2016 Request

銀神 

神楽から告白された時には全く異性として見ておらず断るが、その後数年かけて好きになる銀時

神楽に男が出来たと言う誤解を経て、最後は両思い

その後、愛情表現全開の銀時


※R-15

 

だんだん速く:01/銀神※(リクエスト)

 お年頃。神楽が最近やけに自分を避けるのだが、それは神楽がそう言う年頃になったからなのか、それとも自分が匂い立つお年頃になったのか。理由ははっきりしなかった。だが、いつかこの万事屋から巣立つのだ。それを当初から心の隅に置いてはいるが、改めて意識するとやはり寂しい。家族ごっこと揶揄されることもあるが、銀時にとって神楽も新八も紛れもなく家族であった。

 

 就寝前の時間のこと。銀時がそろそろ寝ようかとテレビを消し、欠伸をした時だった。神楽が『話がある』と言ったのだ。明日の依頼のことだろうか。それとも小遣いの無心か?

「明日で良いだろ。お前も早く寝ろよ。おやす……」

 銀時は面倒臭がってそう言ったが、神楽が真っ赤な顔で銀時の寝間着を掴んだのだ。どうも様子がおかしい。それに最近は避けられていて、こんなふうに近づくことすらなくなっていた。

「体調悪いの?」

 そう言って神楽の額に手を置こうとして――――――やはり避けられた。

「…………体温計あっただろ? 熱が高かったら明日は休め」

 少し傷つく。そんなあからさまに避けられるのは。これでも地球の父として、兄として精一杯不慣れながらも面倒見てきたのだ。だが、そろそろそれも幕引きなのだろうか。神楽の成長に喜びと同時に寂しさを感じた。

「熱なんか……ないアル」

 神楽はそう言うとこちらを不安そうな、今にも泣き出しそうな顔で見上げた。

「じゃあ、なに? なんなの?」

 神楽は目だけ銀時から逸らせるとボソリと言った。

「明日……の、依頼の……」

 はっきりとしない。少々苛立つ。

「なんだよ。行きたくねえなら休めって言ってんだろ? 新八と二人で行ってくるから」

 すると神楽は銀時を真っ直ぐに見つめた。

「そうじゃないアル! 銀ちゃん……明日、行かないでヨ」

 急に何を不安に思ったのだろう。よほど体調が優れないのか? 銀時はどうするかと考えた。側についてやりたいのは山々だが、明日の依頼は銀時が居なければ成立しないのだ。依頼者は20代後半の女性。結婚詐欺に気付いたのが結婚披露宴の一週間前だった。新郎とは連絡が取れず、貸していた300万円……更に亡くなった母の形見の指輪も消えていた。披露宴の中止も考えたらしいが一人残る父親を安心させてやりたい一心で依頼者は万事屋に依頼したのだ。

《嘘の結婚式を挙げさせて欲しい》と――――――

「お前も知ってるだろ? 明日は俺が居ねえとマズいって。新郎役まで逃げ出したら、依頼者マジで死んじまうだろ」

「そんなの分かってるアル」

「それにお前もタダ飯食えるって喜んでただろ? なんでそんなに……」

 神楽は銀時の寝間着を握ったままジッと動かずこちらを見ている。だが、次第にその目に涙が溢れてくる事に気が付いた。

「え? そんなにダルいの? ただの風邪じゃねえの?」

「…………銀ちゃん」

 神楽は深呼吸をするとやっとの事でその言葉を絞り出した。幾度と無く呼ばれて来た自分の名だが、何故かこの時自分のものには思えなかった。それは神楽の震える声のせいなのか。

「明日、チュウ……するアルカ?」

 銀時は頭を掻いた。

「いや、さすがにそれは、あちらさんも……」

「でも、してって言われたら銀ちゃんするんダロ!」

 何故こんなに神楽は必死なのか。依頼とは言え、そう簡単に新婦と誓いのキスを交わすことは出来ない。そりゃあ、向こうにその気であるのなら役得だと――――――

「だったら、私にもしてヨ」

 意味が分からなかった。銀時の心臓が少しずつ少しずつ騒がしくなる。

「はぁ……? なんでだよ」

 神楽はもう完全に泣いていた。涙が頬を伝い、震える唇が嗚咽を我慢している。

「えっ、おいおいおい」

 それでもまだ銀時は気付けなかった。神楽が何を思い、涙し、そしてキスを望んだのか。

「わかん、ないッ……アルカ?」

 しゃくり上げるように泣く神楽に銀時は戸惑う一方だ。

「わかんねえよ。何が言いてえの?」

「好きアル……」

 その言葉に銀時は首を振る。

「いや、お前……ハハハ……」

 乾いた笑い。冗談だと言って欲しいのだ。今まで父親・兄として接していた自分を神楽がそんなふうに思っているなど……受け入れ難い現実である。

「お前、甘えるにしてはちょっとデカくなり過ぎじゃねえ?」

 神楽が自分を慕っている事は分かっていたが、まさか男として見ているなど……認めたくはなかった。

「だから……好き……アル、本当に……好きネ」

 無理だ。拒絶反応が起こる。神楽を自分の身内として可愛がってはいるが、まだ子供で意識などしたこともない。

「あぁ、そうかい」

 銀時は興味ないと言うふうにぶっきらぼうに答えた。それによって神楽が傷つく事も知りながら。認められないのだ。認めたくもない。神楽が自分に惚れているなどと――――銀時は無理やり事実を曲げるように、その言葉のカテゴリーを《恋慕の情》から外した。妹が兄貴や親父に声かけするのと変わらないもの。そう受け取ることにしたのだ。

「真面目に言ってるアル!」

「まぁ、言葉だけ有り難く受け取っておくわ。じゃあな、おやすみ」

 銀時は神楽を締め出すように居間と寝室の境の襖を閉めると、布団に入った。これからどう神楽と接するべきか。そんな不安を抱えながら。

 

 神楽とはその後、ぎこちない日々が続いた。父親の元へ帰してしまおうか。そんな事も考えたが大人である自分がそれをしたら、神楽は一生傷を背負ったまま生きることになる。多感な年頃だけに対応に頭を悩ませていた。しかし、それも一年、二年と日が経つごとに薄らいでいった。距離間は昔とすっかり変わってしまったが、神楽があの日以降、銀時を熱い眼差しで見ることはなくなった。これで少しはやりやすくなる。そんなふうに最近は思っていたのだ。

「それは言うなァァアア!」

 新八が顔を真っ赤にして神楽に怒鳴っている。銀時はそれを廊下から居間に繋がる戸を開けた時に目撃したのだ。

「なんだよ。お前らまたケンカ? 飽きねえな」

 そう言って銀時は今し方買ってきたばかりのいちご牛乳に口をつけた。

「銀さん、聞いてくださいよ! 折角僕が神楽ちゃんの洗濯物を畳んであげたのに『触るなキモイ』って! しかも『童貞キモイ』ってェェエ!」

 新八は鼻水を垂らしながら銀時に訴えかけた。

「まー……それは新八が悪い。放っておけば良いんだよ、ンなもん」

「ほら、お前が間違ってたダロ? 謝れ童貞!」

 そう言って神楽が新八に迫ると、新八はその迫力に圧倒されているようだった。そうなのだ。気付けばいつの間にか神楽の身長が新八と同じ……いや、少し高くなっていた。

「あれ? 神楽、お前そんな身長デカかったか?」

 すると神楽は長いツインテールを揺らすと不思議そうに首を傾げた。

「何言ってるネ。去年の年末で新八を抜かしたアル。なっ、チビ童貞?」

「そ、そそそそれを……それを言うなァァアア!」

 銀時はうるさくて敵わないと耳を塞ぐと窓際の椅子に腰掛けた。気づかない内にすっかり神楽も成長していたらしい。この自分に淡い恋心を抱いていた日々が遠くに感じた。

「あっ、そう言えば……」

 神楽はそう呟いて新八を押しのけると、銀時の目の前に来た。

「銀ちゃん。私、明日からちょっと出掛けるアル」

 それは急な話であった。

「から、ってどういう意味だよ? ハゲにでも会いに行くのか?」

 銀時は漫画雑誌から目を離さず神楽に聞いた。

「そうじゃないネ。ちょっと今は話せないけど、一週間くらいで戻ってくるアル。江戸には居るから心配しないでヨ」

 そこで銀時はようやく顔を上げると神楽を見た。少し落ち着きが無い。目も泳ぎ、軽く呼吸が乱れている。

「ん、じゃあ気を付けろよ」

 銀時はそれだけ言うと再び漫画雑誌へと視線を戻した。

 気付いていないフリをしたが、ザワザワと胸が騒ぐ。神楽は一週間もどこへ行く? 何しに行く? それもあんな態度をとりながら。何故、緊張しているのか? それはまだ俺のことを……などとは思わない。きっと理由を知られると恥ずかしいからだ。だから神楽は落ち着きが無いのだ。銀時はそう結論づけた。

「私、ちょっと出掛けてくるネ。夕方には戻るアル」

 そう言って神楽が部屋を出ていくと、入れ替わるように新八が銀時の元へとやって来た。

「銀さん! 気にならないんですか! 神楽ちゃんのこと!」

 面倒臭えと言ったような顔で銀時は答えた。

「お前な、さっきので懲りただろ? 放っときゃ良いんだよ」

「いや、でも神楽ちゃん女の子ですし、それに顔も可愛いじゃないですか。それなのに一週間も……」

 確かに気にならない事もない。だが、あれくらいの歳の少女には秘密の一つや二つあるものなのだ。それを親父や兄貴が暴いてはいけない。そういう家族内での決まりがきっと存在するのだろう。だが、己に問う。お前は神楽の父親なのか?

「とにかくあいつを信用してるなら口を出すな。それが俺たち《家族》に出来ることだろ?」

 新八はもう何も言わなかった。納得したのだろうか? それとも納得など出来なかったのだろうか。だが、銀時の気は変わらなかった。神楽を放っておく。どんなに気になっていても、理由が知りたくても……だ。

 

 翌日。神楽は朝から大きな鞄に着替えなどを詰め込むと足早にどこかへ向かった。想像する。どこへ行くのかを。きっと一週間、寝泊まりが出来るところだろう。そして、一人ではない筈だ。更に言うとただの友人宅ではないだろう。銀時にも新八にも言えない場所。

 神楽が大人へと日に日に成長している事を感じずにはいられなかった。ただどこかへ外泊している事を星海坊主が知ればきっと乗り込みに行くだろう。銀時も数年前ならそうした。だが、今は――――――

「お早うございます!」

 新八が玄関を開けて居間へとやって来た。そうして銀時の顔を見るなり言ったのだ。

「なんでそんな酷いクマ作ってるんですか!?」

 昨夜、眠れなかった理由はなんだろう。自分でもよく分からなかった。

 

 その晩、万事屋には神楽が居なかった。次の晩もその次の晩も。銀時はほんの数年前まではそれがごく当たり前だった事を思い出したのだ。

「クゥン」

 暗い部屋でしなびたように布団で眠っていると襖が開いて定春が入って来た。ゴソゴソと布団に潜る定春。

「あーもう、図々しい! そういう所、飼い主にそっくりだな」

 勝手に居着いて、勝手に出て行って。だからと言ってそれを咎めはしないし、自由にすれば良い。しかし、やはり人間である以上、情も湧く。だが、それは飽くまで情である。数年前、神楽が見せた自分への想いとは違うのだ。慣れればいずれ平気になる。ただそれには時間が掛かると言うだけだ。いつか神楽は巣立って行くのだから。丁度良い予行練習だ。そんなことを考えている内に銀時は眠りに落ちるのだった。

 


 

だんだん速く:02/銀神※(リクエスト)

 

 神楽が出て行って4日目の日のことだ。

 パチンコ屋の帰りだった。軍資金は底をつき、今夜は飲みに行けないなどと愚痴を溢しながら歩いていた銀時の目に一組の男女が入った。男もなかなかの男前だが、それ以上に隣を歩く着物姿の女が目を引いたのだ。珍しい髪色。神楽と同じような橙色をしている。肌も透き通るように白く……なかなかの美人だ。しばらくその男女を見ていると腕を組んだまま長屋の一室へと入って行った。

「…………あーあ」

 思わず銀時は僻みっぽいため息を吐くと、猫背で万事屋へと帰るのだった。

「ただいま」

 帰るも新八も居ないのか静かなものだった。神楽がいなくなり数日経ったがどうもまだ慣れない。

「昼寝でもすっか」

 ソファーにどかっと横になると頭の後ろで腕を組んだ。そして何故か先ほど町で見かけた女を思い出す。他人の女には興味もないのだが、ただ神楽と同じ髪色だったと言うだけで忘れられないのだ。色の白さと言い、神楽に似ていた。そこで銀時は考えた。もしかしてあの女は神楽だったのではないかと。

「つう事は、あの男前が神楽の――――」

 カレシなのだろう。一週間どこへ行っているのかと思ったが、こんな近場に居るなどと思いもしなかった。多分、男も休みを取り、二人して昼夜構わず愛を育んでいるのだろう。銀時はこんな事を考える自分に吐き気がした。だが、勝手に頭に思い浮かぶのだ。神楽と男が仲睦まじくする様子が。

「けっ、あいつもいっちょ前に…………」

 もう違うのだ。銀時へ吐露したあの頃の神楽とはもう……。遠い昔に感じる。神楽が自分を好きだと言った夜が。だから何なんだと言う話だが、考えてしまうものは仕方がなかった。

 それにしても自分の隣……以外の場所に居る神楽を初めて見たが、道行く娘と見間違える程に成長していた。神楽もじき大人になり、ここを出て行く。もっとずっと先にあるものだと思っていたが、案外それは直近なのかもしれない。不思議な気分になった。理解できない、未知の、はっきりとは分からない感情だ。それが妙に口の中を苦くさせる。だが、気にしないように努めると銀時は目を閉じた。

 

 それから数日後の夜だった。大きな荷物と一緒に神楽が帰って来たのは。

「疲れたアル!」

 なわけねーだろ、とツッコミを入れたかったがその前に神楽は風呂場へと飛び込み、銀時は声を掛けることが出来なかった。廊下で突っ立ったままの銀時の耳にシャワーの音が入る。水が跳ねて、流れて、滴って。それが神楽の肌の上を滑り、排水溝に消えていく。泡とともに。今までもそうだった。この先も、あと何年かもそうだろう。だが、そんな事に突然違和感を覚えた。何故なら神楽には交際している男が居るのだ。それなのに血の繋がりのない男の家で、寝食を共にするのは如何なものか。しかし、先に暮らしていたのはこの俺で、誰がなんと言おうとも、それは神楽の自由なのだ。神楽がここに居たいのであれば、いくら恋人であろうともそれを阻む権利はない。別にやましい間柄でもないのだ。ちょっと昔に神楽がこの俺に惚れていただけなのである。

 銀時は寝室に自分の布団を敷くと、早めに眠ろうと寝転んだ。起きていてもどうも落ち着きがないのだ。新八には放っておけとは言ったが、やはり聞きたくなってしまう。神楽のカレシの話を。碌でもない男じゃなければ良いけど。そう思っているが、この俺に惚れた神楽なのだからやはり少々心配なのだ。そんな事を宛もなくグルグル考えている内に、向こうのほうで聞こえていたドライヤーの音も止まり静かになった。そうして神楽が歩いてこちらに向かって来て…………乱暴に襖が開けられる。

「なんだよ。お前、もう少し静かに出来ねえのか」

 神楽は銀時を覗くように屈むとニコニコとしていた。それをちらりと片目で見た銀時は、一体何なのかと不思議に思った。

「なぁ、銀ちゃん。この一週間の話、聞きたくないアルカ?」

 銀時は目を閉じると布団を被った。誰が他人の惚気話を聞きたいと思うのか。

「いや、いいわ。もう寝るから向こう行けよ」

 しかし、神楽は余程聞いて欲しいのか、銀時の布団に入り込むと脇腹をくすぐって来たのだ。こんなふうに神楽がじゃれてくるのは、告白以降実に数年ぶりのことだ。急に何があったのか。男への耐性がついたのだろうか? 銀時は戸惑いと驚きに思わず布団から顔を出した。

「オイ、こっち向けヨ! 人が折角、面白い話してやろーとしてるアル!」

 神楽は銀時の顔を無理やり自分の方へ向けると、銀時はその距離の近さに思わずのけ反った。

「はぁ? なんなのお前。疲れてんだろ! さっさと寝てこいよ」」

 すると神楽はニッコリ笑うと言った。

「今日はここで寝るアル」

 一体、どういうつもりなのか。男の所から戻ったかと思えば、信じられない程に甘えてくるのだ。そりゃ……まぁ……と、銀時も悪い気はしなかったが、やはり戸惑いはデカイ。それにもう神楽も子どもとは言えない。密着している神楽の胸が銀時の腕に当たった。

「銀ちゃんだって久々に私に会えて嬉しいダロ! 素直に喜べヨ!」

 そう言って神楽は更に密着してくると、長い脚が銀時の足に絡んだ。

「…………あーあー、嬉しい。良かった、良かった」

 何故か顔が熱くなる。神楽は間違いなく神楽なのだが、一週間その豊満な体で何をしていたのか……知っているだけに妙な気も起こる。

「なんだヨ! その言い方! もっと喜ぶアル!」

 そう言って神楽は横を向いて銀時を見つめた。視線が痛い。長いまつげが突き刺さるようだ。

「つうか、なんでお前そんな……」

 もうこの俺を男として意識していないから出来る芸当なのだろうか。きっとそうなのだろう。しかし、どうも喜べない。全然嬉しくないのだ。本当は神楽がおらず寂しかった。早く帰って来ないかとずっと考えていた。男の所に居ると知っても、自分の側に神楽を置いておきたい気持ちはあって、神楽が帰って来るのを心待ちにしていた。それらの理由は本当に『ただ単に寂しかったから』なのだろうか? この先も神楽と一緒に居たいと思う自分は一体――――――なんだ?

「もう寝ろ」

 銀時は神楽を突き放した。布団を被って神楽に背を向けたのだ。どうしてこんなに胸が苦しいのか。何故、動悸が激しいのか。自己嫌悪感に包まれる。本当はこんなふうに突き放したくはないのだと心は震えていた。

「…………言われなくても、もう寝るアル」

 神楽は襖を開けて部屋から出て行くと物置へと戻った。

 これで良かったのだと、銀時は薄暗い空間をみつめながら心で呟くのだった。

 

 昨日のあれが異常だったのだ。神楽は今まで通りのそこそこ遠い距離に居た。何故、昨日はあんなテンションだったのか。何か興奮するような出来事があったのだろう。朝から銀時は嫌な気分に浸っていた。

 そんな銀時の気分を吹き飛ばすようにジリリリリと電話が鳴った。一番近くに居た銀時が手を伸ばし、受話器を上げると見知らぬ男の声が聞こえたのだ。

「はい、万事屋です」

《神楽さん、居ますか?》

 銀時は受話器を耳から話すと、神楽に向かって差し出した。

「男」

 その言葉に神楽は、銀時を一度強く睨んで受話器を受け取った。

「……電話変わったアル」

 神楽が椅子に座る銀時をジッと見つめながら返事をしている。銀時も負けじと見つめ返していた。銀時が言いたい言葉はただ一つだ。カレシなんだろ? しかし、神楽が言いたい言葉はなんだろうか? 下衆の勘繰りはヤメロ。そんな所か?

 しばらくすると神楽は電話を切り、玄関へと向かった。行くのだろう。電話の男の所へ。

「神楽ちゃん、どこか行くの?」

 新八がそう廊下へ向かって問えば、神楽が小さく返事した。そして、ピシャリと戸の閉まる音が聞こえて神楽が出て行った。

「結局、神楽ちゃんはどこに行ってたんですかね? 一週間も」

 銀時は椅子を回転させると窓側を向いた。

「知らねーよ」

 ウソだ。本当は知っている。神楽は男の所へ居たのだと。そして、今もその男の所へ向かったのだと。昼間から神楽を呼び出してどういうつもりなのか。そして素直に向かう神楽も神楽である。怒りすら湧いてくる。

「ちょっと僕も出て来ます」

 銀時の機嫌に気付いたのか新八も出ていき、銀時はジメッとした室内に一人になった。どうしてこうも気分が優れないのだろう。考えれば考える程に分からなくなった。素直になれば見えてくるのだろうが……

「あー寝よ」

 銀時は今日もやることがないとソファーに寝転んだ。そして昨晩の出来事を思い出す。神楽が布団へと入って来て、無遠慮に体を押し付けて…………気付けば着物の上から右手で下腹部を擦っており、既にそこは熱く盛り上がっていた。

「神楽……」

 今、あいつは何している? あの早熟な体で。

 風呂あがりの神楽の匂いや、しなやかな指。白い肌。柔らかい胸に張りのよい太もも。それが昨夜は密着し、銀時に警戒を解いていたのだ。これが行きずりの女であればどんなに良かっただろうか。無責任に抱いて、好きに出来ただろう。だが、神楽相手にそんな事は許されないのだ。それでもこうして右手で遊ぶ時くらいは汚させて欲しいと、銀時は虚像の神楽に吐き出すのだった。

 終わって息の上がる自分にまたしても自己嫌悪を抱く。なんで神楽を頭の中で犯したのだと。しかし、もう否定することは出来ない。体が反応してしまった以上、性的な対象で見ているのだ。あの神楽を。その事に神楽は気付かないだろう。しかし、もし万が一気付かれてしまったら? 銀時は手を拭ったティッシュを見て、情けなく泣き出しそうになった。

 

 それから神楽が帰って来たのは昼すぎのことだった。怒ったように煩い足音が廊下を渡り、居間へと向かう。そして戸が開いたと思ったら眠っている銀時の顔面に何かが叩きつけられた。

「いでッ!」

 慌てて銀時が体を起こすと、叩きつけられたものは茶封筒で中には……

「オイオイオイ。お前、なんなのこの大金!? どっからかっぱらって来たよ!」

 すると神楽はソファーに座り、偉そうに長い足を組んだのだった。短い丈のチャイナドレスのせいで神楽の下着が見えてしまいそうだ。

「神楽ちゃん……ゴホン」

 そうやって銀時が咳払いをするも、神楽は髪を揺らし、こちらを生意気なカオで見ている。

「そんなんどうでも良いアル。なんか言うことないアルカ?」

「だから、こんな大金どっから……」

 すると、神楽は足を組み替えた。思わず目がそちらへ流れる。白い下着が一瞬見えた気がしたが、神楽の視線に気付き茶封筒へと慌てて戻した。

「それ、一週間で私が《真選組》に協力して稼いできた金ネ」

「一週間? つうことはお前……」

 そこで神楽の頬が赤く染まる。

「朝の電話で思ったけど……銀ちゃん、なんか勘違いしてないアルカ?」

 銀時は目を泳がせると、頭を掻いた。

「いや、ほら……まー、お前と男が腕組んで歩いてるトコ見たっつうか」

 神楽は慌ててこちらへ来ると銀時の隣に座った。

「銀ちゃん、見てたアルカ! 私の活躍するとこ!」

「えっ? 活躍!? あ、ああ……ちょっとだけ、な」

 まさかそれを見て死ぬほど胸を痛め悩んでいたなどとは言えない。神楽に男ができたなんて事は単に自分の勘違だったのだ。恥ずかしさと安堵感から銀時は変な笑い声が出た。

「アヒャヒャヒャ。そうだよな、お前に男なんて……」

 しかし神楽がすかさず言った。

「でも、口説かれたアル。さっき手渡しでこのお金もらう時に二人で食事しないかって」

 緊張が走る。神楽はなんて答えたのか。だが、その選択をなじる権利など銀時にはない。

「行って来いよ」

 神楽が寂しそうな顔をした。それから目を逸らすと銀時は神楽の頭を撫でた。

「まーそういうのも良いんじゃねェの? たまには」

 だが、神楽の手が銀時の手を払いのけると……優しく包み込まれた。

「なんで私がこんな大金稼いで来たか、その理由考えてくれないアルカ?」

 銀時の鼓動が心地よいリズムで刻まれる。

「あれだろ? お前の今までかかった食費」

 その言葉に神楽の手が更に銀時の手を強く包み込むと、じんわり汗が滲んでいた。神楽の緊張が窺える。

「違うアル……この先かかる食費ネ」

「お前、いつまで《万事屋》に居るつもりだよ? いつか出てって、嫁に行くんだろ? まさか行かねえつもりじゃねーだろうな?」

 まだ神楽の顔を見ることは出来ない。唯一分かるのは手の温もりだけだ。触れられている部分がヤケドしそうに熱い。近い距離。さっきこの手で誰を想い性的興奮に包まれていたのか。それがバレてしまうのではないかと少し焦る。だが、離れたい気持ちなど湧かないのだ。ずっと神楽の熱に包まれていた。こんな事を考えるなど、どうかしているのだろうか?

「私は……えっ、あっ……ずっと万事屋に寄生するつもりアル……」

 何かを言いよどんだ。それをどうしても銀時は聞き逃してはやれなかった。

「言えよ、はっきり」

 神楽が言葉に詰まる。銀時も分かっていて聞いている。きっと神楽はこの俺のことを……自惚れでもないだろう。伝わる熱がそう言っているのだ。

「なに? 言えねえの?」

 神楽は呼吸を整えているも、言葉が上手く出てこないようだ。その理由だって理解している。こんなに手を熱くしているのだから、言えない言葉など簡単に推測出来るのだ。

 銀時はそこでようやく神楽を見た。耳まで赤く染めて顔を伏せている。もう十分だろう。もう自分も心を見せてもいい頃合いだ。今更、なんて言われるかもしれないが、今更こうなってしまったものは仕方がない。どうしても見過ごすことは出来ないのだ。

「神楽」

 名前を呼んで、手を握り返す。すると神楽の顔がゆっくりとこちらを向いた。目と目が合って視線が繋がる。

「食費なんて良いから。ずっとここに居ろ」

 そう言って銀時は神楽を抱き寄せ、胸の中へと押し込めた。

「……銀ちゃん?」

 神楽の戸惑ったような声が聞こえる。その答えを教えてやるように銀時は神楽の顔を寄せて、唇を奪ったのだった。甘い、熱い、痺れるような口づけ。好きだった。もう誰にも渡したくないほどに神楽を愛していた。それを伝えるように唇を押し付けるも、すぐにそれは離れて、神楽の熱っぽい瞳が銀時を映した。

「好き、銀ちゃん、好きアル、好き」

 言い終えた神楽から今度は唇を奪われた。再び二人の唇が触れると、先ほどよりも深く激しく絡まった。溺れていく。このままでは酸素が足りなくなって死んでしまうかもしれない。それでも良いと思える程に銀時は神楽の熱に塗れていたかった。唇を舐めて、つついて、甘噛して。神楽が逃げられない程の愛撫を与え、時間も忘れて神楽を貪る。神楽もそれに不慣れながらも応えようとしていた。気付けば神楽をソファーに倒しており、覆いかぶさっている銀時はひたすら愛を与えた。細く白い首筋に唇を寄せる。くすぐったそうに神楽は身をよじるが、銀時は構わずに舌を這わす。このままでは終わりたくない。体はまだ足りないと神楽を欲すのだ。神楽もぶっ飛ばすなど嫌がりはしないのだから……

 銀時の手が神楽の胸へ流れる。

「ま、待つアル!」

「なんで?」

 神楽の頬は既に真っ赤で今にも卒倒しそうになっている。

「こんな所じゃなくて、する時はちゃんとしたいアル」

 神楽の言うように欲望のまま盛っていては、まるで野獣である。銀時は神楽の胸をチャイナドレスの上からゆっくりと撫で回しながら言った。

「まぁ確かに」

「ってなんで……待てって言ってるダロ!」

 そう言って銀時の手首を掴んだ神楽だったが、構わず銀時は神楽の乳房を揉み、唇に吸い付いた。

「んんっ、まッ……んんッ!」

 まさかこの後、帰宅した新八に絶叫されるなど想像すら出来なくなっている銀時は、神楽の言葉を封じてしまうと甘い唇に夢中になるのだった。

 

2016/06/28