2016 Request

万事屋で酔っ払った銀時が神楽にキスした後、行為に勤しもうとするも神楽に逃げられる

翌日、神楽は気まずい状態で銀時と顔を合わせるも、銀時は一切覚えていない

普段通りに接する銀時に我慢の限界

二人っきりの万事屋で酒を飲んだ神楽は、勢いで銀時にキスの一件を問いただす


シェリー/銀神

 

 銀時が午前を回って帰ってくるなどいつもの事だ。それに苛立つ時期はとうに過ぎていた。もう少し幼い頃は何してるんだと腹も立ったのだが、最近は色んな事情を理解できる年頃になった。銀時も外に出て吐き出さなければやっていけない夜もあるのだと知ったのだ。それに神楽も銀時が飲みに出ている日だけは、窮屈に感じるようになった押入れから出て、和室でのびのび眠る事が出来る。利害関係は一致していると、この日も神楽は一人万事屋で眠っていた。

 どうせ銀時が帰って来ても力尽きてソファーで眠るか、隣の布団で爆睡なのだ。間違いなど起こる兆しすら感じられない。神楽はすっかりと安心しきっていた。それなのにどう言うわけか今夜の銀時は気が付けば神楽の枕元でその寝顔を見下ろしていたのだ。

 気配に気付いた神楽は目蓋を擦るとうっすら目を開けた。

「……銀ちゃん?」

 顔は赤いが泥酔はしていないらしい。神楽は薄暗い部屋でこちらを見ている銀時に何事かと体を起こした。

「なんか用事アルカ?」

 だが、銀時は何も言わずこちらを見つめている。この暗闇に目が慣れてしまったせいか銀時の表情が読み取れた。

ギラッと目が光っていて、呼吸も浅く息苦しそうだ。

「何アルカ?」

 どことなく不穏な空気を感じる。何かが起こる前触れのような。神楽の心臓も走り出す。すると神楽を逃さないとでも言うように銀時がこちらへ距離を詰めた。一気に二人の距離が縮まる。

「えっ、ちょっと銀ちゃ……」

 だが、呆気なく神楽は銀時に逃さないと唇を奪われると、腕を取られ布団に倒されてしまった。

 熱い銀時の舌と体。それがのしかかる。初めてのキスがまさか銀時相手だとは夢にも思わなかった。押しのける事は簡単なのだが、そんな気がどんどんと削がれていく。這いずり回る銀時の舌にすっかり痺れてしまうと、神楽はいつもなら凶暴で乱暴な腕を銀時の背中へそっと回した。

 キスだけなら。大人ぶってそんな事を考える。隙を見せてやったのだと、神楽は自分の方が銀時より上手であると信じ込んでいた。しかし、吸われる唇や舌に胸の中は掻き乱され、次第に余裕がなくなっていく。そうして銀時の手が乳房へと伸び、腿辺りに熱の塊を感じると、神楽は自分が性欲の対象として見られている事を知るのだった。

「ちょっと……待つアル!」

 神楽が胸を押すとようやく顔を離した銀時が濡れた唇でこちらを見ていた。だが、何も言わずに見下ろす目はどこか恐ろしく、神楽はそれ以上動く事が出来なかった。その間にも銀時の手が神楽の乳房をいやらしく揉みしだき、神楽は思わず顔を横に向けた。

「なんでヨ……」

 眉をひそめて目を閉じる。その表情はまるで感じているようで、だが神楽はこのまま流されてはいけないと再び銀時の胸を押した。

「意味わからんアル」

「……分かってんだろ? ほら、な?」

 弄られた神楽の乳房は、いつの間にか薄いパジャマの生地を押し開ける突起を作っていた。それを銀時の指で弾かれて――――――神楽は堪らず銀時を押し退けると物置へ一目散に走って行った。そして震える手で戸に板を立てるとその場へ座り込んだ。心臓がバクバクバクと全身へ血を送り出している。頭は混乱し、何故銀時がこんな事をしたのだろうかと考えるも分からない。もし、自分と《そう言う行為》がしたかったにしても、こんなふうに無言で来られては堪らない。そもそも私は空気嫁ではないと、ちゃんと心があるのだと神楽は銀時に怒っていた。それでもまだ触れられた部分が熱い。なんて罪な男だと神楽は苛立ったまま狭い押入れで眠るのだった。

 

 

 翌日を迎える事がこんなに憂鬱だと感じた事は初めてだった。神楽はまだ自分以外誰も起きていないことを確認すると、洗面を済ませ、着替えを終えた。そうして万事屋から出て行くと、公園のベンチで答えの出ない問題について考え込んでいた。

 昨夜、銀時に何があったのか。何もなかったとしたら、それはそれで問題なのだが……。今まで神楽に対してああいった雰囲気すら漂わせた事はなかった。女として見られていない。当人もそう感じている。それなのに突然キスされ、更に胸を揉まれたのだ。いや、ただ揉むくらいでは済まなかった。いやらしく、明確に目的をもって弄ったのだ。神楽を興奮させ、そうして何をしようとしたのか。もう分かっている。だが、何故そういう事をこの自分としたくなったのか。その理由だけが分からないのだ。考えつくとしたら……無料でパコれる、なんて事だけだ。神楽は悲しくなった。

 考えていても仕方がない。きっと家に帰れば玄関で土下座をする銀時がいるだろう。神楽は頭でも踏みつけてやろうと万事屋へ戻ることにした。

 

 

 午前十一時。

 新八に無理やりに起こされた銀時は二日酔いなのかソファーで死んでいた。神楽はそれを向いのソファーで睨みつけて見ていたが、銀時はただ唸るだけであった。

 午後一時。

 ようやく風呂に入りさっぱりした銀時は窓際の椅子でいちご牛乳を飲んでいた。神楽はそれをソファーから睨みつけているのだが、銀時はテレビを呑気に観ているだけだ。

 午後三時。

 昼食後の一服と称して昼寝を始めた銀時。神楽のこめかみに青筋が浮かぶ。だが、今は新八がお茶を飲んで寛いでいる。昨晩の話は切り出せそうもない。

 午後五時。

 そこでようやく新八が夕食の買い物へと出掛け、神楽はいよいよ銀時から話が切り出されるのではないかとソファーの上で正座をした。しかし、銀時はイビキをかいて眠っている。そうこうしている内に新八が空気を読まず帰って来たので一発ぶん殴る。

 その後、銀時がようやく起きるもすぐに夕飯で、特に会話もなく食事を終えた。新八も帰り支度をし、あっという間に万事屋は神楽と銀時の二人だけとなってしまった。神楽の身に緊張が走る。そんな状況にじっとしていられないと、神楽は逃げるように風呂場へ向かうのだった。

 

 風呂上がり。神楽は意を決して銀時の前へと立った。考えたのだ。のぼせ上がる程に風呂場で。何故銀時はまるで何事もなかったかのような振る舞いをするのか。それは新八に気付かれない為なのか? だが、その答えをたった今知るのだった。ソファーで横になっている銀時が神楽を見上げて言ったのだ。

「何だよ。お前、すげー面してるけど。鏡見てみろよ」

 無神経な発言。神楽はそこで銀時をぶん殴ろうとして、昨夜の出来事が蘇った。触れられた部分が燃えるように熱くなって、そして認めてはいけない感覚を体に感じた事を。それを思い出した途端、目の前の銀時が見れなくなってしまった。神楽は思わず顔を伏せた。

「おい、なんだよ?」

 本気で驚く銀時に神楽は言葉を投げつけた。

「うっさいアル」

 こっちこそ聞きたいのだ。昨夜あんな事があったと言うのに相変わらず腑抜け面で、全く何もなかったかのような態度。苛立つ。どれほど軽んじられているのか。悔しさと恥ずかしさとが混ざって更に余裕もなくなって……涙が出そうだ。神楽はこうなったら虎の威を借りようと冷蔵庫の中にあったお酒の缶に手を伸ばした。胃の中へと流し込めば、一気に酔いが回ってきた。多少慣れない酒にフラつきはするが、今なら思っていることを銀時にぶつけられそうだ。神楽は居間にいる銀時の元へ行くと胸ぐらを掴みにかかった。

「オイ! なんでアルカ! 言えヨ!」

 銀時をつかんだ神楽はブンブンとその体を揺さぶり、銀時は白目を剥いていた。だが、すぐに神楽の腕を掴むとこちらを睨みつけた。

「お前、酒飲んでんのか? 何してんだよ!」

 しかし、神楽からすれば昨夜の銀時こそ何をしているんだと言いたいのだ。いや、今それを責めている。神楽は銀時の腹の上に乗ると首を絞めて更にわめいた。

「こっちが聞いてんダヨ! このケダモノ!」

 銀時は神楽の腿をタップしてギブアップと言っていたが、神楽は無視して叫び続けた。

「理由もなくあんな事すんなヨ!」

 すると銀時は神楽の両手を掴み、首から引き剥がした。そのせいで神楽はバランスを崩して銀時と額がぶつかった。

「理由もなくあんな事ってなんだよ」

 忘れたふりではなかった。銀時は全く何も覚えていないようなのだ。昨夜のキスや体に触れたこと。その全てを覚えていないらしい……。

「昨日、銀ちゃん……キスしたネ……」

 銀時はそこで目を瞑ると難しい表情をした。

「それから……他は? 他に何した?」

 神楽はそこで黙ると銀時の腕を振りほどいて分厚い胸に手を置いた。そしてゆっくり撫でると銀時の焦った目がこちらを見つめた。

「分かるアルカ? 私のを……こうしたアル」

 銀時はそこでまた目を閉じると神楽に尋ねた。

「……最後までヤッたか?」

 神楽はそれに何て答えようか悩んだ。実際はその前に逃げ出したのだが、少し意地悪してみたくなったのだ。

「銀ちゃんはどっちだと思うネ?」

 銀時の顔が一瞬青ざめたように見えた。

「いや、でも、覚えてねぇんだよ。マジで」

「最悪アル」

「本当、最悪だ」

 覚えていないと言うことならば、銀時は昨晩、目の前に手頃な女がいたから性欲を発散しようとしたに過ぎないという事だろうか? 相手は誰でも良かったのか? それが神楽でも……?

「酔うといつもあんな事してんのカヨ」

「……んなわけねーだろ」

 しかし、そんな事は銀時に分かるはずが無いのだ。酔って覚えていないのだから。

「言い切れるアルカ?」

 どうせハッタリだ。そう思っているのだが、銀時のこちらを見つめる目は至って冷静で真面目で、どこか確信めいていた。

「あぁ、言い切れる」

 いつもこうだ。いい加減でテキトーなのに、銀時には信じさせる力がある。それに惑わされる自分が嫌いだ。

「なんで言い切れるアルカ?」

「何でだと思う?」

 神楽は近付いた銀時の顔に体を起こそうとしたが体が思うように動かない。アルコールが回って来たのだろう。神楽は銀時の体の上に腹ばいのまま近付く顔を見ていた。少しもふざけてなんかいない銀時の顔を。

「正直に話してやるよ」

 銀時の腕が神楽を抱くように腰に回った。ただそうやって優しく包み込まれただけなのだが、身体が燃えるように熱く、どんどん力が奪われていくようだ。悔しいけれど、抗うことは不可能だ。

 距離が近いせいか、銀時の頬がほのかに赤くなるのを見た。

「まぁ……抱けたら、なんて思ってた。でも俺がそう思うのはお前だけだ」

 銀時の心臓からドドドドと音が聞こえる。神楽は銀時の胸に頬をつけたまま意地悪く聞き返した。

「それが叶ってどうだったネ?」

 少し銀時は考え込んでから言った。

「酒飲んで、それでってのは……結構キツい」

 神楽はまさか銀時がそんな事を考えていたなど全く知らなかった。昨日の夜は我慢の限界を超えてしまったのだろうか。嫌な気はしないが、それでもあんなふうに酒の力で求められては不信にもなる。だが、抱けた事を喜びもせず嘆いている銀時に神楽は本当の事を話してやる気になった。

「さっきの嘘アル。最後までしてないネ。私が逃げたから」

 すると銀時は神楽を強く抱き締めると大きな声で言った。

「バカヤロー!」

 しかしすぐに小声でこう付け足した。

「でも、良かった……」

 神楽としては何も良くはないのだが、抱き締められた腕に全てがどうでも良くなったのだ。力が少しも入らない。銀時がキスをした理由だとか、体に触れた理由。全てが分かったから、もうどうなっても良い。そんなふうに思えた。神楽は銀時と鼻先をすり合わせると言った。

「酔ってないなら、何したって良いアルヨ」

 しかし、銀時は首を横に振った。

「今はお前が酔ってるだろ? さっきから随分と大胆じゃねぇか」

 神楽は確かに今ならなんでも言えそうだと銀時の首に手を回して笑った。

「素面の私と比べてみるアルカ?」

 銀時は断りそうな雰囲気を出していたが、それも良いと考えなおしたようだ。神楽と銀時は唇を重ねると静かに溶けていった。

 

2016/08/15