アルコールアル/沖→←神(←銀)※2年後

 

01:神楽side

 

 神楽の今年の誕生日会は江戸城の一室で開催された。主催者は徳川そよ。招待客はいつも遊ぶ仲の良い友人達ばかりだ。万事屋の自分とは少し違う、同年代仲間だけに見せる姿。それはほんの少し大人びていて、だが紛れもなく等身大の神楽であった。

 部屋の照明か落ち、次にバースデーソングが流れてくる。

「神楽ちゃん、おめでとう」

 そよ姫が16本ものロウソクが刺さった大きなケーキをワゴンに乗せて登場すると、神楽の顔にも笑顔が浮かんだ。

「わぁ……そよちゃん、みんな、ありがとうアル!」

 ロウソクに願いを込めて息を吹きかければ――――――神楽は一瞬、部屋の戸の前で警護についている黒服の男に目をやった。互いにニコリとも笑わず、視線が交わる。しかし、次の瞬間にはロウソクの火が吹き消え、刹那の暗闇の後すぐに照明がついた。そして何事もなく仲間達が拍手を送る。仲の良い友人達との誕生日会。神楽は満足そうに微笑むも、こちらを冷めた眼差しで見つめている男にその顔を向けてやることはなかった。

 

 神楽が誕生日会の開催を知ったのは、一週間前であった。しかし、その誕生日会に真選組の連中が警護にあたるとは当日まで知らされていなかった。しかもそれが沖田総悟率いる一番隊だと言う事は沖田に会って初めて知ったのだ。そよ姫には言っていたはずだ。沖田が腹立つ存在だと。それなのに何故、誕生日という素敵な日に沖田を配置したのか。神楽にはそよ姫の考えが分からなかった。だが、こうして誕生日会を開いてくれた事にはもちろん感謝している。しかし、やはり投げかけられる一際冷めた眼差しにうんざりするのだ。少しくらい祝えないのか、と。

 いくらこの自分に対して面白くない想いを抱いていたとしても、胸の温度を下げるような顔でこちらを見なくても良いだろう。まだソッポを向かれていた方がマシなのだ。いや、そもそもこちらを見るのではなく、そよ姫から目を離さずにいろよ。神楽はそんな事を思っていた。

 やっぱりなんか腹立つアル。

 神楽がそんな事を思った時だった。

「はい、神楽ちゃん! 甘酒だよ」

 ケーキと一緒に甘酒を受け取った神楽はムシャクシャした気分はムシャムシャ食べて忘れようとケーキを頬張った。口の中で甘いクリームが溶け出し、スポンジが解けていく。その口触りの良さに甘酒を流し込むと――――――そこで神楽の記憶は途絶えるのだった。

 

 薄暗い天井。曇った窓ガラス。倒れた座席。痺れる舌と熱い息。耳に入るは……

「あン、あッ、はぁッ……あッ」

 聞いたことのない甘く欲情を煽る声だ。だが、それは自分の口から漏れていて、下腹部に感じる刺激に視線を流せば短い丈のチャイナドレスは捲れ上がり、パンツが見えていた。だが、そのパンツの中に自分のものではない手が突っ込まれており、薄いレースの下着は手の動きに合わせて伸びたり縮んだりと形を変えていた。

体は重く、倦怠感もある。だが、ピチャピチャという音が鳴り止まず、神楽は目の前の男に唇を塞がれながら頭を真っ白に染め上げた。

 もっと弄ってヨ……。

 一体、自分の身に何があったのか。思い出そうにも頭がそれを拒絶する。下腹部を弄る男の指。それが全てを消し去ろうとするのだ。絡まる舌と唾液に溺れないようにと、神楽は被さる男の服を掴んだ。

「気持ち、いいアル……やめッ、ないで……」

「頼まれてもやめる気はねぇから安心しろ」

 聞き慣れた男の声。どこか血なまぐさい匂いと、それに不釣り合いな青い指使い。男の余裕のない焦った表情が雲の切れ間から漏れた月光に照らされる。

「なんて顔してんでィ」

「お前こそ……あン、はぁッ、それダメッ……ぁッ!」

 神楽のパンツの中で愛液にまみれた沖田の指が暴れ回る。膣穴を中指が擦ると神楽は小さな悲鳴をあげて体を震わせた。こんな刺激など初めてで、何が何なのかもう分からない状態なのだ。ただ反応する体はいつになく正直である。それもこの男……沖田総悟の前にも関わらず。体を弄りあう仲でない事は分かっているのだが、跳ね除けることもせず、また沖田の指が止まることもない。

「もっと聞かせろ、その声」

 そう言った沖田は神楽の片手を取ると自分の股間へと誘い、ファスナーの隙間から露出している熱い性器を握らせた。神楽はそれが何かは理解しているがどうすれば良いかなど分からない。ただ闇雲にこねくり回すのだが、それが良いのか沖田の顔が歪む。

 互いに性器を弄りあい、車内の温度は益々上がる。神楽は手の中で脈打つ沖田の性器をわけも分からず擦りあげると、沖田の動きが止まった。その理由はきっと気持ちが良いからだと、神楽は沖田の唇に自分の唇を押し付けながら素早く腕を動かすのだった。

 

 そこからどれくらいの時間が過ぎたのかは分からない。神楽はまたしても眠っていたらしく、次に目覚めた時には車外からドアを開けた沖田に担がれている時だった。

「甘酒一杯で酩酊とは、テメェの体はどうなってんでィ」

 そう言った沖田は至って普通で、先ほどまで貪り合っていた間柄には思えない。しかし、何かを言おうにも口は重く開かない。いや、体全体が重いのだ。沖田に支えられて歩くのがやっとである。

気付けば見慣れた玄関前に立ってはいるのだが、如何せん目が回る。沖田の胸元に顔を埋めた神楽は肩を抱かれ、ただ眠たいと目を閉じていた。何も考えられない。ただこの男の匂いと体温が心地よい。いつまでもこうしていたい。そう思うほどだ。しかし、それも叶うことはなかった。玄関が開き、聞こえて来た声の主に引き剥がされたのだ。

「お前、どんだけ弱いんだよったく」

「姫様もまさか甘酒一杯でこうなるとは思ってなかったでしょうね」

 神楽は銀時の元へ移動させられるも、その手には沖田の隊服が握られたままだった。

「おい、テメェその汚ねぇ手を離しやがれ」

「ほら、神楽。もうお前寝ろって」

沖田は神楽の手を無理やりに引き離すと、隊服のシワを伸ばした。

「次からは旦那もついて来た方が良いですぜ。また俺が運ぶとも限らねーんで」

「でもよく捨てて帰って来なかったもんだな。正直、沖田くんに期待してなかったんだけど」

 すると沖田は銀時に背を向け、戸に手を掛けた。

「……泥酔した女を捨てるほど人間出来てねーんで」

「あ?」

「いや、こっちの話でさァ。じゃあ、旦那。俺はこれで」

 そう言うと沖田はあっさり帰って行った。まるで何事もなかったかのように。先ほどまでの沖田との行為は果たして現実だったのか? 何も考えられない神楽は銀時に抱えられたまま寝息を立てるのだった。

 

 翌日、神楽は押し入れではなく銀時の眠る布団の隣で目を覚ました。

「えっ! なんでここで寝てるアルか!」

 しかも見ればパジャマではなく、チャイナドレスを着たままだ。そこで昨晩、自分の誕生日会が開かれ、江戸城へのぼった事を思い出した。しかし、ケーキを食べた所までしか記憶はない。どうやって家まで帰って来たのか。思い出そうとするも靄がかかり、記憶が晴れない。神楽はボーッとしたままシャワーを浴びに風呂場へ向かうと、熱い湯を浴びながら途切れている記憶を辿っていった。

覚えているのは……

「はっ? えっ、う、嘘デショ!」

 体を這う手の動きや、侵された口腔内。下腹部への刺激。誰かに侵入を許した痕跡ばかりであった。それが誰だったのか……神楽の記憶の中では、真選組一番隊隊長の沖田が自分と絡み合っているのだが、実際はどうだったのかよく思い出せないでいた。だが、仮に夢であったとしても大問題である。あの沖田と深層心理では結ばれたいと望んでいるのかもしれないのだ。どちらにせよ、神楽の中では放置することの出来ない案件であった。しかし、だからと言って沖田と顔を合わせることは出来そうにもない。今ですら顔が熱く、体も火照ってくるのだ。

「でも、なんで……アルカ?」

 自分は勿論だが、沖田もこちらを嫌っているハズだ。忘れたくても忘れられない冷たい眼差しを思い出す。やはりあの温もりは別の男のものだったのだろうか。とりあえず神楽は風呂から上がると友人に会いに出掛けるのだった。

 

 公園で待ち合わせをしようかとも思ったが、沖田に出会う確率も高そうだと近くの茶店で友人と落ち合った。

「それで昨日のことアル……ケーキを食べたあと、私はどうなってしまったアルカ?」

 すると友人は思い出しながらゆっくりと話した。

「確かあのあと、そよちゃんが護衛さんを呼びつけて、神楽ちゃんを送って行くように頼んでたよ。私たちはもう少し残って楽しませてもらったけど……」

どうやら甘酒に酔った神楽を真選組の誰かが送ったようなのだ。神楽の手に汗がにじむ。

「そいつ、どんな奴だったネ?」

「神楽ちゃん何にも覚えてないんだね。沖田さんだよ。一番隊の隊長だから私も顔くらいは知ってるし」

やはり沖田が神楽を送り届けたのは間違いないようだ。

「そっか、ありがとうアル」

 気の抜けた返事をした神楽は友人と別れると、フラフラっと道へ飛び出した。沖田との出来事が一気に現実味を帯びて来たのだ。体に力が入らない。普段、あれだけ腹が立つと嫌っているのに……昨晩はキスをして、誰にも見せたことのない姿を見せてしまったのだ。恥ずかしさと不甲斐なさと自己嫌悪で気分が悪い。真っ白な顔をした神楽は万事屋へ戻って来ると、押し入れの中に閉じこもるのだった。

 

 食事もとらず、暗い押し入れで神楽は横たわっていた。すると嫌というほどに鮮明に記憶が蘇りだした。沖田の指の動きや舌の温かさ。触れた肌の熱や男臭い匂い。そんなことを思い出すと……神楽の手は自然と自分の体の上を這った。チャイナドレスを押し上げる双丘を撫でると、裾を手繰り寄せて小さなパンツを晒す。そして、もう片方の手をその中へと滑り込ませれば、指でクリトリスを優しく弾いた。

「あっ、ふぅッ……ぁッ」

 昨晩はここを沖田の指が愛撫したのだ。それも激しく荒々しく。それを思い出した神楽の体は一気に熱を上げ、中の方を掻き回されたくなった。神楽は朝から何をしているのかと冷静に考えるも、火照る体に沖田の指と重ね合わせて細く白い指を動かすのだった。

「あン……はぁッ……あッ、んん……」

 もう戻れないことを神楽は思い知らされた。自分の指では満足出来ないのだ。初めて他人に弄られ、脳が溶けるような快感を味わった。体はその刺激を求めている。もはや神楽の細い可憐な指では小さな波しか起こせなくなっていた。

 もっと……欲しい……。

 そうは思っても、その望みが叶えられる事はない。神楽は指をヌプヌプと出し入れさせながら、泣き出しそうな表情を浮かべていた。

「おい、神楽!」

 突然、物置の戸の向こうから銀時の声が聞こえた。だが、神楽は指の動きを止めることが出来ず、小さな声で返事をした。

「なっ、なにアルカ……んっ」

「お前、さっきどっか出かけたの? 朝飯はいるのか?」

 神楽は腰を浮かしながら、指を素早く動かした。

「いっ、い……」

「えっ? 聞こえねぇわ。ちょっと入って良いか?」

 しかし、今戸を開けられればイケナイな遊びに耽っている事がバレてしまう。

「ダメッ……だめ、アル……ぁッ、ぁんん……」

 神楽は今までに感じた事のない快感を得ていた。これも昨晩、沖田に開発されてしまったせいなのだろうか。膣の中で初めて神楽は逝ってしまうと、体を仰け反らせて声を押し殺した。

「んーッ……んっ、んっ!」

 それからすぐに神楽は身なりを整えると慌てて物置から飛び出した。すると、寝間着姿のままで台所に立つ銀時と目が合った。

「……お、おはようアル」

「ん、おはよう」

 しかし、特に何も気付いてないらしく銀時は朝食の支度に戻ると神楽はホッと胸を撫で下ろした。だが、それもつかの間で再び銀時の顔がこちらを向いた。

「お前さ」

 神楽の頬が赤く染まり、動悸が激しくなる。押し入れも中で何をしていたのか、やはりバレてしまったのだろうか。

「化粧覚えたのか? 別に今までだってスッピン見せてただろ? 気にすんなよ」

 どうやら銀時は神楽が化粧の支度をしていて物置の戸を開けなかったと思っているようだ。これは好都合だと神楽はくすりと笑った。

「そうアル! 更にベッピンになったダロ! 銀ちゃんが気付くなんて珍しいアルナ」

そう言って神楽は茶化すと、銀時の手元を覗き込んだ。

「……そんだけ綺麗になれば嫌でも気付くだろ。ほら、邪魔だから向こう行ってろ」

 いつもならそれが冗談であると本気にしないのだが、何故だか今日はその言葉にドキリとした。神楽は立ち去らずにそのまま銀時の顔を見上げると、ゆっくりと瞬きをした。

「綺麗になったアルカ?」

 すると銀時は手を止めて神楽を見つめた。

「だからな、もう外で酒なんて飲んで来るなよ。昨日も沖田くんだから無事だったけど……男は獣だっていつも言ってんだろ?」

 銀時は知らないのだ。その男の中に例外なく沖田が含まれていることを。

「銀ちゃんいっつも言うけど、獣だとどんな問題があるネ?」

「本気で訊いてんのか、それ」

 包丁を静かに置いた銀時は突然神楽を壁に押しやると真面目な顔で見下ろした。

「教えてやろうか? 手取り足取り」

 神楽は震える心臓と興奮する体に呼吸を浅いものへと変えた。吸っても吸っても酸素が脳へと回らない。その癖、目は回ってくる。

「酔ってたら、さすがのお前でも抵抗出来ねぇだろ? こういう事を言ってんの。分かったか?」

銀時は神楽の頭を軽く叩くとすぐに朝食の支度へと戻った。

「あぁ、こういう事アルカ……よく覚えておくネ」

 神楽は平静を装いそう言ったが、内心は違った。この銀時にすら男を感じてしまったのだ。神楽は自分の中で目覚める女に戸惑うも、進化し続ける体は止められないと加速させた沖田を恨むのだった。



02:沖田side


「沖田さん、神楽ちゃんを送って下さい。これは命令です」

 沖田はその言葉の意味を十分に理解していた。反抗は認められない。それは自分に命じる少女が一国の姫であるという事と、もう一つ……この自分の心を見透かしていることに気付いたからだ。

「ご命令とあらば、この沖田。クソチャイナを送り届けやしょう」

 その言葉にニコリと笑ったそよ姫ではあったが、それが柔らかい笑みには見えなかった。さすがの沖田もこれには額に汗を滲ませていた。まるで試されているかのような緊張感に包まれたのだ。

 元々今日の警護の話も乗り気ではなかった。ただ見ているだけの誕生日会。それも姫様の誕生日会ではなく、神楽の誕生日会だ。どこに護衛する理由があるのか。これはそよ姫からの嫌がらせとして沖田は受け取った。

 面白くねぇ。

 そんな心の呟きは顔に表れ、終始仏頂面をしていた。それがガキ臭いと言われる所以かもしれないが、それほどまでに不愉快であったのだ。


 ずっと強い者が好きで、そんな相手とやり合える事が何よりもの喜びであった。大して女への興味もなく、色恋沙汰とは無縁で刀を振るって来た。その中で出会った生意気な中華少女がいつしか沖田の中で倒したい相手として君臨していた。しかし、時間の流れとは不思議なものでその少女が成長していくにつれて、本気で飛びかかる気持ちが薄れて行ったのだ。それは紛れもなく自分が男で、少女が――――――神楽が女であると悟ったからだ。そうなると突然、彼女を見る目が変わった。それまでは如何に隙を突くかなどと考え見ていたのだが、短いチャイナドレスの裾から覗くナマ足に目線が流れたり、柔らかそうに揺れる胸へと興味が移った。そこに恋愛感情が備わっているかは分からないが、一人の女として意識してしまうようになっていた。その辺りから偶然なのか、それとも何かに気付いたのか神楽から突っかかって来ることもなくなった。自然と距離が出来たのだ。そうなると少々の寂しさが身を包む。だが、年頃の娘への普通の振る舞いも分からない。こうして沖田は徐々に徐々に神楽から離れていった。

その矢先の出来事だった。酔った神楽を送り届ける命を受けたのだ。沖田は地下駐車場に停めてあるパトカーの助手席に神楽を乗せると、運転席へと座った。横を見れば眠っているのか、神楽ははこちらに背を向けて大人しくしていた。

「おい、本当に酔っちまったのか? あれっぽっちの甘酒で」

 そう言って神楽の肩を揺すって覗き込むと、薄っすらと開かれた目が沖田を捉えた。その顔はいつになく紅潮して艶っぽく見える。小さな唇が僅かに動いた。

「寂し、かった」

 沖田の胸の奥が激しく震えた。

「テメー、マジで酔って……」

 体ごと神楽はこちらを向くと両腕が伸ばした。そして、まだ震えの収まらない沖田の首に絡みついてしまった。

「お前、腹立つアル……」

 だが、聞こえてきたのはいつもの辛い言葉だ。どこかそれに救われた沖田は平常心を取り戻すと、神楽の体を剥がしにかかった。しかし、神楽は言葉とは裏腹に更に体を密着させると可憐な表情と声でこう言ったのだ。

「私の、側にいろヨ」

 今度は体の底から震えが起きた。耳の後ろの方からカァっと熱さに包まれ、躊躇っていた気持ちは木っ端微塵に粉砕された。沖田は両手を神楽の背に回すと抱き締めてしまったのだ。

「もう黙れ。黙れねぇってなら……」

 黙らせてやる。それくらいの気持ちでいた。だが、酔った女を手篭めにするとは何とも情けないと、少しだけ神楽の温もりを味わうと体を離した。酔っ払いの戯言を信じるほど愚かな事はないのだ。明日になればどうせ言った事すら忘れているだろう。そう思い沖田は車のエンジンをかけようとして――――――その手を止めた。どうせ明日になって忘れているのなら、口づけくらいしても良いと思ったのだ。きっともう一生、こんな機会には恵まれないだろう。神楽の方を盗み見れば、軽くシートを倒して無防備に目を閉じている。沖田はゆっくり近寄ると神楽の両目を片手で覆った。

「これで終いだ」

 神楽へとくすぶり続けている思いを断ち切ろう。そんな願いを込めて沖田は神楽の唇を塞いだのだった。初めて触れる柔らかな素肌。少し長めの口づけを終えると、沖田は神楽の目を覆っていた手を退けた。だが、そこにあったのは惚けたような色気のある表情。唇が鮮やかな紅色に染まり、またしても触れたいと望んでしまう。

「もう一回してヨ」

 それは神楽も同じだったらしく、そんな言葉を聞いた以上してやらないわけにはいかない。再び触れ合った唇は沖田の舌が神楽の中へと入り、深い口付けへと変化した。言葉では伝えられない想いを互いに吐き出すように求め合った。その口付けは愛し合う男女のそれであった。神楽の小さな舌を吸えば、聞いたことのない声が上がる。

「ぁッ、あぁ……んッ」

 感じているのだろうか。想像をはるかに超えた神楽の甘い声は沖田の腰に突き刺さり、性的に興奮させた。大人しく背に回っていた手はいつしか神楽の胸へと移動し、手にあまる程の乳房を揉みしだいた。SMプレイだとか、サディステックだとか、そんな言葉は出てこない。ただ触れていたい。それだけなのだ。

 次第に車内の気温も上がり、窓ガラスが曇り始める。二人を見ている者など誰も居ない。それを良いことに沖田の暴走はエスカレートした。座席を大きく倒すと神楽に被さるような体勢を取った。そして、太ももへ手を滑らせると、可愛らしいレースのショーツの中へと手を入れたのだ。さすがに神楽も嫌がるかと思ったが、キスで既にとろけてしまったらしく赤い頬で目を潤ませているだけだった。

「……初めてネ」

 その割には簡単に指を咥えた神楽に沖田は激しく擦ってやった。すると神楽は先ほどの比ではない声を上げて、いやらしく啼くのだった。

「あぁッ……んあッ、あッ、はぁッ……」

 あんなに生意気で粗暴だった少女が今、目の前で快感に酔いしれているのだ。その事実に沖田は興奮した。出来ればこのままセックスをして、体を結んでしまいたい。しかし、コンドームもなければ場所も場所だ。何よりも大切な女の処女を酔っている内に奪ってしまう事はしたくない。だが、破裂しそうなムスコを放っておく事もしたくないと、神楽に握ってもらうのだった。


 あっと言う間に神楽の手の中で果てた沖田は首に巻いていたスカーフで汚れを拭ってやると、ぐったりしている神楽を横目にハンドルを握った。

 きっともう二度とこんなふうに神楽と過ごす事はないだろう。沖田はアクセルを踏む前にもう一度だけ神楽に口付けをすると、万事屋を目指した。




 あの後、神楽から会いに来る事もなく連絡もなかった。仮に覚えていたとしても無かったことにしたいのだろうと神楽の気持ちを汲んでやった。自分から追うことはない。しかし、どこか吹っ切れた気持ちでいたのだ。もういつどこで会っても問題ない。良い思い出として胸の奥に閉じ込めようと……そう思い始めたある日のことだった。山崎と二人で攘夷浪士の取り締まりから屯所へ戻る途中、休憩に立ち寄ったコンビニで神楽を見かけたのだ。と言ってもこちらはパトカーの中にいて、神楽は沖田の存在には気付いていない。その割には誰かを待っているのか店内を歩きながらも窓の外を気にしていた。

「はい、隊長。コーヒーで良かったですよね?」

 運転席に戻って来た山崎から缶コーヒーを受け取った沖田は、神楽から目を離さずに口をつけた。

「いやぁ、寒くないんですかね? アレ」

 山崎は短い丈のチャイナドレスを着ている神楽のことを言ったのだろう。沖田は何も答えなかった。すると焦ったように山崎は慌ててこう付け加えた。

「違いますよ! ただあんなに短いスカートで寒くないのかと思って見てただけですから」

 沖田は思わずニヤリと笑った。

「ベラベラ喋るほど墓穴を掘ってることに気付かねーのか」

 だが、山崎は誤魔化すように独り言を続けた。

「たまさんも短い丈の着物を着てるけど、たまさんは……寒くないだろうからなぁ」

 沖田は先日触れた神楽の太ももの感触を思い出していた。温かく、滑らかで柔らかかった。それをあんなにも大胆に晒しているのには何か理由があるのだろうか。

「でも、あんなけしからん服を着るなんて……やっぱり旦那の趣味ですかね?」

「あいつが旦那に気に入られようとして服を選ぶタマか?」

 もし山崎の言う通りだったとしても、別に文句もない。神楽が誰に惚れていようがもう自分には関係ないのだ。関係ないはずなのだ……。

 ふと神楽の顔に笑顔が見える事に気が付いた。その目線の先を辿るとコンビニの外、停まっているパトカーの前に行き着いた。立っているのは……

「副長ォオ!?」

 山崎の声は裏返り、神楽が土方に向かって笑いかけていることに気付いたらしい。それまで神楽に対する気持ちは完全に吹っ切れているように思えたのだが、土方が絡んでくるとなると大人しく黙っていることは出来そうになかった。

「おい、ザキ。後を追え」

 その言葉に山崎は食べていたあんパンを一気に口に放り込むと、ハンドルを握るのだった。


 二人が向かったのは近くのファミレスであった。窓際のボックス席へ通されたのは神楽と真選組副長、土方十四郎。今日、土方は非番らしく着流し姿で黙って煙草を吸っている。その正面に座る神楽はと言うと先程までとは打って変わり、どこか真面目な表情をして見える。そしてゆっくりと重々しく口を開いた。

「実は……お腹に赤ちゃんが……」

 土方は煙草を指に挟んで口から離すと、煙を吐き出すのと同時に言葉を吐いた。

「本当に俺の子か?」

「どういう意味アルか? それ」

 神楽の目が細くなり、土方を貫くように睨みつけた。しかし、それに怯むような土方ではない。野良犬でも見下ろすような目で見つめ返した。

「テメェと万事屋との関係がどうも俺にはただの上司と部下には思えねェ……」

 すると、神楽はテーブルにバンッと手をつき、大声を出した。

「ケーキくらい奢ってくれても良いダロ! ケチ!」

 その辺りで山崎はアテレコを止めると沖田の方に顔を向けた。

「何の話してるんですかね? 隊長も気になるでしょう? 俺が偵察して来ましょうか」

 沖田は正直、二人の会話が気になって仕方がなかったがそれを山崎相手に認めたくはなかった。

「どうせくだらねぇ内容に決まってる。どこぞのファッションホテルにでも入るのかと思ってついて来てみればファミレスかよ、俺は帰る」

 そうは言ったがやはり気になる。沖田は帰るフリをして神楽達の近くの席へ移動すると静かに聞き耳を立てた。

「テメェに奢ってやる道理なんざねェだろ。それで話はなんだ」

 土方はそう言って煙草の煙を吸うと天井に向かって吐き出した。いかにもクダラナイと言ったように。だが、そんな土方に反して神楽はやはりどこか真面目な表情をしている。一体、土方に何の話があるのか、沖田は早く話の本筋を知りたかった。

「お城の警護に真選組からも何人か呼ばれてるネ? あれってクジ引きで決めてるアルカ?」

 そんな予想もしていない言葉に土方はもちろん沖田も驚いた。

「警護のことは安全上、口外出来ねェ。なんでそんなことをテメェが気にする?」

 神楽はその質問に答える気はないのか、被せるようにこう言った。

「一番隊の隊長いるダロ。あいつを外してヨ」

 神楽の口からまさか『一番隊の隊長』という単語が出るなど、信じられない話であった。沖田の心臓が強く揺さぶられた。

「なんで総悟を?」

 驚いたのは土方も同じらしく、吸っていた煙草を灰皿に押し付けるとグラスの水を口に含んだ。それにつられて沖田も水を飲んだ。

「これは私からの一生のお願いアル。あいつに……もう二度と会いたくないアル」

 しばしの沈黙が流れた。沖田は神楽があの夜のことを後悔していると知ったのだ。こうして聞き耳を立てていることすら嫌悪感を抱かれるのかもしれない。嫌われて結構だと少し前までなら思えていたのだが、ああして一度でも関係を結ぶとそうはいかない。辛さが胸に突き刺さった。

「……検討しておく」

 しかし、すぐに土方は煙草を咥えると火をつけた。

「だが、何があったか理由を聞かせてくれ。内容によってはあいつをすぐにでも外してやる」

 神楽が真相を土方相手に洗いざらい話すとは思えなかったが、沖田の手に汗が滲んだ。

「あいつ普通アルカ? 特に何も言ってないネ?」

「総悟が俺に何か話すと思うか? 山崎辺りなら知ってるかも知れねェが」

 沖田はまだファミレスで神楽達を見ている山崎を気付かれないように睨んでおいた。

「そっか、そうあるナ」

俯いて寂しそうに笑った神楽に土方は何かを察したのか突然ケーキを注文した。

「総悟はまともな恋愛ってのを知らずに育った。それは俺らにも責任がある。悪いな」

「……トシ」

 勝手に謝罪した土方とその土方を下の名前で呼んだ神楽。沖田はどちらにも軽く苛立った。しかし、悲しませたのはこの自分である。

「二度と会いたくなくなるような……何かを総悟にされたのか?」

 せめて口付けでやめておくべきだったと今更後悔した。酔っ払いの戯言に付き合った自分が悪かったのだ。沖田はいくら神楽から求めてきたとは言え相手をするべきではなかったと。しかし、返ってきた答えはそんな沖田の想像を大きく裏切るものであった。

「そうじゃないネ……むしろその逆アル」

 土方の頭の中に疑問符が浮かんだことだろう。いや、彼だけではなく沖田の頭にも浮かんでいた。

「どういう意味でィ」

 思わず呟いた。

「私、あいつに会いたくて仕方がないアル。無性に会いたくてどうしようもなくて何も手につかなくなるネ。だから少しでも早く忘れられるようにって」

「はぁ? いや、そこは会えよ!」

 土方のツッコミはもっともであった。沖田も神楽は何を言ってるのかと自分の耳を疑った。神楽は何もこの自分を嫌っているから会いたくないわけではなさそうなのだ。

「だって、こないだもあいつの事考えたら胸が苦しくなって、ご飯も全然食べられなかったアル! だから早く忘れたいヨ……」

 神楽の話したそれは紛れも無く恋心であった。沖田を想うあまり食欲すら不振のようだ。あの胃拡張娘が……。沖田も信じられないと言った顔でその話を聞いていた。

「なら尚の事会えばいいだろ」

 土方は少々呆れ気味にそう言うも、神楽は首を縦に振らなかった。

「でも、会ったら……それだけはダメアル」

 沖田にも何となく会いたくないという理由が分かった。自分も神楽に会えばこうして追いかけて、いつもの自分ではなくなるのだ。神楽も戸惑っているのだろう。単純にあの夜を思い出して恥ずかしいのかもしれないが……

「だが、総悟は会いたがってるみてェだけどな」

 土方は突然そんな事をいうと目を閉じて顎で神楽の背後を指した。神楽がそのサインに静かに振り向くと――――――沖田はどれくらいか振りに神楽と見つめ合うのだった。

「な、ななななんでお前ッ、そこに居るアルカ!」

 こうなればもう隠れていることはしたくないと、沖田は堂々と神楽の前に出て行った。

「土方さん、それは誤解でさァ。俺はこいつに会いたがってるわけじゃねーですぜ」

 会いたいなんて気持ちより、今はもっと上を行っていた。

「俺はこいつと『ピー音』したいだけでさァ」

 神楽の顔は真っ赤に染まり、土方は額に手を当て項垂れた。山崎は口を大きく開けていて、他の客はなんとも言えない表情を浮かべていた。それでも沖田の顔は曇りひとつない晴れやかなもので、回りくどかった自分と決別できすっきりとしていた。

「オイ、チャイナ娘。なんか言ったらどうだ?」

 神楽はうつ向き震えていた。だが、それは照れや恐怖からではない。怒りによるものだ。

「お、お前ッ! 大衆の面前でなんて事言うアルカッ!」

 そうして神楽が飛びかかるも、沖田は胸の中に神楽を閉じ込めてしまった。

「素直に認めろ、俺に惚れてんだろ?」

「いやアル……離せゴルァ! バカサドッ」

 しかし、神楽の言葉に棘はなく、沖田の背に回った腕が全てを物語っていた。神楽もどうしようもなく沖田が好きで、本当に会いたくて仕方がなかったのだろう。

「ってことで土方さん、警備の話は白紙に戻してくれていいですぜ」

「いや、むしろ外すゥ! 城で勤務中にこんな事やられたら堪んねェよ!」

 こうして沖田は神楽と結ばれると、いずれ来る本当に結ばれる日を今はただ慎重に探っているのだった。


2015/12/13