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(原作年齢)神楽が銀時に告白し、振られる

振られ方に不満を持った神楽が大人(なんらかの方法で)になり、銀時を夢中にさせる

夢中になった所で銀時を振る予定

本来の自分ではない事に神楽の中で嫉妬や不満が募っていく

最終的に銀神(土方、沖田、桂)

R18


プリンセス:01/銀神←土・沖・桂(リクエスト)

 

 銀時と新八がそれぞれ別の用で留守のため、珍しく神楽は友人と万事屋の居間でお喋りをしていた。十代の少女ならではの他愛のない無駄話だ。誰がどうしただとか、アイドルの話だとか……そんな中、急に一人の少女が言ったのだ。

「神楽ちゃんって、万事屋さんと何もないの?」

 一人がそう言えば、もう一人が便乗してきた。

「私も前からずっと気になってたんだ! どうなの?」

 どうと言われても何もない。神楽は酢昆布を齧りながら答えた。

「こき使うだけこき使ってポイ、ネ。あんなモジャモジャに期待するだけ馬鹿アル」

「じゃあ、神楽ちゃんは何か起こらないかって期待してるんだ?」

 そう言われると何とも答えづらい。銀時の事は嫌いではないが……現実と言うものをよく知っている。銀時は《ないすばでー》の美女が好きで、神楽など全く眼中にない事くらいは分かっている。

「もう銀ちゃんの話やめようヨ」

 神楽は皆にそう言ったが、他の子はすっかり他人の恋愛話に夢中になっていた。

「やっぱりさ、意識させるには好きって言うのが一番だよね」

「うん、私もそれで今カレと付き合ったんだー」

 何とも勝手な話だ。誰があいつに告白なんてするか……そう思っていると玄関の戸が開いて銀時が帰って来たのだった。神楽は慌てて友人の口を押さえに掛かったが、お喋りなその口は他の口と団結すると悪さを始めようと疼いていた。

「あれ?」

 騒がしい居間へと驚いた顔の銀時が入ってくると、少女たちは笑顔で挨拶をした。

「お邪魔しています」

「ああ、いらっしゃい……」

 そう言った銀時の周りを女の子達が取り囲み、少々困惑しているようだった。神楽は今の内に窓からでも逃げてしまおうとしたのだが、別の女の子に捕まえられてしまうと乱暴に押し退ける事も出来なかった。

「あの~、万事屋さんって彼女いるんですか~?」

 少女達の黄色い声に銀時も満更でもないような表情を浮かべていた。神楽はそれに苛立つも、皆が余計な事を言わないかと気が気でなかった。胸の内側に汗を掻くような息苦しさを感じた。

「おいおいおい。お嬢さん達、まさかその年で銀さんの良さに気付いちゃった?」

 神楽は心の中で言った。死ねヨと。

「実は……アハハ……神楽ちゃんが……」

 随分と皆は盛り上がって楽しそうだが、神楽は生きた心地がしなかった。どうしたら良いのか。多分、友人が何かを言っても銀時は冗談だと受け取るに違いない。それならやっぱりこの場を利用して……などと考えている内に一人の女の子が言ったのだった。

「神楽ちゃんを彼女にするって言うのはどうですか?」

 するとそれまであれだけ騒がしかった連中は銀時の返事を待つために静かになり、神楽はこの空気に押し潰されるような気持ちだった。顔がみるみるうちに赤く染まり、気付けば喚いていたのだ。

「な、ななななんでアイツの彼女になるアルカ! ふざけんじゃねぇヨ!」

 すると銀時は鼻の穴に指を突っ込みながら女の子達を掻き分けると、神楽の元へと来たのだ。見下ろす目はどこか真っ直ぐで、こんなふざけているにも関わらず、どこか期待に胸が痺れた。

「どうもこうも無えよ。まだ鼻くそつられ機の間はな」

 そう言って頭に鼻くそをつけられたのだ。

 そこから後の記憶はほぼない。阿鼻叫喚地獄に陥った万事屋と、窓ガラスを突き破り地上へ落下した銀時。そんな記憶が薄っすらとあるが――――――気づけば神楽は風呂敷に荷物を詰め込み、定春と共に江戸城の前に居た。顔は涙でぐしょ濡れで、唇もワナワナと震えている。とにかくもう万事屋に帰ってやるものか。神楽は家出を決意したのだ。

 

「神楽ちゃん! どうしたの!」

「そよちゃぁぁあああん!」

 神楽は江戸城の中へと通され、親友のそよ姫の胸元へと飛び込んだ。頼れるのは名も財も富だってある親友しかいなかったのだ。とにかく神楽の身に起こった顛末を話すことにしたのだった。

 話を聴き終えたそよ姫は、小さく唸ると何か考え込んでいるようであった。

「そよちゃん?」

 するとそよ姫は神楽の手を取ると、急にどこかへと連れ出したのだ。

「待ってヨ!」

 一体、どこへ連れて行くのだろう。勉強の出来るそよ姫なとの事あって、何か妙案が浮かんだのではと期待した。それは銀時への仕返し方法や――――振り向かせる方法など。だが、連れてこられた先にそんな期待は粉々に崩れ去ったのだ。

「何があるアルカ? こんな所に」

 今まで見た蔵の中で一番大きな蔵だった。万事屋が三軒ほどすっぽりと入ってしまうくらいの大きさだ。

「ここはね、色んな惑星からの献上物が収められてるんだよ。神楽ちゃん、こっち」

 そよ姫の後に続いて神楽は蔵の中へと入って行くと、埃っぽい匂いが鼻についた。だが、そよ姫は機嫌よく鼻歌を歌っている。一体、ここに何があると言うのだろうか。

「前に見つけてね、それでずっと気になってたの」

 入り口はもう背中の彼方。薄暗い蔵をしばらく進むと、目的の場所へ着いたのかそよ姫は足を止めた。そして、手のひらサイズの小瓶を二つ取り出すと、それを神楽に渡したのだ。一つは青い飴玉がたくさん詰まった瓶で、もう一つは赤い飴玉が詰まっていた。

「これ、何アルカ? くれるネ?」

「うん、神楽ちゃんにプレゼントしようと思って!」

 しかし、こんな所まで連れて来たのだから、もっとすごい何かがあるのかと思ったのだが、それがこの飴玉だとは。神楽は少しがっかりするも笑顔で礼を言った。

「そよちゃん、ありがとう」

 しかし、そよ姫のにやついた顔に神楽は何かを感じ取った。もしかするとこの飴玉は普通の飴玉とは違うのかもしれない。だから、こんな蔵に保管されていた?

「実はね、その飴は不思議な飴なんだよ」

 神楽はやっぱりと言ったような顔をすると、高い位置にある窓に向かって瓶をかざしてみた。

「でも、普通に見えるアル」

「神楽ちゃん、万事屋さんに《鼻くそつけられ機》って言われたんでしょ? それって背が低いからだよね?」

 神楽の頭の位置が、鼻くそをつけるのに最適な高さなのだろう。腹が立つが身長はそんなに急に伸びたりしない。あと何年も《鼻くそつけられ機》でいなければならないのだ。そもそも兄貴は小柄だ。と言う事は、もしかすると一生《鼻くそつけられ機》のままかもしれないのだ。神楽はショックを受けた。

「このままずっと背が伸びないかもしれないネ」

「でも、万事屋さんは身長の事を言ってたんじゃないと思うよ」

 つまり神楽がまだ子供だと言いたかったのだろう。子供の内は彼氏・彼女と騒いでいても銀時は興味すらないと言うごく一般的な意見を述べたまでなのだろう。しかし、それでもあんな大勢の前で恥をかかされたのだ。神楽の怒りはそう簡単に収まることはなかった。

「どっちにしても家には帰りたくないネ。そよちゃん、この通り! お願い、しばらく居候させてネ」

 神楽は深々と頭を下げると、そよ姫はしゃがみ込んで神楽の顔を覗いたのだ。

「私は良いけど……一回、その青い飴を食べてみて」

 神楽はよく分からなかったが、言われた通りに青い飴を一粒口に放り込むと――――――次の瞬間には、長い髪がフサっと下へ垂れ下がった。慌てて頭を上げた神楽だったが、どういうわけかそよ姫が小さく見えたのだ。いや、周りの景色が先ほどまでとは変わっていた。積み上げられていた箱の数々も、はるか頭上に見えた窓も……数秒前より近くに感じたのだ。

「何が起こったアルカ?」

「わぁ! すっごい神楽ちゃん! 美人だよ!」

 何を言っているのか。そよ姫が突然、そう言って跳ねたのだ。

「どうしたの? そよちゃん?」

 そよ姫はこれで大丈夫だと一人納得すると、神楽に蔵から出ようと言った。ワケの分からない神楽であったが、言われた通りに蔵から出ると、室外の眩しさにキツく目を閉じた。そして、ゆっくり目を開けると、目の前に姿見が置かれていた。鏡に映っているのは、そよ姫と並んで立つ見知らぬ女性。だが、それが自分の姿である事を認識すると大声で叫ぶのだった。

「どうなったアルカー!」

 そこで神楽は力が抜けて座り込んでしまうと、城の者達によって布団へと運ばれたのだった。

 

 そよ姫から先ほど食べた青い飴の話を聞いた神楽は、布団の上に体を起こして自分の体をマジマジと見つめていた。

「じゃあ、青い飴を一つ食べると五歳年取るアルナ?」

「そう。だから、今の神楽ちゃんは十九歳くらいかな」

 そして、赤い飴玉を一つ食べると、五歳若返るのだ。どうも信じられない話だが、実際身に起っているのだ。信じるしかないだろう。

「その姿なら万事屋さんをギャフンと言わせられるんじゃない?」

「銀ちゃんを?」

「神楽ちゃんの色気で惚れさせて、最後にはスカッと振るって言うのはどう?」

 そよ姫は少々サディスティックな笑みを浮かべた。だが、神楽もその案に乗ったのだ。

「それ良いアル! 逆襲ネ! じゃあ、作戦組もうヨ!」

 二人はそこから銀時への仕返し作戦を練ると計画を実行に移すのだった。

 

 神楽とそよ姫が立てた計画はこうであった。

 

・銀時を惚れさせてから盛大に振る

・身分は伏せて接触すること

・期限は最長一週間

 

 神楽としては一週間で自分に振り向かせる事など、ほぼ不可能に思えた。男のなびかせ方など知らないのだ。しかし、あまり長い間、十四歳の神楽が居ないとなるとさすがにバレてしまう危険がある。それに何日も万事屋を開けると、自分の事を忘れられてしまいそうだと不安にもなった。神楽はそよ姫と一週間以内で全て終わらせると約束した。

「あと、神楽ちゃん。エッチはダメだよ」

 突然のそよ姫の言葉に神楽は顔を真っ赤に染めた。

「な、なに言ってるアルカ! そんなんするわけないダロ!」

「分かってるけど、念のためにね。そういう事は本当の神楽ちゃんとして好きな人として欲しいから」

 本当の自分として好きな人と――――――神楽はこの言葉を胸に刻むと、遂に布団から出た。大きな胸と細いくびれ、すらりと伸びた手足と美しい顔立ち。欲しかったものが全て自分のものとして存在していた。少々胸回りがキツいチャイナドレスだが、この衣装の良さを最大限に引き出しているスタイルだと思ったのだ。

「でも、髪が伸びてお団子がケースに収まらないネ」

「じゃあ、小さなお団子にして、あとは下ろしたら? 綺麗な髪だからそうした方が良いよ!」

 神楽は言われた通りに小さなお団子を二つ作ると、そこにズンボラ星人のペ二スケースを被せた。

「じゃあ、そよちゃん。夜になったら帰って来るアル」

「うん、定春くんは任せてね。それじゃあ早速、小手調べしてみようよ」

 そう言ってそよ姫は部屋に誰かを呼びつけたのだ。

「さっきもね、ふらついた神楽ちゃんを運んで来た真選組の人がね、鼻の下伸ばしてたんだよ」

 そう言えば、確かに黒服の男たちが敷地内をうろついているのを見た記憶がある。そよ姫が呼びつけた人物に何となく嫌な予感がした。

「何でしょうか。姫様」

 襖の前で聞き覚えのある声がした。神楽は襖に背を向けると、そこが開かれるのを待った。

「土方さん、ここは禁煙ですよ!」

 そよ姫の叱る声が聞こえるが、土方は煙草を消す様子もなく廊下からこちらを見ているのが分かった。神楽は背中に感じる視線に冷や汗を掻くと、呼吸すらもままならず固まっていたのだ。もしバレてしまったらどうしよう。そればかりが頭に浮かぶ。土方にバレれる時点で、銀時など騙せるわけがないのだ。

「この方をかぶき町の万事屋さんまで送って下さいますか? 大事なお客様なので。帰りも……これから毎日お願いしたいのですが」

 その言葉に神楽は思わず振り返った。

「そんな! 送り迎えなんて良いア…………」

 そこで土方と目が合うと、神楽は妙な恥ずかしさに包まれた。見せてはいけない姿を見せてしまったような。だが、土方は特に何と言うこともなく、そよ姫の言葉に目を伏せていた。

「悪いが姫様。そう言う事は俺らじゃなく、城の使用人に頼んで下さい」

 しかし、そよ姫も引き下がらない。

「いえ、ダメです! 重要な任務の為に万事屋へ参られるのですから、護衛が必要なんです!」

 さすがに姫様にこう言われては土方も仕方がないと引き受けたようだった。しかし、それは土方が引き受けたのではなく、真選組として引き受けたようで誰が神楽を送り迎えするのかは分からなかった。

「とりあえず今居る連中の誰かに送らせるので、その方……」

 土方の鋭い目がこちらに向く。

「名前は?」

 うっ、と思わず詰まったが、そよ姫と目で合図を送り合うと気持ちが落ち着いた。

「グラ子……アル」

「じゃあ、姫様。グラ子さんを玄関で待たせておいて下さい」

 そう言って土方は立ち去った。神楽は全く正体がバレなかった事に喜ぶ反面、もう少し何かリアクションがあっても良いのにとも思った。だが、土方からしたら姫の知り合いのよく分からない女性と言うだけであって、大人へと突然変身した神楽だとは知らないのだからこの反応が普通であった。

「神楽ちゃん。くれぐれも飴はなくさないでね。特に青い飴を無くしたら元に戻れなくなっちゃうからね」

 神楽は風呂敷の中からポシェットを取り出すと、瓶を入れて肩から掛けた。すると、肩を通って腰辺りまで紐が伸びているのだが、大きな胸が更に強調されて見事なパイスラッシュが出来上がっていた。

「それじゃあ、行ってくるネ」

 神楽はそう言うと玄関へと向かうのだった。

 


プリンセス:02

 

 万事屋へ向かうパトカーの後部座席に神楽の姿があった。運転しているのは、真選組の沖田総悟でその助手席には土方が居た。どうも屯所へ戻るついでに神楽は乗せられたらしい。非常に息苦しい。何故なら先ほどからルームミラー越しにこちらを見る沖田がいるからだ。横目でそれを見ていたのだが、神楽は遂に正面から堂々とルームミラーを睨みつけた。するとニヤリと沖田が笑った。

「やっぱりな。チャイナドレスの女ってのは、気が強いと相場が決まってらァ」

 突然そんな事を沖田が言ったもんだから、助手席の土方がこちらを振り返り見た。

「テメェは万事屋のチャイナ娘の親戚か?」

 ドキッとしたが神楽は涼しい表情で髪を揺らして言った。

「まぁ、そんなもんネ」

「って事はてめーもチャイナ娘同様、腕っ節がつえーって事か?」

 沖田が嬉しそうにそんな事を尋ねるものだから、神楽は軽く苛ついた。こんなに美女であってもこの男は打ち負かす事しか考えていないようなのだ。子供くさいと、どこか沖田を馬鹿にした目で見つめ返した。だが、こちらを鏡越しに見ている沖田の目は、どこかいつもと違うように感じるのだ。顔ではなく……。視線の先を辿れば胸があり、この沖田でさえもそんな所を見ているのかと少々驚いた。大きな胸の持つ力。それは偉大だと神楽は痛感するのだった。そして、この調子ならば銀時を惚れさせる事も可能だと確信めいた気持ちでいるのだった。

 

 万事屋の前でパトカーから降りた神楽は、助手席の窓を開けた土方に携帯電話の番号を渡された。

「迎えの時間が分かれば連絡してくれ」

 神楽は番号の書かれた名刺を受け取ると、ポシェットへとしまった。それを無言で見ている沖田と土方。神楽は居心地の悪さを感じると、追い払うような仕草をした。

「テメェがなんの用で万事屋を尋ねるのかは知らねェが、坂田銀時には気を付けろ」

 神楽は土方のその言葉に驚いた。一体、銀時にどんな噂がつきまとっているのだろうか。神楽はパトカーを覗き込むとその疑問をぶつけた。

「どう気を付ければ良いアルカ?」

 すると沖田がいつになく真面目な顔で言ったのだ。

「チャイナ娘を不法滞在させてるどころか、危ねえ仕事させてるって有名でィ。しかも押入れで軟禁らしいぜ。全く旦那は恐ろしい人だ」

 神楽はとんだ勘違いに思わず笑いそうになった。だが、神楽はそれなら問題ないと万事屋へと階段を上って行った。

 いよいよ銀時と対面である。いつもの自分の家なのに、とても緊張して手のひらに汗が滲んだ。神楽は戸に手を掛けると玄関の中へと入った。

「すみませーん」

 神楽が他人の家のようにそう言えば、居間から銀時が顔を出した。明らかに銀時の顔に動揺が見える。こちらを何か恐ろしいものでも見るかのような目で見ていて、一歩もこちらへ足を踏み出さないのだ。神楽は堪らずゆっくり戸を閉めると一旦、万事屋の外へ出た。

「も、もしかして……バレたアルカ?」

 両頬に手を当てて神楽は青い顔をしていた。さすがに毎日365日共に過ごしている銀時には――――――背後で戸の開く音がした。

「ちょっと……あ、あの」

 落ち着かない様子で頭を掻いている銀時は、目を泳がせて、こちらを見ようとしなかった。

「あのですね……神楽ちゃんとは……その、とても良好な関係を築いておりまして。児童虐待等は一切なく、不当労働行為等も……」

 どうやら区の職員が訪れたのだと勘違いしていたようなのだ。神楽はその線で行こうと考えると、堂々と万事屋の中へ入るのだった。

「神楽ちゃん本人が私共の元へ駆け込んで来まして、一週間程ウチで預かりますアル……」

 神楽は嘘八百を並べると、銀時の顔はどんどんと青ざめていった。

「でも、万事屋さんが素晴らしい人だと分かれば、神楽ちゃんはちゃんとお帰ししますネ」

 神楽の後ろを歩いて居間へ入って来た銀時は、すっかり意気消沈して肩を落としていた。

「で、具体的に何をすれば良いんですか? ボランティアとか? それだったら普段の生活が安い賃金で働かされてボランティアみたいなもんなんですけど」

 神楽はソファーに座ると、ここからどうするかと考えた。このままお役人ごっこも良いが、少々難しい設定でいつかボロが出る気がしたのだ。それに銀時を惚れさせて盛大に振る計画が難しくなってしまう。それならいっそのこと――――――神楽は大きな賭けに出るのだった。

「万事屋さんがどんな人かしばらく一緒に暮らして、私が判断しますアル」

 向かいのソファーに座る銀時が思わずよろけた。

「え? 今、なんておっしゃいましたか?」

「だから、しばらく共に生活するアル。よろしくネ。銀ちゃん」

 だが、銀時は何とも言えない表情で唸っていた。

「いや、さすがにそれはマズいでしょ? そもそも従業員になんて説明したら良いか……」

「それなら問題ないアル。私から説明させてもらうです」

 新八などチョロいものだ。この《ないすばでー》を使えば簡単に落とせるのだから。そちらは後でどうとでもなるが、さすがに銀時は簡単にうんとは言わなかった。

「じゃあ、もう神楽ちゃんは帰さなくて良いアルカ?」

 すると銀時がこちらを向いてジッと神楽を見つめた。少し答えを聞くのが怖い。それでも銀時の口から聞いておきたい気持ちが強かった。

「いや、それは困ります。うちの稼ぎ頭なんで」

 その言葉に思わず銀時をぶっ飛ばしてしまった。そして、気付く。このままでは惚れさすどころか、パワーアップした力によって銀時を完膚なきまでに叩き潰してしまうのではないかと。神楽は慌ててぶっ倒れた銀時を起こしに行くと、今のこの体だからこそ出来るような事をしなければと決心したのだった。

「とりあえず神楽ちゃんを今後も預けていい人か、しっかりチェックさせてもらうネ」

 倒れている銀時に手を差し出すと、銀時がその手を掴んで――――――急に引っ張られて倒されてしまった。

「お姉さん。口調だけじゃなく腕っぷしまで神楽とそっくりじゃねぇか。もしかして親戚?」

 神楽は銀時を睨みつけると頷いた。

「人類みな兄弟って言うアル。そんなところネ」

 すると銀時は悪かったなと言って神楽を引っ張り起こした。心臓が逸る。こんなやり取りなど初めてだ。銀時に掴まれた手が妙な熱をはらんでおり、神楽はおかしいだと身震いした。

「それでお姉さんの名前は?」

「グラ子……」

「じゃあ、グラ子さん。俺が《いい人》か、隅々までチェック頼んだぜ」

 銀時の挑発的なその言葉に、絶対に惚れさせてやると意気込むのだった。

 

 その後、新八は簡単にノックダウンし、喜んで神楽の申し出を受け入れてくれた。今夜からしばらくは神楽と銀時だけである。相変わらず銀時は窓際の椅子で漫画雑誌を読んでいて、神楽が居ることを何とも思っていなさそうであった。こんなにスタイルの良い美女だとしても、お役所の人間だといくら飢えている銀時とは言えそう簡単には惚れないらしい。それは意外な発見であった。そんなとき、だった。突然、玄関の戸が開いて男の声が聞こえたのだ。

「おい、万事屋」

 その声に銀時は読んでいた漫画雑誌から目を離すと、居間の入り口に目をやった。神楽も同じようにそちらを見れば土方が立っていたのだ。

「よぉ、副長さん」

 一体、なんの用なのだろうか。ソファーに座っている神楽はジッと土方を見つめていた。すると咥え煙草の土方が鋭い目で神楽を見下ろした。

「こっちは姫様直々に護衛を頼まれてんだ。もう日暮れだってのに電話も寄越さねェとは……」

 するとその言葉に銀時は漫画雑誌を机に置いた。

「おいおいおい。どういう事だよ。姫様って、護衛って何の話だ?」

 銀時の目がこちらへ向くと、神楽は土方からも銀時からも注目されてしまった。マズい。こうなる事は予期出来ていなかった。まさか土方がこんなにも任務をきちんと遂行するなど……沖田とは違う事を改めて感じるのだった。

「グラ子さん。俺に区役所から来たって言っただろ? まさか嘘だったのか?」

 銀時の目は静かに怒っていた。神楽は焦った顔で土方を見ると、思いの外落ち着いた表情をしており、神楽に変わってこう言ったのだ。

「この方は身分を隠しておられるが、どこかの惑星の姫様らしい。お忍びで江戸観光、それも万事屋をどうしても知りたかったんだと……だから護衛が必要だ。分かるか? 万事屋」

 きっとそよ姫があのあと土方にこう説明したのだろう。神楽は意外な人物に救われるとひとまずほっとした。

「でも、このお方は今夜ここに泊まるつもりらしいんだけど」

 銀時のその発言に土方が神楽と銀時の間に立ちふさがった。

「テメェ! その首斬り落とされたくなかったらンな冗談言うんじゃねェ!」

「いや、でもグラ子さんが……」

 すると土方は銀時の胸ぐらを掴みにかかった。

「ふざけんな! テメェは外交問題に発展させる気か! そうなればテメェの首だけじゃ収まりつかねェんだよ!」

 土方の勘違いに神楽は可笑しいと笑ってしまったが、当の本人は大真面目に言っているのだ。

「でも、なんでそんな姫様が万事屋に用があるんだよ」

 確かにそうだと土方はそこでようやく銀時から手を離した。二人の目が一気にこちらへと向けられる。神楽は何か咄嗟に嘘をつこうかとも考えたが……きっとそれではまた次の嘘を重ねるだけである。こうなったら本当の事を喋ろうと、少し言葉を選んで話すのだった。

「私、そよちゃんのお城に家出して来たアル。ずっと一緒に暮らしてる人と喧嘩して。そいつは働かないし、鼻くそほじって人につけるし、デリカシーの欠片もない男ネ……」

 そこまで聞いて銀時が信じられないと首を振った。

「そりゃあ、家出もしたくなるわけか」

「テメェみてーな男だと俺は思ったけどォ!」

 神楽はそりゃそうだと思ったが、そのまま話を続けた。

「でも、そいつのこと……嫌いになれないネ。それでそいつに似ている男を見つけて近づいたアル」

 この話を聴き終えた土方は、何も言わずに居間から出ていこうとして足を止めた。

「万事屋。テメェにグラ子さんは預けるが、指一本触れんじゃねェ」

 その言葉に銀時は首を掻きながら言った。

「指じゃないなら良いんだな」

 だが、もう土方は万事屋を出た後だったらしく返事は聞こえなかった。途端に静かになった万事屋に神楽は息苦しさを感じた。ソファーの上で俯いてると、おもむろに銀時が近づいてきて、そして隣に腰掛けた。十四歳の神楽ではないとは言え、銀時に愛の告白のようなものをしたのだ。顔が熱い。しかし、隣を見上げれば銀時もその頬を少々赤らめていた。

「本当の事を最初から言ってくれれば良かっただろ? それで俺はどうすれば良いわけ?」

「別に普通で良いアル。いつもと一緒で良いヨ」

 だが、この場合のいつもの状況を銀時は知らないのだ。困ったように腕組すると、銀時は首を傾げた。

「つまり、その男は惑星の王子様的な奴なの? ベジータなの? そいつとお姫様であるグラ子さんが同棲中?」

 神楽はその設定もなかなかぶっとんでいて面白いと採用した。

「そうアル。同棲中ネ。でも、その男は王子様って言うよりは……世話係ネ」

「じゃあ、逆輿じゃねーか。羨ましいねぇ」

 実際は神楽も銀時もただの貧乏人である。想像の世界なら何だって言えると神楽はこの状況を楽しんでいた。

「ところでウチの神楽の事はどこで知ったの?」

 神楽はマズいと思ったが、適当に嘘を並べておいた。

「神楽ちゃんもそよちゃんのお城に来ていて、それで……」

 あとは察してくれと神楽は愛想笑いを浮かべると、銀時もなんだか知らないが笑っていた。そして、こちらを見る目が先ほどまでのものとはグッと変わったのだ。これがどんな感情の込められた瞳であるか。初めて向けられるものだったが神楽は知っていた。もう既にこちらに惚れているのだろう。早々と網に掛かってくれたと神楽は喜んだ。あとは引っ張るだけ引っ張って……ポイである。早速神楽は引っ掛かった銀時に餌をやる事にした。

「初めて会った気がしないアル」

 そう言って可愛い顔で見つめると、銀時も同じような言葉を口にした。

「実は俺もそう感じてんだよ」

 いつもならそこで面白くもない原始的な口説き文句が口から出てくるのだろうが、今日の銀時は珍しく黙り込んでいた。いつもはそれを傍から見ているだけの神楽にも、この空気が普段とは違うものだと分かった。実際に銀時が女性とどうかなる所は見た事がない。何よりも女性にはモテないのだ。そんな銀時がもしかすると本気になっているのかもしれないと神楽は喜んだ。二人の間に甘い空気が漂う。

「それで、その男とは結婚とかしちゃう感じ?」

「わかんないアル。付き合ってもないネ」

 すると銀時は驚いた顔をしたが、一人で納得していた。

「まぁ、お姫様ならそう言うこともあるか」

 銀時がこちらに少し距離を詰めた。きっと抱きしめたり、触りたくなっているのだろう。あの銀時が自分に対してそう思うなどおかしくも思ったが、いい気味ではあった。この後、盛大に振られるのだ。それなのにどこか虚しさも感じる。その原因は一体なんだろう。銀時のこちらを見つめる目が一瞬、この身を貫いてどこか遠くを見ている気がした。

「悪いがそこまでだ」

 だが、それは気のせいではなく、居間の入り口に立っている男に向けられたものらしい。

「何なんだよ! さっきからどいつもこいつも! ひとの家にずかずかと上がり込んできやがって」

 見ればそこに立っていたのは沖田で、どういう事なのかと神楽も分からなかった。

「土方さんが手ぶらで帰って来たもんだから、それはそれは姫様がお叱りになられてねィ。残念だが旦那。この女はもらって行くぜィ」

 そう言って神楽はいとも簡単に沖田に担ぎあげられてしまった。

「ゴルァ! 下ろせヨ! 助けて銀ちゃん!」

 しかし、銀時は神楽から目を逸らすと頷いていた。

「そうだろうな。仕方無え。帰すわ」

 そのあっさりとした銀時の様子に沖田も意外だと目を丸くしていた。だが、すぐに何かに気付いたのか神楽を担いだまま万事屋を出るのだった。

「歩けるから下ろせヨ!」

 しかし、そのまま下に停めてあったパトカーの後部座席に投げ込まれた神楽は、チャイナドレスが大きくめくり上がり、パンツが見えそうになっていた。それを急いで直すと赤い顔で運転席の沖田を睨みつけた。

「てめーもどこぞの姫様らしいな? それならもう少し貞操観念をしっかり持て」

 その言葉に後ろから神楽は運転席を蹴り上げた。

「妄想も大概にしろヨ!」

 誰も銀時とそう言った仲になるとは言っていないのだ。全ては沖田のイヤらしい妄想なのだ。だが、沖田は前を見たままハンドルを握ると、落ち着いた声で言ったのだった。

「てめーにその気はなくても、旦那はどうか分かんねえだろ」

 神楽もその言葉に怒りが鎮まると、今夜泊まっていれば何か間違いが起る可能性もあったのだと知った。万事屋に泊まる事は危険だ。そう思い直すと、神楽は流れる窓の外の景色を大人っぽい表情で眺めているのだった。

 


プリンセス:03

 

 翌日。神楽は朝から万事屋に居た。真選組の名も無き隊士に送ってもらい、万事屋に着いたのだが、今日は依頼があって銀時が一人で出ていたのだ。神楽を一人残す事に少々抵抗があるようではあったが、神楽は大丈夫だと留守番を引き受けた。なんせ勝手知ったる我が家である。神楽は居間のソファーに寝転んでテレビを観ていたのだが、いつの間にか眠たくなり、気付けば目蓋を閉じていた。

 

 何となく気配を感じる。神楽は薄っすらと目を開けると、自分を覗き込む誰かが居る事に気がついた。

「ぎゃぁあああああ!」

 だが、すぐに口が押さえられ、そしてそれが誰であるのか分かったのだ。長い黒髪の男。

「すまない。銀時は居るだろうか?」

 神楽はブンブンと首を横に振ると、そこでようやく桂の手が口から離れた。

「な、なにすんだヨ!」

「悪気はなかったのだが急に叫ばれて、犯罪者にでもなったような気になってな」

 元々が犯罪者だろと思ったが桂のボケには付き合わない事にした。

「それで、銀ちゃんに何の用ネ?」

 すると桂は顎に手を置き、目蓋を閉じた。

「その口調に、その格好……まさかリーダー……!?」

 神楽は慌てて起き上がると、長い脚を組んでスリットから白い腿を覗かせた。どこからどう見ても十四歳の神楽とは違う筈だ。これには桂も黙りこむとゴホンと咳払いをした。

「リーダーではないとしたら、一体何者であるのか」

「私はグラ子。銀ちゃんの知り合いアル」

 その言葉に桂はほぅと相槌を打つと、神楽の向かいのソファーに座った。

「まさか銀時にこのような女性の知り合いがいたとは初耳だ。それでリーダーはどこに行ったのだろうか?」

「神楽ちゃんは銀ちゃんに嫌気が差して家出中ネ」

「……ここぞとばかりに連れ込んだと言うわけか」

 連れ込んだとは、なんとも下品な言い方であったがそう思われても仕方がないのだ。だが、何もないと言うことだけはハッキリ言っておかなければと思った。

「でも、銀ちゃんとは本当にただの知り合いアル」

「ただの知り合いが留守を預かるものか?」

 意外に話を掘り下げてくる桂に神楽はイラッとした。

「どうしてそんなに詳しく知りたいアルカ? お前に関係ないダロ!」

 神楽がそう言うも、桂は全く食い下がらなかった。それには理由があったのだ。

「銀時と何もないと言い張るのなら、少しお茶に付き合ってくれないだろうか」

 まさかのまさかだ。桂はどうやら神楽ことグラ子を気に入ってしまったらしい。だが、神楽もそんなに嫌な気はしなかった。留守番とは言え、暇をしている。少しくらいなら出かけても良いだろうと、桂と茶店へ向かう事にしたのだ。それにしても桂がまさか連れ出すとは思いもしなかった。チャイナドレスが好きなのだろうか? 前に桂自身が着ていたような記憶がある。そんな事を考えながら歩いていると、よく行く大通り裏の茶店に着いた。そこの縁台に並んで腰掛けた二人は、他愛のない会話に花を咲かすのだった。

「しかし、何故万事屋に居たのか……俺は正直言って気になっている」

「それは……色々フクザツな理由アル」

 団子を頬張りながら神楽はそう言うと、先ほどから至近距離で見つめられている横顔にくすぐったくなった。それだけではない。通りを歩く男の視線がこちらに集まっているのだ。こんな経験は初めてで、どこか胸が高鳴った。女として意識される事に喜びを感じているのだ。そのせいか、男性に対して嫌悪感が薄らいでいる。いつもなら桂にも寄るな触るなと怒っているのだが、今は仮に手を握られたとして嫌じゃないような……そんな気がした。

「さっきも言ったけど、銀ちゃんとは本当に何もないネ」

「だが、それでも会いに来る理由が存在するはずだ」

 まさかそれが『惚れさせて、振るため』だとは言えない。神楽は内緒と言って笑うと、桂も目を細めていた。悪くない雰囲気であることは分かる。だが、相手は桂だ。何故なのだろうかと神楽が不思議に思っていると、向こうからこちらに向かって歩いてくる銀時を見つけた。

「あっ!」

 次の瞬間には向こうもこちらに気付いており、全速力で走って来たのだった。

「オイ! ヅラァ! てめー何してんだ!」

 そう言って銀時が桂の頭を叩くと桂はあべしっと叫んだ。

「お前も……って神楽じゃなくて、グラ子さんも何してんだよ! こいつテロリストだぞ。それに……」

 苛立つ銀時は神楽の腕を取ると、急いで桂から引き離した。それを見ている桂はワハハハと不敵に笑った。

「銀時、貴様! 俺に嫉妬しているな」

「はぁ!? 良いからてめぇは黙ってろ! 行くぞ」

 そう言って銀時は神楽の腕を取ったまま引きずるように歩いて行った。銀時が怒っている理由は分かるのだが、ここまで怒りのボルテージが上がった原因は分からない。先ほど桂は嫉妬と言う言葉を使ったのだが、一日、二日で嫉妬を感じる程に深く愛せるものなのだろうか? 神楽には男心と言うものが分からなかった。

「ちゃんと歩くから離してヨ」

 その言葉に銀時はこちらを見たのだが無視して歩き続けた。そこまでの事をしたつもりはない。ただ桂とお茶していただけだ。しかし、それは十四歳の神楽であれば問題ないのだろうが、一応設定上、ある惑星の姫君で、さらに婚約者のような男が居る事になっているのだ。地球で、それも銀時が預かっている時間に間違いでも起きたら大事になる……きっとそう考えているのだろう。

「ただお茶してただけアル」

「あっそ」

 銀時はやはり相当怒っているようだ。こちらを見ることもない。

「そんなに怒ることアルカ?」

 神楽がそう言って銀時の腕を逆に引っ張ると、その腕力のすごさに銀時が一気にこちらへと近づいた。そして勢い余って神楽に倒れ込んだのだ。

「……なんだよ」

 不貞腐れた顔が間近に迫っている。神楽はそれを見つめるとハッキリと口にした。

「お前が心配してる事なんて何も起こらないネ」

 だが、先ほどから感じている妙な高揚感。この浮ついた気持ちは桂がお茶に誘ったからだ。そして、女として意識されることで初めて自分と桂・銀時……男と言う生き物との違いを感じた。腕を掴む無骨な手や逞しい体。身体が何かを求めるように苦しみ始めた。それも切ない、どこか歯がゆい感覚だ。それをどうにかしたいのだが、何が原因で起きているのか神楽には分からなかった。

「……説得力無えわ」

 神楽は自分が銀時を見つめる目に熱がこもっている事に気付いていた。それを恥じると下を向き、もう黙って歩く事にしたのだ。横目で確認すれば銀時も同じように俯いていて、気まずい空気を感じた。

 その後、二人は黙ったまま歩いて万事屋へ戻った。神楽はこのままでは振るどころか、こちらが引っ張られてしまうような恐怖を感じた。それではなんの為にこんな姿になったのか分かったものじゃない。神楽は早めに江戸城へ帰ろうと思った。帰ってそよ姫とゆっくりすれば、この身体を包む妙な高揚感から逃れられると思ったのだ。

「じゃあ、今日はもう帰るアル」

 玄関で靴も脱がずに神楽がそう言うと、銀時が傷ついたような寂しそうな顔をした。こんな顔の銀時など滅多と見られるものじゃない。神楽は揺らぐ気持ちを蹴って遠くへ追いやると、玄関の戸に手を掛けた。

「…………さっきは悪かったな」

 ぶっきらぼうだが、銀時の口から謝罪の言葉が紡がれた。それを神楽は驚いた表情で聞くも、銀時が感情を抑えられなかった事を知り、少しだけ嬉しくなった。この自分に掻き乱されるなど、今までなら有り得ない事だったからだ。

「私も悪かったアル。じゃあ、また明日ネ」

 そう言って神楽は玄関のドアをピシャリと閉めた。

 自分へ夢中になっていく銀時に快感にも似たような感情が溢れる。今も本当は神楽に帰って欲しくなどなかった筈だ。それでも帰した《いじらしさ》に神楽は苛立ちさえ覚えた。そして、その原因が疼く身体にあって、その事が余計にストレスとなっていた。きっと自分を取り巻く様々な苛立ちは、この身体の疼きを収めれば治るのだ。それは分かってはいるが……

 神楽は歩いて城に戻ると、そよ姫の元へ向かおうとして――――――土方に廊下で引き止められた。

「姫様なら、先ほど急に江戸を立たれる事になって、今頃船の中だ」

「いつ帰って来るアルカ?」

「三日後だ」

 通りで城内にいる真選組の数が少なかったのだと神楽は納得した。どうやら沖田もそよ姫について出て行ったらしい。神楽はそよ姫もおらず、沖田もいないとあってはストレスの発散方法がなくなってしまったと更に苛立った。もう我慢が出来ないと寝泊まりしている部屋へ入ると、襖を閉めて閉じこもった。そしてゆっくりとスリットの中へ手を滑り込ませる。男を求めて疼く身体はどこを触れば良いのか分かっていた。下着の上からそっと下腹部……割れ目をなぞってみた。昼間から他人の城でなんて行為に耽っているのだろうと、神楽は妙な興奮を覚えた。そのせいか、下着越しでも濡れているのがよく分かる。クニクニと押したり、擦ったりと繰り返している内に神楽は立ってられなくなり、畳の上に座り込むと荒い呼吸で下着の中へを弄るのだった。しかし、幼い手つきではこの欲にまみれた大人の肉体を鎮める事は出来ない。切ない、じれったい、もどかしい快感だけが押し寄せて、ビリビリと痺れてくる。

「ふぁッ……んッ、あッ、ぁッ……」

 自分の声じゃないような甘い声が聞こえてくる。割れ目の中から指に絡みつく愛液が止めどなく流れてくるのだが、いくらクリトリスを弄ってもそれを止める事は出来ない。だが、脳は溶け出したかのように何も考えられなくなり、さっきまで感じていたストレスや銀時の事など……そう思っていると銀時の顔がぼんやりと頭に浮かび出す。するとその瞬間、体は火がついたかのように熱くなり、自分ではない何かを求めだしたのだ。それが何か分からずに、神楽は切ない顔と声でひたすら啼き続けた。まるでオスを呼ぶ動物のように。

 シルク生地のチャイナドレスの上から、パンパンに張った胸の先を軽くつまむ。そうしてショーツの中でも同じようにクリトリスを剥いてつまむと……

「んッ! ぁんッ、はぁッ!」

 声を堪えてはいるのだが、それでも漏れてしまう。神楽は止めなければと頭では分かっているのだが、快楽に負けて体は動かない。でも、このままでは……そう思っていると部屋の前の廊下が軋む音が聞こえた。誰かにこのはしたない声を聞かれてしまったのかもしれない。神楽は慌てて起き上がると、急いで襖を開けるのだった。

 案の定、そこには土方が居て……目が泳いでいた。神楽はもうこうなったら道連れだと、髪も乱れ、呼吸も上がったままだが、土方を部屋へ連れ込むのだった。

「誰にも言わないアルカ?」

 土方は何も言わず、眉間にシワを寄せて目を閉じると頷いた。神楽はそんな土方へ迫ると、張りの良い胸を形が変わるまで土方の胸板に押し付けた。そして、甘えるような表情と声で言ったのだ。

「……苦しいアル。どうにかしてヨ」

 こちらを見下ろす目は鋭く冷たいものに見える。だが、触れている身体の温度は非常に熱い。神楽は人助けだと思って土方に協力して欲しいと思っていた。

「ここ……触ってたらおかしくなったアル。止まらないネ。どうしよう」

 土方の手をスリットの中……そしてショーツの中へと誘った。太い指が神楽の下腹部に触れ、それだけでまた愛液が流れだす。

「これは命令か?」

 土方の顔にも赤みが見える。神楽は言葉を発さずに頷くと、土方の首に腕を回した。すると次の瞬間にはショーツが腿の下まで下げられ、足を開かされた。その股の間に自分のものではない手があって――――――生まれて初めて膣の中が掻き回されてしまった。

「ぁッ、あんッ、あたまッ、おかしく……」

 体に力が入らない。神楽は崩れ落ちそうになると、畳の上に立ち膝の姿勢で土方にもたれかかっていた。体がフワフワして、自分で触っていた時の比ではない快感だ。神楽は泣いているかのような声と顔で土方に乱されると、もう元に戻れない事を知るのだった。女にとっての男が何であるのか。もう銀時と共に生活する事が出来ないような気がしていた。きっと同じものを求めてしまうだろう。

 膣内へ出たり入ったりと太い指が刺激を与え、もはや冷静さは皆無であった。声も抑えられず、くちゅくちゅと卑猥な音を部屋中に響かせている。もう何一つ我慢は出来なかった。

「おかひくッ、なっひゃうッ!」

 神楽は土方の頭に抱きつき、その髪を手で乱してしまうと初めて絶頂を迎えるのだった。

 膣から指が引き抜かれ、そうして神楽は力ない表情で土方を見つめると、土方は何かを堪えるような苦しそうな表情をしていた。自然と互いの顔が近づく。熱い息が神楽の熟れた唇にかかる。してはいけない事をした。それがあと一つや二つ増えるくらい……と考えている時だった。襖が開いて――――――沖田がこちらを見下ろしていたのだ。

「総悟!?」

 土方の目が見開かれ、神楽も硬直した。だが、沖田は静かに襖を閉めて入ってくると土方から神楽を引き離した。だが、神楽の足首にまで下りているショーツに気付いたのか、ハァと溜め息を吐くと頭を振った。

「まさか相手が土方さんだったとはねィ……」

 神楽は慌ててショーツを上げると沖田に背を向けた。

「私が悪いアル……もう行って」

 神楽の言葉に土方は沖田から逃げ出すように出て行った。沖田はと言うと何を考えているのかこちらを静かに見ているだけだ。そよ姫について一緒に城から出たのではないのか? 何故、戻ってきたのか。その理由を聞き出そうにも言葉が出てこなかった。だが、沖田は神楽の態度からそれを察したのか、親切にも理由を話してくれた。

 そよ姫が城を出て行く前。蔵の管理を行っている者が、不思議な飴の瓶が消えている事に気がついた。その管理者の話によれば、青い飴は年齢を操作出来るだけではなく、副作用として淫靡の効果があるとの事だった。その為、生産は中止。貴重となったのでどこかの惑星の連中が、こっそりと将軍家に献上したものだと判明したのだ。それをそよ姫は自分の口から話す事ができないので、沖田にグラ子へ伝えるようにと言付けたのだった。

 だが、沖田はそれで知ってしまったのだろう。このグラ子が年齢を操作して、誰かが成り済ましている仮の姿だと。

「まさかとは思うが……てめーは……」

 神楽は咄嗟に沖田へ詰め寄ると、いつものように掴みかかり、ぶん投げるのではなく、その頬に唇をつけたのだった。

「教えてくれてありがとうアル」

 上手に笑えているかは分からないが『もしお前の知ってるチャイナ娘だったら、こんな事はしないでしょ?』そんな思いを込めて微笑んだ。さすがに沖田もそれ以上何も言えなかったのか黙り込んでしまうと、神楽はもう終わりにしなければと考えた。副作用は確実に体に現れているのだ。このままではそよ姫との約束を破ってしまうかもしれない。グラ子として銀時に会うのは明日で最後にしよう。そう誓うのだった。

 


プリンセス:04

 

 翌日。神楽は沖田が運転するパトカーに乗り込んでいた。互いに会話はなく、昨日のことがあってかどことなく気まずい空気であった。だが、それを入れ替えるように沖田が窓を開けると、真っ直ぐに前を見たまま神楽に言った。

「連日、旦那に会う理由はなんだ?」

 神楽は黙って窓の外を眺めていた。しかし、沖田はそんな神楽に構うことなく話し続ける。

「てめーの知ってる話かどうかはわからねーが、旦那んとこにチャイナ娘が居たんでィ。つい数日前まで」

 神楽はやはり疑われているのだろうと、もうバレてしまっているのだろうと、どこか諦めたような気持ちでいた。

「俺が思うにあのチャイナ娘は旦那を慕ってて、多分嫁の座を狙ってる」

 神楽は思わず驚いて沖田をミラー越しに見たが、沖田はただ前を見て運転していた。

「てめーも狙ってんだろーが、アイツの旦那を思う気持ちは多分……誰にも負けねぇ」

 顔が熱くなる。そんなわけないと否定したいが、嘘ではない。それに今はグラ子であって神楽でないのだ。しかも、こんな秘めている思いを沖田が知っていた事に強く動揺した。どれだけ見てんダヨ。そう心で呟くも、唯一今のセクシーな神楽に流されず、十四歳の神楽だけを見ている男に出会ったのだ。実はそれが嬉しかった。いつもは殴り合ってばかりなのだが、こんなふうに神楽の知らない所で思いやってくれている。腹の立つ事の多い男だが、どうも嫌いになれないのはこう言う所なのかもしれない。もう少し神楽本人の前で素直であれば可愛げがあるものの……と思ってはいるが、神楽自身も素直にはなかなかならないのだった。

「嫁の座なんて狙ってないアル。今日だって振る為に向かってるネ」

 そこで沖田は黙ってしまうともう何も言っては来なかった。嘘でない事を見抜いたのだろう。神楽は万事屋の下でパトカーが止まると、銀時が一人で居る万事屋へと向かうのだった。

 

 玄関の戸を開けて静かに入る。銀時は一旦起きたのだろうが、ソファーで仮眠をとっていた。相変わらず仕事もなく貧乏で、だらしがない。それにこの男は人の頭に鼻くそをつける最低な男だ。それでも嫌いにはなれず、ずっと付いて来た。これからもずっと付いて行くのだろうか? そんな事を思って寝顔を覗いていると、銀時の目が開き、小さく唸った。

「何しに来たんだよ……」

 その言葉に昨日の銀時が蘇った。別れ際の寂しそうな傷ついた表情。それがまだ消えていなくて、銀時の顔に引っ付いたままだ。

「寂しかったアルカ?」

 そう尋ねるも、今からわざわざ振って消えるのだ。この言葉に何の意味があるのか。それでも銀時はもう隠し切れないとでも言ったように神楽を抱き寄せると、二人はソファーへ沈んだ。

「もっと教えてくれよ。あんたの事」

 やや掠れた低い声が耳元で聞こえた。その言葉の意味を神楽の肉体はもう知っている。また昨日のように疼き始める。だが、ここまでだ。銀時には別れの挨拶をして、それで――――――だが、包まれる腕の温もりにそんな事がどうでもよく思えてしまった。この腕に抱かれて、銀時の熱を肌で感じたい。そう願ってしまうのだ。もしそうなって二人が結ばれてしまったら? 途端に神楽は目が覚めたような気分になったのだ。恐怖さえも感じる。結ばれて、それから銀時を振れば……それはこの間、銀時が神楽に鼻くそをつけて振った事なんか比ではないくらいの悲しみを与えるかもしれないのだ。何よりも元に戻ってからの生活はどうなる? いつまでも十四歳の神楽へと銀時の気持ちは向かず、永遠にグラ子へと注がれ続けるかもしれないのだ。それは絶対にダメだ。銀時の腕を解くと、神楽は立ち上がって背中を向けた。

 だが、嫌いだと言えない。その一言が出てこないのだ。ただそれを口にして飛び出せば良いのだろうが、神楽には言えなかった。銀時が不安そうな顔でソファーの上に身体を起こした。そして、神楽の手を後ろから握ってきた。温かい。

「もう帰るのか? 自分の星に」

 銀時は本当に神楽がどこかの惑星の姫様だと信じているようだ。馬鹿馬鹿しくて、神楽は笑った。だが、肩は震えて涙が溢れてくる。今、ここで銀時に愛されているのはグラ子であって神楽ではない。それは分かっているのだが、それでもほんのひと時で良いから銀時の胸に飛び込んで、何もかもを忘れてみたいのだ。髪を撫でられたい。頬や唇にだって優しく触れて欲しい。それだけじゃない。キスもしたいし、土方としたような事も銀時としたいのだ。身体が望んでいるのではなく、心が望んでいる。その心だけは唯一、グラ子ではなく神楽自身のものであった。だからこそ、ここでグラ子として愛されてはいけない。神楽は決心すると、銀時の方へ振り返りハッキリと言ったのだった。

「何勘違いしてんダヨ! モジャモジャ! お前は私にうつつを抜かしてる場合じゃねーダロ! もっと神楽ちゃんの事を心配しろヨ! そんなんだからこうして振られるんだヨ!」

 神楽は最後に銀時を蹴ってソファーの向こう側へと転がすと、ベーっと舌を出した。

「今の内に神楽ちゃんを大事にしておかないと後で後悔するのはお前アル! じゃあナ! 鼻くそ王子!」

 そう言って神楽は万事屋を飛び出すと、赤い飴を口に入れた。そして、もう二度と間違いを犯さないようにと瓶を割ると飴玉を全て焼却炉の中へ投げ捨てるのだった。

 これで良かったのだ。銀時はきっと今頃、わけが分からないと嘆いている事だろう。でも、少しでもグラ子に言われた事を心に留めておいてくれると良いなと思った。とにかく神楽として万事屋へ帰ろう。もしまだ銀時がメソメソと泣いていたら新八に声掛けて、二人で慰めれば良いのだ。もう二度と出会えないと言うわけではないのだから。

 あと数年か経って、その時まだ銀時の事が好きだったら神楽は今度こそ自分の身体で、自分の心で告白しようと思うのだった。

 神楽はこの日、そろそろ長くなって来た髪がいつものペニスケースに入らなくなり、長く綺麗な髪を下ろすと小さなお団子を作ってそこにケースを被せた。チャイナドレスもそろそろ新しいものが欲しい。物置で神楽はそんな事を考えながら胸の辺りがパッツンパッツンに張った自分の姿を鏡で眺めていた。髪型が違うだけでグッと大人びた印象だ。どこかで見覚えのある顔。もちろん自分のものなのだから、見覚えどころの話ではない。それでも懐かしいようで、新鮮なようで不思議な感覚だった。

「銀ちゃん、おはよう」

 身支度を整えた神楽はまだ居間で欠伸をしている銀時の元へと行くと、テレビを観ながらソファーに座った。

「げッ、またゲス不倫アル」

 神楽はそう言っていつまでも何も言わない銀時に目をやると、こちらを信じられないと言ったような顔で目を見開いていたのだ。

「何アルカ? 髪型一つでそんな顔するもんネ?」

 だが、銀時はまだ固まったまま何も言わず、動揺しているようにさえ見えた。さすがに気味が悪くなった神楽は銀時の前に手をかざすと顔を覗き込んだ。すると次の瞬間、銀時の顔が真っ赤に染まり、後ろにぶっ倒れそうになったのだ。

「大丈夫アルカ!?」

 神楽は心配になり銀時の隣に座ると、背中をさすってやった。

「……神楽、だよな?」

 妙なことを尋ねるものだ。神楽は遂に銀時が病気でおかしくなったのだと、自分の額と銀時の額をぶつけて熱を計ってみた。

「う~ん、そうネ。ちょっと顔熱いネ」

「熱くもなるわ」

 何を真面目な顔で言っているのだろうと思うのだが、その真剣な眼差しから神楽は目を逸らす事が出来なくなっていた。懐かしいような、新鮮なような。再び奇妙な感覚に包まれた。昔、これを経験した記憶があるのだ。あれは一体いつの事だっただろうか。神楽は銀時の瞳に遠い過去を思い出していた。

 青い飴、お姫様、胸の鼓動と太い指、切ない顔の銀時――――――そこで神楽は十四歳の頃に大人へと成長した自分を思い出したのだ。そして、あの後誓った決意のことも。

 今も変わらず銀時の側にはいるが、どこか諦めている気持ちが強かった。元の姿へ戻ったあと、銀時がメソメソしている事もなかったし、神楽が特別大切にされる事もなかったのだ。だから、すっかりと忘れていたのだが、一つだけ変わらないものはあった。断ち切れない想いである。いつか銀時が自分をひとりの女性として見てくれる……諦めている気持ちの片隅にも希望があったのだ。大人になればいつかは、と。それが今日なのかもしれないと神楽の胸は再び熱く震えたのだ。

 一気に色づきだす神楽。大人の女の色香が漂い、誰に教えられたわけでもなく艶めく表情をする。そして、男と言うものが女にとってどういうものであるのかを思い出すと、もう何も怖くなかった。

「銀ちゃん……」

 神楽は銀時の首にまとわりついて頬にキスをした。銀時も満更でもないような顔をしている。神楽の育った胸は銀時の胸板でいやらしく形を変えている。

「ずっと好きだったネ」

 今はもう何も邪魔するものはない。あの頃と違って身も心も神楽自身のものである。銀時に触れられて、乱されても構わないのだ。

「お前ってさ……実はどっかのお姫様だったりすんの?」

 銀時のその質問に神楽は笑った。

「なにアルカ? それ」

 そうして神楽は銀時の目を見つめると微笑んだ。銀時もそれを見て照れくさそうに笑うと少し震えている手で神楽を抱きしめた。

「なんでも無えよ。それより神楽ちゃん。ちょっと銀さんと布団でプロレスごっこしない?」

 なんて色気のない誘い方なのか。だが、もうツッコム時間さえも惜しかった。

「好きって言ってくれたら、何してもイイヨ」

 すると銀時は神楽をお姫様抱っこで抱えると、珍しくキリッと表情を作った。

「好きだ! 好きに決まってんだろ! コノヤロー」

 そうして銀時により布団まで運ばれていった万事屋のお姫様は、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし。めでたし。

 

 普通の物語であればそこで終わるのだろうが、話はまだ少し続く。布団の上に寝かされた神楽は、全てを思い出すと土方と及んだ行為についてもハッキリと頭に浮かんでいたのだ。男に触れられる事の悦びをもう既に知っている。あの後、自分で慰める事はあったのだが、あの日ほどの快感は後にも先にもないのだった。銀時と比べてはいけない。それを念頭には置いてるが少々不安だ。しかし、次の瞬間にはそんな事も気にならなくなっていた。仰向けに寝転がる神楽に銀時は覆い被さると髪に指を絡めて、そして口づけをしたのだ。塞がれた神楽の唇。静かで落ち着いたキスなのだが、胸の鼓動は既に身体の中で暴れだしていた。チュッ、チュッ、と唇を引っ付けて、次第に二人の手が繋がって、指まで絡みあう。手のひらに銀時の熱が伝わってきて、二人の心臓が同じリズムを刻んでいる事を知った。時刻はまだ午前。鳥のさえずりが外で聞こえる。もしかするとまだ眠っている人も居るかもしれない。下のお登勢は確実に寝ている事だろう。神楽はいけない事をしている気分になって堪らず言った。

「悪いことじゃないアルカ?」

 すると銀時が神楽の首元に顔を埋めながら言った。

「悪いことに決まってんだろ。だからコソコソ隠れてしてんだよ」

「そっか。じゃあ、静かにしないとダメアルナ」

 すると銀時が顔を上げて神楽を見たのだ。

「えっ、お前……声でかいの?」

 どう返事をすれば良いか分からずに神楽は『黙って!』とでも言うように銀時の唇を塞いだ。ゆっくりと唇か割られて、蛇のような舌が神楽の中へと入ってくる。それに夢中になっていると、気付けば呼吸も荒くなっていた。だが、それは神楽だけではない。銀時も同じく苦しそうに呼吸をしている。そして、遂に神楽の胸に顔を埋めると情けない表情をしていた。

「変態アル」

「いやいやいや! それは無えだろ」

「でも……さっきから……固いのが……」

 神楽は気付いていた。被さっている銀時の下腹部が膨れ上がり、神楽の足に触れていたのだ。それに気付いたからなのか、神楽も身体が熱く疼く。ソレが欲しいと分かっているのだ。贅沢は言わない。ただ肌を重ねて、二人で繋がっていたい。身体が満たされたいと言うよりは、心が満たされたがっていた。危惧していたが、土方との違いは明確にあったのだ。銀時との関係は身体だけが満たされれば良い、と言う関係ではないのだと。

 神楽は銀時の着物の帯に手を掛けると一枚、一枚、脱がしていった。銀時も神楽のホックを外すと、チャイナドレスを脱がせた。そうして裸になった二人は赤い頬で笑うと肌を重ねるのだった。

 じっと動かず。ただ口づけを交わす。だが、銀時は切ない顔をしている。神楽の中で行儀よく大人しくしている事が辛抱たまらないようだ。しかし、神楽も危ないのだ。少しでも銀時が動けば、すぐにでも意識を飛ばしてしまいそうなのだから。二人は苦しそうな呼吸で、互いの顔を見つめていた。

「か、ぐら。もう……良いだろ?」

「動いちゃ、ダメ」

 互いの熱い呼吸が唇に触れる。指と指はずっと絡まったままで、時折舌までもつれて、唾液も混ざり合う。そして、今は身体ごと繋がっているのだ。

「繋がってるだけで……十分アル……」

 神楽がそう言うと、銀時は片目を瞑り、何かを堪えているような表情になった。汗がポタリと落ちてくる。やはりもう限界なのだろう。腰がゆっくりとグラインドし始める。

「んッ、待ってヨ……ぎんッ、ちゃ……」

「待てねえよ」

「動いちゃ……ダメぇ、んッ」

 そこからはもう銀時のペースに飲み込まれ、神楽は激しく掻き回されてしまった。

 普段見せる事のないカオを見せ、普段は上げる事のない声を上げ、神楽はいやらしい言葉を漏らしながら銀時の肉棒に突かれるのだった。

 

 グッタリと二人は布団の上で身体を横たえ、目を閉じていた。

「ねぇ、銀ちゃん。また二人で悪いことしようヨ」

 神楽がそう言えば、銀時はフッと笑って神楽を胸に閉じ込めた。

「お姫様のご命令とあらば喜んで」

 どこかの惑星の姫君ではないけれど、神楽はこの先ずっと銀時のお姫様でいてあげようと思うのだった。

 

2016/08/28