕暮れに包まれ、ピンク色の光で溢れていた。嫌になるくらいに綺麗だ。それが少し神楽を元気づけた。

「神楽?」

廊下の向こう。階段を上がって来たのは銀八で、いつもよりずっと早い帰宅だった。まさかこんなに早く帰ってくるとは思っておらず、神楽は途端に顔を強張らせた。こうして面と向かって別れを告げることになるとは……心が震えた。

「さっき言ったこと、怒りに来たアルカ」

職員室で放った言葉。あの後銀八は《あいつ冗談きついな》なんて笑い飛ばしたのだろうが、内心は焦って怒っているはずだ。正直、それを狙って言ったのだから。神楽は重い鞄をさげたまま顔を伏せた。

「あのなァ……とりあえず部屋入って話そうぜ」

しかし神楽は顔を上げず、動かなかった。

「何かあるなら言え」

なんて言えば良いのだろうか。部屋に別れの手紙置いてきたから読んでネ、じゃあ……なんて明るく喋ることは出来ない。だからと言って今ここで思いを全て打ち明けられるほどの余裕もない。神楽は徐々に歪み始める顔に益々銀八を見ることが出来なくなった。

「つーか、その鞄なんだよ。どっか行くのか?」

何も答えない。答える事が出来ない。唇が震えているのだ。

「……おい、神楽」

苛立ちを含む銀八の声。怒らせたいわけじゃない。綺麗な思い出として別れたいだけ。それなのにどんどん雲行きは怪しくなる。笑顔で「じゃあネ」と言えば済むのだ。それなのに顔を上げることも、動くことも、声を出すことも出来ない。次第に見ている地面がぼやけていき、ポツリと雫がこぼれ落ちた。それに銀八も気がついたのか神楽の鞄を持つ手を掴んだ。

「バカな事、考えてねぇだろうな」

バカな事。それは神楽が悩んで導き出した答えのことなのだろうか。こんなにお前のことで苦しいのに。こんなに好きにさせたのに。その言い様はないだろうと神楽は銀八を殴ってやりたくなった。

「バカな事? どの口が言ってんダヨ」

神楽はようやく顔を上げると銀八を睨みつけた。既に頬は涙で濡れ、声も随分と弱々しい。肩だって震えている。しかし真っ直ぐに銀八を貫いたのだ。

「私は、銀ちゃんの幸せを邪魔したくないだけネ。それがバカな事って言われるなら……それなら……邪魔して良いのカヨ!」

銀八の目が一瞬大きく開き、そして瞳が揺れた。

「神楽、お前まさか……」

「今まで楽しかったアル。愛してくれて……ありがとうナ」

そう言って神楽は銀八の腕を振りほどき歩いた。だが、すぐに追いつかれると銀八は神楽を担ぎ上げ、部屋へと戻ってしまったのだ。

「降ろせヨ、天パ!」

しかし、銀八は何も言わない。靴も脱がずに部屋へ上がると神楽をソファーに降ろしたのだ。そして鞄を神楽から取り上げると両肩を強く掴んだ。

「あいつとの事か?」

神楽は答えず顔を横に向けた。だが、銀八の目は真剣で顔を横に向けても視線が痛く突き刺さった。その圧に耐えきれず神楽は小さく頷いた。

「過去の話だって分かってんだろ?」

「だけど、お互い嫌いで別れたわけじゃないデショ。それに……見てたらわかるモン」

震える声でそう言った神楽に間髪入れず銀八が答えた。

「分かってねえだろ……お前は全然わかってねぇ!」

そう言って銀八は神楽を抱きしめた。こんなことされると別れる決意が揺らいでしまう。神楽は銀八の胸を強く押した。

「じゃあ、なんで急に学校でエッチしたくなったアルカ? この間の強引なエッチもなんでヨ? 全部浮気したい気持ちを誤魔化す為ダロ! 月詠先生を忘れる為なんダロ!」

「俺とお前とのことにあいつは関係ねぇだろ。神楽、本気で言ってんのか?」

真面目な声色。きっとこんなに醜く嫉妬する自分を銀八は嫌いになっただろう。だけど出て行けと怒鳴られたら、もしかするとようやく銀八を嫌いになれるかもしれない。そんなふざけた事を考えた。だが、銀八は抱きしめている神楽の唇を奪うと、深く深くキスをした。そしてゆっくり唇を離すと神楽の頬撫でた。

「聞いてくれ。俺はこの先もお前だけを……」

銀八はそこで目蓋を閉じると深呼吸をした。そして何か覚悟を決めたように息をつくと目を開けた。

「神楽、お前だけを愛したい」

嘘には聞こえない。普段こんなにストレートに物を言う人間じゃない事は神楽も知っている。本心なのだろう。そして気づく。銀八の体も震えていることに。

「俺は別れたいなんて考えたこともねえし、むしろお前が沖田と……くだらねぇ事してる時なんか……妬いてんだけど」

「う、嘘アル!」

「なんで嘘つく必要があんの?」

そう言って銀八は神楽の唇に再び熱い口づけをした。そして手のひらで神楽の体を確かめるように撫でていく。徐々に侵食されて、神楽のスカートの中へと手が滑り込む。別れ話をしていると言うのに銀八はやめる気がない。神楽はソファーに仰向けに寝かされてしまうも銀八の指使いに抵抗した。

「やめてヨ」

「それなら分かってくれ。お前を抱く理由は……惚れてるからだって。それ以外あるわけねぇだろ、理由なんて」

神楽は嫌だと銀八の腕を掴んだが、下腹部からはピチャピチャと水分を含んだ音が聞こえていた。体が熱くなる。これじゃまともに頭で考える事なんて出来ない。そうして油断した隙に銀八が神楽の奥を刺激した。そのせいで力が抜け、抵抗は一気に弱まった。赤く染まっていく頬。息も上がり、恥ずかしさに顔を逸らす。

「神楽、こっち見ろ」

しかし銀八はそんな事を言って神楽を求めた。感じている顔など見せたくない。それなのに銀八に求められると無視することは出来ないのだ。あんなに決意して別れを切り出したにもかかわらず、その意志はどんどんと溶けていく。

「俺を安心させてくれ。頼む、神楽」

「あっ、安心って、んふッ、なんで……」

「まだ別れるつもりでいるのか? どうなんだよ」

しかし神楽も安易に出した答えではないのだ。それは分かって欲しかった。

激しい指が神楽を責める。神楽は銀八にしがみ付くと背中を反らせ、ガクガクと震えた。顔はすっかり溶け切って、恍惚の表情を浮かべている。力が入らない。それを銀時に見られている事は分かっている。恥ずかしい。嫌だ。思わず顔を横へ向ける。

「神楽、よそ見すんな」

「ぁ、やっ、だって……んぐっ!」

きっと今すごくだらしのなく情けない顔をしてる。隠したい神楽の思いとは裏腹に銀八は容赦なく神楽をひん剥くと、小振りな乳房を手で包んで口を寄せてしゃぶった。

「じゅる……ちゅっ」

「はぁン、あッ、あッ!」

銀八はネクタイを緩め、シャツを脱ぐと、ズボンのベルトを外し、既に熱く膨張している欲望を神楽の割れ目にあてがった。まるでキスでもするかのように優しくそっと亀頭が引っ付き、そしてクチュっと音がした。

「俺が欲情してこうなんのもお前だけだし、お前にも俺だけであって欲しいし、他人なんて気にすんじゃねぇ!」

ゆっくりと押し進められていく。何かたくさん言いたい事があったのだが、銀八に侵食されればされるほど言葉が失われていく。

「お前もこんなに濡らして……別れるなんて……やめてくれよ」

「銀ちゃん……」

「愛してる、神楽」

覆いかぶさられ、口づけと同時に神楽の奥の奥へと銀八が押し入った。腰が勝手に浮く。体は心以上に銀時を求め、愛しているようだ。そうして一ミリの隙間もないくらいに密着したした二人の体は同じリズムで揺れるのだった。

絡まった指と指。もつれた舌と舌。合わさる呼吸は速度を早める。混ざり合う熱がもう二度と離れないと約束していた。

「銀ちゃんっ、ごめんアル、本当は離れたくないネ」

「分かってる。お前を不安にさせて、悪かった……」

「大好きアル……あッ、ん、はぁッ……っ!」

絶頂に達する。見られたくなんてないのに全て見せたい。矛盾した思いが押し寄せて、どうでもよくなって、銀八の熱い思いを体の奥で感じると神楽は頭の中が真っ白になった。

 

その後、二人は夜遅くまで愛し合った。神楽は少し疲れていたのだが、銀八が離してくれなかったのだ。それを幸せだと思い、神楽の顔にようやく笑みが戻った。でも、まだまだ月詠に対しての劣等感は拭えないし、今後もふとした時に銀八の過去が気になるだろう。それでもこの先もずっと神楽は銀八と一緒に居たいのだ。

「なぁ、神楽。不安があるなら、俺はそれを上回るだけの安心をお前に与えてやりてぇなんて……思うわけよ。だから言えよ。何かあったら溜め込まずに」

煙草を口に咥えた銀八はどこか照れくさそうに、だが真面目にそう言った。

「……ありがとうネ。約束するアル」

辛いことも悲しいこともきちんと話し合い、向き合って解決していきたい。そう二人は誓うと、あともう少しだけ甘く溶けているのだった。

 

2018/01/11