※5年後(完結編)設定
銀時のいなくなった街。それは神楽にとって太陽の消えた日々と同じであった。いつまでも夜が続き、明ける事がない。それでも足元を照らす光は存在して、涙で濡れた顔を上げれば…………月が高く昇っているのだった。それに照らされた男の影がぼんやりと闇に浮かび上がる。
「――――――誰?」
左目を隠すように顔に包帯を巻き付け、紫色の着物をまとった長髪の侍。神楽はフッと力なく笑うと、行く手を阻むように立つ男の胸を軽く押した。
「前から思ってたんだけど、その包帯の下ってどうなってんの?」
するとその男……桂小太郎は煙管を口に咥えると、そっと煙を空に吐き出した。
「気になるのか」
神楽は困ったように笑うと、天に昇っていく煙を目に映しながら答えた。
「言って欲しい? 気になるって……」
その言葉に桂は一瞬、驚いたように右目を見開くも、スグに意味を理解したのか目を閉じた。
「言ってくれれば、俺も誘いやすい」
桂は神楽と新八を銀時に代わり、いつも心配していた。それを神楽も分かってはいるのだが、どこか『放っておいて』と言う気持ちが強かった。
「また最近痩せたように見えるが、食事はどうしている?」
神楽は自分の体を抱くと、昔よりすっかりと肉付きのよくなった胸に目を落とした。痩せているとは思えないのだ。もしかすると桂には、あの隠している左目で神楽の心労が見えているのだろうか。そんなことを考えると、他にももっと色々とバレてしまっているのではないかと恐怖を感じた。例えば、今さっきも銀時や新八を恋しく思い、一人涙を零していた事とか…………
「あんたに心配されなくても、ちゃんと食べてるし、それに…………別に大丈夫なんだから」
目を開けた桂は神楽を真っ直ぐに見つめると、何かを見定めるようにジッと動かなくなった。心を見透かされてしまいそうだ。本当は寂しくて震えている胸の奥、それがバレてしまうのではないかと恐怖した。神楽は唾をゆっくり飲み込むと、その眼差しから逃れるように顔を地面へ伏せた。足元に見える影は、次第に薄くなり闇に溶けていく。空に昇る月に雲がかかったのだ。それも黒く重いもの。急に辺りに風が吹き始め、神楽の鮮やかな髪が宙を舞った。
「雨?」
月夜は一変して、新月の夜のように町を暗く染め上げた。不吉なほどに黒い雲。神楽は持っていた大きな傘を開くと、桂と自分の頭上に差した。
誰かに出会えば甘えたくなる事を神楽は知っていた。だから、新八と別れた後も誰とも組まず……ただ一人で万事屋を護っていたのだ。今は昔とはもう違う。神楽が寄り添いたいと願えば、簡単に受け入れられてしまうだろう。この大人になった胸やカラダが男を惹きつける事を十分に理解していた。それが分かっているからこそ誰にも頼らなかったのだが…………最近はこの身だけでも良いから、時には慰められたいと思うようになっていた。心はきっと銀時が戻らない以上誰にも慰めることは不可能で、だがカラダは違った。寂しくて仕方のない夜は、疼く体に白い指を這わせて現実を誤魔化すのだ。この町に居ない男を想って――――――
「送って行ってあげる」
「すまないな」
神楽は桂と並んで歩きながら、本当にこれで良いのだろうかと考えていた。桂の家に着き、神楽が一言『寂しい』と口にすれば、きっと時間が掛かる事なく肌を重ねることになるだろう。それで本当に良いのだろうかと神楽は眉間にシワを寄せた。そのせいか次第に口数は減り、桂の暮らしている屋敷に着く頃には二人共無言になっていた。桂も予感しているのだろうか。神楽が口にしようとしている言葉を。神楽は傘を閉じると、玄関の土間に足を踏み入れた。
ガランとした、決して狭くはない屋敷である。
「ここは俺と銀時しか知らん。銀時以外に連れて来たのはリーダーが初めてだ」
神楽はブーツを脱ぐと、桂の後に続いて長い廊下を歩いた。上がって、それからどうするか。何も考えていなかった。抱かれたいだとか慰められたいだとか今はそんなこと関係ない。銀時がここに来た事がある、その言葉を聞いて勝手に足が動いたのだ。
「二人で何してたの? こんなところで」
「…………気になるのか?」
突然桂が足を止め、こちらも見ずにそう言った。神楽は目の前の背中を静かに目に映すと、ゆっくりと手を伸ばし黒髪に触れてみた。
「あんたには……何か言ったの…………?」
「いや。ただ、妙に思い出話と…………お前たちの話をしていた。俺は気付くべきだったんだ、あの時にな」
深呼吸をした。誰が悪いだとか、あの時こうしてれば良かったとか、そんな話しは実にナンセンスなのだ。振り返っても銀時が戻ることはない。神楽はその事に最近気付いたばかりであった。
「仕方ないじゃない。一緒に暮らしてた私ですら気付けなかったのよ。誰も責めることなんて出来ないんだから」
「ああ、そうだな…………」
再び、桂が歩き出すと神楽の手から黒髪がすり抜けていった。廊下の先はほぼ光のない闇で、玄関の灯りがもうずっと遠くに見えた。だが、神楽は桂について歩くと、置いていかれないようにしっかりと前を見つめるのだった。
屋敷の一番奥と思われる部屋に着くと、桂は文机の上にあるロウソクへ火をつけた。ぼんやりとした灯りが部屋を照らし、障子に二人の影が浮かび上がった。
「送ってくれた礼がしたいのだが、んまい棒が良いだろうか?」
神楽は思わず吹き出して笑うと、軽く頷いた。
「酢昆布はないんデショ? 次はちゃんと用意しておいてよね」
桂の目が静かに神楽を見下ろす。神楽も口を閉じると桂の瞳を見つめた。吸い寄せられるように二人は互いに意識を奪われると――――――
「……で、では俺はんまい棒を取ってこよう。リーダーはここで待っていてくれ」
桂が逃げるように部屋から出て行ってしまった。
神楽は高鳴る胸の鼓動に瞬きを繰り返してた。あまりにも急に訪れた瞬間に神楽も心の準備が出来ていなかったのだ。言葉がなくなって、見つめ合って……桂も自分も何をしようとしていたのか気付いていたのだ。疼く唇。いや、唇だけではないのだ。体がゾクゾクと妙な寒気を感じている。雨のせいで風邪でも引いたのだろうか。熱っぽさもある。だが、きっと風邪などではない。効く薬などないのだから。あるとすれば――――――
「リーダー、入るぞ」
そう言ってんまい棒を持ってきた桂は、文机の前に座るとまだ落ち着かずウロウロしている神楽を見上げた。
「好きなだけもらってくれ」
桂が机に置いた色んな種類のんまい棒に、神楽は手を伸ばすも食べる気が起きなかった。
「……それで、銀ちゃんは何を話したの?」
「それは銀時と俺、二人だけの秘密だ。いつか銀時が戻った時、その時にあいつに聞くと良い」
神楽は険しい表情になると、桂の正面に座り身を乗り出した。
『あいつに聞くと良い』その言葉が引っかかったのだ。桂が言ったのは上辺だけの飾られた言葉で、現実を見ていないようなもので…………神楽はそんなことを言った桂に気持ちを抑えることが出来なかった。
「私も、私だって信じてるけど、銀ちゃんが帰って来るって信じてるけどッ! でも銀ちゃん、帰って来ないじゃない!」
信じて待っていたいのだが、そう心は強くない。それに近頃思うのだ。信じて待つという事は、銀時のいない現実から目を背ける事かもしれないと…………神楽の心は揺れ動いていた。桂もその思いは同じはずなのに、何故綺麗事を並べるのだろうか。だが、見えている桂の顔も決して気分の良いものではなかった。苦しそうに歪んでいる。それは神楽の頬を伝う涙のせいなのだろうか。桂の腕が伸びて神楽を強く引き寄せた。
「気の済むまで泣くといい。新八くんが居ないのなら……俺が胸を貸そう」
神楽はどれくらいか振りに他人の熱を体に感じると、躊躇うことなく桂の背中に腕を回した。溢れる涙は、外に降る雨のように静かに流れ落ち、桂の着物に吸い込まれていく。子供のように泣きじゃくる事はしなかったが、しばらく胸に埋めた顔を上げることが出来なかった。
頭に桂の手が乗り、髪が撫で付けられる。まるで子供でもあやすかのようだ。それがおかしくて神楽の心は少しだけ落ち着くと、桂から体を離したのだった。
「悪かったわね…………」
手の甲で涙を拭った神楽は力のない瞳で桂を見ると、桂も同じような顔でこちらを見ていた。
「謝ることはない。誰しも涙を溢す夜が存在する……そこに偶然俺が居合わせただけだ」
神楽の鼓動はドドドと激しく音を立てると、優しい言葉を掛けた桂にまだまだ甘えたくなってしまった。
だから、嫌だったのに…………
そんなふうに思ったが、もう手遅れであった。久々に他人の温もりを感じた体は『もっと欲しい』と催促を始めた。きっと桂も断らない。神楽は崩れた足のまま、いざって桂に近付くと包帯で隠れている左目に触れてみた。
「傷って隠せば隠すほど、治りが遅くなるって知ってた?」
「そうか、だが俺は傷を負っているわけではない」
神楽は真面目な顔で軽く首を傾げると、髪を揺らした。
「私の傷はね、この衣装の中にあって……ほら、なかなか晒す機会ってないじゃない? だから…………」
ここまで言えばどんな堅物でも分かるだろう。この誰かにそっくりな衣装の下を覗いてみないか、と。神楽の読み通りに桂の目が大きく開かれ、そして僅かに頬が紅潮して見えた。だが、桂は目を閉じて何かを考えこむような顔つきになると、一言呟いた。
「俺は…………すまない…………」
何に謝ったのかは分からないが、どうやら気持ちにケリをつけたようであった。桂もきっと『その気』がないわけではなかったのだろう。手際よく文机の上のロウソクに息を吹きかけると、部屋から光を奪ってしまった。
「リーダー、そういう時は俺が全て見てやろう。この左目でな」
そう言った桂は巻いていた包帯を外すと、神楽もチャイナドレスの留め具に手をかけるのだった。
布の擦れる音と、何かが倒れるような音。それが静かな雨音に混じって聞こえてる。暗闇を探るように手を伸ばす神楽と、そんな神楽の傷を探る桂。触れているものは違ったが、吐く息は一つに合わさっていた。
全てを脱ぎ捨てた二人は寝転んで抱きあうと、唇を重ねた。混ざり合う唾液ともつれる舌。神楽の白い手は桂の下腹部に伸び、既に熱い塊を握れば先から『理性』が少しずつ溢れだしていた。反対に神楽は桂の長い指によって『寂しさ』が埋められていたのだ。互いの敏感な部分を触り合って悦ぶカラダ。ヤケドするほどに熱く火照ると、早く一つになりたいと疼いていた。
「ねぇ……もう……私…………まだ我慢しなきゃダメ?」
甘い声で媚びるように言った神楽に、桂は体を起こすと覆いかぶさった。仰向けで寝転ぶ神楽の顔に長い髪がウザったくかかる。それに指を絡めると手繰り寄せた。そして、桂の頭に辿り着くとそれが欲しいと押し込めた。神楽の唇に熱が落とされる。
「勘違いするぞ、そんな声を出されては…………」
「すれば良いでしょ、実際にこんなことするの……あんただけなんだから……」
桂の手が神楽の大きな乳房を寄せ上げる。そしてそこに真っ赤な舌が這わされると、赤子のように吸われてしまった。神楽は堪らずに呼吸を速めると、イヤイヤと言うように首を横に振った。
「焦らして……ンっ……じゃ、ない……わよ…………」
「ならば、もう良いのだな?」
桂は手探りで神楽の膣穴を探り当てると、ゆっくりと陰茎を挿しこんだ。神楽の体はたったそれだけの事に仰け反り、天井へと上げた白い足は痙攣をするように震えていた。
「あッ……あ……はあ……あッ……」
声にならない声を上げた神楽は、しばらく呆けた顔をすると放心していた。そんな神楽をもっとよく味わいたいと、桂は体を前に倒し神楽と密着した。そのせいで膣の奥深くまで桂の熱が挿さる。根元までずっぷりと咥え込んだ膣穴は、気持ち好くて離したくないと言わんばかりにギュウギュウとキツく締め付けた。そのせいで桂は腰を動かす事が出来なくなると困ったように言うのだった。
「あまりやってくれるな……もう……出てしまいそうだぞ…………」
「で、でも、勝手になるんだから、仕方ないでしょ…………」
早く動いてと急かすように神楽の唇が桂に引っ付くと、触れたは舌を激しく擦りあった。そしてそれに促されるように桂は遂に腰を打ち付けると、神楽は満たされた気持ちになるのだった。
こんな夜がたまにはあっても良い。そんな気分なのだ。何もかもを忘れて乱れ狂いたい。闇夜に舞う二匹の蝶は、鱗粉をまき散らすように汗を飛ばした。
「やんッ……あッ……ああッ……あンッ……あッ……」
神楽の高めの小さな声が絶えず聞こえる。桂に突き上げられる度に甘い声が漏れ出るのだ。我慢しようとはしているのだが、あまりの快感にどうやっても無理なのである。その声と合わさるように神楽のたわわな胸が大きく揺れた。神楽は堪らずに自分で淫らに揉みしだくと、気持ち好い所を探るように腰をくねらせた。
『ここ……あッ……もっと……して…………』
『そこ……イイっ……気持ち良いの…………』
『あうッ……ああッ……はあッ…………はあ…………』
次々に神楽が無意識に桂の欲情を煽る。悶え苦しむ桂はこれ以上どうすれば良いのかと、神楽を壊す勢いで腰を打ち付けた。理性なんて最早ない。我慢できなくなった神楽は桂の背中に爪を立ててしまうと、初めて飲み込まれる大きな波に頭を真っ白く染めるのだった。
「もう……ダメッ………………!」
その声に合わせるように桂は腰の動きを止めると、絶頂に達したようであった。激しい性交。そのせいで室内の酸素は随分と薄くなっているように感じた。吸っても吸っても苦しいのだ。
白濁色に塗れた神楽は、息も絶え絶えに畳の上に寝転んでいる。体の痛みだとか、これからの事だとか何もかもを忘れて。だが、すぐに体を抱き寄せられてしまうと寝転んだまま、またしても桂が入ってきた。
「……図々しい」
神楽がそう言い放つも、桂はやめようとはしなかった。
「俺は元来、図々しい男だ……だが、それを抑えこませてくれないリーダーが悪い…………」
その言葉に神楽は何も言えなくなると、またしても掻き乱される体に理性を失ってしまうのだった。
何度も求められ、何度も求めた。そして、夜明けに雨が上がる頃ようやく二人の体が離れると、隣の部屋に敷いてあった布団まで神楽は運ばれた。どれくらい振りにこんなにも安心出来ただろうか。二年? いや、それよりももっと長い間穏やかに眠れていないように思えた。ふと隣を見れば、触れることの出来る距離に桂が居る。たったそれだけのことに胸がいっぱいになった。昨日までの悲しみが消え去ったようにすら感じるのだ…………違った。胸の奥のしこりは決して消えていない。まだ重たく圧迫する。千切れてしまった万事屋という現実が。だが、それでもこうして誤魔化してやっていく事は可能である。それが気休めだったとしても、心から笑える日に少し近付けた気がするのだ。
「ありがとう…………」
桂は神楽の言葉を聞くことなく先に寝息を立てると、神楽も次第に夢の中へと落ちるのだった。
銀時を失ってからずっと心は夜に迷い込んだと思っていた。だが、見上げた空には月が昇り、静かに町を照らしている。しかし、それすらも隠されてしまう雨の夜。そんな時には迷わず桂を目指せばいい。神楽は少しだけ器用に生きる術を覚えたのだった。
2015/08/02
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